001
「天龍さんと龍田さん?」
僕の問いかけに、大淀は首を傾げる。
「妹さんたちがどうかしたの?」
「どうかっつうか――」
僕はあいまいに言葉を濁した。
「――まあ、なんか、心配になって」
「ふうん」
「ほら、一応は妹じゃん。なにかあればすぐに耳に入ってくるんだよ」
「確か、佐世保鎮守府のほうでもドラゴンシスターズで通ってるんですってね」
「大淀は何でも知ってるな……」
「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」
大淀は納得しかねている風だったが、しかし特に追求してくるでもなく、「珍しいね、提督君が、家族のことを話すなんて」と言った。
余計なお世話だ、と僕は返した。
大淀。
大淀型軽巡洋艦の一番艦である。
これがまた、如何にもな和風美人といった風情の艦娘で、肩の下まで伸ばした黒髪に眼鏡をかけて、規律正しく折り目正しく、恐ろしく真面目で赤レンガ受けも良いという、今や漫画やアニメにおいてさえ絶滅危惧種に指定されそうな存在なのである。
大淀は僕の指揮下の艦娘ではない。どころか、この横須賀鎮守府のどの提督の指揮下にも属していない。
彼女は隣接する長浦港船越地区の情報業務群司令部に勤めているのだ。そこで赤レンガからの任務指示を受け、鎮守府の各提督に割り振る、という仕事を行なっている。
今までの
彼女の存在無くして鎮守府は立ち行かないほどの、鎮守府一番の働き者な艦娘。他の提督たちが唯一頭が上がらない存在――に僕は気さくに話を続ける。
それは、僕と彼女に関するある事件に由来してのことだが、それはここで語ることではないので控えておく。
それはともかく。
たちの悪いことに、いやいいことなのだろうけど、とにかく迷惑この上ないことに、大淀は、とても面倒見のいい、善良な艦娘であったのだった。
そしてこれは素直にたちの悪いことに、とても思いこみの激しい艦娘でもあった。
過度に真面目なタイプにありがちなように、こうと決めたら梃子でも動かない。
夏のある日に、すでに大淀とは、ちょっとした顔合わせが済んでいたのだが、秋を迎えて僕の提督着任後、同じ鎮守府に配属となったと知るや否や、大淀は、「君を立派な提督にしてみせます」と、僕に宣言したのである。
別に不良でもなければさして問題児でもない、言葉を探せばただの不良品のような提督だと、己自身を評価していた僕にとって、大淀のその宣言は正に青天の霹靂だったが、いくら説得しても大淀の妄想じみた思い込みはとどまることを知らず、あれよあれよと僕を色々面倒見て、そして現在、十一月から行われる予定の大規模出撃作戦の割り当てを行いながら、大淀は僕の日課確認をしているというわけだった。
「大規模出撃作戦っていっても、主力は元帥階級の提督だからね。どこもそれぞれの秘書艦さんが優秀だから、さしてすることもないんだけれど。毎日の任務の方が大事だし」
大淀は言う。
当然のように
「むしろ着任からまだ間もない提督さんたちが、戦力が伴わない艦隊が、無理に大規模作戦の海域に向かわないかの方が心配の種で。戦力を揃えようと無茶な建造を試みる提督さんがいっぱい」
「そうだよな。僕みたいな着任間もない提督はとかく無謀だからな」
「相変わらず嫌な言い方するよね、提督君は。ひねてるっていうか」
「ひねてなんかない。それよりも僕は、今日の報告を終わらせて宿舎に戻りたい」
「では参考までに、提督くんは、昨日一昨日、建造の結果、誰だった?」
「皐月と、時雨」
「定番だね。定番すぎる。平凡と言ってもいいかも」
「まあね」
「凡骨といってもいいかも」
「そこまでは言うな」
言っていい相手は城之内だけで、言えるのは社長だけだ。
「あはは」
「大体――平凡な方が、でも、この場合はよくないか? 貧乏司令部が資材オール30のレシピで回してるんだから……まあ、それでも建造成功するときはするもんなんだな、レア艦娘って」
「もしかして、それは今朝建造された島風さんのことかな」
「ホントにお前は何でもよく知っているな。誰から聞いた?」
「鎮守府内の噂なんてすぐに私のところまで届いちゃうわよ」
そりゃ怖い。
「そんなに気になるの? 島風さんのこと」
「そういうわけでもないんだけど――」
「ああいう派手な格好の女の子、男子は好きだもんねー。あー、やだやだ。汚らわしい汚らわしい」
からかうようにいう大淀。
割合珍しいテンションじゃないだろうか。
「派手な恰好、ねぇ」
派手な格好というなら――派手な恰好だろう。何しろあのパンツだ。
いや、もしかして、あれはパンツじゃなくてズボンなのだろうか? だから恥ずかしくないのだろうか?
でもあれは、そういったレベルでの格好でもなかった気がする。
なのに――衝撃はほとんどなかった。
艦娘の――不知火のフルヌードの衝撃にはそうそう敵わないだろう。
「でも、あれはZ旗モチーフの衣装だって聞いてるけれど。それに、そういった艦娘に関わることなら私に訊くより自分で調べて詳しくならなきゃ」
「そう言われりゃ、確かにそうなんだけど――女の子の事情は、女の子の方が知ってるかと思って」
「女の子って……」
大淀は苦笑した。
「女の子としての事情があるとしたら、それこそおいそれと教えてあげられるものじゃないでしょうが、男の子に」
「それはそうだ」
当たり前のことだった。
「それではまあ、横須賀鎮守府全体を預かるものとして、新米の提督君に質問しているんだと思ってください。島風さんへの第一印象は?」
「そうくるか」
「いきますよ?」
大淀は、話をしながらも進めていた走り書きを止め(サーモン諸島海域、ルンバ沖海域を筆頭に、出撃を推奨する提督の候補を、書いては消し書いては消ししていた)、僕の反応を窺ってきた。
僕はしかたなく、島風との出会いを思い返す。
それは、今朝までさかのぼるのだった。