003
「僕個人の印象に限るなら、多少突飛なところはありそうだけど、普通よりちょっと独特な程度の艦娘……なんじゃあないのかな、と思う」
元の“艦艇”だった島風が実験艦的要素が強いと知って、僕はより一層そんな感想を抱いていた。
「速きこと、島風の如し、なんて一見怪しいこと言ったりもするけれど、まあ、高性能な艦娘さんだよね。ただ、提督君のところに着任した島風さんが他の司令部の島風さんと若干毛色の違う雰囲気がするのは、あれかな? やっぱり
「だろうな。それくらい、僕にも分かる。僕じゃわからないことが、知りたいんだ」
「それでも、着任してまだ一日目じゃない。まだわからないってのが、普通だよね。それは私だって同じだよ?」
何でも知っている横須賀鎮守府の大淀、とはいえ、まだ実際会ってもいない艦娘の事までは関知していない御様子である。
「それにしてもすごいよ、提督君。島風さんは、相応に艦娘の揃った司令部でも未だに着任しないってところもあるって聞くのに。夏の
「夏の
「ん? 夏の
「どうもしない。続けて」
「ああ……そうだね。島風さんってちょっと艦暦、というか生い立ち? が特殊なところがあるじゃない。だからだと思うけど、どこの司令部でも、友達が、連装砲ちゃんしか、いないみたい。色々、声はかけられてるみたいだけど、彼女の方から、壁を作っちゃってる感じらしいよ」
「………………」
さすが、面倒見の良さも鎮守府一だ。
「でも、提督君のところの島風さんは心配なさそうだよね。あの女学生さんがなった“島風”なら心配ないかな」
「……あの女学生さんって――大淀、あの島風と知り合いだったのか?」
「え? あれ、そんな風に聞こえちゃった?」
こっちが意外だというような表情を、大淀は浮かべる。
「ううん、違うわよ。違う女学校出身。でも、噂は聞いたことあったかな――結構な有名人だったから」
お前よりもか、と言いかけて、とどまる。大淀は、有名人扱いされるのを、ことのほか嫌うのだ。正直自覚が足りないとは思うが、本人は自分のことを『ちょっと真面目なだけが取り柄の普通の艦娘』程度にしか捉えていないらしい。砲雷撃や之字回避、赤レンガとの折衝なんて頑張れば誰でもできるというお題目を、本気で信じているのである。
もっとも、女学校時代の大淀を知らない僕には何とも言えないのだけど、きっと大淀は、女学校時代でもこんな調子でやってたイメージが僕にはあったのだ。
「女学校の合同陸上競技会ではスターだったんだよ。記録も、いくつか残してるはず」
「陸上競技――か」
なるほど、それならあの身体能力――それが島風の“
「でも、それだったら私なんかより話を聞くのに適任な
「え、島風に詳しい子っていうと……誰か戦隊を組んだ艦暦のある艦娘がいるのか?」
勉強中の僕としてはまだ、どの艦艇と艦艇が同じ船団だったとか同じ工廠出身だったとかが頭の中に入りきっていないのだ。
「違う違う、艦艇の方じゃなくて女学校時代の方。……あれ? 提督君もしかして、赴任してくる女学生の書類には目を通していなかったのかな?」
意外そうな問い掛けの大淀に、僕は明後日の方を見ながら首肯する。
それはあれかな、僕なら女学生の詳細な事項が記載された書類なんて、いの一番に見てそうなものだろう、という謂れのない理由からだろうか?
「駄目だよ提督君。無駄な書類なんて本来、一枚だってないんだからね」
違っていた。至って真面目に叱られた。
しかしその、まるで小さな子にする時のような「めっ!」という仕草に、僕はある種の感動すら覚えていた。眼福だった。
「もう提督君の艦隊に配属されてる子の一人が、島風さんと同じ女学校の、同じ出身校のはずだよ。確か――そう、不知火さんが」
「そうだったのか」
でもアイツに、不知火に訊いて色よい返事が聞けるとは思えないんだよなあ。
むしろ、不知火の女学生時代の方が興味も湧く。その頃からあんな風だったんだろうか。
「ところで。結局、島風さんの後に軽巡洋艦娘の建造に挑戦したんだね。水雷戦隊編成の任務完了は確認しました。ところで、誰が着任したのかな?」
僕の、というより僕の秘書艦漣の提出したであろう建造申請書や任務報告書を見ながら、大淀が尋ねてきた。
「ああ、那珂ちゃんだった」
本人がそう呼んでほしいそうだから、僕も“ちゃん”付で構わないだろう。
「良かったじゃない。川内型軽巡洋艦さんは三姉妹揃えれば第三艦隊編成の許可をもらえるからね。それに今日、そのまま水雷戦隊出撃の任務も達成してるんだね。うんうん、よろしいよろしい」
そんな風に、まるで学校の先生みたいに褒めてくる大淀。
大淀にされると少々むず痒いというか、でも、あまり悪い気分じゃない。
「それじゃあ早速、赤レンガに申請を出しておかないとね」
「え、僕、何かやらかした?」
「違う違う。任務の達成で、軽巡洋艦娘が
「あ、ああ。そういうことか」
特定の海域への出撃や編成を行うことで、艦隊の戦力増強に繋がる艦娘の着任が行われるのは経験済みだった。
「明日には着任してもらえるように手続きは整えておくね」
「ああ、よろしく頼むよ」
揃えた書類を抱えて大淀が席を立ったので、僕も席を立つ。
「これからも順調に、順風満帆に、艦隊の指揮を続けてね」
そんなことを大淀は言って。
そして僕らは揃って情報業務執務室から外に出た。
順風満帆――か。
そう願いたいものだ――と思った僕の思いはその次の日、粉々に打ち砕かれることになる。
004
「お久し振りだよね~、
朝っぱらから、久しぶりに見る“元”家族――妹の顔。
毎日のように、壮絶な叩き起こされ方で襲われていた朝が、思わず僕の脳裏によみがえる。
「何でお前がここにいる! ……えっと――」
「
「よろしくも何も、お前達二人は佐世保鎮守府所属のはず……そういえば、横須賀に転属、だったんだっけ」
「そうだよ~。なによもう、
「そりゃ悪かった……で、あいつは?」
「あいつって~」
「でっかいほうの妹」
「天龍ちゃんならその辺に~」
「トラブルは勘弁だぜ、お前ら」
「やだな~、別に何も起こさないよ~――
「心配してんじゃねえ。信用してねえんだ」
「おんなじことじゃな~い?」
「いや、心配と信用。この二つの間にはあまりにも明確な差異がある」
「そんなの、言葉の上だけのも……ふう」
「途中で喋るのに飽きるなよ!」
どんだけ適当に会話してんだよ。
まあ、確かにどうでもいい会話になりかけていたところだった。話を戻そう。
「で、でっかいほうの妹はどこいったんだ?」
「だから~トラブルとかじゃないって~。むしろトラブルを解決しに行ったんだから~」
「それがトラブルだってんだ」
「そ~う?」
「トラブルがトラウマになる前に、さっさと報告しろ。僕にチクって裏切り者の誉れを受けるがいい。何にしたって、早い内なら手の打ちようってものはあるんだ」
「も~。
「いや、まあ、確かに最近はそういうのが下手な人って多い気がするけどさ……」
不知火なんかはその筆頭でもおかしくない印象が強い。
「トラブルがいけないんじゃないの~。正しいトラブり方を知らないことがいけないのよ~」
調子に乗って、怪しい持論を展開し始めた龍田。
得意顔だ。
「いや、でもお前らが介入すると、必ずと言っていいほど暴力が伴うじゃん。それが決して正しい解決法とは思えないんだけど……」
「そんなの、目には目を、歯には歯を、だよ~」
「そりゃ紀元前の考え方だ。今が一体二十何世紀だと思ってんだ?」
あれ?
この世界って二十何世紀なんだろう。
いや、二十一世紀以上なのは確かだろうけれど。
「じゃあ、目には歯、歯には魚雷ってのはどう?」
「何倍返しだよ!」
しかもそれをついこの間、不知火にされたばかりの僕には身震いしかなかった。
「も~! うるさいですよ~!」
切れた。
あっという間に切れた。
直前までの得意顔はどこへやら、だ。
「知らない知らな~い! 私はな~んにも知りません~! でっかいほうもちっちゃいほうもちゅうくらいなほうも、ぜぇ~んぶ知りません~!」
「……ちゅうくらいなほうの妹なんかいねえよ」
ったく……。
そんなんだから心配のし甲斐がねえんじゃねえか、お前らは。
「……別に大人になれとは言わないけど、ちっとは大人しくしてろよ、お前らも」
「
言って龍田は、その手に持っていた書類を投げつけてきた。それを受け止めて見ると、どうやら艦隊指揮に関する指示書類のようだった。
「
それだけ言うと、そっぽを向いてぷんすかとしている龍田。
まあ、この妹に大人しくというのが無理な相談か。
僕はちっちゃいほうの妹のそんな様子に呆れながら、投げ渡された書類に目をやる。
それは赤レンガからの指示書――異動の辞令が下されている内容であった。
天龍型軽巡洋艦一番艦、天龍。同じく二番艦、龍田。
今夜の憑物語一挙放送が楽しみです。いえーい。
いずれこちらにも登場の時をお待ちいただければ嬉しいです。僕はキメ顔でそう言った。