那田蜘蛛山から炭治郎視点、いざ、始め
頸を───跳ねた。
肺が潰れそうだ
足が崩れそうだ
頭がガンガンする
なによりも、心が緩む。危機は去ってない。伊之助がまだ戦っている。他の鬼もいる。こんな場所で止まっている場合では無いのに.......ッ!
「クソ、身体に力が入らない.......!」
止まるな、まだ止まるな。まずは禰豆子だ。這ってでも動け。呼吸を落ち着けろ。今のが十二鬼月だとすれば、伊之助が戦っているのは───
「アァ───本当に、不愉快だな」
「.......え?」
目が合う。跳ね飛ばしたはずの首と。下弦の伍と確かに刻まれたその瞳と。視線が合う。
嘘だ.......、だって確かに首を跳ねたんだ.......っ!この手で!確かにッ!
「だからさァ、最初から言っているだろう?キミ程度にボクが殺せるわけがないじゃないか。この首は、ボクが自分で跳ねたんだ───キミに、斬られる、前にさァ!」
憤怒の形相で此方を睨むその首が、見えない糸に手繰られて宙を舞う。
「.......もういいよ。ちょっと遊んでやったら調子に乗っちゃってさぁ」
俺の決死の攻撃なんて無意味と言わんばかりに、その首は何事も無かったかのように復元された。
鬼の、腕が持ち上げられ───しまった。
「禰豆子ォ!!」
這っている場合じゃない。
動かないなんて泣いている場合じゃない。
俺は長男なんだ、我慢しろ。この程度の事で泣いていて、それで残った家族まで失うのか、悲しませるのか!?
「逃すわけがないだろう.......ここまで虚仮にされたんだ、ただじゃ殺してやらない───“血鬼術・殺目篭”」
視界を無数の赤い死で区切られた.......いや、視界だけじゃない。赤い死が、俺を取り囲んでいる!
俺が死ねば、次はきっと禰豆子だ。
この鬼は、歯向かった禰豆子をきっと許さないだろう.......だけれど、俺はその結末こそを許せない。
だから、死ぬわけにはいかない。いかない───のにッ!!
「動け、焦るな、呼吸を.......正しい呼吸をォ.......!」
なんで俺は動かない。決めたんだろう、誓ったはずだ。
死が、肌に喰い込む.......畜生、巫山戯るな、指一本動きはしない。だからなんだ、それは家族を失うより辛いことか?
「お前は───細切れだ」
───違うッ!!
「ならばお前は───八つ裂きだ」
───赤が、舞った。
「何が、起きた?」
身体を縛り付けていた重さが消えた。近づいていた死の気配が遠ざかっていく。
今の声はなんだ?
反射的に振り返ろうとする肉体を抑えつけ、禰豆子に覆い被さるように飛び込む。
───良かった。傷だらけではあるが、どれも深くない、息もしている。何時もの睡眠状態だろう。
「.......キミ、誰?次から次へと邪魔ばっかり───本当にキミ達はボクをイライラさせてくれる。どうもありがとう、いい加減ウンザリだ」
誰かが、助けに来てくれたんだ。糸が俺を切り刻むその寸前に、糸よりも早く全ての糸を断ち切った───あの赤い糸をだ。
一体誰が?
「女の.......人?」
長い黒髪だ。時折混ざる白髪のせいで灰髪にも見える。女物の着物を着た、長身の女性───って帯刀してない!?!?
飛ばされたんだ!女の人の力じゃあの糸を斬るのは難しいはずだ。俺を助ける時に弾き飛ばされたに違いない。
「何処だ、何処に.......?」
何処にもない。臭いもしない。木の上にも、地面の上にも、金属の匂いが無い。
「否定するよ、鬼も、少年も。何処をみたって刀なんざ落ちちゃいない」
「.......キミ、鬼かい?」
───違う、鬼の匂いじゃない。これは人の匂いだ、刀を持たない人.......一般人!?そんな馬鹿な、ありえない。一般人にあの硬度の糸を切れる筈が無い!それも日輪刀も無しにッ!
「それも否定する。刀は持ってないし、鬼でもない。簡単だ───私が日輪刀なんだよ」
鬼が、目を細める。
「冗談は嫌いだ」
夜の闇を、無数の赤が走る。
空に線を引く様に、森を刻むように、山を区切るように。
非常に淡々と死の世界が展開される。
分かってはいた、これが十二鬼月。動けるだろうか?肺はまだ痛い、全身の不調も、まだ治っていない。
だからどうした、ここで立ち上がらなくては人が死ぬ。
「逃げてください!出来ればこの子を連れて、遠くへ!」
再び、折れた日輪刀を構えて、前へ出る。
もう一度やるしか無い、今度は自分一人の力で、確実に───死を越えて、あの鬼の首を斬る。
「早く行って───」
「五月蝿い」
言葉を遮られた。放とうとした言葉が勢いをなくし、宙へと溶けていく。
「助けには来た。でも子守りは仕事じゃ無い。そもそも、アンタじゃアレには勝てない」
「だとしても、鬼を斬るのが俺の使命だ」
「違うね、それは私の仕事だ───」
苛立たしげに、待ち切れないと言わんばかりに赤色が降ってくる。
先程とは規模こそ違うけれど、きっと同種の血鬼術.......逃げ場を無くすように敵を囲んで、細切れにする。
活路は糸を切り拓くしかない!
息を吸う、吐く、吸って、吐く───
「───ッ!?」
肺が───痛い。呼吸が出来ない。
こんな時に、呼吸を中断してしまった!
しまった、間に合わない.......!
「全集中・刀の呼吸───弐ノ型“
───再び、赤が舞う。
さっき見たのは、これだ。この動きだ。
宙を自在に舞う無数の糸を、束ねるようにして纏めて断ち切った───素手でッ!!
「虚刀流、蒲公英───言っただろ、私は日輪刀だ。糸を斬るくらい、刀なら出来て当たり前。特別な刀なら尚更だ、島だの海だのお城だの位は息するようにぶった斬るさ」
まぁ、戯言だが?
言葉は流された。誰も目の前の現実が、果たして本当に現実なのか、分かっていなかったから。
目を奪われた。
耳も鼻も機能しなくなるほどに、その光景には魔が宿っていた。毒と言い替えても良い。
その様な刀を持てたならばと、誰もが暫し夢想してしまう様な、そんな切れ味。
「馬鹿な───ボクの糸を、素手で?どうやって.......分からない、意味がわからない。アァ、くそ頭が痛い。これだから嫌なんだ。人間は、コレだから!」
一足先に現実へと戻った鬼が、腕を突き出す。
その血の如く染まった腕を、より赤く、より深く染めながら───もはや黒となった糸を、万華鏡の様に編んでいく。アレこそがあの鬼の必殺、問答無用でそう理解させられるほどの、深い、血の匂い!
「刀───なんだっけ?へぇ、凄い凄い。良く切れるねェ!その調子でさァ、ボクの首を斬りに来るといい。何回も、何回でも、君が死ぬまで無駄な挑戦をし続けるといいさ!!」
高速で変容する黒の紋様、回転する度に織り成され、硬く、鋭くなっていく死の嵐。
「“血鬼術・刻糸輪転”────ッ!!!」
それが、ただ1人を向けて放たれる。本来ならば広範囲を削るであろう規模の災害が、ただ1人を向けて放たれる。
「虚刀流───奥義」
対して、女性は初めて構えを取った。
身体を半身に、右の拳を左手の平で覆うように、腰元でそっと───構えを取った。
黒き嵐が音すら削る。そんな中でも、それは全てを切り裂くように、俺の耳に届いた。
「“柳緑花紅”」
そっと滑らかにつき出された拳と嵐が接触した瞬間───嵐が八方へと裂けた。
否、それだけじゃない。見えない何かが、分裂した嵐の中を、黒い糸を伝わって奏者へと返っていく。そして、それが届くや否や───
「ガァ───ッ!!?」
───鬼の身体が弾けた。内側から、両腕を吹き飛ばし、体幹すら貫いて。
傍から見ていた俺にも何が起きたのか分からない。鬼なぞ、もっと理解が追い付かぬはずだ。
そして、そんな意識の間隙を女性は駆け抜ける。逃げる事も、防ぐ事も、迎撃する事も───身を捩る事すら封じられた、宛ら狩人の巣に搦め取られた虫の如きその鬼の、頸を目掛けて、ただ真っ直ぐに。
「.......“
そして、どこかやる気のない掛け声と共に、横なぎに振るわれた手刀が、頸を跳ねる。
───だが、ダメだ。
確かに女性は強い。それはもう出鱈目な程の強さだ。それは誰もが認める。
しかし鬼という生き物の哀しさは、その程度の事では埋められないのだ。
鬼は死なない───それはその身を八つ裂きにしようと、火に焚べようとも覆せない。
鬼を葬るには陽の光に当てるか、或いは鬼殺の隊士が持つ日輪刀によって頸を跳ねるしかないのだ。
呆気にとられて渡せなかった。彼女がこの刀さえ持っていれば、このチャンスを無に帰す事もなかった。
鬼は強かだ、正面からが無理だと悟れば、鬼を殺したと思い油断している彼女の背を突くだろう。そしてそれすら叶わなければきっと逃げるに違いない。そしてどこかでまた人を喰らい、強大になっていつの日か、彼女を殺す。
守れるのは、俺しか居ない。今、やはり俺が殺すしかないのだ。
「否定する、必要ない。刀を下ろせ」
「───え?」
.......灰の、匂い。
鬼が死んだ時の、あの切ない匂い。
「
あの鬼が.......首をもいでも、そのまま一晩置いても死ななかった鬼が、日輪刀で頸を断たれるでも、陽の光を浴びるでもなく死んでいく。
十二鬼月とまでされた、最強の鬼が、呆気なく.......。
日輪刀と呼ばれる刀が、鬼を殺せるのか
或いは鬼を殺せる刀こそが、日輪刀なのか。
鬼殺隊に入って日の浅い己には未だあずかり知れぬことだが.......
少なくともこの夜は、俺の刀よりも、この女性の方がより日輪刀らしくあったことは、間違いない。
他の作品はエタらない。いつか完結させると誓いますが、これはエタります。誓います。