1日2本出すの本当久しぶり…。
強烈な光が収まり、冷たい床の硬さに新一は目を覚ます、するとあたりは教室は全く別の場所となっていた。
まず目に飛び込んだのは巨大な壁画だった。縦横10メートルくらいはありそうな壁画に、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれている。
背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。
いい壁画ではあるのだが、不思議なものを感じるモノもある。
新一は辺りを見渡し、巨大な部屋の広場の中心にいる事が分かった。
そして背後に人の気配を感じ、振り向くとそこには辺りを見渡す生徒たちは勿論の事、香織の姿があり、更に進次郎たちが近くにいた。
新一は香織や進次郎たちに怪我がないことに一安心する。
「(無事の様だ…、しかし…)」
先程から疑問を思っている事が新一にはあった、それは先ほど自分たちの周りには30人程の人々が祈りを捧げ、何かをしているようだった。
その中で一人の老人の方が前に出て、新一たちに落ち着いた声で話し始める。
「ようこそ…トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は【聖教教会】にて教皇の地位に就いております『イシュタル・ランゴバルド』と申す者です。以後、宜しくお願い致しますぞ」
イシュタルと名乗る老人に困惑する皆、だがその中で新一のみが落ち着いた様子で見て、考えていた。
「(…また、異世界?)」
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少し落ち着いて場所を移し、新一たちは現在大広間の様な場所で10m以上のテーブルで並んで座っていた。
混乱していた生徒たちは光輝のカリスマ力が何とか抑え、少しばかりひと段落している、唯一教師である愛子先生が思わず涙目でなってしまったのは言うまでもない。
上座の近い所に愛子先生、光輝たち、そして取り巻きたちが座っており、新一たちのグループはその後部に座っていた。
皆が座っていると、数名のメイド達がカートを押してやって来ていた、そこで男子数名が思わず目を輝かせていた。
なんせおばさんや年取ったメイドではなく、正真正銘の美少女メイドであったのだ。
それには半数の男性陣が見とれている中で、女子達は冷たい目線でその様子を見ていたのであった。
「おい新一!! 本物のメイドだぞ!メイド!!」
「しかも美少女と来たもんだぜおい!!」
「ちょ、ちょっとばかし凄いね…」
進次郎たちは興奮しながら見ていて、千春は冷たい目線で見ていた。
「全く男子共は…、新一君もそう思って…ん?」
千春は新一が何やら考え事をしていて、メイドが紅茶を新一の目の前に置いても見向きもしないのを見て、千春は問う。
「新一君、どうしたの?」
「ん?ああ…ちょっとな」
「??」
その様子に千春は頭を傾げ、興奮していた進次郎たちは新一の方を見て、思わず目を合わせる。
そしてそれを香織はホッと一安心していた、メイドに夢中になっている男子たちの様子に心配して新一の方を見ていて心配していたが、何もないことに安心したのだ。
香織の様子を雫は微笑んで見て安心する、それを光輝は少しばかり何かと気になる雰囲気をしていたのはまた言うまでもない。
全員に飲み物が行き渡った所にイシュタルが語り始める。
「未ださぞ混乱している者達もいることでしょうが。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
その言葉にイシュタルは語り始める。
まずこの世界、トータスと呼ばれる世界は三つの種族に別けられている。
人間族、魔人族、亜人族の三種類の種族が北、南、東の方角によって別けられている。亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと暮らして生きているとの事。
そして問題なのは人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。
魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していた。
ここ数十年、大規模な戦争はしていないが、しかしここ最近、異常事態な事が多発しているらしい。
それは魔人族による魔物の使役だ。
魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだと言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣だの事。
それらを聞いていた皆が唖然とする中で、新一のみ、全てわかっていた様子をしている。
「(どこも変わらないな。魔物ことも…世界の事も)」
新一は以前、前の世界で魔王が放った魔力によって、その世界の獣や動物達がその魔力を受けて凶暴化、更に変化して人を襲い掛かり、更にそれによって獣神へと変貌してしまう事態が起こったらしい。
それに対処する為、女神リリアーナが新一をその世界に送って、その世界を魔王から救って欲しいと頼んだのだ。
今それを考えると、どこも変わらない、そう言う異常な考え、支配したい者達の考え、そう考えると新一は少しばかり頭が痛くなる。
そんな中でイシュタルが語り続けていた。
「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。
このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。
召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。どこかで神託を聞いた時のことでも思い出しているはず、その様子に新一はずっと見ていて、少しばかり“疑問”を持っていた。
そんな中で突然立ち上がり、猛然と抗議する人が現れた。
言わずと知れず愛子先生だ。
「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!
ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
愛子…現在彼女は25歳、その愛子は低身長と童顔、更に愛らしい性格が人気が高く、生徒からの信頼も厚い、そんな彼女が必死に相手側に理不尽な理由に抗議するも、イシュタルの言葉で辺りが凍る。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能なのです」
っとその言葉にその場にいた皆が思わず騒然としてしまう。
「ふ!不可能って…ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。
我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんので、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第という事なのです」
「そ、そんな…」
愛子は脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。すると今の様子に周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!?」
「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
皆が混乱する中で進次郎達も混乱していた、まさかこんな状況に巻き込まれることになろうとは。そして新一は冷静に今の状況にどう対応するか考えていた。
自分が経験してきた状況では、勿論戦う意思を聞いて戦う選択を選んだのだが、今回は違う、理不尽な上に身勝手の召喚、そしてイシュタルの“奥に隠している考え”が新一の警戒心を高まらせていた。
バンッ!!!
すると光輝が立ち上がりテーブルを強く叩いた。その音に驚いて注目する生徒達。新一もその様子に目線だけを光輝に向け、光輝は全員の注目が集まったのを確認すると話し始める。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。だから……俺は戦おうと思う。
この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。
それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
イシュタルの言葉に光輝は自分の手を見て問う。
「今の俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっとこの世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。…俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救って見せる!!」
そう手を握り締め拳を作りそう宣言する光輝。
それと同時に彼のカリスマ性は遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。
皆が活気を取り戻す中で新一は光輝の宣告とは裏腹に、何やら厳しい様子で見ていた。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。俺もやるぜ?」
「龍太郎…」
「今の所、それしかないわよね。気に食わないけど……私もやるわ」
「雫…」
「え、えっと。雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織…」
彼のメンバーが光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。
っがそれを一人の男が声を上げる。
「世界を救う……ね、そんな簡単な言葉、気安く言うもんじゃねえぞ天之河」
すると皆がその声が発した人物に目を向ける、光輝にそう言ったのは新一だった。新一は腕を組んだまま光輝に目線を向いたまま言い、それに光輝は新一の方を向く。
進次郎達も新一のその言葉を聞いて見る。
「新一?」
「どう言う意味だ天道、俺の言った事が気安く言うもんじゃないって」
「そのままの意味だ」
新一はそう言って立ち上がって、光輝の方を見て言う。
「お前、世界を救うって事は魔人族と、…即ち“人を殺す”と言う事だぞ」
っと新一の言葉に皆は思わず息をのみ、背筋がゾッとする。だれもその言葉を聞いて、ようやく自分の行動を理解したのか少し後悔の様子も伺う。
光輝はそれに少し戸惑う様子を見るも、すぐに反論する。
「だ、だがこの世界の人たちは今苦しい状況に陥ってるんだ! 俺はそれを見過ごす事なんて出来ない!それに今の俺達には力がある!」
「力があるっか…なるほどね」
光輝の言葉に新一は移動して、光輝の元まで歩み寄り、その様子を皆は唖然としながら見ていて、香織はオロオロしながらも新一の様子をずっと見ていた。
そして新一は光輝の前まで来て、強い視線で光輝を見る。
「いいか天之河、力は所詮力だ……。その力に飲まれて、逆に人々を傷つけ、殺す事になってしまう…。お前はそれを、本当に理解しているのか?」
「と!当然だ! 俺は絶対に飲み込まれたりしない!!」
その言葉に光輝は当然の様に反論し、新一に負けないくらい強い視線を返す。
新一は光輝の言葉を聞いて、テーブルのカップを見て、それを手に取り、そして…。
「フッ!」
パリン!!!
カップをその場で割って、破片を手に取る。
皆は新一の行動を見て思わず驚き、何をするか分からず、ただ唖然とする。
そして新一は右手に破片を持ち、左手の手の平にめがけて切りつける。
バシュ!!!
「「「「!!!?」」」」
「天道君!!」
新一の突然の行動に皆は驚きを隠せない、特に香織は思わず声を上げてしまう。
その事にも関わらず、新一は手の平から流れ出る血を光輝に見せ、そして握り締める。
「いいか?天之河、お前は自分が行おうとしている事を自分で理解して言っているつもりだろうが、俺から見れば理解してない様に見える。先ほどの様に、人を傷つけながらも出来るのか?」
「っ!……も!勿論だ!! 俺は絶対に救ってみせる!!この世界を!!」
光輝の言葉を聞き、新一は少しばかり間を空けた後に語る。
「…良いだろう、なら見極めさせてもらう。お前の…覚悟とやらをな」
「ああ!勿論だ!!」
光輝は新一の言葉に言い返し、そう言って新一はその場を去ろうとする、っがその時香織が新一の腕を掴む。
「ん?」
「天道君!手を出して!」
その威圧感に新一は素直に左手を出すと、香織はハンカチを取り出して、新一の手の平にハンカチを巻く。
「痛いことはしないで…、お願い」
「…すまん」
そう言って新一は自分がいた場所に戻っていく。
戻ってきた新一に進次郎たちは心配ながらも声を掛けるのだった。
そして皆はこの世界の戦いに身を通す結果となった。