01 贈り物としての “佐久間まゆ”
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「君には汚す価値がある」
それは夏のまんなかの出来事でした。お休みは二週間くらい残っていて、宿題はあとほんの少しだけでした。まだ私は中学三年生で、高校受験に向けて塾に通いながら勉強をしていたころのことです。今でも簡単に思い出せるくらいにセミがうるさく鳴いていました。
その日はちょうど塾もお休みで、気晴らしというほど勉強に嫌気が差していたわけではありませんけど、ウィンドウショッピングを楽しんでいました。私のお小遣いだと好きなものを好きなだけ買うなんて夢のまた夢みたいなものでしたから。もちろん東京のほうがもっと細かくグッズやブランドを見て回れますけど、仙台にだってお店はじゅうぶん揃っているんですよ。
雑誌で見かけて気になっていたクラシカル系を中心にして普段着なんかも見て回っていました。クーラーが効きすぎて寒いくらいのお店から出て、どこかファストフードのお店で休憩でもしようかと歩きながら考えていると後ろから声をかけられました。
呼び止められて振り返ると、突然そう言われました。あまりにもいきなりすぎて私自身ぽかんとしてしまいましたし、呼び止めたはずの男性もなぜか呆気にとられたような顔をしていました。ふたりの間には目には映らないバランスボールくらいの大きさの空気のかたまりがあって、あたかもそれに捉えられているかのようでした。それはとても不思議な時間で、時計の針が行ったり来たりしたり伸びたり縮んだりしているように感じられました。もちろんそんな体験なんてこれまでしたことはありません。
どれだけ時間が経ったのか、それともすぐのことだったのかはわかりませんが、男性の表情が失敗したというふうに歪みました。仕方のないことだと思います。女性に声をかけるとして、普通に考えるならおそらく相当に酷い部類の声のかけ方でしたから。でも私は男性の歪んだその表情に、字義以上の評価が潜んでいることを感じ取りました。 “汚す” のには綺麗でなければなりません。そして、ただ綺麗なだけのものを “汚し” てもそこに価値が生まれることはありません。私はそういう目で見られたのだとその場で瞬間的に理解していました。
まるで早回しの鹿おどしみたいにぺこぺこ頭を下げて、そのせいで半ば以上に聞き取れない謝罪の言葉を一方的に浴びせる彼の姿は見栄えのするものとはとても言えないものでした。けれど私の意識は彼が謝罪を終えたあとにどんな話をするのかということに向いていました。私を汚すことにいったいどんな価値を与えてくれるのか。だから私は適当に話を終わらせようとするどころかその場から立ち去ろうとさえしませんでした。
そこから先は信じられないくらいスムーズでした。たしかに高校に願書を出すのは受験直前のお正月を過ぎてからのことですし、そういう意味では受験だけ東京でしてしまえば変な時期での転校もせずにすみます。それでもこんなにあっさり行くものだろうかと疑ってしまうくらいに問題なく事態は進行していきました。
私は、アイドルになることになったのです。
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先進的なビルが立ち並んだ東京の街を洗練されていると呼んでいいのかは私にはわかりません。ただ少なくとも都心と呼ばれる場所に人が途絶えることはありませんし、私がいた仙台よりはるかにお店の数も多いのはたしかです。ちょっと郊外まで出れば畑もあってけっこう田舎なものだよ、と聞かされてもなかなか鵜呑みにはできそうもありません。上京してきてすぐの人に好きか嫌いかの結論を出させるのは難しいと思いますけど、落ち着かないというのは多くの人にしばらく共通するような気がします。
この春から親元を離れて都内の高校に通うことになって、私は中学校の卒業式の翌日には東京に出てくることに決めました。理由は二つです。早く東京での生活に慣れておきたいのというのと、アイドルとしての打ち合わせを休みの内にできるだけ進めておきたいというものです。とくに後者は学校が始まってしまえば自由な時間がどうしたって限られてしまいますから、優先順位を上げるのはいいことだと思います。
……あらためて文字にしてみると、意外と私はアイドルになることに乗り気だったのかもしれませんね。
私の担当をしてくれる人、この会社ではプロデューサーさんと呼ぶそうです、が事前に予約しておいてくれたホテルに手荷物だけ持って次の朝を待ちました。ひとりでビジネスホテルに泊まるのにはちょっと不安がありましたけど、いざ実際に部屋に入ってみると案外落ち着けるもので、もしかしたら自分の神経は太いのだろうかとちょびっと考えてしまいました。翌日には打ち合わせがあって、そのあとで寮に入ることになっていました。手に持てない引っ越しの荷物はそちらに届くようにお願いしていました。
次の日はよく晴れたお天気で、絶好の行楽日和でした。私は前もって決まっていた打ち合わせのために電車に乗って本社へ向かいました。実は本社のほうに顔を出すのはこの日が初めてだったんです。私の実家は仙台にあるので大事な書類のやり取りなんかは郵便で済ませていましたから。昨日も似たような景色は見ていたはずなのに、今日の電車の外のそれはどこかが違って見えました。緊張していたのかもしれません。本社までの道順で迷うようなことはありませんでしたけど、いざ実物を目の前にするといったいなんのために必要なのかわからないくらいに大きな建物には気後れしてしまいました。
「しばらく地元でレッスンを受けてもらったけど、どう? ダンスは大丈夫そう?」
「……得意では、ないと思います」
「歌はどうだったかな、好き?」
「あ、はい。好きです」
大きな建物の、何階だったでしょうか、隅の花瓶に綺麗な花の活けてある部屋で、あいさつもそこそこに始まった打ち合わせのスタートはそこからでした。正直に言ってどういう意図があって聞かれているのかわかりませんでしたから、考えるよりも先に素直に答えていました。私の返事を聞いて、そう、とただ事実を確認するようにプロデューサーさんはメモを取りながら言いました。メモを取るような内容には思えないので、なんだかちょっと居心地がよくありません。
続きもどんなものが好きかとかそういった内容ばかりでした。アイドルにはそういったこまごまとしたことが必要になるのでしょうか。そんなふうに考えたせいでちょっと小生意気な聞き方になってしまいました。あるいはプロフィールの作成のために大事なのかもしれませんけど。
「あの、レッスンの出来とかは連絡が届いているんじゃないんですか?」
「たしかに届いてるけど、それとは別に君の実感とか好き嫌いなんかは聞いておきたいんだ」
「…………?」
「そうじゃないとどんな仕事を振っていいかこっちもわからないからね」
もしかして自分はとんでもない界隈に飛び込んで、その上とても恵まれた環境に拾われたんじゃないかということにそこで初めて気が付きました。なんだか自分が間抜けに思えました。浮かれていたのかもしれません。他のところではどうなのかは知りませんが、ここでは私は最悪でも多少の選り好みする権利を与えられているようでした。私がやりたいと言えば別だと思いますけど、きっとテレビの向こうで運動したりステージでカッコよく踊るようなお仕事よりは、歌やお芝居のお仕事のほうが多くなるんだと思います。バラエティ番組は、ちょっとわかりません。
仙台で声をかけられた時も含めて、私がプロデューサーさんの顔をきちんと見ることができたのはやっとその時でした。はっきり言ってしまえばその顔には特徴と呼べそうなものがありません。街中ですれ違っても絶対に印象には残りませんし、顔を合わせてちょっと話をしたって翌日にはだいたいの人が覚えていられない顔立ちだと思います。おそらく私もそのほとんどの人のうちに入るのでしょう。失礼な気もしますけど、ウソをついてもしょうがない部分です。でもその時のその表情だけは強烈に印象に残りました。不思議な言い方になりますが、顔の造りではなく表情が、チェシャ猫の浮かぶ笑顔みたいに焼きつきました。私を安心させるためにやさしく微笑んでいるのに、どうしてか真剣さがはっきりと感じ取れる、それ以外に表現の難しいものでした。これまでの人生では見たことがありませんでしたし、きっとこれからの人生でもこの人以外ではまず見ないんじゃないかと思います。
またしばらく質問が続いて、私はそれにできるだけ真面目に答えるよう努めました。とくに主義を持っているわけではありませんけど、この態度に対して礼を失するのはしてはいけないことだと思ったからです。
「……うん、こんなところで十分かな」
「あの、ありがとうございました」
「こちらこそ、って危ない危ない忘れてた。もう一つだけ聞かせて」
「はい、なんでしょう?」
「名前はどうしようか」
「名前、ですか?」
「芸名をつけるかってことなんだけど。経験から言って本名はあまりオススメしない」
考えもしなかったことをまた問いかけられて、私はぽかんとしてしまいました。ひょっとしたら想定外のことに出会ってしまったときの私のクセなのかもしれません。
「何かこんな名前がいい、みたいなのはある?」
「えっと……」
「あー、ごめんごめん。いきなり言われてぱっとは出てこないよね」
「あ、あの、まゆ、がいいです。ひらがなで」
「まゆ? いい名前だね、すごく君にしっくりくる。考えてたの?」
「いえ、仙台で読者モデルをやっていて、その時にもらった名前なんです」
「なるほど。じゃあ名前はそれで行こうか。苗字のほうは有り無し含めてまた後日にして……」
心なしか弾んだ声でプロデューサーさんは承諾してくれました。手元のメモに素早く書きつけて、下線を引いているのも手の動きでわかりました。東京に来て二日目にして一歩ずつアイドルに近づいている感覚があって、それはなんだかとてもこそばゆいものでした。まるで私という一個の人間が根っこから作り変えられていくようで、その行程が終わったときにどうなるのかは私にはまったく想像がつきませんでした。
その後はちょっとした雑談や寮のことなどいろんなお話をしました。その中で印象に残ったのは同じ事務所の方たちの話でした。たとえば日常生活でたくさんの芸能人を知ってはいてもその所属事務所なんて知らないことがほとんどです。けれど所属されている方たちの名前を教えてもらってびっくりしました。テレビを欠かさず見るというタイプではない私でも知っているような、各方面で相当に有名な方も数多く在籍されているらしく、私が来ることになったここはどうやら業界でも力のある事務所であるようです。
「あ、あとこれは個人的な伝達事項として聞いておいてほしい」
「はい、なんでしょう」
「これは内緒なんだけど、僕は片思いまでは推奨している」
「……え? アイドルってそういうのは……」
「一般的にはそうかもね。でも人が人を好きになるのは自然なことだよ、それを止めることはしない」
「それは、なんというか……」
「でもキミはきっとラブソングを歌うだろうから」
ちなみにこの二日後に私はプロデューサーさんから “佐久間” という苗字をもらいました。
そして “佐久間まゆ” が生まれました。