佐久間まゆの壊し方   作:箱女

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07 死にゆく名前のない女の子

 

「まゆとずる休み、しますか?」

 

 私の動きに合わせてついてくるカメラに向けて、ダンスのターンよろしくくるりと振り向きます。後ろ手に隠していたペットボトルを頬に触れるくらいに近づけて、用意されたセリフを口にします。わざと緩めに留めておいた制服のリボンが胸元で軽く跳ねます。夏休みを思いたくなるような不自然なくらいの青空の下の防波堤で、撮影は進んでいました。順調と言えるかは私にはわかりません。似たようなシーンをちょっとずつ違ったロケーションで、いくつもいくつも撮りました。きっとそのどれかで商品名のテロップと、もしかしたらキャッチフレーズみたいなものも入るんでしょうか、その読み上げが入るんだと思います。さすがにコインローファーで何度も走るシーンを撮影するのはちょっと足が痛かったですけど、それも頑張ろうと決めていた身からすれば苦にはなりません。初めての東京を離れてのお仕事ではありましたけど、大小合わせて問題は何一つなく、つつがなく撮影は終わりました。

 

 

 感覚的にはずいぶんと久しぶりに食堂のお決まりの場所です。コーヒーにちょっとだけミルクを入れて、朝の光の中でぼんやりしています。CM撮影のあとはプロデューサーさんが気を利かせてくれて、しばらくの間はお仕事の予定を空けてくれました。ですから学校がお休みならそのままお休みです。いろんなレッスンは平日の放課後に決まっていますから余計な心配も必要ありません。カップから立ち上る湯気が独特の香りを運んできます。

 食堂を訪れたたくさんの方とお話をしたり部屋から持ってきた本を読んだりして、いよいよお昼が近づいてきます。太陽の位置はすっかり動いて、私の座っている席はもうぜんぜん眩しくありません。私が座っている位置は開きっぱなしのドアが見えるので、周子ちゃんが入ってきたのがすぐにわかりました。絵で描いたみたいにあくびをしながら、のそのそとゆっくりとした動きで部屋に入ってきて、私の姿を認めるとそれが自然なことであるように向かいの席へ歩いてきます。

 

「おはよ。早いね、まゆちゃん」

 

「もうお昼前ですよ、みんな起きてます」

 

「ほら、しゅーこちゃん時計ずらして生活してるからさ」

 

 会話こそできていますけど、まだまだ眠気が強そうです。この時間は朝ごはんは片付いていて、お昼ごはんは準備の真っ最中です。なのでキッチンは使えません。冷蔵庫からなにか出すだけなら問題ありませんけど、タイミングとしてはあまり良くはありません。

 机に手をついてから座って、もう一度あくびをしています。これたぶん起きてから間を置かずに着替えただけで部屋から出てきてますね。出会った当初に麗奈ちゃんが言っていた人物評が思い出されます。

 

「周子ちゃんもコーヒー飲みますか?」

 

「あー、ありがと。混ぜ物はナシでお願い」

 

 インスタントなので淹れるというほどの手間はありません。ポットからお湯を注いでおしまいです。新しく湯気を立てるカップがもうひとつテーブルの上に乗りました。カップの縁に陽の光が反射してきらりと光って、まるで作りこんだみたいに寝起きでコーヒーをすする音が聞こえてきます。ブラックを迷わず選択できるのはちょっとカッコいいな、なんて思ってしまいます。

 

「そういや今日、明るいね」

 

「夜まであまり雲も出ないみたいですよ」

 

「なんか久しぶりな感じだね、梅雨の晴れ間ってのも粋だねえ」

 

 外に目をやりながら小さく微笑んでいます。

 

「そういやさ、まゆちゃんこないだどこ行ってたの? 泊りだったみたいだけど」

 

「えーっと、コンプライアンス的に言えないんです、それ」

 

「お、そりゃすごい。察するに何かのオーディションに通ったかな、CMとか?」

 

「ノーコメントです」

 

 それ以外に言えることがありません。なのに周子ちゃんはくつくつ笑っていて、それがなんだかずるいように思えます。さらっとピンポイントで答えを当ててくるあたり経験値というか場数の多さが窺えます。

 目の前の眠たげな彼女が、テーブルの上の私の肘の先あたりにまじまじと視線を注いでいます。あ、もしかして置いてある本が気になるんでしょうか。目の細めぶりから考えるとどうやらコンタクトもせずに部屋を出てきたみたいです。

 

「これですか? 智恵子抄っていうんですよ」

 

「なんだっけ、高校の授業で聞いたことがあるような」

 

「詩集ですよ」

 

「うーん、文学の線でいくならあたしは小説のほうが好きかなぁ。なんかそういうのって生の感情を加工して保存してるみたいでちょっと怖いんだよね」

 

 意外と言ったら失礼ですけど、周子ちゃんにもそういった好みがあったんですね。その意見ももちろん理解できるものではありますけれど、だからこそ惹かれるというのも事実だと思います。そこはやっぱり個人の好みの違いなのでしょうから、どうこう言うわけにもいきませんけど。

 太陽がいちばん高くなる時間が近づいてきて、窓から差し込む光がより強くなりました。

 

「この詩集、読んでみます?」

 

 押しつけにならないように軽く差し出してみます。

 

「ちょっとパスかな」

 

 まゆはこれから先、周子ちゃんに嫌われてしまうのかもしれません。

 

 

 

 




これで更新は最後となります。
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