佐久間まゆの壊し方   作:箱女

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03 the germ of aspiration

 

「何回目のだったか忘れたけど、そのレッスンが終わったあとにいきなり言われたのよ。試しにオーディションを受けてみる気はないかって」

 

 汗をかいたアイスコーヒーの容器に左手を添えて、視線は外に向けたまま麗奈ちゃんの話は続きました。店内のテーブル席から見える街の景色は窓に切り取られているせいもあって、たとえば大きな水槽みたいに見えます。客観的に考えればお店の中にいる私たちのほうがそういうふうに見えるはずなんですけどね。

 

「映画の、ですか?」

 

「そ。アタシは自分で演技ができるなんてちっとも思ってなかったからそりゃ驚いたわ。そもそも演技のレッスンだってまともにやり通したことないのよ?」

 

「それで主演ってすごい話ですねぇ」

 

「ああ、そこも話してなかったわね。主演のオーディションだってのも聞かされてなかったのよ。いざ会場に行ってみたら、はい主演オーディションを始めます、だもの。笑っちゃうわよ、その場で驚いてんのはアタシだけ。他の連中はどいつもこいつも変な目でアタシを見てたわ」

 

 麗奈ちゃんのお話は面白いから聞いてみるといいよ、って周子ちゃんが言っていた理由がよくわかります。まるで作り話にしか聞こえませんけど、これが彼女の口から出てくるのであれば間違いなく事実です。だって麗奈ちゃんはウソをつくのがびっくりするほど下手ですから。ウソをつくときは目が泳ぎますし挙動に不審なところが出ます。イタズラに関しては器用ですし発想も柔軟だと思いますけど、人をだませないというその一点だけで評価がひっくり返ってしまうような、そんな子なんです。

 けれどお話を聞けば聞くだけ奇妙というか、どうしてだろうと思うような箇所が出てきます。演技ができないのに主演になれるとは思えません。事務所のプッシュなのだとしてもまだ麗奈ちゃんはデビュー前ですし、それ以前に試しに受けてみろと言われていたらしいですからこの線はないはずです。とすれば、麗奈ちゃんは自分で演技ができないと思っている一方で、本当は主演を勝ち取れるだけの能力を持っているということになりそうです。

 

「オーディションではどんなことをしたんですか?」

 

「ケンカ吹っ掛けてやったわ」

 

「え?」

 

「そのまま。だっていきなり脚本の一部渡されて演技しろって言われてできるわけないじゃない。登場人物が何を考えてるかがわかってやっとスタートでしょ? なのにその説明どころか課題のシーンの前後すら用意してないんだもの。アッハッハ、脚本家以外のヤツらの顔ったらなかったわね!」

 

「脚本の方はどうされていたんですか?」

 

「そいつだけアタシの言ってることに取り合ってくれたわ。だから聞きたいとこあらかた聞いて、それでそいつになったつもりで台本読んでやったってワケ。まさか通るとは思ってなかったけどね」

 

「き、胆が据わっているというか……」

 

 なんだかとんでもない話の連続ですけど、結局は主演の座に収まっているんですから大したものです。やっぱり話を聞く限りは麗奈ちゃんは実は演技が上手なんでしょう。それならウソも上手でいいと思いますけど、そこにはなにか別の線が引かれているのかもしれませんし。

 目を細めたイタズラっぽい笑みは麗奈ちゃんならではのもので、こっそりふたりで内緒話をしているような感じがします。それはとても魅力的で、もしも私が男の子だったら一緒に遊びに行きたいとか計画を立てたいなんて思っちゃうような、そんな素敵なものでした。

 

「そういえばまゆ、聞いたわよ。アンタもう雑誌でデビューするらしいじゃない」

 

「そうなんです、とはいってもスペースは小さいみたいですし、扱いはファッションモデルのひとりですから」

 

「なんにせよデビューはデビューよ。オメデトウ。立派な後輩で鼻が高いわ」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 二人で食べるつもりでひとつだけ注文したポテトをお互いに一本ずつ差し出します。それにしてもずいぶん耳が早いものだと思います。まだまだ私なんて取るに足らない存在のはずなのに。その話がたまたま偶然の拍子に麗奈ちゃんの耳に入ったということなんでしょうね。とはいえお祝いしてもらえるのは素直にうれしいです。

 それにしても麗奈ちゃんは本当に中学一年生なんでしょうか。三年前の私はこんなに自分の考え方の芯みたいなものは持ってさえいなかったはずです。

 

「見本みたいなのはいつ来るの?」

 

「今日届くって聞いてます」

 

「タイミングいいじゃない。さっさとこのポテト片付けて事務所戻りましょ」

 

 

 来たてのころと比べてだいぶ歩きなれた街を抜けて、いつもの大きな建物に戻ります。隣を歩く麗奈ちゃんは何が気になったのか、しきりに私の撮影のときについて聞きたがりました。別に隠すようなことはありませんからできるだけ丁寧に答えるようにはしましたけど、面白いところがあったかどうかはわかりません。麗奈ちゃんは銀幕主演からスタートする特殊な経歴の持ち主なので、もしかしたら経験していないお仕事のことが知りたかったのかもしれません。それにしても話していて麗奈ちゃんの頭の良さには感心しちゃいます。視点がフラットで、そのうえ情報の整理が上手く想像力にも富んでいます。すごい先輩と仲良くさせてもらえてるみたいでラッキーかも、なんて。

 本社のいつもの休憩スペースにたどり着くと、周子ちゃんがソファで何かを読んでいました。背もたれに背中を預けて足を組んで、その腿の上に雑誌が乗せられているようです。アイドルという職業は流行と密接な関係がありますし、それでなくても女の子ですからファッション雑誌は手放せないもののひとつです。それは周子ちゃんのような人気アイドルでも変わりありません。

 私たちが部屋に入ったのに気付いたのか周子ちゃんが顔を上げました。こっちのほうに視線を合わせて、そうしてから友達として接している時にしか見られない、あのにまっとした笑顔でちょいちょいと手招きをしました。せっかく仲良くなった友達から離れる理由もありませんから誘われるままに近づいていきます。周子ちゃんの手には先ほど麗奈ちゃんとの話題に挙がった、私の載った雑誌の見本誌がありました。

 

「ふっふーん。お先に見させてもらってるよん」

 

「は? あんた何言ってんの、ってこれまゆ載ってるじゃない。ちょっと見せなさいよ」

 

 ぐいぐいと周子ちゃんの隣に詰めて寄っていくさまはなんだか仲のいい姉妹みたいに見えます。それが微笑ましいのはぜんぜんいいんですけど、その、あんまりまじまじ見られると恥ずかしいというか。

 

「へー、なんか手慣れてる感あるじゃない。経験者とか?」

 

「あ、はい。読モやってたことがあって」

 

「ふうん、まゆのルックスならおかしくもないわね。で、なんて名前の雑誌でやってたの?」

 

「Silks っていうんですけど……」

 

「シルクス? 聞いたことないわね。周子、アンタは?」

 

「そんなときはこのスマホ先生でちょちょいのちょいよ!」

 

 いつの間にか見本誌は麗奈ちゃんの手に渡っています。周子ちゃんはわざとらしく喉の調子を整えてから音声認識で検索を始めました。ふつうに文字を打ってもいいと思うんですけど。普段あんまり使う機会がないからってことだったりするんでしょうか。

 

「おっ、出た」

 

「へえ、ロリータファッション? ってよく知らないけどこんな感じなの?」

 

「よくイメージされるようなゴスロリとか甘ロリとは違うふうに見えるかもしれませんね。まゆはガーリー系からクラシカル系くらいまでが趣味の範囲なんです♪」

 

「意外と細かい分類があるもんなのね」

 

「ねえねえ、もしかして上手く検索すれば読モ時代のまゆちゃん見れたりするんちゃうんこれ」

 

「面白そうじゃない、上手くやんなさいよ」

 

 たぶん、出てくると思います。どちらかといえばマイナーなジャンルですし、誌面以外にもホームページに画像を上げるみたいな話はもらっていましたから探せばすぐに見つかるはずです。読モなんてやっておきながら何を今さらって感じもしますけど、仲の良い友達に見られるのはやっぱりどこか気恥ずかしいところがあって。だってお仕事とプライベートは別物じゃないですか。

 二人はちょこちょこ話し合いながら検索ワードを変えたりスワイプしたりして、これは違うんじゃないの、なんて声をときおり上げたりしています。捜索が続いているところを見るとまだ当たりは引いてないみたいですけど、ものすごく楽しそうです。

 

「あっ、麗奈ちゃんこれって」

 

「これよ周子! よくやったわ!」

 

 ぱちんとハイタッチがあって、その後はまた画面をじっと見つめています。ちらっと私を見る動作が入ってまた視線はスマートフォンに戻ります。顔の動くタイミングがまったく同じなのがちょっと面白いんですけど、ここは笑うところではないと思うのでこらえます。

 集中して見る時間が終わったのか、二人とも背もたれに寄りかかって画面と私と、あと見本誌の私とを見比べるリズムが早くなりました。何か気になるところでもあるんでしょうか。

 

「なんかちょっと幼い感じするわね、この画像のやつ」

 

「前の雑誌の写真って最新でも一年くらいは前のものですから」

 

「そうなの? それならまあ納得かもね」

 

 麗奈ちゃんはさっきよりは気のない感じで周子ちゃんのスマートフォンを覗いています。

 

「まゆ、アンタ久しぶりの撮影で緊張したんでしょ。前のほうがいい表情してるわよ?」

 

「えー? しゅーこちゃんは見本のやつのほうが好きなんだけどな」

 

「アンタみたいな人間がそんなこと言ってんじゃないわよ。見られる側の代表格じゃない」

 

「物の見方の違いやって。レイナサマもそこんとこはまだ勉強不足やね。うりうり~」

 

 目の前のやり取りが不思議なものに見えて仕方ありません。光景だけを見れば、ちょっかいを出すお姉さんとその被害を受ける妹のそれです。けれど話している内容は写真を一目見てどちらの出来が優れているかの議論です。そんなに簡単に違いが見分けられるものなんでしょうか。少なくとも私は以前の経験どおりにカメラに向かっていたと思っています。でも二人から見ればはっきりと差があるようで、そして評価のポイントの差で意見が割れているようです。題材は私です。それなのに私にはどうして優劣をつけることができるのかがわかりません。自分自身に対する理解が足りていないのでしょうか。

 少しだけ置いて、やっと納得が追いついてきました。どうしてそんなに目が鋭いのか、それは彼女たちがいる環境が常に進化を求められるところだからです。新しい価値を生み出し続けなければ世間がそっぽを向いてしまう。だからアイドルは自分を正確に理解する必要があって、そのために目は鍛えておかなければならないんです。意識的かどうかは別にして。これまで読者モデルとしての経験しかなかった私にはない部分です。これまで一度だってそんな目で自分の載っている雑誌を見たことなんてありません。ですが広い意味で言えば、これから私は周子ちゃんと同じステージに上がります。価値を発揮し続けなければなりません。私は佐久間まゆを理解する必要があります。華やかな世界ですけれど、そのぶん熾烈なのはお茶の間にいたってなんとなくはわかります。周りにあるすべてが学びの種です。勉強しましょう。まずは。

 

「あの、周子ちゃん。まゆも見本誌とスマホ、見せてもらっていいですか?」

 

 

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