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生放送の音楽番組に出るという話を恵磨さんご本人から聞いたので、放送開始前から寮のリビングのソファに陣取っています。何もそんなことまでしなくても、と言われてしまうかもしれませんが、残念ながら私は部屋に自分用のテレビを置いていません。そんな理由でこんなに大きなテレビのチャンネルを奪ってしまうのはちょっと気が引けますが、そんなことは言ってられません。大好きな先輩がテレビで観られることもそうですけど、自身の勉強のためという部分も大事なところに入っています。恵磨さんであれば担当のプロデューサーさんが同じこともあっていろいろと聞きやすいですし、何より包み隠さず教えてくれるっていう安心感があります。
これまで音楽に熱中してはきませんでしたから、たとえばテレビのCMとかで耳にしない限りはどんなに有名な曲でも聴いたことがないなんてことが当たり前にある生活を送ってきました。当然ですが、どんな音楽が流行ってどんなアーティストが人気かなんてことはちっともわかりませんし、ジャンル分けと言われてもさっぱりです。けれど生放送の音楽番組に出るということが人気と実力の証であることはわかります。求められるものが常に100パーセントか、あるいはそれ以上という環境。きっと私もそこに立つことを望まれています。
番組が始まりました。司会の方が出演者の方を順に紹介していきます。演奏順もその通りならわかりやすいのですが、そういうことでもないみたいです。恵磨さんが紹介されて、カメラに向かって手を振っています。その姿は事務所でお話しているときの恵磨さんそのまますぎて、むしろ私は変な感じがしてしまいます。
「珍しくまゆちゃんがテレビの前にいると思ったら、なるほどね」
「周子ちゃん」
「いややっぱかっこいいね、恵磨さん。私もよく曲聴くよ」
「そうなんですか?」
「うん。寮住まいじゃないから話す機会はあんまないけど、だから逆に素直にファンって感じ」
なるほど。同じ事務所の所属とはいってもなにか、たとえば共演みたいなきっかけがないと仲良くなるチャンスそのものがない、というのはあるのかもしれません。人数のことを考慮しても、全員が全員と仲良くするのは時間的に難しいように思えます。それでも全員と面識を持つくらいなら可能ではあって、周子ちゃんと恵磨さんはきっとそういった関係なのでしょう。実際のところ私もまだ名前も知らない子がけっこういるので、その辺りは早く解決していきたいです。
私の隣に周子ちゃんが座るとそのぶんだけソファが沈んで、ちょっと体が傾きます。傾くとはいっても私の中で重心の位置が少し動くといったくらいのものです。
音楽番組をほとんど見てこなかった私からすると、それはまるで丁寧に作られたアトラクションのように感じられました。知らないものがひとつずつわかりやすく呈示されていきます。世の中の音楽にはこういうものがあるんだと初めて知ったものがたくさんありました。途中で口が開きっぱなしだったことに気付いたのはちょっと恥ずかしかったですけど、まあそれは置いておいて。
「恵磨さんの歌ってさ、なんでこう真っ直ぐ聞けるんだろーね」
「ええと、たぶんですけど、普段通りだからだと思います」
「どゆこと?」
「恵磨さんって普段からごまかそうとか取り繕おうとすることが全然ないんです。たとえばまゆが何か質問をしたとして、恵磨さんは先輩ですからちょっとくらい見栄を張ろうって思ってもおかしくないと思うんです。だってまゆは年下で新人ですから。でも恵磨さんはわからないことはわからないってはっきり言えちゃう方なんです」
「カメラがあってもなくてもそのまんまってことね。あー、でも納得感はあるなあ」
「逆にウソをつけるヤツはすごい、なんて言うんですよ」
「それまたなんで?」
「ウソをついたらそれを覚えておかないとならないじゃん、だそうです」
「あっはっは、真面目なんだねえ」
私もそれを聞いたときには驚いたものです。ウソをつくならきちんと最後までつき通そう、なんて考えは頭に浮かんだことすらありません。そういう視点に立ってみると、意外と私は人との接触が少なかったという見方もできそうです。この事務所に来てからというもの、私は自分にない考え方に出会ってびっくりしてばっかりなんですから。
恵磨さんの曲のあとはこんなふうに話が続いて、その後の方々の曲は耳に入りませんでした。もちろん世の中には他の方々が目当てという人もいらして、その方々には失礼なのかもしれませんけど、その日の私には恵磨さんが特別だったということです。歌とか演奏の技術の話はわかりませんし、音楽そのものに関心を向けるのはまた別の機会にしましょう。
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「いやー、作詞はできないかな」
「まゆ、てっきり恵磨さんが全部作詞しているものだと思ってました」
恵磨さんの歌がかっこいい理由はごまかしたりしないから、と周子ちゃんに話したその後にぼんやり考えていると、ふとしたタイミングであることに気が付きました。恵磨さんがウソをつかないことでその魅力を最大限に発揮しているのだとしたら、歌っている内容も恵磨さんから出てきていることが最高の条件になり得るんじゃないかと。そう思っていたのですが、それをいま真正面から否定されてしまいました。
「……まあ、まるっきり的外れってわけでもないんだけどな」
「どういうことでしょう?」
「なんつーんだろうな、げ、原案でいいの? アタシが思ってること考えてることを紙に書いて、それをプロの人に書き直してもらってるんだけど」
いつもみたいに何も隠そうとすることなく恵磨さんは話してくれます。私の小さな頭だとこのことはあまり大っぴらにしないほうがよさそうに思えるんですけど、恵磨さんはやっぱり気にしないみたいです。そんな一幕で感心する一方、自分の考えが間違ってはいなかったことが本人から証明されてうれしく思う私がいました。
恵磨さんすっかりそう話したあとでちょっと間を置いては照れくさそうに髪の短い頭をがしがし掻いて、目をほんの一瞬だけ逸らします。それは私には意外なものに映りました。いつだって堂々と胸を張って立っているこの方がこんなふうに縮こまることがあるだなんて。どこが恵磨さんの恥じらいのポイントに触れたのでしょう。歌詞の元となるものを書いていることでしょうか。それともプロの方にお任せしていることでしょうか。あるいはそのどちらもで、そのことを私に話してしまったからかもしれません。気にはなりますし聞けば答えてくださると思いますけど、さすがにこれを聞くのは野暮にも程があるというものです。
「でもスゴいんだぜ、アタシが書いたやつがさ、断然深くなって帰ってくるんだよ。いやたまに全然イメージと違っててダメになっちゃうこともあるけどさ」
「……恵磨さんは遠いですね」
きっと言わないほうがよかった言葉が思わず口からこぼれました。私自身としては何の動作もなかったはずの一秒あとに口を動かしたっていうなんとなくの感覚があって、それを確かめるとさっきの発言でした。何が変わるようなものではありませんでしたし、実際にその場では何も変わることはありませんでした。でも言わないほうがよかったことだと瞬間的に私は理解していました。
「そりゃあまゆとアタシじゃタイプが違うだろ、遠いのは当たり前じゃんか」
「そうですね、たしかにまゆは恵磨さんみたいにカッコいいわけではありませんし」
「あー、いや、そうじゃなくてさ、なんだろ、言い方があってるのかちょっとわかんないけど、スタンスの話なんだよ。ファンのみんながどこを見てついてきてくれるかってところ」
いまひとつ恵磨さんの言いたいところがつかめずに私は首を傾げます。
「たとえばアタシはさ、アタシが楽しめることやりたいことを思いきりやって、ファンのみんなはそれが面白いっつってついてきてくれるんだけど、まゆはそういう感じじゃないだろ?」
なるほど。そういう言い方をされればたしかにそうかもしれません。求められる像のかたちとでも言えばいいのか、そういうものが私と恵磨さんでは一致しないような気はします。仮にそういうものがあるなら私が目指すべきなのはどういうかたちなんでしょうか、と軽く頭に浮かべてすぐにその考えを止めました。求められる像の前にそもそも私は世間に知られていませんから、まずは何よりもアイドルとしての地盤を固めること。像の話はその後です。
意識を目の前に戻すと恵磨さんはうんうん唸りながら何かを考えています。たまに私を見ては再び考え込み、考え込んではちらっと私に目を向けての繰り返しです。話の流れからその内容はなんとなく想像がつきますが、ファッション誌の片隅に載っただけのデビューらしいデビューもしていない私なんかのために頭を悩ませてくださるのはまだ早いんじゃないかな、なんて思ってしまいます。うれしいのには違いないんですけど。
「前にさ、藤林さんとまゆの話をしたんだよ。それこそどういうタイプに成長するんだろう、みたいな話」
言葉を探しながら、というのがピタリと当てはまるようなペースでまた話を始めます。いつものハキハキした調子を知っているだけに似つかわしくない印象が強く残ります。
「なんか、そうあらたまって言われちゃうとちょっと緊張しますね」
「いや聞き流していいんだけどさ、アタシとあの人の意見は大筋では一致したんだよ。まゆはかわいいのに間違いないんだけど、それでも美しさが武器になるって」
「……大筋、ですか?」
正面きってこんなことを言われるのに恥ずかしさがないわけではありませんが、だからといってここで流れを断ってしまってはいけない気がします。これはきっと、すごく大事なことのはずだから。
「アタシはなんかイメージみたいなのあるんだよな、まゆと初めて話した時から。でも藤林さんはそれがないんだってさ」
まるでそういう造りの機械のように、イメージ、と私は繰り返します。
「アタシ的には美術品。ケースがあるから触れないんだけどさ、独り占めしたくなる感じ。世界でアタシだけが良さを知ってて、アタシ一人だけが同じ空間にいることができて、それを好きなだけ見ていられる立場になりたい、みたいな」
この事務所の人はよく私の理解の及ばないことを口にします。プロデューサーさん然り、周子ちゃん然り、麗奈ちゃん然り、そして恵磨さん然り。特別な才能を持った人が輝くこの世界でひときわ存在感を放つということは、そのうえさらに独特な感性を持っていなければならないということなのかもしれません。というか恵磨さん、私に触れないような印象を抱いているのでしょうか。
もう一度私から視線を外して、恵磨さんは黙って顎に手をやりました。あれだけエネルギッシュな方が静かに考えに沈む姿がこんなにも魅力的だなんて誰が知っているでしょう。きっと世界で私ひとりに違いありません。なんちゃって。
「うーん、イメージはあってもどう売り出すのがいいかまではさすがにダメだ! というかやっぱ藤林さんの仕事だもんな、これ。とにかくまゆにはさ、まゆだけの何かが絶対あると思うんだよアタシ」
「……まゆだけの、なにか」
「うん、きっとそれがまゆを綺麗に、いや違うな。あー、なんだ、どう言おう、見た目の部分じゃない美しさをくっきりさせると思う。それも、たぶんぶっちぎりで」
いま難しいところにぶつかっているというギターのほうに恵磨さんは向き直りました。私にはギターの運指、と呼ぶことを教えてもらいました、のことがまるでわかりませんから全て同じように難しそうに見えます。とても真似できそうにありませんし、見ててもそれほど面白いものとも思えません。そうは言っても練習に取り組んでいる恵磨さんの邪魔をするわけにはいきませんから、学校の図書室で借りてきた本を読むことにしました。いわゆる詩集なのですが、最初に載っている “人に” という題の作品が気に入ったので借りることに決めたものです。