転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
ヴァーチャル配信者とファンとの交流、それと復興した文化に触れてもらう機会を作るという目的で実施されるようになったバーチャル・リンク・フェス。通称V/L=Fはおよそ二日かけて行われる大規模なリアルイベントである。
と言ってもこの二日制になったのは規模が大きくなった今年からで、前年は一日だけというのが通常だった。
V/L=Fのスケジュールでは一日目に個人配信者や企業の新人配信者のお披露目と協賛企業の新作ゲームや最新技術の展示会などが行われ、二日目にこのフェスのメインイベントである配信者によるライブステージ、V/L=F参加配信者たちによる賞金付き対戦ゲーム実況が行われる。
公式的にこの一日目は前夜祭、二日目が祭本番とされ、合わせて二日間ものあいだフェスチケット所持者は塔の街に滞在することが許されている。
だがその二日間の宿泊施設の手配や料金は本人持ちなので、どうしてもメインである二日目に人が集中する傾向にある。とはいえ年に一度の、この国のみならず世界的に見ても大規模と言える今回のV/L=Fの為ならと仕事を休んでまるまる二日間参加する者も数多くいた。
つまり、V/L=Fが開催される二日間およびその前日より塔の街はフェス参加の人間でごった返しで、さらに宿泊施設などもほぼ満杯状態。民宿なども相部屋で対応しても追い付かないほどの慌ただしさとなっていたのだ。
そんな慌ただしさの中、意外にもゆったりとした時間の流れる一軒の住宅があった。
FSの拠点となっている家のリビングではなこそ、寝子の二人が何やら話し合っていた。二人は迫るV/L=Fの打ち合わせを行っていたようで、灯の淹れてくれたココアとミルクティーをお供に情報端末を何やら操作しているようだった。
この二人はフェスでも特に登場する場所が多く、司会として活躍する頻度も他の配信者よりも多かった。なこそはその配信歴の長さとそこからくる経験値の多さを買われ、寝子はひたすら真面目で最近ではアドリブや不測の事態への対処も板についてきたことが評価された結果だ。
もちろんだからと言って他のメンバーが楽という訳では無い。今までにない大規模なリアルイベントであるため、どのメンバーも打ち合わせやら歌や踊りの練習やらと忙しそうに動き回っている。その中でも責任感の強いなこそと寝子はひときわ徹底的なまでに打ち合わせを行い、決して失敗の無いようにと頑張っているのだ。
「室長さーん。牛乳新しいのあるかしら? って、あら?」
そんな二人の前に突然現れたのは背の高い大人な女性だった。長く美しい黒髪を纏め、華美にならない程度に控えめな金色のイヤリングと、上品な化粧がより一層その女性の美しさを際立たせていた。装飾も、化粧も、あるいはその佇まいさえ計算されつくしたもので、女性としての魅力を引き立たせていた。
「
「おっと、相変わらず元気みたいね寝子ちゃんは」
突然家の奥から現れた女性に一瞬硬直した寝子だったが、その人物が誰なのかを理解すると満面の笑みを湛え、そのまま真夜と呼ばれた女性へと抱き着いた。
身長差があるため真夜の腰あたりに抱き着いた寝子はきらきらとした目を真夜へと向ける。
「いつこちらに? 今日は泊まられるんですか? ご飯は食べていかれます?」
いきなり寝子に質問攻めにされる真夜はにこやかなまま、自身の体に抱き着く寝子を優しく撫でながら落ち着くように促す。
「後で室長さんが説明してくれるわ。……本当はサプライズで登場しようと思っていたのだけど、寝子ちゃんにはかなわないわねぇ」
「……何が敵わないんですか? 鼻の下伸びてますよ」
「あら、なこそちゃんもやってほしい? なでなで」
「遠慮しておきますっ!」
寝子とは対照的に真夜が出現してからのなこその行動は早かった。ソファの裏側に回り、慣れた動きで身を隠し真夜との距離を取った。
もし真夜の毒牙にかかれば場所も人目もお構いなしな事は今までの経験から知っているのだ。
「うふふ……ジト目のなこそちゃんも可愛いわ」
「……はあぁ」
その言葉になこそはめいっぱい、大きなため息を吐くのだった。
「まあ、という訳でな。宿泊施設の予約をし忘れたこいつをここに泊まらせる、という事になったわけだ」
「うふふ、これからお祭りが終わるまでお世話になるわ。よろしくね寝子ちゃん、なこそちゃん」
「はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」
「……まあ、そういう事なら仕方ないかな……」
後からやってきた室長は驚くなこそと寝子に、彼女が此処にいる理由を簡単に説明する。寝子は室長の話を聞きながらも真夜をきらきらした瞳のまま見つめ続けており、対してなこそは警戒心むき出しで真夜が不審な行動をしないかを注意深く伺っていた。
FSの中でもわちるの次に配信経験が浅く配信頻度の低い寝子にとって、配信歴が長く毎日のように配信を行っている真夜は目標であり、憧れのヴァーチャル配信者の一人だ。そんな寝子の想いに応えるように真夜もまるで妹のように寝子を可愛がっており、それが更に寝子の懐き具合を加速させていった。
それがおおよそ幼いヴァーチャル配信者に対する真夜の接し方であり、それ故に彼女に懐いている配信者は多い。構ってくれる年上、そのうえ配信活動に関するアドバイスも貰える心強い存在となれば、思春期真っただ中な難しい時期の子でも彼女を無下にはしない。
だが、ひとたび年齢が上がると彼女のダメな一面が顔をのぞかせる。
なこそと真夜の初対面は一年以上前になる。当時まだなこそが今ほどボドゲ狂いでなかった頃、なこそは自身の配信枠に親しくなり始めていた真夜を招待した。
得意なボードゲームをして遊ぼう、と軽い気持ちで始めたコラボ配信だったが、それは波乱の始まりだった。
何度か対戦をするなこそと真夜だが、やはり勝負はなこその圧勝。そんな気を良くしているなこそに真夜は口角を上げ、軽い口調でなこそに提案した。
勝者は敗者に"なんでも"お願いを一つ言える。
多少迷ったが了承してしまったなこそ。その後は真夜を良く知る視聴者達の予想通り、真夜のガチセクハラという盤外戦術により大きく調子を崩したなこその負け。ヴァーチャルな姿だから視聴者には見えないと、とにかくこれでもかとなこそをまさぐった真夜。
最初はそんな真夜の行動に混乱しっぱなしだったなこそだったが、しばらく時間が経つと己に延ばされた真夜の手をはたき落としたり、逆にカウンターセクハラを仕掛けるなど視聴者おいてけぼりのカオス配信の様子が垂れ流されることになった。しかも2時間も。
その後なこそが自ら進んで真夜をコラボに誘うことは無かった……。
とにかく、真夜が此処にいる理由は室長が言った言葉が全てで、今年よりその規模を大幅に拡大したV/L=Fに前回参加者だからとなんの選考も無く招待されたことにテンションが上がりに上がりきっていた真夜はそのテンションのまま数日過ごし、その後ようやく自身が宿泊施設の予約を取っていないことに気が付いた。
そのころには一般参加者へのV/L=F開催と規模の拡大が告知された後で、各宿泊施設は前年とは比べ物にならないほどの予約率となり、つまりはどこの宿も予約が取れない状況だった。
なお、V/L=F参加配信者だからと言って宿まで特別手配されているようなことは無い。
「本当にありがとう室長。おかげで助かっちゃった」
「まったく……後で他の子たちにも挨拶しておくんだぞ」
「もちろん。めいっぱい驚かせて可愛がってあげるわ」
「……はあ」
室長の溜息など聞いていない真夜はうきうきとした様子であれやこれやと残りのメンバーへのサプライズ方法を考えていた。
「あ、そうそう室長、午後には私の荷物が届くはずなの。受け取りお願いしていい?」
「構わないが、お前は出かけるのか?」
「ちょっと塔の周りを見ておこうと思って。お祭り前の雰囲気って独特でわくわくするじゃない?」
「子どもか。……まあいい、荷物は受け取っておくよ」
両手を合わせ、困ったような表情で室長を拝み倒す真夜の様子に、そんな姿がわざとらしい演技だと理解している室長は仕方ないと了承する。
「やった! ありがとね室長」
まるで本当に小さな子供のような様子の真夜。
配信では妖艶ともいえる色と凛々しさを香らせるまさに大人な女性というイメージの真夜であるが、その性癖もあって悪戯好きで、好奇心旺盛な面もある。
配信では大人なイメージが前面に押し出されており、それ故に子供っぽい姿はあまり見せないようにしていた。その反動か、心許せる相手となると途端にその素の性格が露出するようだ。彼女の古参視聴者ならばその素の性格まで理解しており、ギャップが良い! と言う者もいるが、基本ライトな視聴者は凛々しい真夜のイメージが強いだろう。
「真夜お姉ちゃん真夜お姉ちゃん! 今夜お時間ありますか? もしよろしければコラボ配信とかどうでしょう?」
「ああごめんなさいね寝子ちゃん。午後に届く荷物の整理をしないといけないから、夜はちょっとダメそう。……配信は見させてもらうから、頑張ってね?」
「はいっ! 真夜さんに教えて頂いた全てを生かせる配信をお見せ出来るよう頑張ります!」
「寝子ちゃん興奮しすぎだよ……」
一層のやる気を見せる寝子の様子に若干引き気味ななこそ。寝子あたりの年齢の配信者にとって真夜の存在はそれほどまでに輝いているという事だろう。
真夜はFSの登場とほぼ同時期にデビューした企業所属のヴァーチャル配信者であり、当初は他の配信者と同じく、ただ与えられた協力企業の商品説明を淡々と読み上げるだけの、面白くも何ともない配信者の一人だった。だが、突然真夜はその企業の配信活動を停止。幾度もの企業との話し合いを経てヴァーチャル配信者"真夜"として独立することに成功した。
その後の真夜はFSと同じく視聴者と共に楽しさを追求する配信を行うようになり、なこそだけでなく、FSのメンバーと幾度ものコラボ配信をやってのけ、今ではFSに次ぐ人気配信者として認知されていた。
「あら、なこそちゃんも興奮してくれてもいいのよ?」
「はいはい、荷物の整理くらいなら手伝うから声かけて」
「ふふ、ありがとね」
配信者として紆余曲折、波瀾万丈な経歴を持つ真夜。たとえスキンシップが過激でもそんな真夜に同じく、いばらの道を歩んできたなこそは親近感のようなものを抱いており、だからこそ無下には出来なかった。
「しかしホント、勝手知ったる他人の家、ね」
「そうねぇ、もしかしたら実家よりも長く居るような気がするわ」
真夜がこの家にやってくるのはこれが初めてではない。塔の街は地下住みの人間にとっては憧れの地であり、観光地としても有名だ。V/L=Fの時期だけでなく一年を通して街の外からは観光目的の人間が行き来する。
真夜も観光やV/L=Fの時期は塔の街にやってきており、そのたびにこの家を訪れていた。故にこの家にはほぼ真夜専用と化している部屋があり、寝子や暇なメンバーが時々掃除していつでも真夜が帰ってこれるように準備していた。
「そういえば他の子たちはどんな感じ? ナートちゃんと、○一と、あと新人のわちるちゃんにも挨拶したいのだけど」
「ナートはまだ寝ている。○一はまだ帰ってきていないな。……わちるは恐らく配信を見ているんじゃないか?」
「見てる? 配信してる、じゃなくて?」
「今ちょうどわんこーろが配信をしているようだからな」
「確かあのバグについての説明をするって言ってたよね室長?」
「ああ、こちらにも事前にわんこーろから説明があった。どうやらV/L=Fには影響が無いようだ」
「そっか良かったー、わちるちゃんすっごく楽しみにしてたから」
なこそと室長が話をしている間、真夜は口元を緩ませ、だらしない表情で話題の配信者の姿を思い出す。
「……わんこーろちゃん……あのかわいらしいお耳とふさふさなしっぽの子よね……ふふ」
「真夜、顔が気持ち悪いよ」
「ああん、なこそちゃん辛辣~」
挨拶してくるわ~、という言葉を残し、真夜はわちるの部屋へと向かっていった。