転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
犬守村の広大な土地はいくつもの区画に分けられており、各区画を中枢と呼ばれるその区画のシンボルともいえる存在が統括している。
区画は情報伝達のために分けられているにすぎないため、他区画との生物の往来や建築物の建築規制などは存在しない。
犬守村はどこまでも自由で、そして広く広く続いていた。
わんこーろはそんな中枢を統括することで広大な犬守村全体の情報を取得している。もちろん中枢を経由しなくとも犬守村の様子を見ることはできるが、中枢を通せばある程度の処理を中枢に任せることができるので、わんこーろとしてはとても助かるシステムであった。
なので、多少姿かたちが変わろうとも無下にする要素は皆無といえた。たとえ生物として活動する姿となったとしても。
「ほほ~。みなさんみなさん~思ったよりさわり心地いいですよ~~」
『お、おおう……』『ええ……』『移住者は皆困惑中ですよ』『とりあえずわんころちゃんが触ってる……てか狐稲利ちゃんが馬乗りになっているのが例の大蛇ってことでいいのか……?』
わんこーろの足のしびれがようやくとれた後、彼女は移住者を犬守山の奥へと誘った。
ところどころ紅葉する木々の美しさに足をとめながらもたどり着いた場所は、やたの滝であった。
先日の大雨の日に崩壊したやたの滝はわんこーろの手によって一回り大きく増築された形で復活していた。
滝の高低差は変わらないが、時間ごとに降下する水量や、滝壺の規模などはかなり拡張されており、それはまるで何かの生物の住処として整備されているかのようだった。
「ふむ~~移住者さんの中には蛇好きはおられないので~?」
「んふーつるつるしててきもちいいー」
そんな滝壺から顔を出しているのは巨大な蛇の頭だった。
巨大といってもその大きさはわたつみ平原で暴れていた時ほどの大きさは無く、頭の太さがわんこーろの背の高さと同程度に収まっている。その上、本来八つあるはずの頭も一つしか確認できず、その一つの頭も今ではわんこーろのなでなでによって気持ちよさそうに舌をチロチロと動かしていた。上機嫌なのか頭の上で狐稲利が動いても特に気にしていない様子だ。
「バグの除去や魂の安定化、改良を行ってあげるとこんな感じになりまして~。さすがに初期化するのはかわいそうなので、このまま犬守山の中枢兼、守り神として生活してもらうことにしました~」
わんこーろが沈静化した直後の大蛇の内部データを見てみると、その中身は何とも驚くべきものだった。
かつての鵺では魂も3Dモデルの形成も歪で粗が目立つものだったが、今回の大蛇はそれらに大幅な改良がくわえられており、わんこーろが予想した通り、前回の欠点のことごとくに改良が施された状態で、まさに前回の鵺から対策が施された上位互換といえた。
とはいってものその処置はとてもおざなりなもので、長期間運用することを考慮していない短期決戦仕様な構造だった。
簡単に言えば、そのままにしていればこの大蛇はすぐに自壊する。
たとえ自身を襲い、犬守村を破壊しようとした子であったとしても、この村で生まれた存在であることに変わりはない。
わんこーろは自身の持つ電子生命体としての能力と、今まで犬守村を創ってきた経験をもって、大蛇の命を助けることを決めたのだった。
「んんーくすぐったいー舌ちろちろやめれー」
馬乗りになっている狐稲利がそのまま体を前に倒し、大蛇を抱きかかえるような形で体を横にすると、大蛇はその長い舌で頭の上にいる狐稲利の頬をちろちろと舐めはじめた。大蛇なりの愛情表現のようだ。
狐稲利はイヤイヤと言っているがその顔は笑顔そのもので、お返しとばかりにその鱗に覆われた大蛇の体を両手でわしゃわしゃと激しく撫でさすっている。
「やたさまも狐稲利さんのことを気に入ったみたいですね~。あ、やたさまっていうのはこの大蛇の名前です~狐稲利さん命名ですよ~」
『やたさま~』『完全に神様だよこれ』『でっかくて怖い、けどちょっとかわいい…?』『ワイ爬虫類マニア、歓喜に打ち震え椅子から転がり落ちる』『←草』『ついに専門家も来たw』『鱗がつやつやしててキレイダナー』『さすがに大きさも相まって威圧感のほうが大きいですよこれ!』『まあ、神様だし……』
わんこーろがやたさまの顔のあたりを撫でるとその大きな目を閉じ、されるがままとなる。基本的にわんこーろと狐稲利の言うことは素直に聞いてくれるようで、最初ハラハラしていた移住者もそんな様子に徐々にだが安堵し二人の幸せそうな姿に、まあいっかと半ば思考を放棄して現状を受け入れることにした。
『しかしこれでもまだでかいな』『やたの滝が寝床になるとして、食べ物とかどうなってんの?』『見た目大蛇だけど中身は中枢だからなー。霞食って生きてる説』『わんころちゃんやたさまって何喰うの?』
「ん~食べ物ですか~? 移住者さんの言う通りこの子は中枢として機能しているので基本的に食べなくても大丈夫なんですけど~」
犬守村へ順応させることを前提として改良を施した結果、やたさまは本来の大きさよりもかなり小さくなり、八つの頭も収納可能。本来の性格がそうだったのであろう、おとなしく人懐こいため今では新生やたの滝の滝壺を寝床にして静かに暮らしている。だが、元がシステムの破壊能力を保持した存在だったのでやや物騒なところもある。
「この子はですね~どうも防壁が大好物みたいです~」
『え』『うん?』『今なんて?』『た、食べるってこと…?』
「はい~ネットセキュリティシステム関連の防壁群が大好きみたいで~ネットの海に捨ててあった攻性防壁なんかをあげると嬉しそうにパクパク食べるんですよ~~」
まるでペットの可愛いところを自慢する飼い主のごとく嬉々として話すわんこーろだが、移住者はその話の内容に閉口するしかない。きっと聞いちゃいけない話なんだ。
『わんころちゃんお願いだから犬守村から出さないでね!!』『やたさま一体でこの国のセキュリティはボロボロよ』『くれぐれも悪用するんじゃないぞ!!ネタじゃなくてマジだからな!』『お願いだよわんころちゃん!!!!』
「ん~? 犬守村の中枢なのでもちろん村の外には出しませんけど~皆さん何を焦っているので~? まあいっか~。さてさて、"やたさま"のお披露目も終わったので~私たちも本格的にV/L=Fの準備に取り掛かりましょうかね~それでは配信はここまでにします~次回も犬守村へ帰ってきてくださいね~」
「まってるよー!」
「ん? あれ~わちるさん? わざわざ電話なんて珍しい~」
わんこーろがアカウント登録しているSNSであるメイクより、通話コールが入る。ちらりとメイクのウィンドウを覗くとそれはわちるからのものであった。
わちるは時間があるとわんこーろの配信に時たま現れコメントを残していく。配信終了後にはその配信の内容についての感想などをメイクのメッセージで送ってくることもあるのだが、今回のように電話というのは珍しいことだった。
「どうしたのかな~っと」
わんこーろは軽い気持ちでメイクのウィンドウをタップし、通話をつなげる。
『あはははは~~! ちょっと、真夜しゃん!? やめへぇ~!』
繋げて、即閉じた。
何かのミスであらぬ場所に繋がったのかと疑うわんこーろだが、再度かかってきた通話はやはりわちるのもの。
「……もしもし~」
『あっ!? わんこーろさんっ!? 今の聞こえてました!?』
「……あの~お取込み中でしたら後日でも構いませんよ~?」
『いやいやいや!! 違うんです! 今のは真夜さんが悪戯をして! くすぐってくるんですよ!』
「真夜さん?」
わちるの言葉にわんこーろは一人の有名なヴァーチャル配信者のことを思い出す。FSとも仲が良いことは知っているし、自身も配信の進行に関してお手本としている配信者だ。
「そこにヴァーチャル配信者の真夜さんがおられるので~!?」
そんな目標であり、尊敬できる配信者の方が居るという事実に、いつになくわんこーろは驚きと、若干の高揚を見せていた。と言っても、わんこーろ特有のゆったりしたしゃべりによってあまり驚いているようには聞こえなかったのだが。
『あら、わんこーろちゃんは私のことを知っているのね? 光栄だわ~』
聞こえてきた女性の声にわんこーろは思わず犬耳をぴくぴくと動かす。突然のことに少し驚いてしまう。だが、FSのだれのものでもない声に、わんこーろはそれが先ほどまで話していた真夜のものであると理解した。
「はじめまして~電子生命体をしておりますわんこーろと申します~。あまりわちるさんをいじめないであげて下さいね~~?」
とりあえず軽く牽制しておくわんこーろ。無意識だろうが、わちるの事となると多少そのゆるふわな声音に圧が含まれているような、気がする。
『あら、ご丁寧にありがとうね。私は真夜、FSさんとは懇意にさせてもらっていてね。V/L=Fのあいだ、ここに住まわせてもらうことになったの……あと、わちるさんとはちょっとしたスキンシップだから大丈夫よ』
『あ、あれ……? わんこーろさん? 真夜さん?』
なぜか二人の間にバチバチと火花が飛んでいるような気がするわちる。
『ふふ……』
「んふふ~~」
わんこーろと真夜との初遭遇はそんな感じで行われたが、その後は意外と穏やかな会話が続いた。わんこーろ自身が真夜を手本にするほど好意的に見ていたことと、真夜の小さな子どもを可愛がるモードが如何なく発揮されたことで二人の会話は驚くほど平和で、ノーセクハラで進行していった。
真夜の目から見れば満点をつけたくなるほど完璧な幼女であり、声も同様なわんこーろにそのような狼藉を働く気が起きないという気持ちと、あのもふもふとした尻尾と耳をいじくりまわしたらどんな反応をしてくれるのだろう? という好奇心の混じった欲の二つの感情が競り合った結果、画面の向こうにいる存在に手が出せないという理由も相まって、完全に幼い子を可愛がるお姉さんモードを選択したというわけだ。
「いつか真夜さんも犬守村に遊びに来てくださいね~」
『ええ、行かせてもらうわ。……絶対に』
『あのーここ私の部屋なんですけど?』
楽しげに会話する二人の姿にちょっぴりの疎外感と嫉妬から唇を尖らせるわちるをなだめ、穏やかに二人の初遭遇は終了した。ただの雑談だけでなく、近々行われるV/L=Fについての話や配信活動に関する考え方を共有したその日は、わんこーろにとっても有意義な日になったことは間違いないだろう。