転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
《只今より、第三回ヴァーチャル・リンク・フェス一日目を開催いたします》
会場内にV/L=F開催のアナウンスが流れると設営を終えたスタッフとV/L=F参加配信者から拍手が起こり、同時に一般参加者の入場準備が始まった。
V/L=F会場である展示会場の敷地へ入るための大きな扉が開け放たれ、そこへなだれ込むようにチケットを持った"一般参加者"が入っていく。
展示会場は四つの巨大なホールを連絡通路によってつなげた構造をしており、V/L=F参加者によってそれぞれに"通称"がつけられていた。
最も大きく、V/L=Fのメイン会場となっているのが西側にある巨大なホールで、通称西ホール。西ホールの隣にあり、連絡通路は通っているが吹き抜け構造と壁を極力排したつくりによってほぼ西ホールと繋がっている状態の東ホール。
この西ホールと東ホールがV/L=Fの会場として機能しており、各配信者の現地リアルタイム実況はここに設置された巨大スクリーンに映し出されるし、ライブはここに特設のステージを設置して行われる予定だ。
そして最近改装工事を終えた新しい二つのホールは一階と二階に分かれており、これを新館一階、新館二階と呼称。
新館一階は各協賛企業やV/L=F参加企業のサルベージされた技術やゲーム、あるいは最新の技術、ゲームなどの展示会が開かれており、物珍しいものが各ブースに並べられている。
「にしても人多いねー」
建物の外側に設置されたカフェテラスから一般参加者の列を眺めるなこそは他人事のようにつぶやいた。頬杖をつき、ほわー、と気の抜けた声でそのどこまでも続く人の行列を眺めながら、時間をちらちら確認していた。
「あれは展示会が行われている新館一階への列ですね。配信者の皆さんの準備などでV/L=Fのメインイベントが進行するまではもう少し時間がありますし、その間にちょっと様子を見に行くのではないですか? 前回のV/L=Fには展示会なんてありませんでしたし」
同じくテラス席に腰掛ける寝子はそう説明する。列に並んでいる参加者は目の前の展示会場への入り口か、もしくは携帯端末ばかりに目を通しているので珍しい白い髪をなびかせる寝子の姿に気が付かない。
だがそれも仕方がない。帽子をかぶり、テラス席の奥で他のFSメンバーの陰に隠れている状態の寝子の姿はじろじろと観察しなければ気が付かないだろうから。
「でも、さすがにこれだけの人がいたら髪の色から寝子ちゃんだって気付く人が出てくるのでは?」
もっともな意見を口にするわちる。だが、現実としてV/L=Fの待機列の人間は誰一人として傍のテラス席でくつろいでいる寝子、そしてヴァーチャル配信者界隈においてトップに君臨する、フロント・サルベージの面々に気づく様子はない。
時折こちらをちらりと見る者もいるが、すぐにその視界は別の方向へと向かう。
「そういやわちるんは現地でV/L=F参加するのって初めてだっけ?」
「はい、FSに加入する前まではPCの前でネット配信を見てましたから」
「そっかそっか。なら知らないかなー。ほら、あれ見て」
「あれ?」
身バレしないかとヒヤヒヤしているわちるをよそにほかのメンバーはのんびりと手に持った飲み物を口にしたり、人の流れを見守っていたりとリラックスしている様子だった。
そんなわちるに話しかけるなこそは"あれ"と言いながら人ごみの中の一点を指さす。
「わあ! あれって……寝子ちゃん?」
その指差した先には一人の少女がいた。わちるは一瞬それが寝子と勘違いしてしまうが、すぐ隣に本人が居る。
「非公式だからネット配信では映されないんだけどね、毎年ああやってバーチャル配信者の格好で参加する人がいるの」
「コスプレってやつだな。にしても今回はどいつも気合入ってんな、アレとかかなりクオリティ高けーぞ」
「全部手作りっぽいですよ。メイクで制作過程とかアップしてますし」
V/L=F待機列のさらに向こうにはまた別の人だかりができており、そこには数人のコスプレをした参加者が集まってなにやら楽しそうに雑談している様子があった。
○一がクオリティが高いと評したのはその中でも一番背の小さいコスプレイヤーの少女で、白い髪のウィッグに麦わら帽子、あと白いワンピースを着ている。どうやらそれは夏の大型コラボの際の寝子のコスプレのようで、その証拠に少女の両手には大きなひまわりの造花が握られていた。
作り物感が極力排され、白い髪も不自然なく馴染んでいる。さすがに他人であるため顔までは似ていないが、それでもコスプレとしての再現性はかなりのものだった。
そんな自分自身のコスプレを見た寝子の評価は……。
「この時期にワンピース一枚とか寒そうです」
真顔で一言、それだけだった。だが、ほんのわずか口角が上がっていることをメンバー全員が見逃さない。非公式であるものを公式である自身が肯定するのはいかがなものか? という寝子らしい真面目すぎる考えによって素直に嬉しさを表現しないようにしているが、それでもコスプレしてもらえるほどに知名度を得、愛してもらっているというのは飛び上がりたいほどに嬉しいはずだ。
「まあ、そんなわけで寝子ちゃんだけじゃなくて私たちのコスプレした人がいっぱいいるから、バレる心配はないよ。毎年こうなんだ」
「な、なるほど……」
ヴァーチャル配信者であるから注意していればまず身バレの心配はない。とはいえ、絶対に大丈夫というわけではない。かつてわちるが幼い少女に声の特徴だけで九炉輪菜わちるであると見破られたことがあるように、油断できるわけではない。
にもかかわらずわちる以外のメンバーは何とも堂々としたものだ。おそらくこれまでのV/L=Fでも同じようにコスプレイヤーに紛れてお祭りの雰囲気を楽しんでいたのだろう。一般参加者もまさかコスプレイヤーの中に本物が交ざっているなど想像もしていない。
「てか私たちはここでのんびりしてていいのかよ?」
しばらくして待機列が大きく動き出す。どうやら本格的にV/L=F会場への誘導が始まったらしい。それを見た○一が声を上げる。
そもそもこのV/L=Fの主役と言ってもいいFSがこんな場所で休憩しているのは全く動かない待機列が原因であった。
V/L=F運営である復興省は当初"前夜祭"である一日目の来場者数はそれほど多くないと予測していたのだが、実際にやってきた一般参加者の人数は予想を大きく上回り数倍にまで膨れ上がっていた。運営スタッフは大慌てでその対応に当たり、FSにもしばらく待機してもらうようにと指示が出されていたのだ。
その待機列が動き出したということは、もうそろそろ会場に戻ったほうがいいのではないだろうか。○一はそう言いたかったのだ。
「まだ時間はありますし、戻ろうと思えば五分もかからないよ、大丈夫大丈夫」
携帯端末の時刻を確認しながらなこそが答えた。もし早急に戻らなければならないのなら運営に携わっている室長から何かしらの連絡が来るはずだ。だが、まだなこその携帯端末に連絡は無い。
「のんびりできるのは今ぐらいだろーし、まるちゃんもゆっくりしなよ~」
なこそのそんな間の抜けた声に○一は小さくため息をつくと同じように人の列に目を向けた。
「……」
「どったのまるちゃん? 遠い目して」
「うっさいまるちゃん言うな。……いい天気だなって、思っただけだ」
「んぅ~? なになにまーるちゃんも天気デッキ使いになったの~?」
「意味わかんねぇこと言うなナート。あとまーるちゃんてなんだ」
確かに空は青く綺麗に晴れていた。雨が降る様子もなく、絶好のフェス日和ともいえた。さすがに犬守村のように秋の風を感じることはできないが、それでも夏のように外出制限が行われることもなく比較的心地よい気温を保っていた。
だが、それも塔の周辺に限られる。環境維持のマイクロマシンにより清浄化されている塔のまわり以外の地上はとてもではないが人が住んでいられるような環境ではない。
空は常に灰色の雲に覆われ、空気は汚染され切り、海の水は触れることすらかなわない。
だからこそ、地下に住む者たちにとって塔の街とは憧れの土地であり、人々の希望であった。今回のV/L=Fの一般参加者は誰もが笑顔で、自身の幸福を噛みしめている様子が伺える。
「あ、お迎えが来たみたいだよ。室長も連絡してくれれば迎えなんてよかったのに」
「あ? 迎え?」
なこそはホールから歩いてくる人影に視線を向ける。さすがに手を振るのは目立つので、軽く相手に微笑むだけだが、相手はそれに気付いて微笑み返してくれる。ああいうところが彼女の人気の秘密なんだろうなと感心してしまう。
だが、彼女の人を惹きつける力は予想以上のようだ。
「お、おいあれ!?」
「あ? どうしたよ?」
「見てみろって! すっげえ美人が」
「うお!? まじか! 顔良い! スタイルすっごいよくね!?」
「歩き方も様になってんな、女優かなんかか?」
周囲の参加者も彼女の姿を見かけると思わず二度見してしまうほど驚いている。ただ歩いているだけなのに只者ではない雰囲気をまとわせ、ザワザワとどよめきが起こるほどに彼女は存在感にあふれていた。
「すごい目立ってます……」
「一般参加者の気持ちもまあわかるぅ~てか、迎えの人選としては失敗では~?」
待機列は動き続けており、彼女の姿に見惚れていた参加者もその列の動きに流れていき、彼女の周りを人だかりができるようなことはなかった。それでも遠目にこちらを見ている人がちらほらと確認でき、明らかに目立っている。
「みんな、お待たせ。準備ができたから戻ってきてほしいって。……どうしたの?」
迎えに来た真夜は、じとーっとした目でこちらを見るFS一同に首をかしげる。
真夜自身は己のビジュアルをそれほど意識したことがなく、秀でているとも思っていないため必要最低限の手入れをするだけに留めている。
それは彼女がヴァーチャル配信者であり、不特定多数の視聴者へ実際の姿を晒すことがないことと、その背中に大きな痣があることが理由である。どうせ見る者なんていないし、自慢にもならない、と考えているのだろう。
そんな真夜のあざとくない姿は見目だけでなく精神的にも着飾らない素の美しさを目立たせることになっている。
「……ほら、行くぞ」
「は~い」
「さて、じゃあ頑張りますか!」
「……」
メンバーをテラス席から立ち上がるよう促す○一は先程から真夜に視線を合わせないようにしている。そのことに他のメンバーは薄々気が付いているが、あまり触れないようにしていた。○一が昔から真夜に苦手意識を持っていることをメンバーは知っていたからだ。
……いや、わちるはそれとは異なる違和感を感じ取っていた。○一と真夜が言い争っていたあの時のことを思い出すと、自分のことでもないのに不安な気持ちがこみあげてくる。
心配そうにするわちるはただ○一と真夜を交互に見やり、どうすればいいのかと胸中にもやもやしたものを抱き続けていた。