転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#111 犬守村、秋の写真展

 犬守村の札置神社、そこにたどり着くには札置の迷い路と呼ばれる迷路のような参道を踏破しなければならない。

 

 実装当初はただの巨大な迷路程度の代物だったが、現在では五度のアップデートを重ねた結果、見た目以上の難解な迷宮へと姿を変えていた。

 

「ねえわちるん、まだ着かないのー?」

 

「ええとですね、この道を右に曲がれば――」

 

 "犬守村、秋の写真展"に参加しているFSを含めた配信者はそれぞれが、なにやら冊子のようなものを手に持っていた。

 

 冊子の表紙は鮮やかな紅葉と札置神社が写された写真で、中身をぺらぺらとめくっていくと迷い路のマップと迷い路各所の見どころなどが簡単に書かれており、所謂旅行雑誌のようになっていた。最後のページにはしっかりとV/L=Fの協力会社や迷い路に飾られている写真の撮影者のアカウントも掲載されている。

 

 配信者の持つ冊子はあらかじめわんこーろによって配布されたもので、見た目はただの雑誌のようだが、その中に表示されているマップデータは拡大縮小が可能で、自身の現在地も表示できるうえにマップ上で選択した地点までナビゲートしてくれるシステムまであり、かなり高性能な代物だった。

 

 迷い路踏破を狙う犬守写真機プレイヤーにとって喉から手が出るほどのアイテム……のように思われたが、そう単純なものではなかった。

 そもそもこの冊子はこの写真展が終了次第回収される予定であり、配信者も一般参加者も手元に置いてはおけない。

 

 さらに問題なのは、配信者たちがNDSによって降り立った地点にある。

 

 さすがに迷い路の入り口からのスタートでは札置神社にたどり着くまで時間がかかり、最悪たどり着けない者もいるだろうと、今回の写真展ではNDSでダイブし降り立つ場所は迷い路の内部、ゴールに近い場所と設定された。

 

 ゴールである札置神社内に直接降り立てる設定にしていなかったのは、すでに展示されている写真の数々が迷い路のあちこちに飾られているから。

 

 つまりは写真展の参加者が把握できるのは、札置神社とその周辺の迷い路に限られる、というわけだ。もちろん冊子のマップとナビゲートを利用すれば出入口からゴールまでのルートを探索して見つけることができるだろうが、それにはあまりにも時間が足りない。

 

 そんなことをするくらいなら、限られた時間にゆっくりと写真展を楽しみたいというのが配信者、一般参加者の総意だった。

 

 

「うわぁ……! ねぇねぇ寝子ちゃん! この写真すごいよ!」

 

「……オオカミが狩りをしているところの写真ですね。よくこんなの撮れましたね……」

 

 展示されている写真は黒の額縁を用いて飾られ、そのどれもが犬守村の自然の姿を躍動感たっぷりに写し取られている作品ばかりだった。

 

 額縁の下部には撮影した人物のアカウント名が記載されており、だれの作品か一目で分かるようにされている。そんな作品群を見ながら迷い路を進む配信者たち。だが、何もかもが初めての体験である彼ら彼女らはその興奮した状態のまま不意に作品へと手を伸ばしてしまう。

 

「! おおっとー飾られてる写真や絵馬には手を触れないでねー」

 

「わひゃ!? あ、なこそさん……!? ご、ごめんなさい!!」

 

「わかってくれたならいいんだよーって、ありゃ、逃げられちゃった……」

 

 飾られている写真に手を伸ばそうとした配信者はなこそに注意されたことで慌てて手をひっこめ、大げさなほど深く頭を下げると、脱兎のごとく逃げ出した。遠ざかりながらも何度もごめんなさいごめんなさいという声が聞こえるが、そこまで驚かせるつもりはなかったなこそは困惑のまま固まってしまう。

 

「なんでお前がへこんでんだよ、それに触っても大丈夫じゃなかったっけ?」

 

「へ? そーなの?」

 

 後方でその様子を見ていた○一は肩を落とすなこそに呆れ、ナートはそんな○一の言葉に反応する。

 

「ナートちゃん打ち合わせ参加してたよね? 大丈夫っていうのは取り外せないって意味だよ。……現実でも展示会はやってるわけだからね、そこらへんのルールは統一しといたほうが混乱しなくて済むでしょ?」

 

 先ほどのように悪意が無くとも興味本位から展示されているものに触れようとする者は出てくる。現実の展示会ならば各ブースに責任者がおり、それらを注意することはできるが、迷い路には百人以上の人間が入れ替わりやってくる予定だ。それに彼ら彼女らにいちいち口うるさく注意をし続けていては配信の雰囲気もあまり良いものにはならない。先ほどのはまだFSの公式配信が始まっていないから注意できたのだ。

 

「まあそこらへんの詳しい注意事項はわんころちゃんと合流して配信開始してから説明することになるかな、この後の一般参加者にも周知させておきたいしね」

 

 少なくとも現在犬守村へやってきている配信者たちは先程のなこそと参加配信者とのやりとりでおおよそ理解はしてくれたのだろう、静かに作品や景色を好き好きに見て回っている……ように見えたのだが。

 

「あの……なこそさん、皆さんついてこられてますけど……」

 

「ん? ……ほんとだ、自由に散策して良いのに」

 

「きっとみーんな私たちの配信が気になるんだよぅ!」

 

 FSの面々はこの"犬守村、秋の写真展"をわんこーろと共に案内する配信をメインイベントとして行う予定であるため、まずわんこーろと合流しようとマップデータを頼りに迷い路最奥の札置神社を目指していた。

 

 なので配信予定時間に間に合うようにFSは札置神社へと急いでいるのだが、それ以外の自由に散策することを許されている配信者もなぜかFSの後をついてきている。

 

 もしかしたらFSと一緒に配信に映れるかもしれないという思いや、配信中のFSを間近で見学したいと考えているのかもしれない。

 

 ……もしくはFSの後ろを真夜や、なこそに拘束されたままの無名火が続いているのが理由だろうか。

 

 

「あとはここをぐるっと迂回すればゴール、のはずです」

 

「ふうん……ねえねえ、ここ、迂回せずに真っ直ぐ行けば早いんじゃないの?」

 

「んな単純ならわざわざマップで迂回路示すわきゃねーだろ」

 

「おそらく決められた道順通りに進まないとたどり着けないのでしょう」

 

 マップデータを表示させることなく、道の先を見据える寝子はぽつりと呟く。周囲の似たような風景に、方向感覚を狂わす朱色の鳥居と瑞垣。けれど何とか道順は記憶できそうだと小さくうなずく。

 

 寝子の持つ、希白病の症状の一つである超人的な記憶能力によって寝子はNDSのダイブ開始地点からここまでのルートをほぼ完璧に記憶していた。さらにマップデータも大方確認し目を通している。だが、決められた順番通りに進まないとたどり着けない、というそのルートパターンまではさすがの寝子も把握できていない。それは試行回数を重ねて実証していかないと見えてこない部分だ。

 

 

「あっ! 見えてきましたよ! 札置神社!」

 

 一つ大きな鳥居を潜ると、先ほどまで見えなかった札置神社の姿がいきなり現れた。どうやら正解のルートを通ることができたらしい。ひときわ大きな鳥居の先に綺麗に整えられた玉砂利の敷地が見え、その先でわんこーろと狐稲利が手を振っていた。

 

「お~い、こっちですよ~」

 

「わちるー! こっちこっちー!」

 

 FS一同は二人に手を振り返し、メイクにて配信の開始を告知するつぶやきを投稿するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて~V/L=Fメインイベント~"犬守村、秋の写真展"始まりました~このイベントの責任者の~わんこーろと~」

 

「狐稲利だよ~、あとこの子はよーり!」

 

『ただいまーー!!』『これを待ってた!』『前夜祭メインイベきちゃああ!!』『相変わらず二人とも可愛い~』『よーりちゃん冬毛になって丸々してるw』『あらら狐稲利ちゃんに抱っこされて眠ってるじゃん』『天然のカイロうらやま』『よーりそこ代わって』『むしろよーりちゃん抱かせて』

 

「んふー。いいよー? 抱っこさせてあげるー。こっちに来たら私に話しかけてねー?」

 

『へ?』『良いの!?』『くそう、俺も抽選当たってたらなぁ……』『お前らの分までモフモフしてくるわ!』『うらやま死』『あっおいナート! 何抱かせてもらってんだ!!』『お前にはナナがいるだろうが!』『この浮気者!!!』

 

「人聞きの悪いこと言うんじゃないよお前ら! って、うわわナナお前どこから痛い!!」

 

 まだ秋とはいえタヌキのよーりは冬毛に生え変わり夏の姿よりもそのシルエットは丸く、何とも柔らかそうな毛玉の姿に変わっていた。それを狐稲利は両手で抱えていたのだが、視聴者のよーり抱かせて、のコメントを見て「こんな感じで抱かせてあげるー」と言って冬毛姿を興味深そうに見ていたナートに抱えさせた。

 

 目を輝かせてよーりを受け取ったナートは視聴者に嫉妬交じりの非難を浴びせられるが本人はなんのその、ひたすら柔らかいよーりの感触を堪能するのだが、どこからともなく現れたナートの飼いキツネ、ナナが足を伝ってナートの頭まで登ってその耳を甘噛みし始めた。その姿はどこか怒っているように見えなくもない。

 

「いたいいたい! おま、甘噛みってレベルじゃねーぞ!?」

 

『天罰おつ』『耳がとれてないから甘噛みだな!』『ナナ嫉妬深いのは解釈通りです』『誰も止めようとしないのが草』『見慣れた光景なんやろなぁ』『あ、ヨルも来た?』『こっちは主人と同じく落ち着いてる』『わちるんは(わんころちゃんが絡まなければ)落ち着いてる』

 

 ナナの登場と同時に現れたカラス型の空間防衛AIのヨイヤミ、わちる命名ヨルは翼をはばたかせゆっくりと飼い主であるわちるの肩に留まった。猫のように頭をわちるの頬に摺り寄せる仕草は心なしか嬉しそうに見える。

 

「んぅ……ごめんねヨル、さみしかった?」

 

 頭の先をこしょこしょと指先でなでるとヨルは気持ちよさそうに目を細める。その愛らしい姿に思わず笑みがこぼれるわちるだが、今が配信中であることを思い出し気を引き締める。

 

『そういえばなぜチョコガキは拘束されているのだ?』『ヒント:拘束しているのはなこちゃん』『なこそか、じゃあいつも通りだな』『コラボ配信でチョコガキが抱きしめるなぁ!って言ってたが、本当に抱きしめてたのか……』『NDS利用の配信で確定したなこちゃんのセクハラ疑惑』『なこそ……お前も"そっち側"だったのか』『真夜とのコラボで目覚めた説はやっぱ正しかったのか』

 

「こらこら! なにその目覚めた説ってのは! 私はこうやって無名火ちゃんとコラボ配信しようって説得してるだけだよ」

 

「うぅーー! ゆるしてぇ……。おいコラ"土"ども! 少しは私の心配しろよ!」

 

『急に豹変するな』『なこちゃんだけ敬語使ってるの草』『よくそんなしゃべり方切り替えられるな』『チョコガキを唯一わからせたなこちゃんってやっぱすげー』『そしてそのなこちゃんをわからせている真夜さんが頂点……?』『でも真夜さんチョコガキ含めて幼女に弱いから』『図らずも三すくみ形成してんの草』

 

 無名火かかおの言う"土"とは彼女の視聴者のことだ。この世界においても希少なチョコレートの原料であるカカオ、それを育てる土という意味であるが、あんまりにもあんまりな呼称に抵抗した視聴者によってかかおはその生意気な性格から"チョコガキ"と言われるようになってしまった。

 

「あらあら、私がなこそちゃんをわからせたんですって」

 

「ぐ……」

 

「あんま虐めんじゃねーって」

 

「うふふふふ」

 

「はいはいお姉ちゃんがた時間は守ってくださいね。それではわんこーろさん、狐稲利さん、ご案内して頂いても大丈夫ですか?」

 

「うんー! 見どころいっぱいだからーみんな楽しんでねー!」

 

「それじゃあまずは札置神社の中の写真から見ていきましょうか~」

 

 わんこーろが初めにFSを案内したのは配信開始地点である札置神社の境内からだった。玉砂利が敷かれた広々とした敷地にはいくつかの間仕切り用の板が設置されており、わんこーろと狐稲利が選んだ写真の中でも指折りの名作が飾られている。

 

「おお……滝登りしてる……って、そんな川魚いる?」

 

「なぜこの狐は落ち葉の中に潜り込んでるんだ……?」

 

「撮影者が見えてるはずないのにオオカミがカメラ目線……ちょっとドヤ顔?」

 

『イロモノおおくね?』『写真機プレイヤーは変態がそろっているな』『変態はさすがに言い過ぎでは?』『あ、この写真撮るまで10時間かかったってメイクで撮影者が呟いてたやつ』『訂正、やっぱ変態だわ』

 

 指折り、といっても選ばれた作品は配信映えも考慮したおもしろ作品も多い。

 

「そういえばわんころちゃん、これって触れるけど取り外せないんだっけ?」

 

「ええそうですよ~飾っている作品も、絵馬もみなさんからいただいた大切なものですから~ためしに、わちるさん触ってみます~?」

 

「い、いいんですか?」

 

「特別ですよ~? 視聴者のみなさん~ほんとはさわっちゃダメですからね~あくまで、触ったらどうなるかという説明ですから~」

 

 恐る恐る飾られた写真の額縁に触れるわちる。その指先は確かに作品に触れる。額縁のつるつるとした触感も確かに感じられることから、それがただの映像データではなく、しっかりと3Dモデルとしてそこに存在していることが伺える。

 

「では次に~ちょっと強めに引っ張ってみてください~」

 

「こう、ですか? ……っわわ!!」

 

 わちるが両手で額縁を持ち、間仕切り板から作品を取り外そうと力を入れた瞬間、わちるの腕は作品を貫通した。まるで霞を手に取ろうとしたかのようにわちるの腕は作品を素通りしてしまう。

 

「うわ、なにこれ!?」

 

「……あたり判定が無効化されているのですね」

 

「なるほど、そもそも持てなくなるのか。最強の防犯だなおい」

 

「はい~同じように札置神社と迷い路に飾られている絵馬もこの方式を採用しております~」

 

「すごいですね。でも、これってかなり大変だったのでは?」

 

「そこまでじゃあないですよ~絵馬や写真はこのように札置神社や迷い路に設置されているように見えますが~実際にはわんこーろが管理する別管理空間にデータは保存されていて~そのデータを札置神社に重ねているのです~。簡単に言うとお絵描きツールの"レイヤー"みたいなものですね~」

 

『そこにあるのに取れない!?リアルだから余計に違和感がw』『幽霊になったのかと』『これ以上ない防犯!!』『触れなくなるだけか、見えなくなるわけじゃないのね』『ミスって触ることもあるかもしれんし、温情だね』

 

「見えなくならない、というコメントがありましたが~このように写真や絵馬が設置されている間仕切り板そのものを動かすと~設置されている物は見えなくなるんですよ~」

 

 わんこーろが間仕切り板をゆっくりと斜めにすると、そこに設置されていた写真はふっ、とかき消え見えなくなってしまう。支えとなっているものがなくなると、当然設置されていたものは同じように落ちるか、空中に浮いた状態になってしまう。そのような違和感を消すため、このように見えなくする処理が施されていた。

 

 この仕組みは今よりもずっと前にわんこーろが実装を予定していたものだ。迷い路内に現れた鵺という存在によって瑞垣ごと絵馬が破壊される事件が発生した際、わんこーろは絵馬のデータを直接迷い路に置いておくことの危険性を考えていた。絵馬は移住者が心を込めて、お金をかけて奉納してくれたものだ。ただの3Dモデルとはいえ心情的に他のものと同じように扱うことはわんこーろにはできなかった。

 

 鵺に破壊された絵馬はすべて修復できたものの、再度同じ事件が起こらないとも限らない。現に大蛇の事件が起こっているのだから。

 

 そこでわんこーろは絵馬の大元となる構成データを別の管理空間に保存することにした。見た目は変わらず札置神社に飾られている絵馬だが、あくまでそこに表示されているだけで、大元のデータはわんこーろが管理している。そのため取り外すことはもちろん、破壊することも出来ないように設定されている。

 

「それじゃあいよいよ迷い路の案内をさせていただきますね~"犬守村、秋の写真展"に来られる一般参加者の方はまず~この迷い路からのスタートとなります~そこから迷い路を探索しながら鑑賞してもいいですし~札置神社を目指しても大丈夫です~詳しくはスタートと同時に配布される冊子をご確認ください~。あ、配信者の皆様は~迷い路の探索をされると後々良いことがあるかもしれませんよ~?」

 

 

 それからはわんこーろ主導で札置神社全体と、そこに飾られている写真の解説などが続けられ、飾られた写真と紅葉降りしきる札置神社の美しい光景に配信は大いに盛り上がった。

 時折乱入する一般配信者との絡みをこなし、雑談を交えながらもそのゆったりとしたイベントは進んでいくのだった。


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