転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#115 肌の記憶

 V/L=Fの会場となっている展示会場はいつもは公園として一般に開放されている。さすがに建物内には入れないが、周辺の広場は自由に出入り可能だ。展示会場の上にそびえ立つ副塔を間近に感じる事のできる場所として街の外からくる観光客に有名な観光スポットとしても知られている。

 とはいえそれは日が昇っている間の、何でもない日だったなら、だ。

 現在塔の街ではヴァーチャル配信者を主役とするリアルイベント"V/L=F(ヴァーチャル・リンク・フェス)"が行われている。今まで塔の街で開催されたイベントの中でも類を見ない程の大規模なそれを一目見ようと多くの人が集まり、広場はいつも以上の賑わいを見せていた。

 

 

 すでに日は落ち、あたりは街灯によってぼんやりと照らされているのみで、それ以外の光源は少し見える星々程度だが、そんな中でも広場では勝手に酒盛りを始めたり、許可を貰っているのか怪しい出店や露店が商売をしている様子がうかがえる。これも、祭り特有の風景と呼ぶべきものだろうか。

 

 そんな公園の片隅に設置されたベンチにわちるは腰掛け、隣に立つ真夜を見上げる。

 

 あの後、真夜は手伝いたいというわちるの提案をやんわりと断った。あたりはすでにうす暗くなり始め、おそらく用事を終わらせる頃には真っ暗になっているだろうと予想できたからだ。塔の街の治安はかなり安定しており、夜に一人で出歩いたとしても何か事件に巻き込まれる可能性はかなり低いだろう。だが、自身が同伴するとしても女の子にうす暗い夜道を歩かせるのには抵抗があった。

 

 FSの面々もそう言っていたが、わちるは頑なに真夜を手伝うと言って聞かず、結局彼女の意志を尊重する形で了承することになった。

 

 

 

 

 

 予想通り二人が展示会場を出たのは辺りが真っ暗になった頃だった。こうなったらもう五分や十分遅れても同じでしょ、と言う真夜は、手伝ってくれたお礼だと言って広場にわちるを誘い、そこに設置されていた自動販売機に硬貨を投入しだした。祭りの雰囲気が漂っている比較的賑やかな様子の広場だが薄暗さが二人を隠し、目立つ真夜の姿や伴っているわちるを気にするものは居ない。

 

「はいどうぞ、わちるちゃんは飲んだことある? 缶コーヒー」

 

「ありがとうございます。コーヒーはよく灯さんに淹れて頂いてますけど……缶のものは初めてです……」

 

「ふふ、そうなの。実は私もそんなに経験ないのよね。地下じゃ缶で保存なんて後始末が大変だもの」

 

「……真夜さんは、地下の居住区に住んでおられるのですか?」

 

「ええそうよ。人並みに地上への憧れはあるけどね、やっぱり生まれた場所って特別なのよ」

 

 そう言って真夜は手にした缶コーヒーのプルタブと数分格闘しながら、ようやく開いた缶に口をつける。倣うようにしてわちるも缶コーヒーを開け、中身を口に含むが、想像以上にその味は甘かった。

 

 いつも灯が淹れているコーヒーは確かに甘味よりも苦みが強かったが、香りも良く総合的にこの缶コーヒーとは比べ物にならないほど美味しかった。

 

「……甘いわね」

 

「ですね」

 

 顔を見合わせ苦笑いする二人。秋の夜風に冷えた体が、ほんの少し温まった気がした。

 

 

 

 

 

「それで、何が聞きたいのかしら? わざわざ私と二人きりになれるタイミングを選んだのでしょう?」

 

 真夜はわちるのとなりに座り、足を組む。太ももに肘を乗せ、頬杖をつきわちるを見つめる。

 にこやかで、穏やかで、親切なお姉さんという風な真夜。おそらくわちるが個人的な悩みを相談したいと思っているのでは無いかと考えた真夜は頼れる先輩配信者モードだ。だが、わちるの瞳はしっかりと真夜の瞳を見つめ返していた。そこに自身の悩みに苦悩する姿が見られないことに、真夜はわずかに困惑した。その次にわちるの口から発せられた言葉にも。

 

「……聞いて、しまったんです」

 

「聞いた? 何を?」

 

「真夜さんと、○一さんが言い争っているのを」

 

「! そう……お風呂の時ね……ごめんねわちるちゃん。聞かせるつもりはなかったの。ほら、私と○一って見てて相性悪いなって感じちゃうでしょ? あの日はちょっとヒートアップしちゃってね、いつもはそんなことないのよ? ○一のことは配信者として尊敬してるし――」

 

「○一さんと、何があったんですか」

 

「……うん?」

 

「昔、○一さんと何があったんですか」

 

 真夜の目を見て問うわちるの姿に、一瞬呆気にとられる真夜であるがわちるの言葉を理解して、そしてため息交じりに答える。

 

「……。……あのねぇわちるちゃん。人にはね、触れてほしくない部分っていうのがあるの。二人になれる場所で話さなきゃいけないって考えてる時点で、わちるちゃんだってそれは何となく分かってるでしょう?」

 

「それは……はい……」

 

「なら、この話はこれでおしまい。……大丈夫よ、あの距離が私と○一には合ってるの、前みたいに言い争うことはもう無いから安心して」

 

 先ほどの雰囲気を消し去り、にこやかな笑顔でベンチから立ち上がる真夜。その動作と変化した雰囲気が、真夜が話を終わらせたがっているのだと、理解できてしまう。

 本来ならばわちるはその言葉に従うべきなのだろう。真夜と一緒に家に帰り、遅くなったことに○一が怒る。真夜はそれを受け流し、FSの面々はそのいつもと変わらぬ様子の二人を見て呆れながらも仲裁に入るだろう。

 

 そんな関係がこれからも続いていく。真夜と○一はずっと、その距離を保ち続けるのだろう。

 

 

 それは、とても残酷だとわちるは思った。

 

「まって、待ってください!」

 

 帰ろうとする真夜の腕を掴み、その顔を見上げるわちるの顔はひどく必死なものだった。今にも泣き出しそうな、悲しげな顔。

 

「真夜さんの言う通りかもしれません。私は、踏み込んじゃいけない所に土足で入り込もうとしているのかもしれません! でも! それでも!」

 

「わちるちゃん……」

 

 ついに、わちるの瞳から涙がこぼれ始めた。わちるが真夜と○一の関係を聞いた理由、それがただの野次馬的な興味本位でなく、

 

「○一さんはっ! 家族なんです……!」

 

 心の底から、"家族"を心配してのものだと、真夜はようやく気が付いた。

 

「お願いです真夜さん、○一さんを許してあげてください……、真夜さんのことも、○一さんのことも、私は何も知らないかもしれません、許してあげてなんて言ったら怒られるかもしれません。でも、それでも○一さんが苦しんだまま、その苦しみを抱え続けないといけないなんて……」

 

 あの日、確かに真夜は○一に言った。"許さない"と。そしてわちるはそれを許してあげて欲しいと願った。

 

 その言葉がどれほど愚かな言葉であるかは、わちるとて分かっていた。

 過去に何かがあり、真夜は○一によってその体に一生消えない痣をつけられた。その痣は今後も真夜の体に深く刻まれたままだ。にもかかわらず、○一を許せと言う。それは真夜からすれば何とも理不尽で、自分勝手で、無責任な発言に聞こえただろう。

 

 だが、わちるをそのように糾弾することは真夜にはできなかった。目の前の少女は身勝手な正義感から先の発言をしたのでは無い。○一と、そして真夜を思い、二人の間に存在している溝を埋めたいと切に願った。家族である○一の苦しみを和らげたい、○一の真夜を拒絶する言葉の数々によって真夜がもうこれ以上悲しそうな笑みをしなくてもいいようにしたい。

 

 そんな思いが、わちるの涙から見て取れた。わちるは他者のためなら自身を犠牲にすることすら許容する。これで真夜に悪印象を持たれることになったとしても、それでも○一との関係改善がかなうならば、それでも良い。凄まじいまでの、自己犠牲精神。……あるいは、若さゆえの向こう見ずな愚直さ。その姿は真夜には真似できないものだった。

 

「……はあ、わちるちゃんみたいにまっすぐな子を見ると自分のひねくれ加減を嫌でも自覚するわね……」

 

「……真夜、さん?」

 

「わちるちゃん。さっきの話、残念だけど無理よ。……私は○一を許すことは無いわ」

 

「そ、そんな……」

 

 消え入りそうな声でわちるが呟くその横で、真夜は先ほどのベンチに座りなおした。

 

 周りの人の気配はまばらになり、ぼんやりとした街灯の光以外に二人を見つめるものはいない。真夜は小さく息を吐き、決心したように言葉を発する。

 

「ほら私の隣に座って、くっつくと暖かいわ。少し長い話になるの。……教えてあげる。私と、○一と、あと"もう一人"のお話をね」

 


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