転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#116 真夜

「わちるちゃんは"効率棄児(きじ)"って知ってる?」

 

「棄児……ですか?」

 

「捨て子って意味よ」

 

「捨て子……」

 

「子供が捨てられるって事件は今も昔も変わらず存在しているものよ。けど、一時期その件数が大幅に増加したことがあるの。効率化社会の末期に発生したその問題により生まれた子どもたちが、効率棄児と呼ばれているの」

 

「初めて、知りました……」

 

「まあ、そうでしょうね。今じゃあまり良くない言葉だからテレビじゃまず発言されないし、ニュースの人権問題なんかで取り上げられるくらいかしら」

 

「それが一体――」

 

「私と○一はね、その効率棄児なの」

 

 

 

 

 

 効率化社会、それはあらゆる芸術的、文化的なものをことごとく廃していった。世界的なその動きは貴重で重要な文化的要素を消失させたと同時に、人々を歪める要因となった。

 その最たるものの一つが、効率棄児と呼ばれる存在を生み出した社会現象だ。

 

 それまでも捨て子、育児放棄といった問題は確かにあった。だが、その数は急激に増加するようなことはなかった。たとえ子を育てることが難しくなろうとも、子を簡単に捨てるような親はいなかったからだ。

 その理由は子を思う親心であったり、自身の罪悪感であったり、世間体を考慮した結果であったりと様々であるが、とにかくそれらの理由が抑止力となり、子を捨てることを親にためらわせた。

 

 だが、そのためらいさえ、歪んだ社会によって失われる事態となった。

 

 

「この問題が表面化し始めたころ、子供を捨てた親の数はそれ以前の五倍以上なんて言われてたらしいわ。私は生まれて間もない頃だったから当然知らないんだけどね。……子どもを捨てて、警察に捕まった親は口をそろえてこう言ったらしいわ。"今の状況で育てるのは、非効率だ"ってね」

 

「そんな……非効率って……」

 

「勘違いしないでね、別に国や社会が子を捨てることを容認してたわけじゃないの。今も昔もそれは犯罪なの。ただ、効率化社会っていう形態が人の罪悪感を薄める要因になった。それだけなの」

 

 それまで子を捨てるかどうかというギリギリのところで立ち止まっていた者が、効率化社会というものを理由に、あるいは免罪符として利用し始めたのだ。

 

 "自分は悪くない、社会の流れに従っただけだ。効率を優先することこそ、最も重要なことだろう? だから、子供を捨てても良いはずだ"

 

 自身の行いを棚に上げ、それを社会のせいにした。効率化社会だから仕方がない、効率的で無いことは切り捨てるべきという社会に従った。そんな愚かで耳を覆いたくなるような主張を声高に叫ぶ者たち。

 

「私は親の顔を知らないの。物心ついた時には施設に居て、そこの職員が私の親代わり。○一はもっと酷くて、生まれて間もない状態で施設の前に放置されていたの。それからは私が○一の姉で、時々母親代わりだったわ」

 

 真夜は懐かしむように目を細め、わずかに微笑む。わちるは何も言わず、じっと真夜の話を聞いていた。

 

「私と○一の育った施設はちょっと特殊でね、名前のなかった私たちに最初職員の人が名前をつけてくれるんだけど、それは仮の名前なの。十八歳になったらその仮の名前から、自分で考えた名前を名乗っても良いってことになっているの。十八歳になる前にどんな名前がいいか考えておいてって言われるんだけど、施設にいる他の子たちは職員の人がつけてくれた名前を気に入ってて、仮の名前をそのまま本名とする子が大半だったんだけどね、私と○一と……あともう一人の男の子だけは、自分の考えた名前を名乗ることを決めたの」

 

「! 真夜さんの名前って、もしかして」

 

「ふふ、そう。真夜は本名なの。さすがに苗字は違うけどね。それに私よりも○一のほうを驚くべきだと思うわよ? ○一が本名だなんて、笑えない?」

 

「あはは……えと、それでもう一人の男の子というのは」

 

 笑っていいものか考えた末、わちるは乾いた声を出すに留めた。そんな様子のわちるを気にせず真夜は話を続ける。

 

「私と○一ともう一人……そうね、その子も名前があったのだけど……ここでは"彼"としましょうか。彼は私よりも年下で、○一よりも年上だった。白い髪と、たれ気味の目がとっても特徴的だったわね。眼鏡をかけていて、いつも子どもが持つには大きい情報端末を抱えていたわ。体が弱くて、誕生日に貰ったその情報端末で無料公開されている小説を読んだり教育用の映像データを見るのが彼の楽しみだった。私たちの中で一番賢くて、空気が読めて、とても大人びて見えたわ」

 

「仲良しの三人組だったんですね……」

 

「私が二人を引っ張って、○一が色々引っ搔き回して、彼が突っ込みを入れるっていうのが定番だったかな。……それがずっと続くと思っていたわ。地上ってどんな場所なのか語り合ったり、この名前でどんな大人になろうかな、なんてことを話したこともあったっけなあ」

 

 懐かしむように語る真夜の様子にわちるはその思い出がどれほど大切なものなのかを感じ取っていた。だが同時に疑問にも思う。これまで○一との会話でも、真夜の口からもその彼という人物について語られた事が一度も無かったからだ。

 

 そして、その疑問を口にしてしまったことに、わちるは後悔することとなった。

 

「? その男の子って、今はどうされているのですか? あ、同じようにヴァーチャル配信者に――」

 

「死んだわ」

 

「……へ?」

 

「もともと体が弱かったって言ったでしょ。彼は、考えた名前を名乗る前に、亡くなったの」

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさいっ! 私、そんな……!」

 

「謝らないでわちるちゃん。私が聞いてほしいって言ったんだから」

 

「でもっ!」

 

「いいから、聞いて。ね?」

 

「……、……はい……」

 

 特に深く考えずに発言した内容が、真夜にとって特大の地雷であったことを知ったわちるは即座に頭を下げるが、真夜は特に気にした様子もなく話を続ける。

 恐らく彼が死んだことは初めから語るつもりであり、わちるがこのような反応を示すことも分かっていたのだろう。

 

「ありがとう……私たち三人が仲良くなってしばらくして、彼は体調を大きく崩すことが多くなっていったわ。いきなり意識を失って倒れるってこともあったくらい……そして、医者から余命宣告をうけたの。彼に残された時間は後一年ちょっとだった。……だからね」

 

 先ほどまで暗い表情だった真夜は顔を上げ、心底楽しそうな様子で語りだす。まるで当時の小さな頃を思い出して、楽しかった記憶を思い起こしているかのように。

 

「そこからはもうすごかったわ! 始めに声を上げたのは○一だったんだけどね、あの子"地上を見に行こう!"なんて言い出したの。一度も地上を見たことのない彼に、青空を見せてあげたいって。もちろん施設で暮らしてる私たちに地上に行けるようなお金なんて無かったから色々と企んだのよね~」

 

「い、いろいろですか……」

 

「ふふ、私たちの住んでいた施設のある地下居住地区は小さな"村"でね、管理してる"村長"さんもかなりお年を召してる方々ばかりで……家にちょっと忍び込んで色々拝借しちゃった」

 

「しちゃったって……それは大丈夫だったんですか……?」

 

「当時はそのあたりゆるゆるだったからねぇ、まあ大丈夫じゃなかったんだけど……。情報収集担当の彼が村長の行動を計算して、家に居ない時間帯に忍び込んだら机の中から地上への緊急避難通路の地図とか、居住区と地上との間にある防御壁の開放に必要な暗証番号をちょろっとね……まあ実際に実行したのは○一で、結局見つかっちゃったから私が囮になっての大立ち回り。彼は自作のトラップで足止めして、逃げ回りながらどこに避難用の通路があるのかを探して、暗証番号を急いで打ち込んで、警備員に追いかけられながら緊急避難通路を駆け上がったと思ったら通気ダクトに逃げ込んで――」

 

 真夜が語るのは彼女の記憶に違いない。だが、それを聞いているわちるからすると、それはまるで一つの物語のように感じた。最近サルベージされ始めた所謂ジュブナイル系のドラマや小説のような物語の展開によく似ていたのだ。少年少女が親友のために大人たちに反抗し、自身の信じるもののために突き進む。

 

 真夜の語り方も上手く、三人で悪だくみを考えている場面は殊更楽しそうに話し、大人たちから逃げている場面は真に迫った口調で話すのだ。そんな様子に思わずわちるも真夜の話にのめり込む。

 

 

 だが、これは物語ではない。感動的なクライマックスも、奇跡的なエピローグも存在しないのだ。

 

 

「――そして、私たちは地上をこの目で見ることができたの。……真っ黒で、汚染され切った地上を」

 

「!」

 

「私たちは全員、その防御壁の向こうに見えるのは美しい空と青々とした緑の大地だと思っていたわ。教育用の映像はそうだったもの。けれど、そこに広がっていたのはキャンパスに描かれた美しい絵じゃなかった。美しい絵の上から灰色のペンキを塗りたくったような、灰色の世界だった」

 

 真夜たちはまさに夢を見て、夢を追いかける若々しい少年少女だった。なぜ自分たちが地下で暮らしているのか、その理由を考えることもなく、地上には楽園が広がっていると本気で思っていた。生まれて初めて見る地上に心躍らせ、そして裏切られたのだ。……ただ、彼を除いて。

 

「彼はいっつも情報端末を持ち歩いてて、たぶん施設で一番頭が良かったんじゃないかしら、私たちの知らない事をなんでも知っていたわ。だから、彼は知っていたんでしょうね、地上には青空なんて無くて、大地は灰色以外には無いって」

 

「その"彼"は……真夜さんと○一さんを止めなかったんですか?」

 

「ええ、……彼は地上の状況を知っていたはず、そうでなくても予想はしていたでしょうね。それでも、彼は私たちを止めなかった。……いいえ、止められなかったのかもしれないわ。きっと彼は自身の体のことも理解した上で、私たちと最後の"冒険"がしたかったんでしょうね。……彼ね、地上を見たその時言ったの。灰色の空を見上げて、"連れてきてくれてありがとう"って」

 

 たとえ信じていた結末でない最後が待っていたとしても、彼はそこまでの過程を求めた。体が弱いことで○一や真夜のように活発に体を動かすことができず、大人たちからも激しい運動を止められていた彼にとって、その時の三人の大冒険は一生に一度の忘れられない思い出となっただろう。

 灰色の世界に対してでなく、その大冒険に彼はお礼を言ったのだ。

 

「でも、私と○一は彼のように大人じゃなかった。彼の言葉が耳を素通りするように、私たちはその空を見ておかしいほど動揺して、混乱したわ。まるで今まで信じていたものが一瞬で壊されたみたいに。おかしいわよね、世界なんてとっくの昔に壊れてたのに……そして、混乱の中で○一は、私を突き飛ばしたの」

 

「な、なんでっ!? どうしてそんな!?」

 

「さあね……私も混乱してたし、青空を見るのを○一が一番楽しみにしてたからね、裏切られた怒りを何かにぶつけたかったのかもしれないわ。私たちが利用した避難通路はかつての貯水施設の廃墟に繋がっててね、突き飛ばされた私は運悪く汚染水の溜まった水槽に転がり落ちて……まあ、それで体が、ね?」

 

 自嘲気味に笑う真夜は自身の胸元をゆっくりと撫でる。その服の下に広がる痕をなぞるように。

 

 地上は人が住めない最悪の状況まで環境汚染が進んでいる。空は灰色の雲が覆い、大地は汚染され切り、そして海は触れることすら出来ない毒物となっていた。真夜は幼いその体で、廃墟となった貯水施設に溜まって濃縮された汚染水の中に落ちてしまった。

 幸い三人の後をすぐに追いかけてきた大人によって真夜は汚染水の中に完全に沈む前に引き上げられた。だが、その肌は汚染水によって焼かれ、ひどい状況だった。

 

 重症状態の真夜、地上の光景に唖然としたまま動かない○一、二人の状態に驚き固まる彼。○一と彼はすぐさま地下の居住区へと連れ戻され、真夜は病院へと搬送された。

 

「その後も大変だったわ~。三人とも施設の大人にゲンコツをもらって、みっちり怒られちゃったの。結局子供のいたずらだからって、大事にはならなかったんだけど、しばらくは施設からの外出禁止令が出されたり、それに逆らって○一が逃げ出したりといろいろあったのよね……ふふ、本当に楽しかった。彼も、亡くなる直前までその時のことを笑いながら話してたのよ? 本当に、楽しかったわ」

 

 真夜は心底楽しかった思い出を語るように陽気な口調でそう口にする。おそらく彼女にとってその一幕は確かに忘れられない子供のころの思い出として残っているのだろう。三人で遊んだ懐かしい思い出として。

 

 だが、そこでわちるは疑問に思う。確かに真夜は懐かしそうに話をしているが、その時の事件が真夜と○一の間に確執を生み出したはずなのだ。

 あれほど頑なに○一を許さないと断言した真夜の様子から、語られる話は最後に重々しくなるのではないかと考えていたわちるからしてみれば、一体どういう事なのかと首をかしげるばかりだ。

 

「あの……その、突き飛ばしたから、真夜さんは○一さんを許さないと……?」

 

「え? 違うわよ?」

 

 おずおずと口にするわちるに真夜は、何を言っているんだ? と言わんばかりの呆気にとられた顔をわちるに向けた。

 

「……え、ええっ!?」

 

「汚染水に落ちたのは私の不注意だし、あの後○一にも死ぬほど謝られたし、そんなことで恨み続ける程私は根に持つタイプじゃないわよ」

 

 微笑みながらわちるの言葉を否定する真夜をよそに、わちるは混乱を極め、どういうことなのかと目をグルグルさせながら頭を抱えている。

 

「ふふふ、ごめんなさい、ちょっと意地悪だったわね。……私と○一の話は、ここからなの」

 

 目を細め、少し寂しげな声で真夜はふう、と息を吐き、ついに語り始めた。

 

 

 

 

「私と○一がその事件を起こした数日後、とある人が施設にやってきたの。その人はテレビ番組の制作関係者だって言ってたわ」

 

「テレビの人……どうしてそんな人が? もしかして、その時の事件を!」

 

 思わず立ち上がるわちるはその人物がなぜ真夜に接触したのかを少し考え、そして最悪の事態に思い至る。

 真夜たちが引き起こした事件は年齢や実行理由の関係で大事にならず厳重注意で済まされ、その居住地区だけで処理されていた。

 村程度の大きさしかないその地区だけならば、住民はおおよそ真夜たちの引き起こした事件とその理由もよく知っているので、彼女らが理不尽に責められるようなことは無かったが、もしニュースとなり不特定多数の人間が知ることとなれば、理由もよく知らぬ者たちから心無い言葉を浴びせられることになる。

 

 もしや二人の確執の原因はそこにあるのではないか、そう考えたわちるだったが、その考えはまたもや外れた。

 

「ううん、わちるちゃんが考えているような状況にはならなかったわ。それに、その人からはもっと予想外な提案をされたの」

 

「予想外な、提案ですか?」

 

「ええ。……そうねぇ……わちるちゃんは私たちの世代の人間が最も求めていたものって分かる?」

 

「求めていたもの、ですか? ……うーん、やっぱり娯楽、とかですか? テレビでもやっていますし」

 

 突然の質問にわちるは困惑しながらも答える。現在よくテレビなどで取り上げられている話題と言えばもっぱら娯楽関係の話が大半である。流行のファッションや食べ物などの特集が毎日放送され、それが視聴者の求めるものなのだろうと、配信者目線で分析してみたこともある。だから、今と同じように真夜たちの幼いころ、効率化社会の崩壊直後の時期も、そんな娯楽関係が求められていたのでは無いかとわちるは考えた。

 

「ふふ、残念。ちょっと違うわね。正解は……そうねえ、あえて言うなら"希望"かしらね」

 

「希望……?」

 

「私たちの小さいころは本当に効率化社会が終わったばっかり、って感じでね。ほとんどの人はそもそも何が終わったのかすらよくわからない感じだったのよ」

 

 それまで当たり前で、常識であったものが突然ある日を境に終わりを告げた。効率化社会という、当たり前だったものがいきなり悪しきものだと糾弾された。

 

 当時、効率化社会という体制を異常であると考え、改革を望んでいた者はそう多くはなかった。ほとんどの人間は社会体制という大きなものの変革を望むよりも、明日を生きることで精一杯だったのだ。だから一般人からすればいきなり生活の根幹であったものがごっそりと消失し、それが悪だと批判される事態に、戸惑いを隠せなかった。

 

「よくわからないけれど、少なくとも今まで自分たちが信じていたものが崩れて、何もなくなった、っていうことは理解できたわ」

 

「何もなくなったって……効率化社会は悪いことだったんでしょう? それが終わったんですから、みんな今みたいに好きなことをしたり楽しいことを気兼ねなくできたりしたんじゃないんですか?」

 

「楽しめるような娯楽はもうほとんど残ってなかったのよ。今になって秘匿されていた娯楽関係のデータや資料が公開されるようになってきたけど、当時はそんなこともなくって、ただただ何もない無の状態だったの」

 

 効率化社会の間は何も考えることなく、与えられる仕事を延々と繰り返してさえいれば生きていられた。効率化社会の中で生まれた者たちはそれ以外の生き方を知らなかった。そんなある意味心の支えであり、生きる道しるべのような存在だった時代が、突如終わった。それは今まで効率化社会によって生きていた人々が、いきなり先の見えない真っ暗なところに放り出されたようなものだ。娯楽どころか、生きる方法さえ知らない世代。

 

 故に彼ら彼女らは、娯楽よりも先に、希望を欲しがった。

 

「当時の人々からすれば、効率化社会の崩壊は悲劇以外のなにものでもなかったの。何を頼りに生きていけばいいのか、それすらわからず、すがるものもなかった」

 

 そこまで聞いてわちるは察した。真夜の元にやってきたテレビ関係者、希望を欲した社会、そして概要を聞いただけのわちるでさえワクワクとした気持ちを抱かせた真夜たちの冒険譚。

 

「だから……真夜さんたちのお話が、知られる必要があった……? 希望として」

 

 

 わちるは以前わんこーろがサルベージし、推進室へと送られてきたデータの中に見た、とある話を思い出した。

 

 この国ではずっと昔、効率化社会が実施されるよりももっと昔に史上稀にみる大規模な自然災害が発生したという。その災害はいくつもの町と命を飲み込み、この国に致命的なまでの打撃を与えた。それは金銭的な意味だけでなく、災害を免れた人々の精神的な意味も含まれていた。

 

 どうすることも出来ないその災害によって家も、家族も、生きる活力さえも奪われた人々。明日をどうやって過ごすのかさえわからなくなった者たちは、日々流れる痛ましい災害の爪痕を報道するニュース番組に辟易していた。

 

 そんな時、いつも暗いニュースを流すテレビから、キャスターの嬉しそうな声が響いたのだ。それは世界で活躍するこの国のスポーツチームが、なんと世界大会での優勝を果たした、というニュースだった。

 

 本来ならばそれほど大きく報道されるようなものではない。スポーツを専門に扱う特別番組ならば別であるが、通常のニュース番組が特別枠を設けてまで大々的に報道するようなものではなかった。

 

 だが、そのニュースは数多くの番組で大きく注目され、チームメンバーの嬉しそうな笑顔とともに連日報道され続けた。何度も何度も流され、その笑顔と歓声を浴びる選手たちは、いつしか災害を経験した者たちの心のよりどころ、"希望"となっていた。

 

 

 

「人々に勇気と、笑顔と、明日へと進むための活力をもたらす。そんなノンフィクションの物語として、私たちが選ばれたの」

 

 ニュースで報じられた真夜たちの冒険譚は瞬く間にこの国全土で話題となった。

 

 当時報道されたドラマ仕立てのニュースの内容を真夜は語る。とある施設で暮らす三人の少年少女、彼女たちは親友である少年が余命宣告を受け、もう長くないという話を知り、彼を連れ出し地上を目指した。数多くの大人たちを出し抜き、三人は時に衝突し、時に協力して、ついに地上へと上がることに成功する。

 

 そして、三人は青く美しい空を見上げ、笑顔のまま終了。

 

「――ちょ、ちょっと待ってください! 最後の青空って、そんなの真夜さんの話には……!」

 

「言ったでしょう? 人々に勇気と笑顔と明日へと進むための活力をもたらす物語だって。最後がバッドエンドじゃそんな物語にはならないわ」

 

「で、でもノンフィクションの……実際に起こった物語として報道されたんでしょう!? それじゃあ嘘ですよ!」

 

「"本当にあった話"だけど、一部修正が加えられています、って感じかしら。当時の私はそれほど深くは考えなかったけれど」

 

 三人の冒険譚はまだ娯楽小説さえサルベージされていなかった当時において人々を明るく照らす、人気の"娯楽"となった。彼女たちの行動は決して褒められたものではないとわかってはいても、小さい子どもたちが親友の為にそれを分かったうえで行動し、実際に成し遂げている様子は人々の心に強く印象付けられた。個人情報保護の観点から実名報道は避けられ、当時の人々はその名もわからぬ勇気ある子どもたちの冒険に夢中になった。

 

 少女たちの行動を肯定し、賛同する者たちも現れ、彼女たちへと"貴方たちは正しいことをしたんだよ"という旨のメッセージを送る活動さえ行われ、その物語が当時の人々の心を大きく動かしたのは言うまでもない。こんな小さな子たちが頑張っているなら自分たちも……! という思いを抱く者たちが現れ、それは大きな希望の流れとなり、現在の文化復興の先駆けとなっていった。

 

「テレビ番組に送られてきたメールとかプレゼントなんかを施設に送ってもらって皆で見たりしたわねぇ、当時大きな話題になったおかげで私たちの住んでた施設以外の全国の施設に寄付やプレゼントが集まったって話よ」

 

 皆が皆幸せで、誰も不幸になるものはいなかった。三人が行った事件に関してもすでにその地区の判断で外出禁止の罰以上のお咎めは無く、唯一被害を受けた真夜も○一に関して思うところは無い、と言った。

 

 ……では、真夜と○一の確執の原因とは、何なのか……?

 

「みんなが幸せだと、思っていたわ……でも、○一はそうじゃなかった」

 

「○一さんが、ですか……?」

 

「彼がその事件の後に亡くなった、とは言ったわよね」

 

「……はい」

 

「亡くなったのはその事件の半年後なの」

 

「……? ちょっと待ってください。その方の余命は一年ちょっとだって」

 

「ええ、お医者様からはそう言われていたわ。けれど、実際には彼はそれから半年でこの世を去ったの。……○一はそれを自分のせいだと考えていたみたい。自分が彼を無理やり連れ出して、空気も汚染されている地上に彼を連れて行ったせいだって。○一は自身をひどく責めたわ。彼が死んだのは自分のせいだって。自分は許されないことをしたんだって」

 

 事実かどうかも分からない、けれどもし自分があんな事をしなければ。そんな"もしも"が当時の○一の心を蝕んでいた。

 

「けれど、○一の思いとは裏腹に世間が○一を非難することは無かったわ。むしろ彼女の行いを肯定する言葉しか聞こえることはなかった。それが○一を苦しめることになったの」

 

 ○一は自身の行いを非難されるべき行為と断定した。それゆえに自身を非難する声を求めた。だが、周囲が○一の思いに応えてくれることはなかった。周囲の人間も、自身の名前も知らない他人も、誰もかれもが○一の行動を肯定し、称賛した。

 

「"どうして誰も自分を叱らないのか、どうしてワタシを否定(称賛)するのか、ワタシのせいで彼は死んだのに"」

 

「否定なんて……」

 

「○一にとっては否定だったのよ。自身が信じるものを否定されるように、○一は自身の罪を認めてもらえなかった。それが彼女にとって死ぬほど苦しい思いを味わい続けることになったわけなの。その罪が、親友を死なせたというものならなおさらね」

 

 非難されて当然の行いをした。それなのに周囲の人間はその考えを否定する。それは○一の心を否定するに等しい行いだった。罰を欲しがった○一に与えられたのは、見ず知らずの他人からの称賛の声だった。

 

「だから、私は○一を許さないことにしたの。世間が○一を肯定する(くるしめる)なら、私だけでも否定して(ゆるして)あげようと思ったの」

 

「そんなの……そんなのって……」

 

「ふふ、わちるちゃんにはまだよくわからないかもね。でも、これが私と○一の関係なの。○一は世間からの称賛という苦痛に曝されていて、私はそんな○一の考えを認めてあげる存在になることを決めたの」

 

 真夜はその言葉を何でもないように口にする。だが、それは口で言うほど簡単なことではない。

 

 ○一は周囲の反応と自身の思いとの隔たりに強烈なストレスを抱えていた。その心が押しつぶされてしまうほどに。真夜はそんな○一の心が壊れてしまわないように、彼女の意思を尊重し、彼女の意思に寄り添った。つまり、○一の行いを否定し、非難し、許さないと宣言した。

 

 だが、自身を悪としている○一の思い。それに寄り添い肯定するということは並大抵の覚悟では真似できない。体に残り続ける痣を抱えながら、真夜は己の心を殺し、○一に否定的な、彼女が求める非難の言葉を囁く。世間など知ったことではない、○一のためだけにそう決めた真夜。それは肉親や恋人といった関係以上のとてつもなく深く重い関係性。

 

 

 真夜は、○一の心を守るために、○一に身も心も捧げる覚悟を決めたのだ。

 

「……私には、まだよくわかりません……でも、真夜さんはそれで――」

 

「平気よ私は。○一の抱く罪悪感に寄り添えるのはこの痣のある私だけなんだから」

 

 まるで自身に言い聞かせるようにそう呟く真夜の姿にわちるは何も言えなくなる。とっくに覚悟を決めていた真夜にわちるが言えることは少ない。二人の確執を取り除き、距離を縮められればと思っていたわちるだが、二人の距離は想像していた以上に近く、深かった。だからこそわちるは自身が何か言えるような立場では無いと理解した。

 

「私は、あの子のお姉ちゃんなんだからね」

 

 真夜はわちるの前で、寂しげに微笑んだ。


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