転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
V/L=Fのメイン会場である西ホールは遮光カーテンにより太陽の光が制限され、ややうす暗い空間となっていた。西ホールはその大型スクリーンを用いての発表会などの用途にも用いられているので、このような機能が備わっているのだ。
だが、西ホール内がうす暗い雰囲気に包まれているかというと、そうでは無い。むしろ全くの逆。現在西ホール内はかつてないほどの熱気に包まれていた。
「"みんなぁーーー!!! 今日は来てくれてありがとねぇーーー!!"へへっ、一回これ言ってみたかったんだよねーー!!」
西ホール大型スクリーンのあった場所には現在特設ステージが組みあがっており、そこにFSの面々が並んでいた。
煌びやかな衣装に身を包み、この日のために必死に練習したダンスと歌で観客である一般参加者を盛り上げるその姿は、ただのヴァーチャル配信者とは一線を画すオーラを放っていた。
今まで画面の向こうにしかいなかった存在に前夜祭のNDS体験と札置神社散策によって出会えただけでも感無量という具合の一般参加者たちだったが、本祭ではそんな推したちが動いて、歌って、幸せそうにしている。
その様子は現地で感涙を流す一般参加者だけでなく、ステージライブを配信で視聴している視聴者たちにも、もちろん伝わっていた。
『うおーーーかっこいいいい!!』『まるでアイドルみたいだぞなこちゃん!!』『いやいやこれはもうアイドルだって』『寝子ちゃんかわいい!輝いてるぞ!』『ステージで歌って踊れるヴァーチャル配信者とか最強かよ!?』『今日ばかりはナートもかわいいじゃんかよ……』『一人中央で仁王立ちしてるの誰!?と思ったら○一の姐さん!!』『うう……涙で前が見えん!!!!』『わちるんがんばれーー!』『わちるん頑張れ!まだ泣くには早いぞ!!』
現在V/L=Fは二日目の本祭、そのメインイベントの一つである配信者によるステージライブのクライマックスに差し掛かっていた。
ステージ上に本当に立っているかのように映し出されているFSの面々。もちろんそのステージに実際にヴァーチャル配信者としての姿の彼女たちがいるわけではない。
これはステージ上に散布された映像出力用のマイクロマシンによって立体的に映し出された3Dモデルだ。映像を映し出しているわけではなく、3Dモデルそのものを空間に投影しているので、どこから見ても彼女たちの姿は違和感がない。ステージ横に移動すればちゃんと横顔が見えるし、後ろに回れば後ろ姿もしっかり確認することができる。
とはいえこの映像出力用のマイクロマシン自体はそれほど難解な技術が利用されているわけではない。ステージ奥から照射された3Dモデルデータを内包した光が、このマイクロマシンに反射して特殊な映像処理を行い外部に出力しているだけに過ぎず、原理としてはポリッドスクリーンや霧に映像を映し出すミストスクリーンと同じようなものだ。
さて、そんな特別仕様となっているステージに現れる配信者は歌やダンスが得意な者たちだけではない。配信者にも様々な特技を持つ者がいるが、その中でも歌や朗読など"声"を武器にしている配信者はかなり多く、このステージはそんな配信者のための特別ライブステージなのだ。そのためこのステージでは歌だけでなく演劇のようなものも実施され、まるでリアルタイムでドラマやアニメのような展開が繰り広げられる様子は一般参加者たちに想像以上にウケた。
演劇を行った配信者本人でさえ果たして演劇を披露して受け入れてもらえるのかと不安な様子であったが、結局それは杞憂となった。その配信者の名前はこのV/L=Fをきっかけに方々へ広がり、チャンネル登録者数を延ばしていくのだった。
様々な配信者がステージを沸かせていく中、最後に登場したのがこのV/L=Fで最も期待値の高いグループ、
前回のV/L=Fでは彼女らのライブステージは大型スクリーンに映し出されたものが上映されるだけだったのに対し、今回は前述した映像出力用のマイクロマシンを用いた臨場感たっぷりなリアルライブとなっており、さらにはFSのメンバーも前回以上にステージ上を大きく動き回り、時にはアクロバティックな動きを披露しながらも途切れることなく歌い続ける。
観客である一般参加者とかつてないほど近づく距離と心。思わずわちるは歌いながらも目に涙を浮かべる。これほどの熱気、これほどの声援、それはヴァーチャル配信者として活動していた時も感じたことのある暖かさではあったが、実際にこれほど間近で視聴者たちの心の声を一身に受けたことはなかった。
これほどまでに楽しんでくれている、これほどまでに人の心を動かすことができている。
その光景を初めて体験したフロント・サルベージ新人ヴァーチャル配信者、九炉輪菜わちるはその涙を拭い、最後まで自分たちを見てくれている全ての人のために歌い続けた。
さて、このV/L=F本祭のライブステージだが、実はこれ、朝から昼までの午前中に行われているイベントなのだ。その熱狂ぶりからまるでV/L=F最後のクライマックスイベントのように感じられるが、実際のクライマックスは午後からのとある最後のイベントになる。前年まではこのライブステージがV/L=Fのラストイベントになっていたのだが、今回はそのイベント以上のものが用意されている。
「ふぃ~~……何とかおわったぁ~」
ナートは大きく息を吐き、無事自分たちの最大の見せ場がようやく終了したことに安堵する。歌があまり上手くないうえに、踊りのほうも覚えが悪かったナートだが、この日のためにやってきたことが無駄ではなかったことを壁越しに聞こえてくる一般参加者たちの拍手と称賛の声で自覚することができた。
現在FSおよびライブステージに参加した配信者は一般参加者が盛り上がっていたホールとは別の場所からNDSでネット内に入り込んだままでのライブ配信を行っていた。この展示会場には様々な催し物に対応するために、展示会場となる各ホールだけでなく、スタッフしか入れない部屋なども大きな機材を持ち込めるような広い空間となっており、現在ヴァーチャル配信者側はこの空間で一斉にNDSでダイブし、ステージライブを実行したのだ。
ライブに参加する予定の配信者たちはそのほとんどがNDSの利用に関しては初心者であり、V/L=F前日にNDSの実機を触らせてもらった時も、およそ一時間程度のプレイしか出来ないというかなり忙しない状況であった。だが、それでもNDSで没入した感じと現実との差を理解できただけで十分だと言ってのける配信者たち、その言葉通り本番では皆自身のパフォーマンスを最大限に発揮し、観客を魅せていた。
そんな姿にナートは多少のプレッシャーを感じながらも、自身ができるめいっぱいの練習の成果を見せることに専念した。……恐らく、このライブをほうりも見ているだろうから。
そんないろいろな緊張から解放され、疲れた様子を見せるナートへ寝子がおもむろに近づいてくる。
「ナートお姉ちゃん」
「な、なんだよぅ寝子ちゃん……」
「とっても……」
「う、うん……? とっても?」
「とっても良かったですっ!! 本当にナートお姉ちゃんの声が輝いていて、すごい……とにかくすごかったです!」
「へっ」
「そうだよナートちゃん! 昔のドヘタな歌が信じられないくらいだよ!」
「ど、ドヘタ……」
「んだよやっと本領発揮かナート! クソザコ音程治ってんじゃんかよ!」
「クソザコ!?」
寝子に話しかけられた時はダメ出しされるのかと身構えていたナートだが、その後に続く言葉に思わず呆気にとられる。その後駆け寄ってきたなこそと○一にもみくちゃにされながらなにやら褒められているのか貶されているのかわからない言葉に思わず声を荒げる。
「うがああ! お前らわたしを何だとおもってんだよぅ!」
「あはは! だってさ、去年のライブだってさ~……って、わちるちゃん!? え、泣いてる!?」
ナートの面白い反応に思わず笑みがこぼれるなこそだが、傍にいたわちるが涙を流していることに気付き、思わずその体に触れ、心配そうに声をかけた。
「ちょ、え、ナートお前!」
「いやいやいや! どう見ても私のせいじゃないじゃん!」
「ここは謝っておいたほうがいいんじゃない~?」
「なこちゃんニヤニヤしながら言ってんじゃないよぅ!」
わちるの涙を見て、ごく自然な流れでナートを見た○一と、楽しそうな笑みを浮かべて意地悪そうにそう言うなこそ。
「ち、違うんです! ナートお姉ちゃんのせいではなくて……!」
「大丈夫ですよわちるお姉ちゃん。みんなわかってますから」
「分かっててイジってくるのは酷くないかなぁ!?」
わちるの嬉し涙にその周囲の他の配信者も思わず涙がこぼれそうになる。一般参加者がその臨場感に盛り上がっていたように、ライブに参加していた配信者たちもNDS内の仮想空間の全面に展開していたカメラ映像によって実際にその場に観客が居るようなリアルなライブステージを味わっていた。その全身で感じられる熱気に、配信者は夢の中に居るような、みな心ここにあらずといった具合だった。
「皆さーん! お疲れ様でしたー! この後一時間ほどの休憩を取りましてー最後のイベントの準備に入らせていただきますー」
あの夢のような時間をかみしめていた配信者たちはスタッフの声で我に返り、あわてて返事をする。この部屋はこの後の最終イベントの際にも利用されるため、一度配信者たちは解散となり、休憩後に最後のイベントが行われる予定となっていた。
「ねえねえ、最後のイベントって何だとおもう?」
「え? うーん、賞金付きのイベントって話だよね? じゃあ対戦ゲームとか?」
「NDSを使うってことはネットの中でってことなのかな! 楽しみ!」
「イナクは何か知ってるカ?」
「わしに聞かれてもわからんわい。はよう観客席で待ってるほうりと双子のとろこに戻るぞミャン」
「了解ダ、リーダー」
各配信者は口々にこの後に行われる予定の最後のイベントに関して話をしながら部屋を後にしていく。最後のイベントに関しては詳しいことは参加予定の配信者にすら詳しく説明されておらず、そのため事前の細かな説明がいらないシンプルな対戦ゲームなのではないかという予想がされていた。
そんなことを語りながら自身の部屋へと帰るものや、再度出店の並ぶイベント会場へと足を運ぶものなど配信者の行動は様々だ。イナクプロジェクトとしてライブ参加していたイナクとミャンも残りのメンバーと合流しようと早々に出ていく。
「ナートちゃん、もう疲れは大丈夫? ナートちゃんあまりNDSとの相性良くないのかもね。ウチで使っているのは調整されてるから大丈夫っぽいけど」
「うぅ……いじめてた本人の言葉とは思えないよぅ……」
「わりぃわりぃ、つい反応が良くてよ」
FSはNDS用の部屋からスタッフ用の通路を通り、自身の控室へ向かっていた。通路では終わったばかりのライブ会場を、今度は一般参加者がゆったりと各配信を視聴できる空間に戻す作業のため、スタッフが行き交う。
そのたびにお疲れ様です! と元気の良い挨拶をされるFS。スタッフたちはもちろんFSのヴァーチャルではない姿を知っており、だからこそ挨拶をする誰もがきらきらとした目で彼女たちを見ていた。
というのもV/L=Fの運営を行うスタッフは各種イベント関係の人間との調整役以外は基本的にバイトとして雇っている人間がほとんどで、それらは配信者のファンも少なくないからだ。もちろん雇用契約内容には仕事中に見聞きした配信者に関する個人情報を口外しないよう契約されており、破ればかなりの重罪となる。
その程度で重罪とは……と思われるかもしれないが、この世界では文化や伝統的なものが消失している関係で、データのサルベージは急務であり最重要とされている。データの偽装はそのサルベージ作業を妨害する重罪とされている。
データの偽装防止と同時にデータの秘匿、保護が重要視されるようになり、かつてのこの国よりもデータの改ざんや機密データの無断公開に対する罰則はかなり厳しくなっているのだ。
その情報の秘匿には配信者の個人情報も含まれている。それを理解できるものだけをバイトとして雇うようにしているわけだ。
中には給料なんていらないから配信者のために働かせてほしい、なんてことを言う者も居たが、そのテの人間は基本雇われることはない。無償で働くということは、つまりその人間に責任も義務も発生しないからだ。お金を払うことはつまり、その責任や義務と言ったものをその者に背負わせる意味もある。
「皆さんお忙しそうですね……何かお手伝いができれば……」
「こらこら寝子ちゃん、私たちは私たちでしなきゃいけないことがあるでしょ? みんな自分の仕事を頑張ってるんだよ。だから私たちも、私たちの出来ることをがんばろ?」
「……はい、そうですよね。私たちは、私たちの出来ることを……」
「ですけどスタッフの方にはちゃんと感謝しないといけませんよ」
「もちろんです。スタッフの方たちも、このV/L=Fの大切な参加者ですから」
V/L=Fスタッフは皆この忙しなさに疲れているはずだが、すれ違う際には皆笑顔で挨拶をしていく。その様子に寝子は彼ら彼女らの努力を無駄にしないよう、いっそう気を引き締め最後のイベントに望もうと決めた。
「ああ、戻ってきたか。お疲れさま、皆いいライブだったぞ。……成長したなナート、見違えたぞ。なこそも皆をフォローしてくれていたな、よくやった。寝子はさすがだ、お前ほど丁寧に歌もダンスもやってのけるのはそういないだろうな。そしてわちる、初めてのライブだったろうに、素晴らしいステージだった」
「みんなー! とっても良かったよ! 室長と一緒に見てたけど、本当に頑張ったね」
控室には室長と灯が居た。二人は控室のテーブルに情報端末を置き、灯が淹れたであろうコーヒーを口にしながら端末を操作している様子だったが、FSの入室に気付くと笑顔を向け先のライブについて彼女らにねぎらいの言葉を口にする。
「お疲れ様です灯さん、室長さん。見てて、くれたんですね」
「もちろんだ。お前たちの晴れ舞台だからな、保護者としては心配になるのさ」
「室長すっごく心配してたんですよ。配信画面から目を逸らさないくらいだったんですから」
「あはは~~心配しすぎ~二人ともまるでお父さんとお母さんみたい~」
「ナートお姉ちゃん失礼ですって」
「でも寝子もちっとばかし思ったんじゃねーの?」
「ま、○一お姉ちゃんまで!! そ、それはちょっとは思いましたけど……!」
FSの面々はまだ興奮冷めやらぬ様子で先ほど体験した煌びやかな世界について室長と灯へ楽しそうに報告していく。それをまるで娘たちの成長を見届ける親のように、うんうんと頷きながら微笑む二人。
しばらくそうして話をしていたが、わちるが不意に気付く。なぜここに二人が居るのだろうかと。
「ふふ、そういえば灯さんと室長さんはどうしてここに?」
「確かに。塔の管制室に居るって言ってなかったっけ?」
わちるの言葉に○一も疑問を口にする。灯と室長はこのV/L=Fの全体管理を行うため他のスタッフとのパイプ役を担っており、それほど自由な時間があるわけでは無いはずだ。忙しい仕事の合間を縫って、なぜ会いに来たのかと首をかしげる一同をよそに灯は近くに置いてあったあるものを手に取り見せる。
「これを家から持ってきたんですよ」
「あれ? それってNDS……?」
「あ、これ家で使ってるものですよね。ここにナートお姉ちゃんの貼ったシールがあります」
室長が持ってきていたのはFS全員分のNDSだった。持ち運びの際は専用のケースに入れられているそれが控室の片隅に置かれていた。
「ナートが思ったより疲弊しているように見えたのでな。いつもと設定が違うとナートには辛いのかもしれん。他の配信者ならこれ以上のNDS使用は辞退してもらうんだが――」
「そ、そんなの絶対いやだよぅ!!」
「まあそう言うと思ったよ、司会進行の仕事のこともあるからな。先研の連中にも確認をとったが、NDSの疲労は肉体的には問題無いらしい。精神的にも軽い気疲れのようなものではないか、という話だが……本当にいけるか?」
「もっちろん!! わたしはいつでもいけるよ!!」
「……症状が悪化したらすぐに言うんだぞ?」
「約束ですからね? ナートちゃん」
元気よく答えるナートを訝し気に見ていた室長だが、本人の希望でもあるため無理やりNDSの使用の禁止を言い渡すことはなかった。このV/L=Fの顔とも言うべきFSのメンバーが途中で欠けてしまうという事態を避けるという意味もあるが、それよりも室長はV/L=Fを楽しみたいというナートの気持ちを最大限尊重することに決めた。ナートがこのV/L=Fのためにどれほど歌や踊りの練習を続けていたのか、どれほど皆と一緒に楽しんで、笑い合って、成功させたいと考えているのかを知っていたから。
「それで室長、このNDSは?」
「ああそれなんだが、V/L=Fで使用しているNDSはすべて管制室で一括管理していると言っただろう? ナートの具合からそのNDSが肌に合わないのかと思ってな、いつも使っているNDSをそこに追加で繋げられないかダメ元で聞いてみようかと思ったんだ。いつもの設定に慣れているお前たちの分も一応持ってきている」
室著がNDSを持ってきたのはそんなナートの意思を汲んでのことだった。
「なるほど……よかったですねナートおねえちゃん」
「う、うん……ありがと室長……なんか無茶させてるみたいで……」
「何を言う、私にとってお前たちが一番さ、これくらい当然だ。さて、これから休憩時間だろう? お前たちも休憩してくるといい」