転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
わちる達が次の最終イベントまでの休憩時間を楽しんでいる時、室長と灯はFSの控室で情報端末とNDSを繋げ、内部の設定を確認した後、展示会場の仮想空間に接続できるかテストしていた。もちろん実際に接続後V/L=F会場にあるNDS群に統合できるかはまだわからない。あの蛇谷がそのようなことを許すかどうかという問題がまだあるからだ。
「……かなり使い込んでいるな……」
室長はナートの使っているNDSの表面を撫で、そこに刻まれた細かな傷に指を這わせる。所々凹みも見られ、大きな傷はシールで隠されている。使い方が荒い……というか、単純にナートの部屋は散らかっているのでそのせいであちこちぶつけているらしかった。
(散々掃除しろと口うるさく言っているが、こいつはいつも適当な返事しか返さない。配信を覗いているとゲームのプレイングに失敗した時など何かを強く叩くような音が聞こえたりするが……まさか……)
そこまで考えて室長は思考を中断した。大切な家族を疑うのはとてもヨクナイ。だが、とりあえずこのV/L=Fが終わったら少しナートに話を聞く必要はあるだろう。
(ナート専用のものだ。と言って渡したときは、飛び上がって喜んでいたな……まるでプレゼントを貰った小さな子どものように……)
次に手にしたNDSは寝子と○一のもの。寝子は配信用の機材に関してもあまり詳しいわけではなく、NDSの簡易的なメンテナンスを各自が行う場合でも、寝子は○一と一緒に行っているのが常だ。時々そっち方面に詳しいナートも加わって楽しそうにしているのも推進室でのよくある光景だった。
(なこそとわちるは……やはり稼働時間が長いせいか……)
最後に手に取ったNDSはなこそとわちるのNDSだ。この二人はメンバーの中でも頭一つとびぬけたNDS稼働時間を記録しており、メンテナンスの頻度も幾分多くカドの塗装が剥げているのが目立つ。
なこそはFSのリーダーとしてNDSを利用した公式配信に登場する機会が多いため稼働時間は比例して長くなる。そしてわちるに関しては……。
(犬守村、か……)
V/L=F開催が決定してからは歌やダンスの練習、各イベントの打ち合わせと多忙であったわちるだが、以前は暇となればすぐNDSによってわんこーろのいる犬守村へと遊びに行くのが彼女の日課だった。
さすがに入り浸りすぎではないかと室長も心配していたが、どうもわんこーろとの約束でNDSの利用時間、つまり犬守村へダイブしていられる時間に制限を設け、その分現実で肉体を動かすように言われているという。
さらに犬守村ではその自然の中で遊ぶだけでなく、学校の課題などを行う時間なども設定されているらしく、わちるは予想したよりも健康的な生活をしているらしかった。
「室長さーん。こっちのほう終わりましたー。この端末なら"推進室の"管理空間に接続できますよー」
先ほどまでノートPC型の情報端末を操作していた灯は作業を止め室長に話しかける。端末を室長の前に動かし画面の進捗具合を報告していく灯。室長はその内容に驚きながらも頷く。
「ありがとう灯。こちらで推進室の環境を再現できないかと考えていたが、まさか似た環境どころか推進室の管理空間そのものに直接繋げるとは。さすがだな」
「ふふふ、管制室の管理する空間は迂回するようにしているので、これなら蛇谷さんに文句言われないでしょう?」
「あいつもそこまで難癖をつけることは無いとは思うがな……」
「後から色々言われることが無いようにですって!」
灯は笑いながらも心配ないと手を振る。その気楽そうな様子に室長もつられて笑みを浮かべながら控室に置かれたFSメンバー全員のNDS、その五つの内の一つを手に持ち、立ち上がる。
「じゃあ行ってくる。こいつを繋げてくれるかはわからんが、一応蛇谷に頼んでみるよ」
「はい! 私が丁寧に設定したのでそこも蛇谷さんにしっかりお伝えください!」
「はいはいわかったわかった」
「絶対ですからね!!」
灯の叫びを聞き流しながら室長はNDSを手に持ち控室を後にした。
V/L=Fの会場である展示会場は当初運営が考えていた以上の大盛り上がりを見せていた。二日目のメインイベントの一つであるライブステージが終了した後もその熱気は会場周辺に伝播し行き交う人々はステージの感想と、この後始まる謎のイベントについて大いに想像を膨らませている様子だった。
次の最終イベントは午後の時間をすべて利用した長時間イベントとなっており、内容は配信者たちによる賞金付きの実況配信、としか伝わっていない。
イベントに参加する予定の配信者もその程度しか情報が開示されていないようで、それがさらに一般参加者たちの想像を掻き立てている。
そこかしこから聞こえる一般参加者のそんな声を聴きながら室長は喧騒を抜け展示会場から副塔の施設内にある管制室へ向かう。このV/L=Fで利用されるNDSはすべて副塔の管制室で一括管理されている。推進室のNDSをイベントに利用するには一度管制室に繋げる必要があるのだ。
別に管制室を経由せずともNDSによって同じ空間に降下することはできるがその場合、そのNDSはV/L=F運営の管理外となってしまう。V/L=Fという大規模なイベント運営をするにあたってそのような例外は非常に問題で面倒なものだ。
「ん? ……っと、わんこーろから、か?」
室長が副塔の施設を目指している途中、携帯端末が室長のポケットで震えた。確認してみるとそれは珍しくわんこーろからの連絡のようだった。通話を求めているらしく、室長は近場にあるベンチに腰掛け、携帯端末を操作し、通話を繋げた。
『あ、室長さん~? もしもし~?』
通話を繋げたとたん、わんこーろが室長の携帯端末へ現れる。端末に表示されたウィンドウの上にちょこんと腰掛けるわんこーろ。彼女と通話を繋げると大体こんな感じなのでもう室長も突っ込まない。足をぶらぶらさせてこちらに手を振るわんこーろを見ながら、室長は問いかける。
「ああ、聞こえているよ。どうしたわんこーろ」
『はい~今休憩時間ですよね~? 室長さんも休憩中です~?』
「ん……ああ、それほど急いでいない。どうした?」
室長はちらりと端末に表示された時計を確認し、答える。休憩時間はまだまだある。何かを聞きたそうにしているわんこーろを優先し、室長はベンチの背もたれにもたれかかり、足を組む。
『そんな大したことじゃないんです~ちょっと室長さんとお話ししたくて~。思えば二人でお話しても、V/L=Fとかの打ち合わせとか~仕事のお話しばっかりでしたから~』
「ん、そうだったか……? まあ私と話をしても面白くはないだろう?」
『いえいえ~そんなことありませんよ~? 先輩として~とても勉強させていただいています~』
「先輩?」
『"親"として~です~』
「わ、私が親として……? そ、そうか……」
『んふふ~良いお父さんです~』
「お父……おい、お前もナートと同じことを言うな?」
『んふふ~~~冗談です~~』
「まったく」
その後もわんこーろと室長は仕事とは関係のない、雑談ともいえるような何でもない話を続けた。意識していなかったが、わんこーろにとって室長という存在は信頼のおける人の中でも最も年長者であり、故にどこか頼りになる存在という認識があった。まるで本当の親のような。
『――という感じでして~どうもV/L=F会場の管理空間にはなぜか空間一つ分の隙間みたいのがあるんですよ~室長さんこれって何か知りません~?』
「ほう……私も長年V/L=Fなどでここのネット空間は利用しているが、そんな何もない場所があるのか」
『んふふ~私はこの何もない空間、実は隠し部屋じゃないかと思っているんです~』
「くく、なるほどな。よくナートや○一がやっているゲームのように、隠し通路から行く空間というヤツか?」
『はい~なんだかロマンがあるでしょ~~?』
「確かにな。ではどこに隠し通路の入り口があるのか考えないとな」
『んふふ~そうですね~~』
「くく……、ん?」
二人はしばらく楽しそうに会話を楽しんでいたが、室長は先ほどからわんこーろがこちらの様子をちらちらとうかがっていることに気が付いた。何か言いたそうだが、けれど自身からは言い出せない。
まるでそんなFSの子たちのような様子のわんこーろに首を傾げ、室長はわんこーろへとその理由を聞いた。
『ん~……実はお聞きしたいことがありまして~、V/L=Fが終わってからでも良いかもと思ったのですが~……気になりまして~』
「聞きたいこと?」
そのわんこーろの改まった様子に室長は眉を顰める。
『はい~V/L=Fの間ならまだ蛇谷さんもおられるでしょうし~』
「……なぜ蛇谷の名前がここで出てくる? いや、そうか……会ったのか?」
『はい~……』
「……そういう話か……それで、何が聞きたい」
『"例の事件"について~……私も自分から聞こうとは思っていませんでした~……でも、蛇谷さんがわちるさんたちにも関係のあるお話だと聞きまして~……』
「……そうか……」
『お聞きしても、いいですか?』
「蛇谷からは内容を聞かなかった、か……お前なら、自力で調べられるだろうに。私に聞くということは、私の口から聞きたいということか……?」
『私は電子生命体ですけど~あまりそういうことに力は使いません~"なんでもできる"ということは、いつかは"なんでもしていい"に変わってしまいます~知らなくてもいいこと、知ってはいけないことが人にはあると、思います~。それと同時に、知らなくてはいけないことがあることも。室長さんにお聞きしたのは、それをふまえた上で、私にお話して頂きたいと思ったからです~』
「私の言葉で、私が言うべき事を、ということだな。……正直に言うと、気分のいい話ではない。私がお前に話さなかったのも、国が秘匿しているからというより、お前に人を見損なってほしくなかったという私自身のエゴによるところが大きい……」
『見損なう……ですか?』
「……例の事件の影響により、わちる達の世代から次の世代までの間で急激に生活水準が低下する。おそらくあの子たちが今の生活を続けることは出来なくなる」
『え?』
「……聞くか?」
『……聞かせてください。きっと、私が聞かないといけない話だとおもいます』
「分かった。話そう。例の事件、"33-2251号事件"の概要を。今から話す内容は副塔に残っていた履歴と、当時の事故調査委員会の話、そして仮説を交えることになる。そのつもりで聞いてほしい」