転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#119 33-2251号事件

 効率化社会というものが誕生する前、人類は地球上に存在するすべての資源を食い潰そうとしていた。エネルギーとなる資源はすべて使い果たし、限りある資源に依存していた当時の人類は再生可能エネルギーの研究を発展させることができず、そのまま滅亡するかと思われた。

 

 取り返しがつかない状況になってそのことをようやく理解した世界各国は打開策を模索し始める。停滞していた再生可能エネルギーの研究、新しい天然資源の発見、新資源の開発などいくつかの計画が持ち上がり、その無謀すぎる内容にすべてがとん挫した。

 

 それでも今の生活を維持するために資源を消費し人類の寿命は縮まる。環境汚染が進み、もはや自然環境は修復不可能とされた。

 

 ……実際には修復する為に膨大な時間と金がかかる、その意味で不可能とされた。

 

 

 だが、そんなとき一つの計画が持ち上がった。比較的実現可能とされたその計画の要点は、火星で発見された膨大な資源の存在だった。

 

 地球の半分程度の大きさしかない火星だが、その地下には地球に存在していた全資源と同等の量の資源が埋まっているとされ、それを利用すれば向こう数百年は今の生活を維持出来るだろうと言われた。さらには地上の環境汚染を除去し、元の自然を取り戻す研究開発も可能だと。

 

 各国は火星の資源確保に躍起になった。だが、どうしても効率よく資源を持ち帰ることが出来ない。持ち帰る資源よりも、火星への往復に使用する燃料のほうが高くつく。それでは意味がない。

 

 そこで計画されたのが巨大な軌道エレベーターを建造し、それを利用した低コストでの火星と地球の往還計画。地球外へ出るには大気圏を突破し、地球の重力から抜け出す工程が最もエネルギーを消費する。その部分を軌道エレベーターによって省略し、恒常的に大量の資源を一度に持ち帰れるようにする、という計画だった。

 

「わんこーろは疑問に思ったことはないか? 効率化効率化と言ってはいるが、いったい何に対しての効率なのかと」

 

『……つまり、効率化社会とは残り少ない資源を軌道エレベーター建造につぎ込むための、"軌道エレベーターを建造するのに最も効率的な"社会ということだったんですね』

 

「と、聞いている。当時私はまだ生まれていなかった、これも副塔に残されていた記録をもとにした仮説だ」

 

 

 軌道エレベーターの建造は順調に進んだ。当時先進国であった国々に副塔建造の権利が与えられ、効率化社会によって絞り出したなけなしの資源をつぎ込み、副塔を造り、中央管理室が建造され、その上にこの軌道エレベーターの心臓部である主塔(メイン・シャフト)が造られた。

 

 塔の周辺は当時最新技術であったマイクロマシンが散布される。副塔周辺では大気に含まれる汚染物質の付着を防ぐためのマイクロマシンが散布され、それより上層では、障害物を回避するためのマイクロマシンが散布された。

 

 

『あの~障害物を回避するマイクロマシンというのは~?』

 

「詳しくは知らないが、どうやらスペースデブリの衝突を防ぐためのマイクロマシンらしい、マイクロとは言っているがかなりの大きさがあり、それだけで軌道修正が出来る代物らしい。それをデブリに付着させ、軌道エレベーターへ直撃するコースを修正させるらしい」

 

『ほほ~そんなものが~』

 

 その他数多くの防衛機能と施設管理保持機能を備えた軌道エレベーターは、それらの膨大な機能の管理を行うために生み出された高性能のAI"管理者"によって安定し、軌道エレベーターはいつしかその巨大さから"塔"と呼ばれることになる。

 

「試験的な火星への資源採掘も上手くいった。最終調整を経て塔は本格的に稼働するはずだった。……だが、事件が起こった」

 

『33-2251号事件、例の事件というやつですね』

 

 現在世界中のネットワークは塔を用いて繋がっている。中央管理室で一つにまとめられている副塔は主要各国と繋がり、その副塔の地下より根っこのように延ばされたネットワークケーブルが地球を覆い、それが現在のネット環境を支えていた。

 だが、それ以前は地球外に打ち上げられた衛星を用いたネットワークが構築されており、これが全世界と繋がっていた。

 

 しかし、塔によるネットワーク構築とともに徐々に衛星はその役目を終えていく。

 

「わんこーろは墓場軌道というものを知っているか?」

 

『いえ……墓場、というからには、亡くなった何かが埋葬されているので~?』

 

「いや、埋葬はされていない。……かつて利用されていた人工衛星も永遠に使えるわけではない。耐用年数などの問題で役目を終えた衛星は通常の衛星軌道からこの軌道へと誘導される。使わなくなった衛星たちの墓場、それが墓場軌道なんだ」

 

 ある時、墓場軌道より一つの人工衛星が離れた。とっくに役目を終え、墓場軌道を延々と回り続けるはずだった人工衛星は突如として元の同期軌道へと復帰しようと動き出した。だが、その衛星の動きは徐々に鈍くなり、ついには墓場軌道と同期軌道の間の、微妙な位置で停止した。

 

 だが、停止したというのは人工衛星の軌道復帰動作が、であり、衛星そのものはその中途半端な場所で地球を中心に周回し続ける。軌道修正もできず、歪な周回運動を続ける衛星は少しづつ、とある軌道上に入り込んでいく。

 

「それは全くの偶然だった。奇跡的ともいえる確率で、その人工衛星はとあるルートを通ることがAI"塔の管理者"によって計算され、確定された。……塔に衝突する、ルートをな」

 

『! ですがデブリ回避のためのマイクロマシンが……!』

 

「さすがに人工衛星一基分の大きさは想定外だったのだろう。塔の管理者の計算でもマイクロマシンによる塔への衝突を回避できるか、かなり微妙なタイミングだった。それほど異常動作を行う衛星の発見はギリギリだったんだ」

 

 対象の人工衛星は第一宇宙速度並みの速さで移動し、それが塔に衝突すれば間違いなく塔は崩壊する。大量のデブリが発生し、崩壊した塔本体は地上へと落下……いや"衝突"する。主塔に人工衛星が衝突すれば、引っ張られるように副塔も崩壊し、連鎖的に副塔が建造された先進国の都市部も壊滅する。

 

 それらを防ぐために、当時の技術者が総出で事の対応に当たった。徐々に衛星は塔の存在する軌道へと近づき、タイムリミットが差し迫る中、何とか衛星の軌道を塔から外すことに成功した。

 

「だが、それはかなりギリギリな状態だった。正面衝突を回避することはできたが、完全に避けられたわけではなかった」

 

 主塔に迫る衛星。塔の外装を削りながらもなんとか完全な衝突は避けられた。衛星は塔をかすめながら遠くへと消えていく……はずだった。

 

 衛星は数十年以上も前に打ち捨てられたものだった。微細なデブリの衝突や太陽風に長年さらされた結果、激しく劣化しており、塔との接触というわずかな衝撃によって衛星は自壊し、砕け散った。

 

 衛星は無数のデブリとなり宇宙空間に飛散した。それでも、塔は無事だった。……そう、無事であるはずだった。

 

 AI"塔の管理者"は人工衛星との接触による振動、そしてその後に現れた大量のデブリの存在、それらから塔と衛星との衝突は避けられず、塔は深刻なダメージを負ったと"誤認"してしまったのだ。

 

 その誤認により塔の管理者は"衛星との衝突で崩壊した主塔"を完全隔離し、人が入り込まないように物理的、情報的に封鎖したのだ。

 

 

「それが例の事件、通称"33-2251号事件"だ。何かの不具合で主塔への道が閉鎖されているだけなら外側から開けられる可能性もあったが、最悪なことに塔の管理者はすでに主塔部が完全に崩壊していると思い込んでいる。安全のため、むしろ外部からは絶対に開かないようにしているだろうな」

 

 

 塔の閉鎖だけでなく、崩壊した人工衛星が連鎖的に稼働中だった他の衛星を巻き込み破壊し、地球はデブリによって覆われた。無理やり地球外へ脱出しようとする船はデブリに飲まれ、新たなデブリとなるだけだった。

 唯一そのデブリに汚染された軌道に穴をあけている塔という名の通路も、閉鎖されたことで人類が地球の外に出ることができなくなった。

 

「この辺りは私も知っている。当時はかなりの混乱を極めたよ、衛星がすべて破壊されたことにより、全世界のネットワークが消失したのだからな」

 

『ですが……それにしては現在のネットの普及と発展具合は……』

 

「説明した通り、塔は次世代のネットワークとして期待されていたんだ。中央管理室(セントラルセンター)を中心として先進国は副塔で繋がっていた。閉鎖されたのは中央管理室より上の主塔のみだったのが幸いした形だな。おかげで塔の恩恵を受けていた先進国やその周辺国は衛星消失による混乱は最小限に抑えられた。問題だったのは塔の恩恵が少ない小国だった。情報の断絶による不信が戦争にまで発展しかけたらしいからな」

 

 それ以上に深刻だったのはデブリに覆われた地球と、唯一の出口である塔の閉鎖によって、資源獲得の計画が完全に破綻したことにある。

 赤字覚悟で火星まで資源を取りに行くことすら、デブリの存在によって阻まれる事態。さらには残り少ない資源を塔の建造に注ぎ込んだことで人類の寿命は予定よりも早まった。

 

「わんこーろ、現実を言おう。……人類が今の生活を続けられるのは、もってあと数十年が限界だ。それ以降、人は電気のなかった時代に逆戻りすることになる」

 

『! ……それじゃあ……そんな……でも』

 

 現在人類は人が住みやすいように調整された地下深くで暮らしている。そこに電気などのエネルギーは必須であり、それが利用できないということは、地下に住む人々は強制的に地上で暮らさざるを得なくなる。

 

 そう、汚染され人が住むことなど到底不可能な地上に。

 

「復興省最大の派閥"主流派"はデータをサルベージし、かつての日本を取り戻す。そう国民に発表している。だが、現実は少し異なる。人類は数十年後、突如電気の使えない環境に放り込まれる。そうなった時、少しでもその環境に慣れていられるよう、かつての"電気がなくても生活出来ていた古き良き日本"を国民に周知させようとしているんだ」

 

『電気が、エネルギーが使えない未来を、過去の生活から疑似体験させようとしている、ということですか? それは……無謀です。木さえ満足に生えていない地上で生活なんて……』

 

「ああ……かつての日本を取り戻す。そんな未来志向な言葉を使い、人々に明るい未来が待っていると錯覚させる。現実は未来などない行き止まりだというのに……蛇谷はそんな復興省のやり方を"詐欺"だと言っていたよ」

 

 主流派の行動は結局なんの解決にもなっていない。いずれ来る国の、世界の崩壊。その衝撃に多少耐えられる人間を育成する程度の行動でしかない。

 

 蛇谷はそれを逃げであり、諦めだと非難した。ただ人類の滅亡を緩やかに見守っているだけだと。

 

 それを良しとしない蛇谷はいくらかの技術者や同志を集め、当時閉鎖される寸前に主塔より持ち出された技術や資料によって人類の滅亡を阻止しようとしていた。

 塔が建造される前に研究されていた未発見の資源や新資源の開発、再生可能エネルギーの研究。

 それらを現実のものとするために蛇谷は自ら主導で"効率主義派"という派閥を組織し、先進技術研究所を作り出した。蛇谷に効率主義の人間を集める意図は無かったが、効率化社会で技術を持ち得ていた者たちは自然とその主義に染まった者達が多く、結果として蛇谷が"効率主義派"の代表とされたわけだ。

 

「だが蛇谷の主張が現実的かと言われれば、そうではないと私は思う。技術の開発と実用化には長い時間と費用がかかる。それが数十年のタイムリミットに間に合うかわからない。だからこそ主流派は効率主義派を否定し、どちらも非現実的だと非難し合っている」

 

『室長さんは……その、どちらなのですか……?』

 

「私は……どちらの主張にも正当性があるとは、思う。……だが、彼らの主張にはどちらも無視している要素がある」

 

『無視している要素……それは一体?』

 

「わんこーろ、この端末のこのファイルを見てくれるか? そう、そのパスのかかったファイルだ。開けてもらってかまわない」

 

 室長の言葉に従いわんこーろは携帯端末に保管されていたファイルに触れる。いくつかのパスワードが設定されていたが、本人の許可を貰い開けていく。中にはいくつかの画像データと、何かの経過を記録した文章データが入っていた。一枚目の画像データを手に取ったわんこーろはその映像に驚きの声を上げる。

 

『! こ、これって……!』

 

「見事だろう? 匿名でFSのファンだという人物から送られてきた画像データだ。人工紙を細かく裁断して、水で濡らし、土壌とした。肥料は完全栄養食を砕いたものを使ったらしい。そして種は……実家に保管されていたらしい。数十年前のものでも生きているんだと驚いたらしいよ」

 

『それじゃあ……!』

 

「ああ……環境保護研究所だけでない。人々が、その手で未来を生み出すことが出来ると私は思っている。主流派でも、効率主義派でもないその道を私は信じる事にしたんだ。この映像データにある、"芽を出した植物"のようにな。……このV/L=Fが終わったら、とある事業を始めようと思っているんだ。もし、良ければわんこーろも協力してくれないか?」

 


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