転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#120 侵入+

 室長がわんこーろに例の事件の全貌と今後の予定について話し終えたのは次のV/L=Fイベントまでの休憩時間が半分を切ったあたりだった。凝り固まった肩を上下させ解した後、室長はNDSを持ち、座っていたベンチから立ち上がる。

 

「長く話してしまってすまないな。私が知っていることは以上になる」

 

『ありがとうございます~室長さんに聞いてよかったです~』

 

 室長の情報端末に映るわんこーろはいつものようににこにことしている。そのことに室長は少し首をかしげる。

 

「思っていたよりも受け入れているんだな……もう少し慌てるかと思っていたが」

 

『んふふ~人類が滅亡の危機ってだけ言われたらそうだったかもですけど~室長さんに"希望"を見せて頂いたので~』

 

 そう言うわんこーろの手には先ほどの画像データがあった。

 

『私も室長さんの考えに賛成です~移住者さんを見ていたら、自然とそう思っちゃうんですよね~。それに、最後に室長さんが提案された"計画"もありますし~』

 

「そうか……そういえばわんこーろにもう一つ言っておかないといけないことがあった。推進室は復興省との契約更新を行わないことにした。今後は復興省の推進室でなく、只の推進室になる」

 

『……え? えええええ!?』

 

 驚くわんこーろに苦笑する室長は先ほど説明した派閥間の方向性の違いやわずかな支援に愛想が尽き、今後は復興省でなく企業の支援のもと今まで通り活動していくという内容を説明していく。

 

 最初はFSが解散するのではとハラハラしていたわんこーろだったが、支援先が変わるだけで今まで通りの活動が維持されることを知ると、安心したようだった。

 

『そうなると~今後はもう復興省依頼のサルベージはやらないので~?』

 

「いいや、長期契約を更新しないというだけで依頼自体は受けるさ。無理のない範囲でな」

 

『そうですか……よかったです~もうお仕事が無いということは私もお払い箱になるかと不安でした~~』

 

 わんこーろと推進室の協力関係は表向きヴァーチャル配信者としての協力関係とサルベージデータの提供の二つによって結ばれており、わんこーろは推進室の変化と共にその協力関係の解消もされるのでは無いかと危惧していた。だが、支援先が変わるだけな上、基本的に支援企業は推進室の方針に口出ししない契約が結ばれる予定なのでわんこーろとの関係が無くなることは無い。

 それにもし今のわんこーろとの協力関係を切ったら確実にブチ切れる子がFSには居る。

 

「それは絶対にありえない。……そんなことをしたら私がわちるに怒られてしまう」

 

『んふふ~ならよかったです~今後ともこの電子生命体としての力で存分に活躍しますので宜しくお願いしますね~?』

 

「こちらこそ、だ。……そういえば、犬守村の方はもう大丈夫なのか? 先日の不正アクセスの件」

 

 わんこーろの電子生命体として、という言葉を聞いて室長は最近わんこーろが配信内外で色々と忙しそうにしていた事を思い出した。V/L=FやFSとのコラボなどで情報の共有を行わないといけない関係上、犬守村の状況をある程度知らされている室長だが、ここ最近はV/L=Fの各関係者との話し合いも多くなり、犬守村で問題が起こり、それの対処が完了したという連絡しか耳に入っていなかった。

 

『はい~移住者さんにも説明しましたし~今後は厳しく監視していく所存です~』

 

「そうか、それならとりあえず安心だな」

 

『はい~。あ、そうそう~一応室長さんにもお聞きしておこうかと思っていたんです~』

 

「ん? 何をだ?」

 

『犬守村不正アクセスの犯人は特定できなかったのですが~ヒントになりそうな情報は手に入れたのです~』

 

 ふと思いついたようにわんこーろはとある質問を室長へと投げかける。わんこーろとしては犬守村で発生した事件なのであまり周囲の人間を巻き込みたくないと思っているが、技術的にも知識の深い室長には一応話をしておくべきだという思いと、もしかしたら知っているかもという考えから、ダメもとでその質問をした。

 

 

『室長さん、"CL-589"って知ってます~?』

 

 

 だが、その言葉に室長は目を見開き閉口する。その名称は、確かな疑問と共にしっかりと室長の頭の中に記憶されていた。

 

「……なんだと。わんこーろ! それは――」

 

 

 

 その瞬間、室長の携帯端末にノイズが走った。

 

『室長さん!?』

 

「大丈夫かわんこーろ!? 一体何が……」

 

 端末のノイズは画面の映像を大きく歪ませ、ブラックアウトする。すぐさま通常の画面に復帰するのだが、その症状は室長の端末だけではなかった。

 

「あれ? 故障か?」

 

「いきなり映んなくなった?」

 

「電波悪いのか?」

 

「バカ、何言ってんだよ。ここは塔の街だぞ? 通信状態はこの国で一番だっての」

 

 V/L=Fを楽しんでいる一般参加者が起動している端末はおろか、会場に設置されている案内板までもがノイズを走らせ、明滅している。だが、それも室長の端末と同じく、しばらくすると通常の状態に復帰し、それ以降は何事もなかったかのように参加者もV/L=Fの催し物も先ほどまでの喧騒に戻っていく。

 

 だが、室長とわんこーろはそれを何でもないちょっとした不具合とは判断しなかった。

 

『室長さん、犬守村の様子を見てきます! すでに次のイベントの方がこちらに降下(ログイン)しておられますので、先ほどのお話の続きは後で!』

 

「分かった、こちらも蛇谷に聞かなければいけないことができた。何か分かったら連絡する」

 

 一瞬とはいえ会場全体に及んだネット障害。塔の街の住人が体験したことのないそれはわんこーろにとっても初の経験だった。そもそもこの世界は塔による綿密なネットワークが形成されており、それは塔に近ければ近いほど安定する。

 その、塔の直下で起きた事象にわんこーろは次のイベントのために犬守村へ既にやってきている参加配信者の様子を確認するため通話を中断する。室長が言いかけていたCL-589についての情報も気になるところであるが、今はそちらが優先だとわんこーろは判断した。

 

 対する室長も蛇谷の居る塔の施設内の管制室へと急ぐ。蛇谷はNDSを利用した情報的防衛能力を自慢げに語っていたが、わんこーろという存在を知っている室長にその言葉はそれほど響かない。万全の防衛能力を誇っているからこそ、それを上回る異常事態が起きた際、十分な対応が取れない場合など多々ある。

 

 それに、蛇谷と先研の人間が手に持っていた資料に記載されていた"CL-589"という名称、それが室長を急がせる要因ともなった。

 

「……くそっ、なぜ繋がらない! ネットは健在だぞ!」

 

 先ほどのネット障害から復帰し、V/L=F会場のネット環境は通常状態を維持している。にもかかわらず管制室に居るはずの蛇谷との通話が全くできない。その後も何度か携帯端末を操作し通話を試みるが、室長が塔の施設に到着しても繋がることはない。

 

 急いで管制室へ向かう室長。いくつもの扉を通り、管制室を目指していく。副塔の施設内でも管制室へのルートには厳重なセキュリティと堅牢な認証付きの扉が存在しており、室長は承認作業を経て手早く管制室へとたどり着き、その扉を開けた。

 

 そして、先研の職員たちの悲鳴じみた叫びがいくつも聞こえてきた。

 

「対象、管制室の管理中枢をほぼ掌握! こちらからの命令が通じません!」

 

「さらに管理中枢を経由してNDS群へハッキング開始!? 稼働中のNDSへの停止命令も受け付けません!」

 

「防壁を展開させろ! NDSに触れさせるな!」

 

「防壁展開追いつきません! 展開パターンが予測されています!」

 

「対象NDSの仮想感応地に干渉! 既に余剰領域に侵入しています!」

 

 そこは以前室長が訪れた時とは様変わりした慌ただしい様子を見せていた。管制室内の監視ディスプレイはその半数が接続不能状態を映し出し、先進技術研究所の職員らしい者たちが頭を抱え、叫びをあげている。その中には室長が探していた蛇谷もいた。職員も蛇谷もあまりの混乱によって室長がこの部屋に入ってきたことすら気が付いていないようだ。

 

「おい蛇谷! これは一体どういうことだ!?」

 

「うう……く、くさなぎ!?」

 

 蛇谷に半ば掴みかかりながら詰めよると、蛇谷は初めて室長が居ることに気が付いたのか、小さくうめき声をあげた後、驚きと恐怖で言葉につまる。

 

「何が起こっている! しっかりせんか蛇谷!」

 

「し、侵入者だ……何者かが、この管制室の管理空間に……侵入(ハッキング)した」

 

「状況は!? なぜ応答しなかった! 何度も通話しただろう!」

 

「何を、言っている……? お前からの連絡など……来ていない」

 

「なに!?」

 

 思わず自身の携帯端末を確認する室長は、その画面に表示された"圏外"という文字に目を見開く。何処であろうとネット環境が整っている現代において、その表示は意図的にネット環境を排した場所でしか表示されないものだ。無線通信の届かない地下深く、あるいはジャミングされている……密室。

 

「不味い!」

 

 焦った様子で管制室唯一の出入り口である扉に手を掛ける室長だが、どれだけ力を入れてもその扉が動くことは無い。扉に設置された開閉制御端末はロック状態を維持しており、室長が何度パスワードを打ち込んでもエラーを吐くだけ。その様子を見ていた職員が悲鳴を上げる。

 

「あ、開かない!?」

 

「そんな!? どうして!?」

 

「管制室の制御が奪われたんだ! この部屋のセキュリティシステムも乗っ取られている! 閉じ込められた!」

 

 先研の職員が口々に騒ぎ出し、それは他の職員へと伝播していく。不安が混乱へ変わり、それがさらなる混乱を呼ぶかと思われた時、室長が叫ぶ。

 

「落ち着け!! 今はシステムの状態を確認するのが最優先だ。……有線はいけるか?」

 

「い、いえ……配信状況や外部の情報は閲覧できますが……こちらからの発信は、有線無線どちらも反応ありません……」

 

「ネットに繋がらない、ということか?」

 

「いえネット環境は健在です……」

 

 現在行われているサブイベントの配信やそれに対する視聴者のコメント、もしくはSNSの反応などは管制室から確認することが出来る。だが、管制室側から何かを伝えることが出来ない。イベント参加の配信者や、V/L=Fの運営スタッフと連絡を取ろうにも通信が繋がらないのだ。

 

管制室(こちら)からの干渉を阻んでいる、ということか……蛇谷」

 

「な、なんだ……」

 

「侵入者に関して、何か知っていることはあるか?」

 

「なぜ私に聞く!? そんなもの、知っているわけがないだろう!?」

 

 いきなり室長からの直接的な質問に蛇谷は思わず動揺を見せる。その動揺こそが、何かを知っている証拠であるのだが、蛇谷は気が付かない。管制室に閉じ込められた者は蛇谷と同じく混乱と、何かを隠そうと必死なように見える。それが蛇谷の動揺と合わさり、室長の懐疑を確信へと変える。

 

「本当に?」

 

「な、何が言いたい……、そうだっ! これはあの配信者が原因ではないのか!? V/L=Fが始まる前、なにやら不正アクセスがあったと言うじゃないか! これは我々には何の関係もない! あの配信者が不正アクセスを行う犯罪者を呼び寄せて――」

 

 蛇谷が話し終える前に、室長が開かない扉に拳を叩きつけたことでその言葉が最後まで紡がれることはなかった。忌々しくにらみつける室長の様子に、蛇谷は閉口するしかない。蛇谷がこの異常事態を引き起こした、もしくは何か関係しているのは確実だ。にも関わらず蛇谷は素知らぬふりをして、あげくわんこーろに罪を擦り付けようとした。室長にしてみれば怒りのこもった拳が扉ではなく蛇谷に飛んでいかなかっただけでもありがたく思ってほしいところだろう。

 

「――"CL-589"」

 

「なっ!?」

 

「お前のその反応、どうやら知っているようだな」

 

「だからどうした!? そんなこと今は関係がないだろう!?」

 

「そうかな? お前の言う"あの配信者"に不正アクセスを行った者の手がかりが、そのCL-589だとしたら?」

 

「なっ!? ぐ……し、知らん!! 私は何も知らない!!」

 

「いつまでもふざけたことを言うな! こちらはあの子たちの命が掛かっているんだ!!」

 

「なにを大げさな――」

 

 半笑いで大げさな、と言う蛇谷に室長はとうとう我慢できなくなり彼の襟首につかみかる。勢いのまま体を突き飛ばすように壁際まで追い詰めると、いきなりのことに周囲の職員は息をのみ、蛇谷本人は何が起こったのかわからない様子だ。襟首を強く掴まれ、体を持ち上げられている状態なので息苦しそうにしているだけだ。

 

 蛇谷からすれば室長が何をそんなに焦っているのかわからないだろう。確かにこの一件が公になれば今後のV/L=F開催は怪しくなり、復興省も批判の的となるのは確実だ。だが、命の危機とまではさすがに大げさと言わざるをえない。

 

 しかし室長にとってはこれはまさしくFSを含めた現在NDSを利用している配信者たちの命の危機といっても過言ではないと考えていた。というのも室長はかつてわんこーろと初めて遭遇した際、今回と全く同じ状況を経験していたからだ。NDSのコントロールを奪われ、NDSでネットに降下しているプレイヤーからの信号さえも受け付けない。わんこーろの場合、彼女が人類に対して非常に友好的であったからわちるは無事であったが、今回の不正アクセスを行った犯人が同じように友好的な可能性は限りなく低い。わんこーろの時のようにこちらから刺激したわけで無く、あちらから積極的に攻撃してきたことからもそれは明白だ。

 

 そして、副塔に属する管制室の管理中枢空間に侵入し、そこに繋がっているNDS群の多重防壁を容易く突破していることから、その能力もわんこーろと同等と言えた。

 

「これ以上私を怒らせる前にすべて吐いた方がいいぞ!」

 

 さらに室長が蛇谷の首を締め上げている最中、管制室にけたたましい警告音が鳴り響く。

 

「代表! 管制室が統括しているNDS群の設定が変更されています!」

 

「! 何処をどう弄られた?」

 

 警告音に驚いた先研の職員が慌てて情報端末を操作する。侵入者は管制室の管理中枢を掌握した後、そこを経由して管制室が管理しているNDS群への侵入を行っていた。さらにはその設定までも操作されている事が端末に表示された情報によって明らかとなる。悲鳴じみた叫びをあげる職員に反応したのは代表と呼ばれた蛇谷ではなく、室長だった。

 

 室長は締め上げていた蛇谷を投げ捨てるといまだ健在な情報端末を確認している職員に寄る。

 

「NDSに設定されていた深度(ステージ)が現在最大の5に固定。仮想感応地の余剰分がすべて占有され、補助補正に使われている領域まで汚染され始めていいます。このままでは参加者すべてが現実と全く同じ感覚を得る状況になるかと……」

 

「ダイブプレイヤーの感覚設定を変更……? なぜそのようなことを……しかし、あまりにも手際が良すぎる……設定の変更が自由自在だとしても、その設定がどのようにプレイヤーに作用するかなど、NDSの仕様を熟知し、尚且つ実際に操作しなければわからない部分なはず……」

 

「くくく……」

 

「! 蛇谷……」

 

 投げ捨てられた蛇谷は喉元を手でさすりながらゆっくりと立ち上がる。現状に似つかわしくない不気味な笑い声をあげる蛇谷に、室長は怪訝な顔を向ける。

 

「NDSの操作など、把握しているに決まっているだろう……くく」

 

「……どういうことだ」

 

「なあ草薙、お前はおかしいと思ったことは無いか? ……いや、お前はおかしいとは思っていたんだったか、なんせNDS開発が正式に決定した時お前だけは反対していたのだからなぁ」

 

「……お前は何を言っている! 何を知っている!」

 

「おかしいと思うだろう? これまで人類の科学技術はほぼ頭打ちだった。主流である出入力装置はキーボードとマウス、ディスプレイから全く進化していない。多少姿かたちが変わっていたとしても、その構造は100年前となんら変わらん。現在の科学技術は進歩していたとしても、その流れは非常に緩やかなものだ」

 

 大げさな動作で手を広げ、空を仰ぐ蛇谷は先ほどまでのおどおどした様子は見られない。虚ろな瞳だが、その目は確かに室長を見つめていた。

 

「だがNDSはどうだ!? これまでの科学技術を大きく引き離し、ネットの中に入り込むなどと、これまでの技術から隔絶した存在だとは思わんか!? NDSと、それまでの技術との間にはその二つを繋ぎ合わせるための技術が存在していないのだよ! NDSが開発されるまでの間に開発されるべき中途技術が全く存在しない……! それはまるで"人類が関与しないところから突然現れた"技術のようだと思わないか!?」

 

 本来科学技術というものはいくつもの工程をたどり、現在の形へと落とし込まれる。開発初期は電気さえ使わない原始的な機械でも、その後に効率化、自動化、小型化などの改良が行われ、そこには新しい知識や技術が用いられる。

 だが、NDSに関してはそれらの原始的なシステムの開発から改良までの歴史が存在しない。

 

 突然ネット内に精神を没入させるための基礎理論が先進技術研究所より発表され、ほんの数年ですでに小型化まで改修済みのNDSが誕生したのだ。

 

 その恐ろしいまでの開発速度に周囲の人間は当時先進技術研究所の責任者だった蛇谷を称賛し、それをもって彼の派閥である効率主義派はその立場を確かなものにした。

 だが、そんな蛇谷に唯一復興省内で表立って異議を唱えたのが、室長だった。あまりにも早すぎる新技術の確立はその安定性と安全性に不安が残る。室長はそれを理由にNDSの普及に関して慎重になるべきだと言ったのだ。

 結局、それならお前がやれとばかりにNDSの稼働実績作りを推進室でさせられるという状況になったのは室長としては不本意だったろう。

 

 

 そのNDSを、先ほど蛇谷は人類が生み出したものではないと言い出したのだ。

 

「何を馬鹿なことを……! NDSは主塔が閉鎖される寸前に持ち出された資料をもとに先研が開発したのだと、お前が説明しただろう!」

 

「我々が行ったのは現在主流の端末や機器との互換性を持たせる程度の作業だ。NDS内部は完全に主塔、その管理AIである"塔の管理者"によって設計された。我々はその情報を基にNDSを作り出したにすぎない」

 

「だが、……それでは時期が合わん。主塔が閉鎖されたのは効率化社会崩壊の時、つまり十数年前だ。だが、お前たち先研がNDSの基礎理論の発表を行ったのはほんの数年前ではないか!」

 

「合わないことは無いだろう? ……我々先進技術研究所が、例の事件後も主塔と繋がりを持っていたならば」

 

「なっ!?」

 

 蛇谷が口走った内容にさすがの室長も驚きのあまり言葉が出てこない。人類の英知を結集して生み出されたといっても過言ではない人工知能"塔の管理者"、通称管理者は例の事件を致命的な事故と判断し、決して人が開けることが無いようにと、中央管理室から主塔への入り口を完全に閉鎖し、封印した。

 

 その閉鎖は外部からはどうにもできないほどに堅牢で、物理的に破壊することはもちろん、情報的にもネットワークが一方的に切断されており、どうにも干渉出来ない。

 

 塔内部からの開放が不可能ならば、塔の外側からはどうだ? と考えた者もいた。塔の外壁をよじ登りこの閉鎖箇所を迂回、さらに塔に密着して登っていくため、塔のデブリ回避のマイクロマシンの散布層に守られてデブリに衝突することなく主塔まで到達。そこから内部へ入り込もうという考えだった。だが、塔の管理者は主塔崩壊を食い止めるため主塔から塔外への出入り口をすべてロックしており、入り込むことは不可能だった。専用の機器や主塔とのドッキング用の船を利用しても見たが、マイクロマシン散布層からはみ出てしまい、新たなデブリになった。

 

 これらの主塔開放作戦は塔に関わる全ての国々が実行したが、そのすべてが失敗に終わった。人類は事件後誰一人として主塔に足を踏み入れたものは居ない。

 

 蛇谷はそんな各国が喉から手が出るほど欲しがっている現在の主塔の情報を得ており、そればかりか塔の管理者とも通じていると言っているのだ。

 

「馬鹿な……なぜおまえが先進国の何処も手がかりすらつかめない主塔と連絡がとれる……?」

 

 室長の言葉に蛇谷は表情一つ変えない。ただ恐ろしいほどに静かなのだ。その静かさが、現状に諦めのような感情を抱いているようにも感じられる。もはや人の手には負えないような圧倒的で絶望的な災害を前にしたかのような……。

 

「本当のことだ。その証拠に当時塔の関係者しか知らないような情報も得ている。例えば……主塔は中央管理室より最上層まで一本の通路で繋がっている。その通路にはいくつもの実験施設が繋がっており、地上では行えないような特殊な研究や実験が行われる部屋が多数存在している」

 

 言葉を切り、蛇谷は近くのイスに座ると脱力して息を吐く。ひどく顔を歪ませ室長を仰ぎ見る蛇谷はやはり静かで、室長は蛇谷が何を言いたいのかわからないでいた。だが、次に続く言葉によって室長はさらなる混乱を抱くことになった。

 

「それらの特殊実験施設群が繋がった道を、総称して"セントラル・ライン"と呼ぶらしい。このセントラル・ラインこそが、塔の技術の中心だな」

 

「セントラル・ライン……? っ! まさか、そうか……! セントラル・ライン……セントラル・ライン(CL-)か……!」

 

「実験施設群は001号室から589号室まで存在している。そして、最上層にある589号室には主塔の全体管理を行うAI"塔の管理者"が住まうサーバールームになっている」

 蛇谷はゆらりと立ち上がり、室長と視線を合わせる。蛇谷の酷く濁った瞳を目の当たりにした室長はただ思い至った事実に動揺するしかない。蛇谷の歪んだ口元から聞こえるかすれた笑い声さえ、静かに管制室で響くだけ。

 

 

「"CL-589"からのアクセスとはつまり、塔の管理者……塔そのものからの接触なのだよ」

 


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