転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#124 繋がりへと

「さてさて始まりました"防衛!札置神社の秘密!"の概要を説明させていただきますよー視聴者の皆さん良いですかー?」

 

『お、始まったな』『なこちゃんと寝子ちゃんだ!』『最終イベなだけあって司会はFSの二人か、豪華だな~』『ちょっと開始時間遅れたけど大丈夫?』『こっちは大丈夫だよー』『説明オナシャス』

 

「はい。最後のイベントということで私もなこそお姉ちゃんも気合を入れております。見えていないかもしれませんが今手汗びっちょりです」

 

『草』『寝子ちゃん緊張が声に出ないからな~w』『これは草』『寝子ちゃんの汗……イイ』『←さすがにキモくて草なんだが』

 

「あ、セクハラはやめてくださいね」

 

『寝子ちゃんのお叱りかわいい』『首傾けて真顔なの草』『これは内心ドン引きしてますねぇ』

 

「はいはいちょっと時間すぎちゃったのはごめんね。今から説明を始めるよー。このイベントでは札置神社、その迷い路各地に設置されたモニュメントの発見を配信者の皆さんに競ってもらうイベントになっています」

 

「モニュメントの形は私たちでさえすべて把握しているわけではありません。迷い路を探索しながらそれらを探し出し、多く見つけて迷い路の最奥、札置神社へゴールした方が優勝となります」

 

『ほうほう、探索ゲーってわけか』『NDSのリアル探索ゲームやばw』『これはわちゃわちゃ期待ww』『しかし題名の防衛!ってのはどういうことなんだろ?』

 

「配信者の方々の配信は……ええと、少しトラブルがあったみたいです。映せるようになり次第、こちらの公式配信の映像にも反映させますので、もうしばらくお待ちください」

 

「まあ少しくらいハプニングがないとねーここまで特におもしろ……いや取れ高……。……順調に進行してるわけだからねー」

 

「ちょっと! もはや隠す気ないですよねなこそおねえちゃん!?」

 

『草』『この二人相性いいなw』『さすがFSの常識枠だぜ!』『常識……?』『寝子ちゃんはともかくボドゲキチさんは……』

 

「言われてますよなこそおねえちゃん」

 

「ふふー後で覚えておけよーーってね、あと題名の防衛についてだけどーはいっ! こちらの配信画面をご覧ください!」

 

『ん?なにこれ!?』『札置神社の映像っぽい?』『てか、あの生物は!?』『でかーーい!!説明不要!』『いや説明ないとわかんねーよ!?あれ何?動物!?』『狐っぽいぞ!尻尾いっぱい!』『九尾だー!』『え ちょっとまって』『犬守村に現れるあのでっかい生き物って……』『え えどういうこと……あれって……』

 

「ええーと……"突如犬守村に現れた謎の大型妖怪九尾!倒すには迷い路に散らばった九尾の魂を集める必要がある!配信者達よ!九尾と対峙するわんこーろを助けるべく迷い路を踏破し、九尾の魂を集めるのだ!!"……だって」

 

「はい、そういうわけです」

 

『カンペガン読みで草』『設定説明乙』『ほうほうストーリー仕立てになってるわけね』『わんころちゃんすっごい戦ってるな』『なんだかすっごい必死な感じが伝わってくるなw』『わんころちゃん実は演技派なのかな?』『いや……あれって……』『もしかして……』

 

 

 なこそ、寝子と視聴者の掛け合いはその後も問題なく続いていくのだが、実際はなこそと寝子には視聴者のコメントは見えていない。

 なこそがこれまで培ってきた配信者としての会話能力を駆使し、ある程度視聴者が反応してくれる定型文的な質問や、所謂お約束的な言葉の掛け合いを誘導し、まるで普通にコミュニケーションが取れているかのように振舞っているのだ。

 そこにいくつもの配信内容を記憶している寝子の補助をもって、ほぼ違和感のない実況の進行を可能としていた。

 

 

 

 わんこーろを結節点として繋がった通信にはいくつかの種類があり、配信者の様子を視聴者が視聴出来るものの他に、配信者と実況席とが裏で情報共有を行うためのチャットなども存在している。これに関しては音声も文章も視聴者には見えず、各配信者はこの裏のチャットを利用して他の配信者との連絡を取り合っていた。

 

 そしてそのチャットの活用は同じ空間に居るなこそ、寝子、灯においても例外では無かった。

 

【灯さん、室長からの連絡はないですか?】

 

【ごめんなこそちゃん。何度も通話をかけてるんだけど……】

 

【謝らないで。こっちは何とかやっていけそう。寝子ちゃんのおかげだよ】

 

【私よりもなこそおねえちゃんの対応力が化け物なのですが……とにかく、配信を始めてみましたがこれ、どうやったらゴールなんでしょう?】

 

【さあ? 勢いで配信始めちゃったからねぇ、終わりが無いのが終わり。みたいな?】

 

【はあ……そんなことだろうと思いましたよ。……でも、いいです。それこそフロントサルベージらしくて好きです】

 

【おや? 寝子ちゃんがデレた?】

 

【うるさいです】

 

 文字と音声によるチャットは思いのほか上手くいき、ひとまず何とかなりそうだと胸をなでおろすなこそと寝子。だが、やはり灯は落ち着かない様子だ。

 

【二人とも、私やっぱり室長さんのところに行ってくるね。多分塔の施設内に居ると思うから】

 

【うん分かった。気を付けてね】

 

【焦ってはいけませんよ。一般参加者の皆さんを不安がらせてしまいます】

 

【うん、それじゃあ一度外に出るね】

 

 扉を開ける音が配信に乗らないように静かに退出する灯。二人はそれを見届ける暇もなく、裏のチャットと配信を同時進行しながら現状を見守っていた。

 

 

 ……だから気が付かなかった。灯が退出した後その扉が、カシャンという音と共に勝手に施錠されたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりだめかぁ……」

 

 展示会場の施設から外に出て塔の施設の前までやってきた灯は小さく息を吐き、厳重にロックされている施設入り口のドアの前で肩を落とす。扉は厳重にロックされており、押しても引いてもびくともしない。扉の隣にある電子キーの端末を操作してもエラーが吐き出されるだけだった。

 それは副塔の施設に繋がる全ての扉、通路に共通しており、物理的、情報的に完全に閉鎖されている状況だった。

 

「むむ……携帯端末も室長には繋がらないし……、他に方法は……」

 

 灯は副塔の施設から離れ、周囲を見渡しながら次の策を考える。今のところ一般参加者の間で大きな混乱は起きていないようで、先ほど始まったV/L=Fのラストイベントを観て楽しんでいる様子だった。

 立ち並ぶ出店や販売ブースなども通常営業を続け、そこにいるスタッフも何でもないように参加者へ対応をしている。

 

「スタッフの皆さんには無理言っちゃったな……」

 

 わちるが最後のイベントを強行すると決断した際、司会として放送室にとどまらなければいけなかったなこそと寝子の代わりに灯が各地への状況説明に奔走した。

 室長および管制室に居るであろう運営陣とは連絡が取れなかったが、それ以外のスタッフとは連絡が繋がり、このラストイベントの実行とそれの協力をお願いしていたのだ。

 

 協力と言ってもこの騒動がどのように収まるのかは灯を含めて誰にも予想出来ていない。とにかく運営との各連絡網が遮断されていることは漏らさないようにお願いし、それ以外は通常の体制を維持するようにと言うしかなかったのだが。

 

「ほかに室長と連絡を取る方法……ほかに……、……あっ!」

 

 うんうんとうなりながら右往左往する灯は、室長を最後に見たとき、その脇にとある機器を抱えていたのを思い出した。現実から仮想空間へとダイブすることができる最新の機器、NDSだ。

 

(NDSとNDSの通信規格は独自のもの。だったら控室に残っているNDSで室長と連絡が……でも、管制室全体に無線通信の妨害がされていたら……)

 

 展示会場の施設から副塔の施設への内線はおろか、携帯端末による通信もできなかったことから、何かしらのジャミングが行われている可能性が高いと灯は考えていた。もしそうならたとえNDS間の通信でも繋がらないかもしれない。

 

(でも……悩んでいる暇なんて無い、もうそれしか方法がないんだから……!)

 

 早足に、けれど周りの一般参加者に悟られぬように灯は努めて冷静な足取りでNDSのある控室を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ時間、副塔下層部サーバールーム隣の密室にて。

 

 

「しかし、本当に連絡が取れるのか? NDSでブーストしているとはいえ、利用している通信回線は数世代も前のものだぞ? そもそもどうやって灯君と連絡を取るというのだ」

 

 ダクトと機器と乱雑な配線に囲まれた狭い空間の中で蛇谷と室長はサーバーとNDSを繋げ、NDS経由でサーバーを再構築。環境を現在のものに最適化するように設定していくが、これがなかなかに時間がかかる。

 

 ソフト面は最新のものに更新できるが、ハード面に関してはどうにも出来ない。如何に室長といえど、管制室の情報端末を分解してサーバーに利用されているパソコンの機材と交換するなどと専門的な知識はさすがに無い。

 

「理想としては管制室が受信している視聴者のコメントなどを向こうが見れるように情報の転送が出来るのが一番なんだが、おそらくこの回線の細さではギリギリだろうな。だが、試す価値はある」

 

 人一人分が何とか立っていられるような空間で体を小さくさせながらPC端末を操作する室長は端末の画面に目を落としながら応える。

 

「よし、管理中枢にアクセスした。中枢から外部の管理空間へリンクを繋げる。空間の管理者名は……"大日本宇宙開発公社"か」

 

「大日本宇宙開発公社……確か例の事件が起こる少し前まで副塔の建設事業に携わっていた企業だな」

 

「ああ、恐らく建設時に仮設していたネットワークサーバーがそのまま放置された結果、ここに置き去りにされたというところだろう」

 

 大日本宇宙開発公社とはこの国で塔建設が決定した際、副塔の建築関係の仕事を一挙に引き受けていた宇宙関係の開発企業だ。ロケットや人工衛星、さらには宇宙ステーションの開発と建造を手がけ、国でも指折りの宇宙関係の技術を持つ企業だった。

 

 だが、例の事件が発生する数週間前、公社の不正が匿名からリークされ、その異常な数と悪質さから大日本宇宙開発公社の副塔建設事業の継続を疑問視する声が政府に届き、結局数日程度の調査を経て公社は副塔の建設事業から外された。

 

 だが、その後が問題だった。公社の経営陣はそのほとんどが夜逃げ同然に姿をくらますか、海外へ逃亡。実際に建設を行っていた技術者もほとんどがそのような状態であり、まともな引き継ぎが行われなかったのだ。

 

 そのため公社の代わりに新しく建設事業に携わった企業は公社の残したデータを見て、建設工程を予想するところから仕事が始まるという面倒くさい事態になっていた。

 そんな時、新企業が偶然見つけたのがこのサーバーだった。副塔の建設時に仮設ローカルネットとして置かれたこのサーバーの役割は各作業者との情報共有の手段であり、各作業者が手にしていた携帯端末へとその日の仕事内容などが送られるようなシステムとなっていた。

 副塔は空へと高く伸び、その規模は高層ビルなどとは比べ物にならないほど大きい。建設現場各地に散っている作業者と連絡を取り合うにはこのような方法が必要となっていたのだ。

 公社が撤退した後、すでに副塔は大部分が完成しており、あとは副塔内のネットワーク構築などのソフト面の工事が行われる事になり、すでに公社のサーバーは不要とされていた。

 

 だが、これを発見した新企業のエンジニアはこのサーバーを撤去することに難色を示した。システムの構築において、不必要だとして削除した部分が何らかの重要な役割を担っており、その結果メインのシステムそのものが動かなくなるという自体はそう珍しく無い。

 このサーバーの撤去でこれまで構築してきたシステムが突然動かなくなる、もしくは不具合が発生するのではないかと危惧したのだ。

 

 建設現場で用いられる簡易的なネットワークな上に、副塔の管理空間にさえ統合されていないようなサーバーにそのような危険性があるかは不明だが、それでもあえて触るようなものはいなかった。

 

 その結果、触らぬ神に祟りなしとばかりに公社のサーバーは放置され、最低限の電力供給のみで生かされることになったのだ。

 

「……ちょっと待て、今更だがどうやって管理中枢の権限を取得した? 確かパスワードが……」

 

 配線が這わされて足場もなく、所在なさげにしていた蛇谷は不意に室長の言葉に反応する。どれだけ旧型のものであってもそう易々とアクセス出来るようにはなっているわけが無い。パスワードの一つや二つ、存在していて当たり前なのだが、それを室長は指先に挟んだ一枚の紙切れを蛇谷に見せることで応えた。

 

「パソコンの裏側に張り付けてあった。当時の管理者は管理意識というものが無かったようだな」

 

「……言葉にもできんよ……」

 

 管理パスワードが走り書きされたプラスチックペーパーの切れ端を手に取り溜息をつく蛇谷をよそに、室長はサクサクと管理中枢の設定更新を行っていく。

 

「わんこーろと対峙している攻性AI(キュウビ)は的確に彼女の行動を制限するように動いている。配信者達をバラバラにし、犬守村のある仮想空間とわんこーろとのリンクを切断することで配信者を人質にして行動を制限させたのは生まれたばかりのAIにはなかなかマネできる方法じゃない。……おそらく、今までの鵺や大蛇とは異なり管理者が直々に操作していると思われる」

 

「……なるほど。鵺や大蛇が暴走気味に例の配信者を襲ったと聞いていたが、それは管理者とのリンクが切れて制御不能な状態になったからか。長時間の通信を行えるV/L=Fのタイミングでなければ主塔と地上とが通信していられる時間はほんの数秒程度しかない。だが今の科学技術ならば攻勢AI一つを送り込むだけならば数秒あれば事足りる」

 

「だが今、管理者はわんこーろに釘付けだ。あちらが掌握した管制室管理中枢の管理外空間である大日本宇宙開発公社の仮想空間の存在を見つけるまでには多少時間がかかる、と信じたい……よし、リンク接続完了」

 

「どこに接続したんだ? この辺りでリンクを開放しているのはV/L=F関連の管理空間しか無いはずだぞ? そこに接続すればすぐさま管理者に見つかる」

 

「分かっている……管理者の目が届いていない空間さ」

 

「なに? そんな場所が……? 一体どこだ?」

 

「推進室の管理空間」

 

 ぱちんと、室長が指先でエンターキーを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯は控室で見つけたNDSを手に取り早々に放送室へと戻ろうとしていた。すでに管制室と分断されている現状、これ以上の人と情報が散らされては配信の継続さえままならなくなってしまう。だが、灯のそんな不安な考えはあまりにも遅すぎるものだった。

 

「! ひ、開かない……!」

 

 控室のドアが開かない。

 

 管制室はその施設が副塔の中に存在しており、そのセキュリティは副塔のものに依存している。それゆえに管制室とそこまでの通路にはいくつもの要認証のドアやゲートが存在しているが、塔の街に住まう住人も利用できる展示会場の施設はそれほど厳重ではない。

 

 だがそれは一般人が入り込める範囲に限られている。施設は独立しているとはいえ、展示会場は副塔に最も近い施設だ。スタッフなどの裏方が出入りする部屋はそれなりのセキュリティが施されている。どうやら管制室と同じように、この展示会場施設のセキュリティ関連までも掌握されてしまったようだ。

 慌てて取り出した携帯端末の通信状況は問題ないようだったが、室長との連絡は依然取れない。

 

「そ、それならここから……!」

 

 使い物にならない携帯端末を放り投げ、NDSにPC端末を接続する。待機中だった設定を立ち上げ、NDSを操作する。

 だが、PC端末を操作するその手は徐々に動きを止めていき、嗚咽を漏らしたまま灯は頭を抱える。

 

(……でも、何処につなげれば……管制室どころか此処まで侵入者に見られているのに……どこに繋げば……、……あ、れ?)

 

 そんな時、灯は端末の隅で封筒を模したマークが点滅しているのを見つけた。イベントが始まる前に室長とNDSの設定を弄っていた時には無かったそれは、このNDSになにかしらのメッセージが届いていることを示していた。

 

(差出人は……推進室から? ……! もしかして……)

 

 このNDSは推進室の管理空間と繋がっている。それは灯が無理やり繋げたもので、蛇谷に目をつけられないようにと管制室の管理空間を迂回して接続したものだ。その話はNDSの設定を室長に見せながら説明をしていた。つまり、室長はNDSと推進室の管理空間が繋がっており、それがまだ見つかっていないことを知っている。

 

「室長なら……絶対にこうする……!」

 

 開放されていた推進室の管理空間にリンクを再接続。パスワードをクリア、管理中枢へアクセスを掛け、音声通信設定を更新。そしてーー。

 

『――……やあ灯、待っていたぞ』

 

「! お待たせしました……!」

 

 その声を聴くだけで、孤独と不安に苛まれていた灯の目からはとめどなく安堵の涙が流れるのだった。

 

 


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