転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
・簡易レンタル掲示板100097 移住者避難所(仮)【鍵付】
1:名無しの移住者
この掲示板はわんこーろちゃんの視聴者である移住者専用の緊急用鍵付き掲示板です
緊急で借りたものなので明日まで持ちません
今日中に決着をつけましょう
2:名無しの移住者
とりあえず一番安い掲示板借りた。鍵付きだからメイクやわんころちゃんの配信で見かける信用ある移住者にだけ招待とパス送った
3:名無しの移住者
乙
4:名無しの移住者
乙
とりあえずメイクのグループメッセで話してた内容
●確定事項
・現在犬守村(札置神社)に問題発生
・今まで現れた個体と同じ性質を持つ九尾の存在から問題は不正アクセスによるもの
●不確定だが確定濃厚
・アクセス拒否していたはずの犬守村へ侵入→NDSから侵入か?
・問題発生が確定だが参加配信者及びスタッフはスルー→情報が共有されていない?もしくは隠そうとしてる?
・わんころちゃんVS九尾→マジの死闘の可能性
5:名無しの移住者
乙
もしも予想通りフェスの運営が今回の問題をなかったことにするつもりなら俺は何も言わん。
異論はあるだろうがわんころちゃんが非難されるようなことにはなってほしくない
6:名無しの移住者
問題を全部ぶちまけたとなると、事前に不正アクセスがあったわんころちゃんをV/L=Fに招待したことに批判が集まるのは目に見えてる。もちろん不正アクセスの対策をしたと言ったわんころちゃんにも。
7:名無しの移住者
だけど実際不正アクセスだと発覚してからバグやらの問題は解消されてたし、わんころちゃんに問題はない
あるとすればNDSとフェス運営の方だろ
8:名無しの移住者
だとは思うが、果たして事情を知らない人間にその情報が正しく伝わるだろうか?
ただでさえヴァーチャル配信者ってのはそれだけでアンチが多いんだ、面白おかしく話題にするためにありもしない噂や罪を付け加えられる可能性だってある
9:名無しの移住者
だから俺たちはこうやって専用の掲示板で話し合いしてるわけだわな
恐らくここまで状況を知ってる視聴者はいないんじゃないか?
10:名無しの移住者
わんころちゃんの配信を見ていれば九尾がバグ(不正アクセス)由来だってのは察せるし、会場で起こった一瞬のネット障害やイベントの遅延、突発的な内容変更、一般配信者の様子やらである程度分かる。
それにわんころちゃんが途中で涙ながらに狐稲利ちゃんを脱出させるところはとてもじゃないが演技とは思えないしな……
11:名無しの移住者
メイクでの話し合いはさすがに情報漏洩が心配だからな
掲示板を借りた移住者ニキマジ有能
12:名無しの移住者
公式の実況配信はなこちゃんメインで進行してるな
寝子ちゃんはあまり喋らんか
裏で配信者と情報共有してんのかな
13:名無しの移住者
さっきよりもコメントを拾う頻度が上がったような気がする
……もしかして今までコメント見えてなかった?
14:名無しの移住者
まさかそんなこと
……なこちゃんならあり得るか……?
15:名無しの移住者
なこちゃんの説明だと九尾を止めるには迷い路の探索が必要ってことだが
これはどこまで本当なのかね
16:名無しの移住者
九尾を打開するには迷い路内で何かを見つける必要があるってところは正しそうだ
17:名無しの移住者
だとしたら問題は迷い路のワープの存在だな
まだ仕様が不明なところが痛い
18:名無しの移住者
ワープを行ったり来たりしてくれる配信者はいないものか……
19:名無しの移住者
おいお前ら!今なこちゃんに凸してきた
なこちゃんの口ぶりからするとやはり迷い路のマップ制作が最重要っぽい
20:名無しの移住者
俺も見てたぞ
わざわざ「"寝子ちゃんも"まだ把握していない」って言うということは
寝子ちゃんの仕事は配信画面を見てマップを制作することか!
21:名無しの移住者
恐らくそうだろうな
そしてそのことを話してくれたってことは、事情を知ってる俺たちにマップ制作を手伝ってくれってことだろうか……?
22:名無しの移住者
……今更だが、なこちゃんはそこまで分かってくれているのかな?
俺たちがある程度事情を把握しているって
23:名無しの移住者
分かってなくてもやるしかねえよ
俺たちはただの視聴者で、いつもは推しを眺めて応援するだけの存在だけど
わんころちゃんのために何かできるなら、やるしかねえだろ
24:名無しの移住者
とにかく迷い路のマップ制作が最重要なんだろ?
だったら俺たちの出番じゃねえか
25:名無しの移住者
犬守写真機だな!
アプリダウンロードしてる奴は全員起動しろ!捜索開始だ!
26:名無しの移住者
ルート記録すんのわすれんなよ!
27:名無しの移住者
俺は迷い路観測スレに行ってくる。過去スレの旧迷い路マップが役に立つかもしれん
28:名無しの移住者
ちょっとまって、マップデータを収集したとして、どうやってなこちゃんたちに知らせるの?
29:名無しの移住者
……そうか、一般の視聴者はこのイベントの裏で何が起こっているか知らないからコメントには載せられんか……最悪荒らしとみなされて配信自体が荒れる。何か問題が起きているんじゃないかと勘繰られる
30:名無しの移住者
非常事態だろ
無理やりコメントに載せればよくね?
31:名無しの移住者
非常事態だとほとんどの視聴者は気付いていない
裏で起きてる問題が表に出れば配信どころじゃなくなるぞ。悪手だ
32:名無しの移住者
いや、方法はまだあるぞ
なこちゃんが視聴者参加型のボドゲ配信をする時、いつも視聴者用に設けてる使い捨てのメッセージボックスがある。動画配信サイトのサービスの一つで、FS公式ページに張り付けてあるやつ
33:名無しの移住者
おいおいあれ配信の時にしか開放されてないじゃん
使えるか?
34:名無しの移住者
俺たちがある程度事情を理解している、と察しているならおそらくこのメッセージボックスが開放されてるはず
使い捨ての簡易なやつだから向こうがメッセを受け取ったかはこちらじゃ判断できんが……
35:名無しの移住者
よし、とにかく俺たちは情報を集めよう
まとまったらそのマップデータをメッセに送り続ける。それしかない
36:名無しの移住者
だな
とにかく俺たちはやれることをやる
37:名無しの移住者
みんなでわんころちゃんを助けるんだ
札置の迷い路のとある場所、迷い路攻略に乗り出した移住者による暫定名称
いくつもの鳥居と瑞垣によって作られた迷路の中で紅葉が風に揺れて降り落ちる様子を○一は静かに眺めていた。
時折顔に向かって落ちてくる紅葉を目を細めて指先で挟んで受け止めると、それを静かに石畳へと放った。
「……ったく」
今の○一の心情では摘まみ上げたその葉を掌で握り潰すくらいはしてしまいそうだが、彼女の近くにいる配信者がいい顔をしないため既のところで止める。振り返った○一の目の前にいたその配信者は腰に手をあて満足そうに微笑んで首を軽く縦に動かした。どうやら○一の行動は正解だったらしい。
「そうそう、もっとお淑やかにいきましょうね○一」
「うるせー、それより寝子はなんだって?」
「迷い路全体を把握したいから歩き回ってほしいって、運が良ければ例のバックアップリンクも見つけられるだろうって。あと、管制室との情報共有設定が完了したから配信OKだって」
「わんこーろはまだ頑張ってんだな……」
「じゃなきゃこうやってのんびりしていられないわよ。……でも、私たちが歩き回るのは無理そうね」
「この交差点の向こうにさらに交差点、その先に行こうとすると此処に戻ってくる。……ループポイントに囲まれた場所に閉じ込められたっぽいな」
「迷い路にこんな場所があったのね。……わんころちゃんが無駄な場所を作るとは思えないけど……」
「ルートによってはヤバいところと繋がってるつってたからイベント中はそのルートを閉鎖してたんだろうな」
札置神社はこの犬守村全体の中心地となるように設計されており、そのため札置神社からあらゆる場所へと転移することが出来る。わたつみ平原の塩桜神社や、犬守山の犬守神社へのワープポイントも存在しており、その中には本来入り込むことが出来ない幽世へのワープポイントなども存在している。
そのような危険地帯へワープすることが無いように、いくつかのルートが編集され通常の方法では入り込めないようにされていた。
九尾によって迷い路に散り散りとなった○一と真夜は偶然にも互いに近い場所に飛ばされ、そして封鎖されていた空間に閉じ込められてしまったようだ。
「……なんでよりにもよってお前となんだよ」
「あら、そんな怖い顔しちゃだめよ? 私もあなたも配信はしてないし音声も視聴者には届かないけど、わちるちゃんたちからはしっかり見えてるんだから……ほら、寝子ちゃんからチャット来てるわよ。"もっと笑顔でお願いします"だって、ふふ」
「余裕そうだな、お前は……」
「あら、そう見えるなら私の演技もなかなかなものね。……この状況で余裕のある配信者がいると思う?」
「……」
「もうっ、そうやってすぐ不貞腐れないの。そんなんだからわちるちゃんに心配されるのよ?」
「わちるが? なんか視線は感じてたけどよ、なんでお前が……?」
「お願いされたのよ。あなたを許してあげてほしいって」
「! ……」
真夜の言葉に○一は驚いたように真夜を見る。その瞳はしっかりと○一を捉えており、無意識に○一は視線を外してしまう。少し残念そうにする真夜へと○一は理由を訊ねた。
「……なんで……」
「前のあなたとの会話、わちるちゃんに聞かれてたみたい。……あなたをあんなにも心配している子がいる、FSはあなたに取って大切な場所になったのね」
「……そうか」
真夜の話を聞いているのかいないのか、気の抜けた返事を返す○一はただ茫然としたまま前へと進む。
「何処に行くの?」
「まだ閉じ込められたと決まったわけじゃねえ。ワープに入り込む順番で抜け出すルートがあるかもしれねえ」
一人で進んでいく○一を真夜は慌てて追いかける。横に並んでその顔を伺おうとするが、俯き気味の○一の顔は前髪で隠れてよく見えない。一体○一が何を考えているのか、先ほどの言葉でどのような思いを抱いたのか。それを察すると同時に真夜はこれがチャンスだと思った。
かつての幼少期の記憶に縛り付けられている○一を解放するためのチャンスだと。
わちるの前ではこの距離感が自身と○一との適切な距離だと真夜は言った。その思いは今も変わらないが、それは決して○一が永遠に過去に囚われることを良しとして言ったわけではない。
変わるきっかけがあるならば○一を、苦しみに苛まれながら
これまで○一の心の中には真夜と、"彼"しかいなかった。だが、今彼女の中にはまた別の、FSという家族の存在が有るはずなのだ。
もしかすれば、その家族の存在が○一を今の歪でギリギリな状態の関係性から解放する鍵になるかもしれない。真夜はわちるとの会話の中でそのように感じていた。
「……ねえ○一、こうやって二人で歩いていると、昔のことを思い出さない?」
「……」
「ほら、私と○一と……あと、彼と一緒に地上を目指した時のことよ」
「……忘れた」
「嘘。あなたが忘れるわけないもの」
そっけない○一だが、返事は返す。会話自体を拒否しているわけではないことに安堵し、真夜は切り込む。
「でも、もういいんじゃないかしら? 彼もたくさんの視聴者を抱えた今のあなたを見ればきっと喜んでいると思うわよ――」
「やめる」
「…え?」
だが、歪な関係性を終わらせるべきという真夜の考えはあまりにも唐突で、切り込み過ぎた。
「もう、やめる。ワタシ、ヴァーチャル配信者やめる」
札置の迷い路、暫定名称
○一と真夜のように一定の範囲に閉じ込められるのは例外であり、ほとんどの配信者は迷い路内を自由に探索出来る状態になっていた。時折遠方から聞こえる何かが爆発するような音が響き、わずかに地面が揺れるのを感じながらも配信者達は今自分たちがやるべき事をやるために行動していた。
ほとんどの配信者は互いに連絡を取り合い、放送室のアシストもあり早い段階で合流が行われ、いくつかのグループを形成していた。一人一人がバラバラに行動した方が迷い路のマッピングとしては効率的ではあるが、現在迷い路は何が起こるかわからない。もしかすると九尾以外の攻性AIが出現する可能性もある。配信者たちがそれらに対抗できるかと言われれば難しいとしか言いようがなく、だが固まって行動するだけでも一人で遭遇した時より危険度は低下する。気休めでしかないが……。
だが、配信者全員がグループとなったわけではない。九尾に飛ばされた地点が遠すぎるからと合流することを諦め、マップを埋めていくことを優先して未踏のルートを通ることを決めた配信者も多い。
FS所属配信者ナートもそんな配信者の一人だった。
「むむむ……こっちのルートはこうで、こう……設定ルートは寝子ちゃんが覚えてた通りだねー」
一人迷い路を進むナートは寂しさを紛らわせるように独り言を繰り返す。一人で未踏を進む配信者は寝子との通信を常時開放している状態で行動しており、それゆえに自枠での配信は行っていない。
あくまでイベント参加配信者は配信者同士での通話が可能で、司会進行をしている放送室との通話はしていないという"設定"なのだ。
司会をしているなこそ、寝子と視聴者だけが各配信者の視点をすべて見ることが出来、配信者は配信者だけでわちゃわちゃやっている光景を視聴するイベントということになっている。そのためナートは自身がなこそ達と通話していることを悟られないように配信をしていなかった。
「んん……こっちか、それともこっちの道かなぁ……寝子ちゃんはどう思う」
【そのあたりのマッピングは終わっていますね……次を右に曲がってその後まっすぐお願いします。そうしたら合流出来ますので】
裏のチャットの寝子は淡々とルートを指示していく。現在単独で迷い路の踏破を目指している配信者は全体の二割にも上り、そのすべての配信者の補助と既存ルートへのオペレートを寝子が担当しているのだ。忙しさは察して余りある。だからナートもそこは何も言わない。聞く内容も最低限に留めていた。
「合流? 他の配信者のグループがあるの?」
【いえ、向こうも一人です。誰かと合流したいとのことだったので、一番近くにいたナートお姉ちゃんの場所に誘導しています】
「へぇ、もうだいぶマップ埋められたんだ……こりゃ思ったよりも迷い路攻略は楽勝かもねぇ~」
【フラグは立てないでください。もうすぐ合流します】
「へいへーい。あ、そういえば合流する人ってどんな……」
独り言で紛らわしてはいてもやはり一人は心細かったナートはひとしきり寝子と会話した後、例の合流する配信者が何者なのかを聞こうとするが、それは不要となった。なぜならすでに本人が目の前にいたから。
「ナート様!」
「へ!? ほ、ほうりちゃん!?」
「ああ、良かったです。一人で心細くて……まさかナート様とご一緒になれるなんて……!」
「あ、あはは……」
恐らく寝子は合流する配信者がほうりだと知っていたはずだ。先日からよく会話をしている場面が多かったので、合流させても大丈夫だろうと判断されたのだろう。それを察し、ナートは目の前で安心しきった様子のほうりを見て、口元を引きつらせるのだった。