転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#133 反撃

「……そんな、そんな……卑怯ですよ、こんなの……」

 

「わちる……」

 

 立ち上がることも出来ずに石畳に手をついたままのわちるは、視聴者に見えないよう顔を伏せたまま静かに涙する。

 

 わんこーろが九尾を押さえ、制限時間までに迷い路のバックアップを見つける。それがこのイベントのルールではなかったのか。九尾はそのルールの前提を容易く崩し、理不尽な状況を叩きつける。

 

 どれだけ迷い路を進もうとも、どれだけ配信者として健気に振舞おうとも、わんこーろがどれだけ傷だらけになろうとも、その努力は九尾のさじ加減一つで無に帰す。それを理解してしまったわちるはもう立ち上がることができなくなっていた。

 

 どれだけ立ち上がっても、無駄だと知ってしまったから。

 

『ちょwwわちるん大げさすぎw』『これは予想外の展開来た?』『すっごい落ち込みようなんだけどw』

 

「う……」

 

 何も知らない視聴者にとって迷い路の変化もわちるの絶望もただの演技にしか見えていない。

 

「わちる……だめだよ……わんこーろちゃんの努力が無駄に……」

 

「……ここで止まっていてもどうにもならんのじゃ」

 

 かかおとイナクはわちるを気遣うがそれでもわちるが立ち上がることは無かった。

 

(こんなの、もうどうにもならないじゃないですか……どれだけ頑張っても、意味ないじゃないですか……わんこーろさん……)

 

 立って前に進んでも九尾にひっくり返されて無駄になる。そう考えてしまうと立ち上がる勇気が出てこない。わんこーろが必死に九尾を押さえている映像を見ても、わちるには自身を奮い立たせる気力さえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『頑張れわちるん!』『諦めんなよ!!そんなんわちるんじゃねえよ!!』『わんころちゃんがんばってる!わちるんもがんばって!』

 

 だが、そんなときに配信者を支える存在がいることを忘れてはならない。

 

 事情を知らない故に心無い言葉を書き込んでしまうかもしれない。杞憂の果てにおせっかいなコメントを残してしまうかもしれない。時には信じる配信者の残念な姿を見てしまい失望するかもしれない。

 

 それでも視聴者というものは、配信者を一心に想っている。だから、配信にコメントを残すのだ。

 

 

 わちるを励ます視聴者たち。ほとんどは裏で進行する事件のことなど知りもしない。けれど今目の前で沈んでいる"推し"の姿に笑っていられないと思う視聴者だっている。たとえ演技だとしても悲しそうにしている姿を見て同じく悲しく思ってしまう。

 わちるの配信でコメントを残す視聴者はその比率が高く、わちるが本気で悲しんでいる様子を無意識ながら感じ取っているのかもしれない。そのような他者を思いやれる視聴者が多いのもわちるの配信の特徴でもある。視聴者は配信者に似る、という言葉がネタのように使われているが、あながち間違いではないのかもしれない。

 

 そして、そんな視聴者たちは今のわちるよりも冷静で、親身で、視野が広かった。

 

 

『わちるさん、あれ!』『わちるん、目の前のやつ!』『お願い!顔を上げて!』

 

(……このコメントの人たちの名前……たしか私の配信も見てくれてる移住者さん……)

 

 見覚えのある視聴者のアカウント名に視線を向けるわちる。そのコメントに従うように顔を上げ、目の前を見る。

 

 だが何も変わらない。先ほどまで存在していた道は無く、瑞垣によって行き止まりとなっている。

 

 もし、視聴者から次の言葉が書き込まれなければ、おそらくそのまま顔を下に向け直していただろう。

 

  

 

『わちるさん!あの絵馬を見て!』

 

 

 

 

「――絵馬?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷い路の最奥、札置神社の境内でわんこーろは対峙する九尾が天に向かって吠える様を注意深く見つめていた。

 

「ま~た何か仕掛けたんですか~? ほんと~に面倒ですね~ぐちゃぐちゃになったここを元通りにするのもわんこーろがやらないといけないのに~」

 

 先ほどまでの九尾を睨みつけるような眼光は鳴りを潜め、わんこーろの様子はひどくゆったりとしたものに戻っていた。まるでいつもの配信を行っている時のような、あまりにも自然体な姿。声もいつもの調子で、ゆるふわなものに戻っていた。

 

「んふふ~」

 

 飲み込まんとする炎はわんこーろの生み出した水流によって悉く霧散してゆく。水蒸気となった水分は九尾が尻尾を一振りすると途端に収束し、白色の塊へと変化する。うっすらと冷気を纏うそれは巨大な氷の塊だ。

 パキパキと軋むような音を立てながら氷塊はわんこーろへと向かっていく。

 

「ほい、ほいっと~」

 

 だが、わんこーろはこちらへと射出された氷塊へと自ら向かい、その表面に拡張領域より取り出した"磨り出し鑿(すりだしのみ)"を食い込ませる。

 そのまま鑿を横なぎに払うと氷塊は無数の亀裂を生じさせ、粉々に砕け散った。

 

 氷塊だったものは無数の塵となり空中を漂う。おもむろにわんこーろがその小さな手のひらを広げ、前方に突き出すと、その上に手のひらほどの大きな雪の結晶が落ちてくる。塵と思われたものは巨大な雪の結晶となっていた。

 

「ん~綺麗ですけど、まだその季節じゃありませんよ~」

 

 わんこーろの手のひらに着地した雪の結晶は不思議なことに溶けることなく手の中に収まっている。柔らかな動作で空中に雪の結晶を放り投げると、もう片方の手に握られた鑿を空に滑らせる。

 

 すると雪の結晶だったものはその色を失い、その形を変化させる。歪な六角形から扇のような形へと代わり、それが最終的に手のひらのような形状へと変化した。

 

「ほら、今の時期はやっぱりこれですよ~」

 

 いつの間にか取り出したもう一つの道具、"見出し刷毛(みいだしはけ)"を振るとそれに鮮やかな朱色が付き、はらはらと舞い落ちていく。

 

 それらの工程はほんの一瞬で行われた。視聴者から見れば氷塊より散った結晶が鮮やかな紅葉の姿へと変化したようにしか見えないだろう。その裏で行われている攻防さえ感じさせないほどの優美で幻想的な光景だった。

 

 そして何よりも、これらの光景を生み出しているわんこーろがこれまで以上に楽しそうな顔をしている事が、視聴者に安心感とエンターテインメントとしての興奮を生み出していた。

 

「んふふふ~何をしようと私はもう動揺なんてしませんよ~? もう、わちるさんたちに託したんですから~」

 

 わんこーろは両手に持つ磨り出し鑿と見出し刷毛を指先で弄びながら九尾の前に立つ。

 

「あなたが何をしようと~わちるさんたちは決して諦めません。一度諦めたとしても、絶対に立ち上がってくれます。……だって、みんな私の友達なんですから~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の配信者が心配する中、ゆらりと立ち上がったわちるはたどたどしい足取りで前に進む。行き止まりの瑞垣へと向かい、そこに触れる。

 

 迷い路の何処にでもある壁の役割をしている瑞垣には何の違和感もなく、わんこーろが制作したものと瓜二つ……いや、実際に九尾がわんこーろの制作した瑞垣を複製したのだろう。そこに問題は無かった。注目すべき瑕疵もない。

 

 そう、"瑞垣"は。

 

「この絵馬……バグってる……?」

 

 わちるの目の前の行き止まりの瑞垣、その端に壁際から絵馬が飾られているのだが、その絵馬の様子がおかしい。瑞垣に半分埋まるように存在していて、まるでバグったように絵馬の3Dモデルが表示と非表示を繰り返し明滅しているように見える。それを手に取ろうとするわちるだが、当たり判定自体は消失しているらしく触れることは出来ない。

 

(あれ……? これって確か……)

 

 そこにあるのに手に取れない。その不思議な体験をわちるは一度体験している。V/L=F一日目の写真展でわんこーろから説明された内容だ。

 

(あの時、わんこーろさんは確か――)

 

 

 

 

"――実際にはわんこーろが管理する別管理空間にデータは保存されていて~そのデータを札置神社に重ねているのです~――"

 

 

"――このように写真や絵馬が設置されている間仕切り板そのものを動かすと~設置されている物は見えなくなるんですよ~――"

 

 

 

 

「……あ、……ああっ!!」

 

「うわっ! びっくりした! どうしたのわちるちゃん?」

 

「な、なんじゃ? 何があったのじゃ?」

 

【かかおさんイナクさん聞いてください! いえ、配信者の皆さん! 聞いてください!】

 

 わちるはなこそ、寝子を含めた全配信者へチャットで呼びかける。その声がすべての人へと届くように。希望の言葉となるように。

 

【迷い路に飾られている絵馬はわんこーろさんが独自に管理しているものですっ! そのデータは迷い路とは切り離されていて、九尾の改変の影響を受けません!】

 

 九尾は迷い路全体の構造を変化させるほどの影響力をもって札置神社全体を監視している。だが、その影響力はわんこーろが独自に管理している拡張領域までは及んでいない。少なくとも現在絵馬やわんこーろ特製のツールを保管している領域までは侵入出来ていない。

 

 そう確信できるのは九尾がわんこーろの鋏を弾き飛ばしたからだ。

 

 もしわんこーろの鋏などのツールが脅威であり使用不可能としたいのならば、わざわざツールを遠くに飛ばしてリンクを切るよりも、わんこーろの利用している拡張領域そのものを使用できなくしてしまえばいいのだ。

 

 だが、九尾はそれをしなかった。いや、しなかったのではなく出来なかった。

 

 かつてわんこーろは迷い路に出現した鵺を構成する生物に、自身が拡張領域に保存していた動物たちの3Dモデルが利用されていた事を知った。その対策としてその後わんこーろは拡張領域のセキュリティを厳重なものに強化していたのだ。

 

 そのため九尾はわんこーろの管理する拡張領域に侵入することが出来なかった。そして、同じく拡張領域に保管されている絵馬の情報にも干渉することができなかった。

 

 迷い路を書き換えられても、絵馬の情報に触れられない九尾は迷い路に飾られた絵馬の位置情報を書き換えることができなかった。

 

 その結果、迷い路改変前の位置にある絵馬と、改変後に現れた瑞垣の壁との位置が被り、絵馬の3Dモデル表示がバグったように見えたのだ。

 

【皆さんっ! 迷い路の通路ではなく絵馬です! 絵馬の位置情報をマッピングしてください! 絵馬の位置は、迷い路がどれだけ変わっても変化しません!】

 

【なるほどっ! 良し、とにかく周りにある絵馬の情報を記録するぞ!】

 

【了解なのじゃ! 皆、手分けして記録するのじゃ】

 

【こちらも了解した! 情報提供感謝する!】

 

【私も了解だよ! 周りの絵馬の情報を共有する!】

 

 

【でも、どれだけ絵馬の場所を記録しても、迷い路を改変されてゴール前に壁を造られたんじゃ……】

 

【……いいえ、絵馬の場所がわかれば"本来の迷い路"をマップ上に表すことができます。……そしてあとは……】

 

 

 拡張領域に手出し出来ないから、領域から取り出した時を狙って弾き飛ばす。九尾のその判断は確かに最良なものだった。だが、無理してでも拡張領域の封鎖を狙うべきだった。そうすれば迷い路の改変を確かなものにできたし、わんこーろに対しては鋏以外のツールも封じることができた。

 

 そして……鋏を迷い路の"どこか"へと弾き飛ばす必要もなかったはず。

 

 それがわちる達の希望となるなど、九尾はおろか、九尾を裏で操る塔の管理者でさえ予想していなかっただろう。

 

「あとは……あれがあります」

 

 わちるは九尾の改変によって新たに生まれた迷い路の道、その先の石畳に突き刺さっているものを見つめていた。

 

 刃は日の光を反射し美しく輝き、朱色の柄の部分に括りつけられた紙垂が風でゆらりと揺れる。それはわんこーろの手より離れ迷い路のどこかに飛ばされた、裁ち取り鋏だった。

 

「おおっ! これがあればあの九尾を倒せるのじゃな! 早く引き抜くのじゃ!」

 

「あ、ダメですイナクさん」

 

 鋏の存在に気付いたイナクが嬉々として近寄り、その柄に触れようとするが、その瞬間バチリという小さな破裂音と共にイナクの手が弾かれた。

 

「んぎゃ!? 痛いのじゃ!?」

 

 鋏に近づき弾かれわちるの背中に隠れる。その一連の動作が早すぎで他の配信者は皆えぇ……という表情のまま固まっている。何かのコメディかな? という綺麗な流れだった。

 

「――ふう、よし」

 

 わちるは一度深呼吸をして息を整えると先ほどイナクが弾かれた鋏に向き直り、その柄にゆっくりと触れる。

 

「お、おいわちる!?」

 

「大丈夫なの……?」

 

 イナクのように弾かれることなくわちるは鋏に触れることに成功した。だが、その瞬間わちるの体が大きく崩れ落ち、息が荒く頭を抱えている。

 

「うっ……あ……だ、大丈夫……です……」

 

 先ほどイナクが弾かれたのは鋏を手にするには犬守村の管理者権限が必要だからだ。それをわんこーろより受け取っているわちるは鋏に触れ、所有することが出来る……のだが、それは鋏を使えるという意味ではない。

 鋏を扱うための最低限の情報の接続でさえ、ただの人間にはかなりの負担となる。NDSの補助機能を利用したとしてもその膨大な情報を処理することは難しく、わちるはデータに"酔った"状態だった。

 

「このくらい、どうってことないです……! わんこーろさんに比べれば……」

 

 そう自身に言い聞かせるが、わちるは立ち上がれない。あまりにも強い違和感と頭痛でまともに体を動かすことすらままならない。だが、それでも握りしめた鋏の柄だけは放そうとしない。

 

 そんなわちるの影から、突如として黒い何かが飛び出してきた。そのまま上空へと飛び、空を旋回した後、その黒い何かは苦しむわちるの傍に降り立った。

 

「ヨル……? そっか、私の影の中に居たんだ……、ヨル?」

 

 わちるの様子を心配そうに見つめるカラスの姿をしたヨイヤミ、ヨルはその大きな翼を広げ跳ぶと、わちるの肩にゆっくりと止まる。大型なカラスの姿をしているが、元が犬守村の防衛AIであるヨルは見た目ほどの体重は無く、わちるはいきなり飛び乗ったヨルの行動に首をかしげる。

 

 だが、次の瞬間ヨルの体は光る粒子となって散っていく。

 

「ヨル!?」

 

 わちるの声に反応したヨルはその体をわちるに預ける。徐々に光の粒子となっていくヨルはその粒子の状態でわちるの中にとりこまれ、光を纏うようなわちるの姿に周囲の配信者も視聴者も息をのむ。

 

 光が収まったとき、わちるの頭は先ほどまでの違和感や頭痛が消え失せ、正常な精神状態に戻っていた。思わずわちるは自身の手をみるが、そこにはしっかりと裁ち取り鋏が握られている。

 

「……これって、もしかしてヨル?」

 

 

 裁ち取り鋏はそれ自体が膨大な情報の塊であり、NDSを利用してダイブしている一般人ではその膨大な情報を処理しきれず、NDSの処理能力を超過し"酔い"の状態に陥ってしまう。

 かつて灯がわんこーろに鋏を使わせてもらった時も、その鋏の情報処理をわんこーろが肩代わりすることで何とか使える状態を保っていた。

 

 ヨルはそれと同じように、わちるの持つ鋏の情報処理を肩代わりしようとしていたのだ。だが、それには問題が一つあった。

 ヨルの助けを借りて鋏を起動させる。そのためにはヨルとわちるとの情報伝達の誤差が極限まで抑えられるのが理想だ。わちるが鋏を振るうタイミングと同時に鋏の情報処理をヨルが行うという二つの工程が完全に同じタイミングでなければいけない。

 

 ヨルはその誤差を無くすため、自身の体を構成するデータ群を直接わちるの3Dモデルへ一体化させることで解消したのだ。

 

 人間の脳の補助的な役割でAIを利用するように、ヨルをわちるの補助脳とする訳だ。これによってわんこーろの補助なしでわちるはヨルと共に鋏を扱うことが出来る。

 

 だが、この方法はわちるにヨルの特徴があらゆるところに現れる。それは鋏を扱えるほどの情報処理能力だけでなく外見も同様だ。

 

「わ、わちるちゃん!? その羽は!?」

 

「え? ……わああ!? なんですかこれ!?」

 

 何やらわちるの後ろがざわざわと騒がしい。その事に気が付いた本人が振り返ろうとした瞬間、自身の視界に何やら黒くて大きなものが映る。

 

 それはつややかな黒色の翼だった。腰辺りから生えたそれはどうもカラスのもののようで、状況から見てヨルとの一体化によってわちるに生まれたもののようだ。わさわさとわちるの思った通りに動く翼に本人も驚きを隠せない。

 

「う、うううううう! と、とにかくこれでこう! です!」

 

 羽の生えた姿に混乱しつつもわちるは勢いよく鋏を石畳から抜き取り、それを先ほどの行き止まりとなっていた瑞垣に触れさせる。

 

 すると先ほどまで行き止まりであった場所は改変前のまっすぐな道へと変化する。鋏の持つ初期化の能力によって改変された道が初期化され、本来の状態へと戻された。

 

「わんこーろさんの犬守村を勝手に弄るなんて許せません!! そんなもの私がぶっ壊してあげますよ!!」

 

『ヒエ…』『怖いwwけどカッコいいいいいい!!!』『わちるんのテンションがおかしいwww』『翼を得たわちるんは無敵よ』『烏天狗みたいでかわわ』『これは九尾死んだな……』『わんころちゃんと犬守村に手を出したんだ……当然だな』『おっしゃいけわちるーー!』『勝ったな』『いや、というよりここからだよ』『おう、反撃だな』

 

 そして、配信者たちの反撃が始まった。

 

 

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