転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
「……まーるちゃんとお真夜の配信、始まったみたいだねぇ」
「そう、みたいですね……」
迷い路改変の際の地震が発生した時、ほうりをおんぶしていたナートはすぐさまほうりを降ろし、ほうりをかばうようにして揺れが収まるのを待っていた。
その間、二人は何か言葉を交わすわけでもなく、寝子との通信によって現状の把握に努めていた。そしてつい先ほどわちるの迷い路攻略の情報が各配信者へと伝達され、配信者たちは皆すでに行動し始めていた。
先ほどまで配信をしていなかった○一と真夜もどうやら先ほどの迷い路改変によってワープポイントに閉じ込められていた状況から抜け出し、迷い路踏破の為に動き出したらしい。なにやらいつもよりも距離が近いような気がしたが、今のナートにはそんなことを気にしていられる心境ではなかった。
「あの……ナート様」
「……うん」
自身が姉であることがほうりにバレてしまった。そのことにナートはこの後どうすればいいのか迷う。本来なら自身から姉であることを告白し、これまでの謝罪をするべきだった。だが、何となくほうりが察し、それを何となく肯定してしまったことで何ともあやふやで有耶無耶な空気が生まれてしまった。
このまま何でもないように振る舞い、これまで通りに接することも出来るかもしれない。けれど、それはナートの望むところではなかった。
(だめだよぅ! こんな感じで終わらせちゃいけないんだっ!)
そしてナートはほうりに向き合い、その言葉を発した。
「申し訳ありません!」
「ごめんなさ――え?」
意を決して謝罪の言葉を口にするナートだったが、その言葉に重なるようにしてほうりが勢いよく頭を下げる。突然のことにナートは下げられたほうりの頭を見ながら困惑の表情を浮かべ、掛ける言葉を無くしてしまう。
「な、なんでほうりちゃんが謝ってるのさ!? 謝らないといけないのは私だよ!」
「いいえ、違います! 私は、ナート様にすべてを背負わせていました! それを私は知っていたのです、知っていて見て見ぬふりを……!」
「だーかーら! それが私の責任だったんだってば! 勝手に背負って、勝手に逃げ出した私が一番悪いんだってばぁ!」
「それこそナート様の勝手な言い分です! 私だって背負うべきものは自ら背負う覚悟くらいあります! 少なくともお姉ちゃんに擦り付けるようなことはしません!」
「な!? わたしだってねぇ!」
これまでのお淑やかで物静かな様子だったほうりは目の前のナートにこれまでの思いの丈をぶつける。その激しさはほうりのイメージをひっくり返すほどのものだったが、それも仕方がないのかもしれない。
今この瞬間まで、ほうりの想いを受け止めてくれる姉は行方不明だったのだから。
ほうりはその衝動のままに、今まで取り繕っていた言葉遣いも何もかもかなぐり捨てて叫ぶ。
「昔っからお姉ちゃんは勘違いし過ぎなんです! わたしが遊んでたおもちゃを勝手に自分の部屋に持っていったのに、わたしが失くしたんだっていっちゃうし!」
「そ、そんな昔の話、時効だよ!」
「そんなのありません! いつもいつもお姉ちゃんはお父様がやってきたらわたしをすぐに部屋に帰して……!」
「それは――」
「分かっています! わたしを庇ってくれていたんでしょう! でもっ! ……でも!」
そこまで言って、ほうりは声を詰まらせる。本当はもっと言いたいことがたくさんあって、こんな言い争いをしたいわけじゃない。数年ぶりに再会した姉は、昔と変わらず優しく自身を受け入れてくれる。だが、かつてはそのやさしさに甘えるだけ甘えて、その結果姉は消えた。
もう、姉がいなくなるのは耐えられなかった。
「でも……もう、一人で抱え込まないで……いなくならないで……お姉ちゃん……」
「! ごめんね、ほうり……大丈夫だよ、もう私は居なくならない、約束だよ」
「お姉ちゃんの約束は、信用できません……」
「ぐ……。言うねぇ……」
「連絡もしなかったお仕置きです……」
「それはお互い様じゃあ……」
「連絡先も何も伝えてなかったでしょう! お父様もお母様も教えてくれないし!」
「あーうん、ごめん」
「もうっ! そういうところですよお姉ちゃん……っとと」
「わわ、大丈夫ほうり!?」
興奮のあまり足の痛みを忘れていたほうりは足に力を入れた瞬間、体のバランスを崩してしまう。それをナートはとっさに支えてやる。
「ほうりも、お転婆なところは変わらないねぇ……」
「もちろんです。……だって私のお姉ちゃんは、あのフロント・サルベージのナーナ・ナートなんですもの」
そう言ってほうりは念願の再会を果たした姉に、飛び切りの笑顔を向けるのだった。
迷い路を歩くわちるの足取りは思いのほか軽かった。なんてことは無い、人は目印もない真っ暗な道を進み続けることなど出来ない、今のわちるには自らが歩むべき道がはっきりと見えていた、その結果だ。
(なんで今まで気づかなかったんでしょう。よく見れば……ううん、一目見ただけですぐにわかるじゃないですか)
迷い路の壁を形成している瑞垣や鳥居は移住者より奉納された絵馬が隙間なく括りつけられており、風でカランカランと音を立てている。だが、目の前に存在する瑞垣には、絵馬が一つとして飾られていない。
(九尾は絵馬の場所を操作できない。なら、この瑞垣は九尾が新たに設置した壁!)
振りぬいた裁ち取り鋏が目の前の瑞垣に接触するとまるで幻のようにそこにあった瑞垣と奥の森は搔き消え、道が出現した。本来の迷い路には存在しなかった行き止まりをわちるの持つ鋏が初期化したのだ。
どうやら九尾による改変は本来の迷い路に壁や道を追加するという方法で行われているようで、鋏はその追加された障害物のみを初期化することが出来るらしく、九尾により設置されたものだけを上手く取り除くことができた。
もし迷い路全体の絵馬の数が少なければ、わちるとてもっと躊躇いをもって鋏を振るっていただろう。だが、多くの移住者によって奉納された絵馬はもはや瑞垣の朱色を覆いつくさんばかりに溢れ、改変が行われた場所をこれ以上なく目立たせる。移住者たちの想いが、絵馬という形になってわちるを手助けしていた。
「ええと……次の道を左に行って……後は道なり、かな……?」
「脇道が追加されとると道なりも何もないじゃろ。しかし、瑞垣に絵馬が有るか無いかでどこが弄られているのか分かるのはありがたいのじゃ」
「はい。わんこーろさんが造ったものではないので気兼ねなく破壊できるのが良いですね!」
「お、おう……」
「ひぇ……なのじゃ」
『わちるん目のハイライトどこいった?』『殺意の波動に目覚めてますねこれは』『笑顔で物騒なこと言ってんの草』『かかおとイナクがドン引きしてんじゃんw』『わんころちゃんが絡んだ時は大体こんな感じだぞ?』『二人の視聴者も困惑してて草なんよ』
絵馬の飾られていない瑞垣を取り除きながら突き進むわちると、その後ろをある程度距離を開けて付いていくかかおとイナク他配信者達。あまりにも容赦のないわちるではあるが、それ以外は普通なため鋏を振る手元と楽しそうな顔との違和感が半端ないことになっている。
「……ねえ、私わんこーろ先輩に匂い嗅がせてって言っちゃったんだけど……もしかしてヤバい?」
「ご愁傷様だよ……」
「おいおいおい」
「来世ではコラボしような……」
「え、ちょ」
後ろの配信者たちが何やらザワザワしている様子も気にせずわちるは道を突き進み、そしてついに見つけた。
「! ありました! 十字路の角の赤絵馬の密集地帯です! さあ移住者の方、先ほどのアカウント名と絵馬に書いたコメントをもう一度言ってください!」
『え』『あっ』『草』『おいさっきの移住者はよ出てこい』『逃げるなよ』『わちるんが配信画面を見ながら鋏をゆらゆらさせてるの怖いぃ……』『……はい、ここに居ます……ゆるして』『お、自首してきたな』『まるで犯罪者のような扱いw』『しゃーない、このイベント終わったらもれなく村八分ニキに焼却されるの確定だし』『さあそれじゃあさっきコメントした内容をもう一度言うんだ』
わちるは迷い路を進みながら視聴者へ奉納した絵馬の情報を募っていた。そのほとんどはわちるの力にはなれない情報だったが、唯一とある移住者がコメントした絵馬の情報が現在のわちるにとって最重要な情報であることが判明した。
その移住者は殊更しぶしぶといった感じでその情報をゲロると、わちるがその絵馬のある交差点に到着するまでは待機しています、と言っていたのだ。
その"言っちまった"という後悔や、嗚咽を漏らす絵馬奉納者の様子からほとんどの配信者と視聴者はその絵馬の内容がどのようなものだったかを察した。
「お願いしますよ~ここの絵馬の位置情報が今最も重要な情報なんですから!」
「もう全部ゲロっちゃった方がいいよ、今のわちるちゃん何しでかすか分かんないから」
「のじゃのじゃ」
『ううううううう……』
「はいっ! アカウント名どーぞ!」
『"付け根の匂い嗅ぎ隊"です……』
「はいっ! 絵馬に書いたコメント内容どーぞ!」
『"わんころちゃん……ちょっと、ちょっとだけでいいんです。その尻尾の付け根の匂いを嗅がせてはもらえないでしょうか?きっとお日様のいい匂いがするんでしょうね?柔らかな感触と相まって眠気を誘う優しい匂いを感じるのでしょうね?私、わんころちゃんの匂いに包まれ幸せを噛み締めたいとおも"……ここまでです……』
『うわ……変態じゃん……』『マジもん過ぎて草も生えない……』『控えめに言ってクソ気持ち悪い』『最後入力ミスしてて草』『最後のミス修正でこれの倍の文章量の赤絵馬もう一回奉納したんだよなコイツ……』『色々な意味でガチなヤツじゃねえか!』『わんころちゃんも苦笑いしながら受け流してた絵馬w』
「え~と、え~と、付け根~付け根~。お日様の匂い~~……あ、あった! 付け根の匂い嗅ぎ隊さん、この絵馬ですよね?」
交差点に飾られている絵馬をざっと見渡し、赤色の絵馬に書かれたコメントを確認していくわちるはほどなくして目的の絵馬を見つけ出すことに成功した。
『そうです……そうですからもう名前連呼しないでくださいもうゆるして……』『なんか可哀想になってきた……w』『迷い路踏破のためとはいえ過去の自分のセクハラ絵馬を読み上げられるのは地獄だなw』『黒歴史発表会会場はここですか?』『その時のテンションで絵馬奉納するもんじゃねーな……』『俺もギリセクハラな絵馬を送ったことあるから戦々恐々としております……』『自業自得すぎて草』
「内容も同じですね……それじゃあこの十字路が、わんこーろさんが絵馬紹介配信を行っていた場所……!」
『配信のアーカイブによるとこの交差点の奥だっけか』『絵馬紹介配信と一緒についでだからと見せてくれたあの……』『塩桜神社の分社か!』『今んところ一番怪しい場所だしな』
わちるが目指していたのは犬守村に点在する神社の分社だった。迷い路の各地に九尾のバックアップリンクが出現したと言っても、何もない場所に突然現れる可能性は低い。現にこれまで歩き回っていた道にはそんなものは存在しなかったから。
そこでわちるが思いついたのが札置の迷い路の分社の存在だ。何もないところに出現していないのならば、もとより存在しているリンクに、同じようにリンクを付与させているのではないかと考えたのだ。
そしてその考えは塩桜神社の分社へわちるが到着したことで証明された。
「……あ、ありました……多分、あれが……」
「火の玉……?」
「ゆらゆらしておるのう……」
『人魂、というか狐火かね』『ああそうか、九尾のだから狐火か』『逃げたりはしないっぽい?』『生き物じゃないしな』『予想してたより綺麗だった』『大丈夫?燃え移らない?』『んなこと言ったら境内は炎でとんでもないことになってますが』
塩桜分社はこじんまりとした社と小ぶりな桜の木が植えられている簡素なもので、その社の周りを火の玉がゆらゆらと飛んでいた。怪談に出てくるような典型的な火の玉の形をしたそれはわちる達が近づいても何の反応も見せない。
「それじゃあ……いきますね……!」
わちるは鋏の切っ先を狐火に向け、ゆっくりと先端を近づけていく。鋏は狐火に触れるその寸前、半透明の膜のようなもので弾かれそれ以上刃を進めることが出来なくなる。
【わちるちゃん、灯です。狐稲利ちゃんによるとそのまま無理やり押し込んでいいらしいです。ヨルちゃん経由でバックアップリンクから逆ハックを仕掛けて他のリンクの場所を特定しますのでそのまま破壊してもらってかまいません】
【わかりました!】
「せーのっ!!」
狐火を守る膜に阻まれた切っ先を一度引き、勢いをつけて鋏を突き刺した。薄い膜は鋏との接触部を起点に粉々になって砕け、破片が空気中に散乱するが、数秒でそれらは空気に溶けて消失した。そしてその先にあった火の玉は鋏に接触すると一度大きく燃え盛ったかと思うと弾けるようにその形を崩し、同じく消失した。
『わちるん勢いいいねえw』『おおカッコいい……!』『強引わちるん』『とりまこれで一つ目か、後いくつあるのかね?』
視聴者がその光景に感嘆する中、わちるはすぐさま裏のチャットで灯の反応を待つ。
【……来ました! ヨルちゃんからリンクの情報を取得、バックアップデータのリンクが収束しているNDSを特定しました! 迷い路に点在しているリンクの位置情報を皆さんのマップに反映します】
【ありがとうございます灯さん!】
【本当はリンクで繋がってるバックアップデータ本体を破壊出来たら良かったんだけど、わんこーろちゃんや狐稲利ちゃんみたいなことはさすがに私じゃ無理みたいで、ごめんね】
【いいえ! ここからは私たちに任せてください!】
【よしっ! 場所が分かったならあとはそこまでの道を特定すればいいだけだね!】
【急ぐのじゃわちる! バックアップリンクを破壊出来るのはわちるだけなのじゃ!】
「! よしっ、視聴者の皆さんも一緒に頑張っていきましょう! 次に行きますよー!」
『おおー!』『次で一番近いのはどれかなー?』『意外と数は少ないっぽいね』『ワープポイントも把握済みだし、ルートの仕様もある程度判明してる』『九尾の迷い路改変も無効化したし、あとはわちるちゃんの足の速さにかかってる!』『頑張れー!』『いけるぞわちるん!』『わんころちゃんを頼む!』