転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#137 祭の終わり

「わちるさんっ、投げて!」

 

「! 分かった!」

 

 わんこーろの叫びにわちるは迷いなく了承する。わんこーろが何を投げろと言っているのか、そもそも浮かぶ瓦礫の間を跳んでいるわんこーろに何かを投げたとしても届くわけがない、そんな疑問を覚えるよりも前にわちるは手に持った裁ち取り鋏を勢いよく振りかぶり、わんこーろに向かって投げた。

 

 もちろん物理演算さえ滅茶苦茶にされている戦場で投げられた鋏が無事わんこーろの元に届くことは難しい。だが、この場所はほぼわんこーろの管理下に戻りつつある。

 

 投擲された鋏はわんこーろが奪還した空間に接触、その瞬間わんこーろは鋏と切れていたリンクを修復し鋏の管理者権限を復旧、すぐさま拡張領域に収納し、再度手元に出現させる。それと同時に鋏に付随していたわちるとのリンクが接続され、経由して現在配信者と現実世界との通信回線網にわんこーろが追加された。

 

【わんこーろさん灯です! 迷い路内の全バックアップデータのリンク、破壊完了しました!】

 

【わんこーろさん寝子です。全配信者の位置情報を送ります、頑張ってください】

 

【こちらなこそ! リンクの復旧と共にわんこーろちゃんの音声も配信に乗ってるよ! みんなの声を聞いてあげて!】

 

『頑張れわんころちゃん!』『負けんなよ!!』『がんばれ! 俺らがついてる!』『がんばって!』『わんころちゃんなら出来る!』『諦めないで!』『もう少しだ!いけっ、わんこーろ!』『移住者はいつでも応援してっぞ!!』『頼む!』『いけええええええええ!!!!!』

 

 そして、鋏を手に取ったわんこーろは迫る攻撃の悉くをすべての想いを乗せ、薙ぎ払った。

 

「はああああああああああ!!!!」

 

 一瞬閃光のように刃先が煌めいたかと思うとわんこーろを囲っていたすべての攻撃はその衝撃に形を維持することが出来なくなり、白いポリゴンとなってから消滅した。その余波に巻き込まれた九尾は大きく体勢を崩し、断末魔のごとき悲鳴を上げて地面へと倒れこむ。カウントダウンを行っていた石柱さえも真っ二つになり初期化されようとしていた。

 

 それにより石柱に内包されていた実行ファイルのダウンロードはリンクが修復不可能なほど破壊され、残り時間五分というところで動きを止めていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息荒く周囲を見渡すわんこーろ。身体のバックアップが途切れ、修復が出来なくなった九尾は横たわったまま動かない。鋏の効果によって周囲の物理演算は元に戻り、あたりは瓦礫が散乱する酷い有様だった。

 

 だが、それでもわんこーろはわちるの方を向き、にっこりと微笑んだ。小さく口元を動かし、ありがとうと呟くわんこーろに感極まった様子のわちるは涙目のままわんこーろに走り寄り、抱きしめた。

 

「わんこーろさあああああん!!!!」

 

「うわわっ!? わ、わちるさんそんなに抱きしめられると苦しいです~~~!?」

 

「あはは! いつも以上のべったり具合だねぇ」

 

「お似合いのカップルのようですね、お姉ちゃん」

 

「おいおいわんこーろは怪我してんだからほどほどにしとけよ?」

 

「あらあら~」

 

 そして、なこその大音量の声が響く。

 

『ゲーーーーム終了!!!! これにてV/L=F最終イベント、"防衛!札置神社の秘密!"を終了いたします!! 優勝者は最も早く札置神社にゴールした九炉輪菜わちるちゃん! おめでとう!!』

 

『わちるお姉ちゃ……わちるさんに惜しみない拍手をお願いします!!』

 

 その後に続く配信者と視聴者の割れんばかりの拍手と反応をもって、V/L=F最大級のイベントは"何の問題もなく"終了した。

 

 ドロドロになったわんこーろと、わんこーろを抱きしめたままわんわん泣き出したわちる。何とかわちるを落ち着かせようとしてわたわたしているわんこーろの姿をみて、事情を知る移住者はようやく一息つく。

 

 日が沈み始め、オレンジ色の光が境内いっぱいに降り注ぐ中、はしゃぎまわる配信者たちの姿は皆楽しそうで、視聴者の心をより一層ひきつけるものだった。彼ら彼女らの努力により、祭は終わりを迎え、それは多くの人々の心に深く刻まれた。

 

 祭は、最高の終わり方をもって幕を閉じることに成功したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 程よく秋の風が舞い込む札置の境内、その奥に存在する神楽殿は先の戦闘を免れ無傷の状態だった。鮮やかに紅葉した葉が神楽殿へと静かにかさり、という音を立てて舞い落ちる。静寂の中でその音は異様な程に響くが、神楽殿の周囲に集まった者たちはそんなものを気にする様子はない。

 

 集まった者たち……V/L=Fに招待されたすべての配信者たちは一様に神楽殿の中央に意識を向けていた。誰もかれもがそこに注目し、一言も喋らない。

 

「……」

 

 あのわちるでさえ、息を飲みその光景を一瞬も逃さぬように目を凝らしている。だが、それも仕方がない事だろう、わちるが注目する人物が何者なのかを推測すれば。

 神楽殿の中央に佇む人物は大きなイヌミミと、ふわふわと柔らかく大きな尻尾を持つ存在。ゆったりとした雰囲気を持ち、静寂に包まれた空気の中で唯一人神楽殿に上がる存在は、まぎれもなくわんこーろだった。

 

 わんこーろはいつもの装いから朱と白の鮮やかな巫女装束に身を包んでいた。前髪の髪飾りも外し、髪を後ろでひとまとめにしている。巫女装束の袖部分より少しだけ見える指先や、自己主張の激しい尻尾をゆらゆらさせ、わんこーろは神楽殿の中央まで移動する。

 

「……~~」

 

 緩やかな動きで膝をつき、ゆっくりと足を折り正座し、頭を下げる。そこから流れるように頭を上げ殊更ゆったりと時間をかけて立ち上がると腕を持ち上げ、舞うかのごとく体を回転させていく。いや、ごとくではなくこれは確かに舞なのだ。

 

 神楽殿とはその名の通り神様へ神楽を奉納するための場所であり、大きな神社には存在していることも多い。神楽だけでなくいくつもの舞が奉納されることもあり、いわば神様に人の芸事をお見せする場所でもある。

 

「わあ……」

 

「すご……綺麗……」

 

 そこで神楽を披露するわんこーろはそのゆったりとしながらも自然な動きの中で神楽を披露してゆく。しばらくするとわんこーろしかいなかった神楽殿にぽつぽつと淡い光の球が現れ始める。幻想的なその光は徐々に増え始め、わんこーろの舞に合わせて動き始めた。ゆるゆると指先を上げると倣うように光は動き、わんこーろがくるりと回ると光も同じように動いていく。そしてわんこーろが神楽殿から見える空へと視線を移し、其方へと指先を向けると今度は光たちがその指先の指し示す方へと(いざな)われるかのように飛び立っていく。

 

 はるか遠方へ飛んでいっただけでなく神楽殿より漏れ出た光たちは札置の境内へとあふれ、その数はとどまることを知らない。

 

 すでに日が落ち始めていた夕暮れ時のうす暗い空間では、その光はまるで星々のように札置神社と、迷い路を照らし出す。秋の高い空から降り注いだかのような、まさに星降りの日のような。

 

(むむ……思ったよりエリア全体の損傷が激しいようですね~まあ、札置神社の外に被害が広がらなかっただけでも良しとしましょう~)

 

 わんこーろがひとたび四肢を動かすと光はあらゆる場所にあふれ、大地へと吸い込まれていく。荒れた札置の境内も、散々に改変された迷い路も、それらに光が触れるとたちどころに元の姿へと修復されていく。

 

 あらゆる損傷を元に戻し、宿っていた魂の形を正常に戻していく。わんこーろが神楽殿で披露している神楽は、わんこーろがこの犬守村の魂の情報を更新する際に行う、"御霊降ろし"だった。

 

 本来はV/L=Fが完全に終了した後でひっそりと修復作業を行う予定だったが、どうせなら参加した配信者の前で大々的にやってはどうかというわちるの提案があり、多少様式は異なるがこれも趣があって良い、とわんこーろが快諾した結果、神楽殿で神楽を舞うことになったのだ。

 

(……なんでわちるさんが私にぴったりの、しかも尻尾穴付きの巫女服を持っているのかは考えないようにしましょう。ええ、私は何も知りません。何も知らないったら知らないんです……!)

 

 まさかの巫女装束を着させられての御霊降ろしとは予想外だったわんこーろだが、今日一日頑張ってくれたわちるが満面の笑みで、これ着てくださいね? などと言い出したならわんこーろに拒否することなど出来はしない。

 

(これってもしかして今後ほかのコスプ……いえ、衣装も着させられることになるのでは……?)

 

 厳かな神事を執り行いながらわんこーろは今後予想されるわちるとの嬉し恥ずかし攻防戦を考え、何やら冷汗が出るのを感じてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれさまでーすっ!!」

 

「おつー」

 

「いやー九尾は強敵でしたねぇ」

 

「私たち何にもしてなかったけどねー」

 

「何言ってんだよ、ここにいる配信者はみんなやることやったじゃん?」

 

「必死にマップ埋めしてた……よ?」

 

「そーそー私らもう命預け合う仲間? てか戦友? ってカンジ~?」

 

「ううぅ……疲れた体に美味しい食べ物が沁みるぅ~~」

 

「お酒お酒~わんころちゃんのお酒~」

 

「いいなあ成人組はお酒飲めて……」

 

「一応私の年齢3016歳なんだけど……駄目だよねぇ」

 

「犬守村の食べ物が口にできるとは……感激なんだよ!」

 

「現実でも再現してみっかね~ああ美味しい~」

 

 わんこーろの神楽が終わった後、札置の境内は今回のイベントに参加した配信者達の打ち上げ会場兼反省会会場となっていた。様々な姿の配信者たちが境内に敷かれた御座の上で楽しそうに犬守村の秋の味覚やお酒の味に舌鼓を打っていた。

 

 もちろんネット空間なのでおなかが膨れるわけでは無いが、それでも食べ物の味や食感と言ったものは忠実に再現されており、お酒に至っては実際に酔うことすら可能という再現性の高さだった。

 それ故に実際の年齢が二十歳以下の配信者はその現実ではまず味わえない天然の希少なお酒を口にすることができず名残惜しそうにしており、逆にお酒が飲める年齢の配信者はその味と心地よい酔う感覚に驚いている様子だった。

 

 現実世界では自然環境の悪化などが原因で水や米といったお酒の原料となるものの入手が非常に困難であり、手に入れられたとしてもその品質は良いとは言えない。それ故に現実のお酒といえば味は薄いか不味い、さらに酔いはするが気持ちのいいものではなく二日酔いも酷いというあまり進んで飲みたいとは思わないものだった。

 

 だが、犬守村の自然の中で生まれたこの酒は非常に飲みやすく美味い。付き合いでお酒は飲むが、それ以外では不味過ぎて飲む気にならないという真夜でさえ、○一に注いでもらったお酒を上機嫌で味わっていた。

 

「てめぇ……飲みすぎだろうがよ……」

 

「あらぁ~そんなことないわよぉ~? 私酔ってないものぉ~~」

 

「酔っ払いは皆そう言うんだよくそがぁ……」

 

 すでに出来上がっている真夜に絡まれている○一はお酒臭い真夜の息から逃れようともがくが、真夜の胡坐の中に収まり、がっちりと腕でホールドされているためそれは無駄な抵抗だった。

 

「ふふふ~~今日はとってもいい日なのよ~~○一が私の事を真夜ねえって呼んでくれたからね~」

 

「なっ! くっ……恥ずかしい事言うんじゃねーよ……んな事、これからいつでも言ってやっからよ……」

 

「! ま、○一……」

 

「なに気持ちわりー顔してんだよ! もう! さっさと放せよー!」

 

 恥ずかしがっている○一を愛おしそうに抱きしめる真夜は微笑んだままその頭を撫でる。子ども扱いされていると感じた○一だが、幸せそうな真夜の顔を見ると、仕方がないとばかりに溜息を付きおとなしくなった。

 

「……なあ真夜ねえ……。その背中のヤツさ……」

 

「ん~? 背中のって~?」

 

「だから、ほら……背中の痣だよ……。それ、消してもらえよ。……ちょっと調べたことあんだよ、今の医療なら跡も残さず綺麗な肌に出来るんだってよ。……もう、ワタシは真夜ねえの痣に頼らなきゃなんねー子どもじゃねーんだ。だからさ……」

 

「……ふふふ、本当に○一は変わったわね~これもあなたの"家族"のおかげかしら~」

 

「……かもしれねえ……けど、真夜ねえと"あいつ"がいなけりゃ今のワタシは居ない、それは断言出来る……今まで悪かった、真夜ねえ」

 

「……、……ううぅ……」

 

「は!? な、なんで泣いてんだよ!?」

 

「だ、だってぇ……あ、あのクソガキだった○一がぁ~~こんなに立派になってぇ~」

 

「く、くそがき……。チッ……次は泣き上戸かよ……全く……」

 

 しくしくと泣き始めた真夜の様子に仕方がないとばかりに○一は真夜の頭に腕を回す……つもりだったが、がっちりと真夜に抱きしめられているのでそこまで腕が回らず仕方なく真夜の頬に手を添える。優しく涙を拭ってやると潤んだその瞳と視線が合う。

 

「ありがとな、真夜ねえ」

 

 その言葉をもって、二人の間に存在していた歪な関係は幕を閉じた。これからの関係がどのようになるのか、それは○一と真夜が二人で考えていくべきことだ。だが、そのほほえましい二人の姿を見ていれば、決して悪い未来など訪れないということはわかり切っているだろう。

 

 

 

 

 

「ありゃりゃ……視聴者用の公式配信はもう終わってるとはいえ、なーんで他の配信者もいる場所であんなにイチャイチャできるかねぇ……」

 

「○一さんと真夜さんも仲良くなられたようで良かったではないですか」

 

 そんな○一と真夜の様子を他の配信者と同じく遠巻きに見守っていたナートとほうりは二人で秋の味覚を用いたデザートを頂いていた。

 焼き栗や焼き芋といった美味しいが素朴なデザートはお嬢様なほうりの口に合うか不安だったナートだが、その香ばしい匂いにつられて口にした甘さは、ほうりに大変好評で一口焼き芋を齧るたびに、おいしいおいしいとナートに報告するほうりの姿にかつての幼いころの記憶が蘇ってくるナート。

 

「……そういえば、よくあの二人がほうりをヴァーチャル配信者にすること許したね? この界隈ってそもそも動画配信とか実況とかを知ってないと理解されないような気がするけど……」

 

「お父様とお母様ですか? それなら全く問題ありませんでしたよ? そもそもイナクプロジェクトも当初は私の為にと計画していたらしいです」

 

「へ!? あの父親が……? ほうりの為に……?」

 

「ああ、そういえばナートお姉ちゃんはまだ誤解されたままなのでしたね。……お姉ちゃんが家からいなくなって、お父様もお母様もとてつもなく後悔され、落ち込んでおられました。それこそ食事も喉を通らず、痩せこけて見えるほどに」

 

「えぇ……そんなはずは……」

 

 そこで否定の言葉を口にしようとしていたナートは、待てよ……、と今までの記憶を掘り起こす。そういえば自身が両親と会ったのはその逃げ出した日が最後だ、それからすぐに施設に引き取られ、推進室にやってきた。あの日から両親と会話はおろか顔を合わせたことも無かった。

 

 両親と、両親が経営している粒子化学技研に関する情報も極力耳に入れないようにしていたため、あの後両親がどのようなアクションを取ったのかナートは知らなかった。知らず自身の口座にお金が振り込まれているのを知って、ただ無情に見放されたと思っていたナートだったが、どうやらほうりの話を聞く限りそれは盛大な勘違いだった可能性が浮上してきた。

 

「お父様もお母様も連日、あの子に合わせる顔が無い……けれど不自由な生活をさせたくないからせめて十分な金額を受け取れるようにしてやりたい、と仰っていました」

 

「……お、おお……まーじか……不器用すぎでしょ……」

 

「それはナートお姉ちゃんもでしょう? 一度でもお父様と……それが無理でも私に連絡してくれれば、誤解なんてすぐに解けたでしょうに」

 

「ううぅ……そんな勇気あるわけないよぅ……なんで室長は言ってくれなかったのぉ……」

 

「ナートお姉ちゃんの事とは別でお父様、お母様の会社は同業他社の敵も多くおりました。あまり弱いところを社外で見せるわけにはいかなかったのでしょう。対外的には厳格な経営者というイメージがお父様にはありましたし、室長さんにもナートおねえちゃんのことはあまり深くは話さなかったようですね……」

 

「わたしもそのイメージに騙されていたよぅ……」

 

「勝手に勘違いしたんでしょう?」

 

「ぐう……」

 

 結局ナート達の抱える罪悪感は関係者全員の空回りで勘違いが原因だった。ナートの両親はナートが逃げ出したことに酷く自身を責め、ナートに償いたいと願っていた。仲の良かったはずの妹ほうりにさえ連絡をしない程恨まれていて、顔も見たくないと思われていると勘違いした両親はナートの為にお金を振り込むだけしかできず、ほうりも自身のせいで姉が居なくなったと自己嫌悪を抱き、当のナートも責任ある立場を放り出し逃げ出したことで両親はおろか妹と接触する勇気すら出なかった。

 誰か一人でも勇気を出して寄り添えばすぐさま解消できたはずのわだかまりは、互いが互いを思いやり、罪悪感に苛まれていたことでこんなにも時間がかかってしまった。

 

 だが、それももう今日までだ。

 

「今の私はかなり自由にさせて頂いています。会社の後継者についても社内から優秀な人材を育成するとのことでしたし、私が憧れていたヴァーチャル配信者になりたいと打ち明けた時には快く応援してくださりました。……その直後なぜかお父様の会社が配信者グループを立ち上げると言い出した時には耳を疑いましたが……」

 

「子どもの為に配信者グループ一つ作るとか、親バカ過ぎでしょ……えぇ、あの両親そんなだったの……?」

 

「私は個人配信者として活動すると言っていたのですが……いつの間にやらイナク様がリーダーのイナクプロジェクトのメンバーとして登録されておりました……」

 

「あはは、ウチの親って親バカで過保護だったんだ……知らなかったな……」

 

 呆れたように笑うナートの顔はそれまでの暗さがなくなり、なんとも楽しそうにほうりの話を聞いていた。懐かしさに目を細める様子を見たほうりはおずおずとナートに提案する。

 

「……ナートおねえちゃん。今度お父様とお母様と一緒にナートおねえちゃんのお家に伺っても宜しいですか?」

 

「家って……推進室に?」

 

「はい、一緒に塔の街で食事でも如何かと……」

 

 ほうりの言葉にナートはしばらく無言だったが、少し遠慮気味な笑みを浮かべて小さく頷いた。

 

「……そう、だね。わたしも久々に二人……えっと、お父さんとお母さんに会いたいし、ね……」

 

「! はいっ!」

 

 終わってみればナートの抱く不安などとても粗末な事だったのかもしれない。それでも、それが粗末で些細な事だったと知るにはそれを乗り越える必要がある。険しい山道を登るのは苦しく辛い事だ、だが登り切って山頂からその登ってきた道を見れば、その短さに呆気にとられるだろう。

 

 今、その巨大で粗末なくだらない問題を乗り越えたナートは、きっと将来この出来事を笑い話として、家族団らんの中で語る日が来るだろう。そしてそれは、決して遠い未来の話ではない。

 

 

 


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