転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
現実世界の副塔施設である管制室では撤退準備が進められていた。と言ってもまだ配信者たちがNDSを利用して札置神社での宴会を行っている事から分かる通り撤退までにはまだまだ時間がかかりそうな状況だった。
というのも管制室では九尾の沈黙と共に復旧した各端末の再起動とシステムのウィルスチェックに膨大な時間が必要となっており、それだけでも先研職員総出での大仕事になっていた。その上室長と蛇谷が発見した未接続の仮想空間をどのように扱うかもまだ決定されておらず、これに関しては後日復興省が判断する、という事になった。
「なこそ、寝子、灯、本当に助かった。お前たちがいなければV/L=Fは無事に終わらせることもできなかっただろう」
何とか復旧した管制室から室長は放送室に居る三人へと通信を繋げる。本当は実際に会って労わってやりたいところなのだろうが、管制室は事後処理で修羅場となっていて手が離せない。特にイベント中に指揮を執っていた室長としてはそのまま放置しておくわけにはいかない。
すでに展示会場側のシステムは復旧しており、控室に閉じ込められていた灯も放送室の二人と合流していた。
『私は基本的に犬守神社で狐稲利ちゃんに匿われてただけでしたけどね~』
「何を言う、灯がいなければイベントそのものの進行は不可能だったぞ? なこそと寝子も二人でなければ出来ない大仕事だった。本当にありがとう」
『そんな大げさだなー室長は。私たちはやれることをやっただけだってー』
『その通りです。ヴァーチャル配信者として当然の事をしたまでです』
『とか言ってー寝子ちゃんもうダメぇ……って言ってたじゃーん』
『なあ!? そ、そんな声出してません! 怒りますよなこそお姉ちゃん』
『あははー寝子ちゃんは怒っても可愛いだけだねー』
『お姉ちゃん!!』
『まあそういうわけですので、私たち三人は先に帰りますね? あの子達きっとクタクタになって帰ってくるでしょうから、美味しい夕飯とお風呂を用意してあげないと』
「……ありがとう。こちらも片付いたら家に帰る。お前たちも気を付けて帰りなさい」
『はーい』
『まだ宴会は続きそうですけど……わかりました』
『室長もお気をつけてー!』
三人との通信を終えた後、室長は黙々と目の前の情報端末を操作し、時折目頭を押さえながらもキーボードを叩きつけ、とりあえず作業がいち段落した頃にはすでに日は完全に落ちていた。さすがに一日で終わる量でもないので、後は明日にするかと首を鳴らし室長は疲労した様子で立ち上がった。
「さて……区切りの良いところまでは終わったか」
「そうだな……感謝するよ草薙、お前がいなければここまで上手く事が収束しなかっただろうからな」
室長と共に作業をしていた蛇谷はいやに素直に感謝の言葉を述べる。そんな気持ち悪い蛇谷の様子に室長はわざとらしく呆れ、ため息交じりに言葉を返す。
「感謝するなら私よりもあの子たちだろう? 実質私は何もできなかったからな……。それよりも、お前はどうするつもりだ?」
「どうするも何も、すでに復興省と政府の情報調査室から私を拘束するための人間が派遣されているのだろう? つまりお前はそいつらが到着するまでの時間稼ぎを命じられたわけだ」
蛇谷の言っていることは概ね正しい。室長がこの管制室に留まっているのは先の事後処理の件もあるが、それ以外の理由もある。でなければ事件の最中に管制室で実質陣頭指揮を執っていたとはいえ、本来運営の一協力者でしかない室長がここに居続ける必要はないはずなのだ。
「……私はこのV/L=F終了と共に復興省離脱を宣言した。データサルベージに関する契約は今月まで継続されるが、それでももう復興省の命令を遵守する義務は無くなった」
「ほう……? では逃がしてくれるのかい?」
「塔の管理者との通信という重要事項の隠匿は国、および世界への反逆と同義であり、最重要犯罪者扱いをせよ、との話だ。絶対に逃がすな、と言われたよ」
「ふっ……私が逃げればここにいる全員が逃亡幇助の犯罪者扱いとなるわけか……では、無駄話でもするか」
観念したように蛇谷は近くにあるイスに深く座りなおすと室長に笑みを向ける。ありもしない余裕を見せる蛇谷の不敵な様子に室長も蛇谷に向き直り視線を合わせ、口を開いた。
「……この事件が発生してから今まで疑問に思っていた事がある。……なぜ九尾、塔の管理者は配信者を利用しなかったのか、だ」
「? 何を言っている? 管理者は配信者を迷い路に散らし、例の配信者……わんこーろの攻撃範囲に制限を設けていた。十分に利用していただろう?」
「いや、もしわんこーろを完全に無力化するならば、そもそも配信者を人質にすればよかったはずだ。配信者のNDSを経由して犬守村へ侵入したということは、NDSを完全に掌握していたはず。NDSのシステムを消去して配信者の精神を破壊すると脅せばわんこーろは従わざるを得なかった。それに、九尾がわんこーろに抑えられていたならば、集積地帯を接岸させバグを灯へ送ったように、迷い路全体にバグを降らせばよかったはず、だが管理者はそれをしなかった」
「ふむ……管理者は配信者……いや、NDSのプレイヤーに危害を加えるつもりは無かった……? 何か手を出せない理由があった……?」
「それにもう一つ疑問なのは犬守村へダウンロードしようとしていた実行ファイルだ。これまで鵺や大蛇、九尾といった大規模かつ高性能な攻性AIが犬守村へダウンロードされたが、そのどれもが数秒もかからない時間で犬守村へ送り込まれた。だが、例の実行ファイルのダウンロードに必要だった時間は二時間。……一体管理者は、犬守村に何を降ろそうとしていたのだろうか……?」
「……さあな、知りたくとも情報が少なすぎる。塔との通信回線もデブリの動きにより阻害され不可能。実行ファイルそのものもわんこーろが破壊してしまったしな」
「次のV/L=Fまでお預け、ということか」
「いや、次はもうない」
「何……?」
「前年のV/L=Fで管理者と通信を行った際に伝えられた。……デブリの動きが想定を大きく外れたため、今後定期的な長時間通信はできなくなるんだとさ。次の長時間通信が出来るのは……二十年後だ」
「! それは……」
「はは、その頃にはもう電気のない時代かもしれんな……。おっと、到着したようだな。それでは草薙、これまでだ」
管制室の扉が開かれ、その先に黒い服の一団が待ち構えていた。蛇谷の姿を確認するとこちらへとやってこようとするが、それを蛇谷は手で制し、自ら向かっていく。
「これで我々"効率派"は終わりだな。とはいえ今更"主流派"を肯定するつもりはない。……そんな事をするくらいなら、お前たちを支持するのも良いかもな? 草薙」
黒服とともに管制室を出ていく蛇谷はもう一度室長へ笑みを向けると、そのまま管制室から出て行った。
「ふっ……面白い、ならば後の問題は一つに絞られたわけだ……」
室長は一人納得したようにうなずくと、静かに呟いた。室長がこれから行おうとしている計画には今回の管理者の干渉はかなり頭を痛める問題となるはずだった。
だが、どうやら今後二十年は管理者による妨害を受けなくて済むことが分かり、室長は計画を大幅に前倒しすることを決めた。
「復興省との契約が解除次第始めるとしよう、かつての自然溢れていたこの国を丸ごとネット上に再現する大規模プロジェクト"
配信者たちが盛り上がっている場所から少し離れた場所でわんこーろはわちると共に夜空に舞う紅葉を見ながらゆったりとした時間を楽しんでいた。わんこーろの膝にはすうすうと寝息を立てる狐稲利が居て、そんな三人を守るようにして丸くなっているのは、例の九尾だった。
イベントが終了した後、わんこーろと合流した狐稲利は無言でわんこーろにしがみつき、今の今まで放してくれないほどにぴったりくっついていた。両頬を膨らませて抗議の意味を込めて、うーうー唸る狐稲利はなかなか可愛らしかったが、さすがにそのままにしておくと不貞腐れるだろうと思い、わんこーろはしっかりと狐稲利に謝罪した。
あの時、九尾と対峙して狐稲利を逃がしたことに本人は相当にお怒りのようすだった。だが、それが結果的に灯を助け、配信者全員を助ける結果となったのだから、狐稲利も強くは言わなかった。お詫びに膝枕を要求してきたので、わんこーろは甘んじて受け入れた結果、今の状態というわけだ。
そんなわんこーろと狐稲利の様子を、ヨルとの同期を解除してもらったわちるはほほえましいものを見る目で幸せそうに見つめていた。眼福というやつだ。
「でも……本当に良かったんですか? この子を受け入れて」
「はい~元々ことが終わればこの子は犬守村で保護する予定でしたから~」
わちるが恐る恐る振り返り目を閉じている九尾を見やると、視線を感じたのか九尾はその大きな目を開けわちるを見つめ返した。寝ていると思っていた九尾がいきなり瞼を上げたことに驚き、ぴゃ! と小さな可愛い悲鳴を上げる。
「んぅ~~? ん……、あー! こら! くー子! 驚かせちゃだめーっていったでしょー!」
わちるの悲鳴に狐稲利は眠たげに目をこすり体を起こす、ぽやぽやした頭で現状を把握すると、狐稲利は九尾へと抗議の声を上げる。
何も悪い事をしていないのに怒られた九尾は困惑した様子であったが、仕方なく目を閉じ狐稲利へと鼻先を近づけた。
「もーう、びっくりさせちゃだめですよー」
「あはは、すっかり狐稲利ちゃんに懐いてますね……ええと、くー子ちゃん、でしたっけ?」
「ええ、狐稲利さんが名付けたんですよ~小さくくうくう、って鳴くのが由来らしいです~」
「へえ……小さく……」
狐稲利は九尾改め、くー子の鼻先をこしょこしょと撫でている。くー子はなすがままで抵抗する様子もない。気持ちよさそうに目を細め、お返しとばかりに舌で狐稲利の顔をぺろりと舐める。やた様とはまた異なった巨大な姿と時折口元から覗く牙に驚くわちるだが、わんこーろと戦っていたときの凶暴さは見る影もない。
いうなれば、巨大な毛玉といった風だ。
くー子は案の定やた様と同様にこの札置神社の中枢を核として造られた存在らしかった。これまでのわんこーろの戦いや技術を吸収し取り込んだAIとして生み出されたが、やはりやた様同様にその寿命はかなり短く設定されていた。石柱の制限時間までしか生き延びれないような歪な調整をされていたらしく、そこを改良し犬守村に順応するよう修正してやるとそれまでの凶暴性は消失し、これまた人懐こく体が大きいだけの狐となったのだ。
とはいえそれまでわんこーろと戦いを繰り広げていた経験や記憶はそのまま継承しているらしく、どうにもわんこーろと狐稲利に遠慮しているというか、いやに従順な様子だった。
通常の野生の狐よりも数段賢いため、くー子はどうも後ろめたさや後悔のような感情を抱いているようだった。
「まあこれからはこの犬守村の一員ですから~徐々に慣れていってもらうしかありませんね~」
「んふー! もふもふー! 暖かいー! くー子好きー!」
つい数時間前まで戦っていた相手がなぜかこれほどまでに好意的に接してくれるという状況にくー子は混乱してしまうが、わんこーろと狐稲利にとってはそれほど不思議なことでは無い。
くー子も元々は犬守村の狐の3Dモデルを用いて生み出された、この村出身の生き物だ。生み出された経緯が多少他の者たちよりも複雑ではあるが、そこは問題ではない。この村で生まれた存在で、そして助けられると判断したからこそ、わんこーろはくー子に新たな命の形を授け、犬守村に受け入れたのだ。
「あの、わんこーろさんがさっきから持っている、その箱はなんですか?」
そんなくー子から視線をわんこーろへと戻すと、わんこーろはその小さな手に収まる程度の小さな木製の箱を持っていた。
表面は木目と色の異なる木材によって鮮やかな模様となっており、それだけでもかなり精巧な代物だとわかる。
だが、わんこーろがこのようなものを作っているところをわちるは見たことが無い。ふとそんな疑問を口にすると、わんこーろは小箱を目線の高さまで持ってきて、まじまじとその箱を観察しながらわちるの疑問に答える。
「ああ、これですか~? これはですね、おそらく"細工箱"と呼ばれるものですね~」
「細工箱……聞いたことがあります。特定の手順を踏まないと開けることが出来ない、昔の金庫のようなものですよね?」
「その通りです~これはくー子の内部を改修している時に出てきたものなのです~」
「へえ、中身はなんだったんですか?」
「それが~開けられないんですよね~。無理に開けることも出来ますが~その場合箱の中身が破損する可能性があるので~」
「正規の手順を見つけないと、ですか」
「はい~もしかしたらこの箱が、何かの手がかりになるかもしれませんからね~」
くー子の中から出てきたということは、この細工箱はそもそもわんこーろへ塔の管理者が送った代物とも考えられた。鵺や大蛇と同じように九尾を改修するならば、その工程でこの細工箱が出現するように計算して九尾の体に組み込んだ可能性がある。
だが、その場合塔の管理者は九尾と今回の事件が失敗することすら想定していたことになる。自身が失敗した場合も考慮して行動しているかもしれないということに、わちるは冷汗が出る。
しかしわんこーろはその箱を珍しそうに手の上でくるくる回して観察しているだけ。特に危険性が無いとあらかじめ解析しているからだろうが、それでもわちるからすればその正体不明の箱は何とも異様な存在と思えてならなかった。
「手がかり……」
「わざわざ私のところに送ってきたんです~何か、伝えたいことがあるのかも~、っと」
箱を拡張領域にしまったわんこーろの傍に狸のよーりがやってきた。イベント中は危ないからと札置神社の外に避難してもらっていたよーりは寂しそうにわんこーろの腕をぐいぐいと押し、その腕と脇の間に体を挟み込もうとする。
「んふふ~ごめんねよーり~寂しかったね~」
「んふっ!」
そうやってよーりを抱きかかえてあやすわんこーろの姿はまさに子供をあやす母親のようで、それはわちるの想像している母親像そのまますぎだったため思わず吹き出してしまう。
「なんです~?」
「い、いえなんでも! ……そういえば、くー子ちゃんは何か、あるんです? やた様みたいな……」
訝し気に顔をしかめるわんこーろをごまかすようにわちるは無理やり話題を変える。さすがにあからさまだが、呆れた様子でわんこーろはその質問に答える。
「ん~……たぶん一通りできると思いますよ~そこは弄ってないので~」
「え? 一通り……?」
「はい~3Dモデル編集ツールは全部使えると思います~」
九尾が戦闘中に見せた広範囲の初期化能力や3Dモデルの改変等のスキルについては特に消し去ってはいないので、くー子がやろうと思えばそれらの能力を行使することは可能という。
それはつまり犬守村にとどまらずネット空間に存在するすべての情報に対してアクセスすることができ、防壁強度に関わらず問答無用でデータの破壊と改変が可能という意味だ。
「あ、あはは……どんな強い防壁も一発で壊せるやた様に、能力使い放題のくー子ちゃん、ヨイヤミさんの数を利用した防衛網に、その上に立つわんこーろさんと狐稲利ちゃん……」
「ん~図ったわけではないですけど~なんかそうなっちゃいました~」
「わんこーろさん! お願いですから絶対に世界征服とかやめてくださいよ!!」
「んふふ~」
「ちょ、なんで笑ってごまかすんですか!? 冗談ですよね? ね!?」
「んぅ~? わちるうるさいー、いっしょにくー子なでなでしよー? おかーさんもー」
「わ、わわ!? 狐稲利ちゃんちょっと待って! 私まだ心の準備がーーー!! あ、もふもふしてる……」
「ん~良い毛並みですね~これから犬守村も寒くなりますし~ありがたい~」
しばらくすると九尾に注目していた配信者たちがわんこーろのもとに集まり始め、お触りの許可を頂いた者たちがくー子の尻尾に埋もれ始めた。そんな様子を見た他の配信者もどんどん集まってきて、くー子は少し迷惑そうにしていたが皆の笑顔を見て、すっとおとなしくなる。
元来おとなしく人懐こい性格だったのだろう。今こうして受け入れられていることはわんこーろ達にとっても、くー子にとっても最も良い結果になったのではないだろうか。
秋の風は徐々に冷たさを増し、それは遠い空の向こうから濃い雲を呼び寄せる。ぴゅうぴゅうと吹き始めた風はこのまま北風となって冬の訪れを知らせてくれることだろう。ふと空を見上げたわんこーろはその空の向こうより来る雪雲の気配にふう、と息を吐き冷えた指先同士を合わせる。
もう、冬はすぐそこだ。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。
この話をもって秋編を終了とさせていただきます。
次回から冬編を始めさせて頂くつもりではありますが、まだプロットさえ無い状況であり出来ればいくらかの書き溜めをして矛盾の無いようにしてから投稿したいと考えております。
なので、夏編終了時と同じようにしばらくの間更新に関してはお休みを頂きたいと思っています。
再開時期はtwitterなどで告知させていただきます。
最期になりましたが、本作が夏編、秋編と更新し続けられたのはお読みいただいた読者の皆様のおかげであります。これからも好き勝手に作者の趣味の赴くままに書いていくとは思いますが、どうか今後ともよろしくお願いいたします。