転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
#139 冬の足音
かちこち、かちこち。独特な振り子時計の音以外は何も聞こえず、僅かに外から吹く風が雨戸を揺らす気配を感じるだけ。そんな犬守村の朝が今日もやってきました。
「……んん~~……」
まだ眠たさで重た~い瞼をこすりながら薄く目を開くと、やはり部屋の中はうす暗く、しんと静まり返っています。あたたかい布団の中でもぞもぞと体を丸めながらゆっくりと頭を動かして部屋の壁に掛けられた時計を確認すると、思っていたよりも遅い時間なことにちょっとびっくり。
「も~う七時ですか~~……ふわぁ……ねみゅ……」
ああう……寝ぼけててなんだか上手く口が回りませんよこれは。とにかく顔を洗って歯を磨いて、狐稲利さんを起こして朝ごはんにしましょう。
本当はもっと心地よいお布団の中に居たいのですが、あまり目覚めるのが遅くなると狐稲利さんがお腹すいたー、と私の布団の中に突撃して来ますからね~。
「んん、……朝は寒いですね~……もう冬ですか~」
家の中でも感じるほどの寒さに耐え、布団から脱出。ぼさぼさになっている髪と尻尾をちょちょいと整えて、と。
さて、今日は何をやりましょうかね~~。
ああ、皆さんご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私はこの犬守村に住む電子生命体なヴァーチャル配信者、わんこーろです。今日も元気に配信していきましょう!
あの激動のリアルイベント、V/L=Fからすでに数週間が過ぎました。イベント中のあらゆる混乱具合もアレでしたが、あの後も私を含めた配信者の皆さんの間で色々とごたごたがあったらしいです。
当然そのすべてを知っているわけではないのですが、よく犬守村に遊びに来られるわちるさんとのお話でそのあたりの事情を聞くこともあります。
私の親友である
しかし、支援元が政府から複数の企業に変わっただけで体制はそのまま、ヴァーチャル配信者界隈において名実ともにトップチームであることに変わりなく、そのネームバリューはかなりのもの。
政府との契約解除と共にFSの運営責任者となった室長さんの元にはいくつもの企業や個人配信者からのコラボや案件の依頼が舞い込み、毎日大変忙しくされているらしいです。
今までのような政府との直接的な繋がりが無くなったことでコラボや案件依頼を遠慮していたところも、これ幸いとばかりに依頼を持ち込んでくるらしいです。
とはいえ以前より復興省が推進室に求めていたのはその情報のサルベージ技術であり、それ以外にはほとんど興味を示しておらず、配信に関しても口出しをしてきたことはありませんでした。それでもやはり復興省、つまりは政府の支援を得ているという事実が、まるでFSの配信が公共事業のような扱いになっていたのも事実です。
その不可視の壁のようなものが取っ払われたことでFSはこれまで以上にヴァーチャル配信者界隈の中心として認識され、活躍の場を広げていくことでしょう。
他にも○一さんやナートさんの周りでも色々とあったようですけど、それはまた本人の口から聞くことにしましょう。
「ん~さむいさむい~~。……さすがにもう何か暖房器具を出さないと~~」
私と娘の
隣接した居住スペースを抜けて、渡り廊下を通り、神社へと向かうのですが、既に風は冬のものになり始めており、さすがに寒さに体が震えます。早急に何かしらの暖房器具を導入すべきでしょう。
「石油やガス関係の暖房装置は雰囲気がですね~、燃料を手に入れられないという問題もありますし~やっぱり創るとしたらこたつが良いですね~」
もちろん創ろうと思えば油田とかガス田とかも創れるとは思います。けれどそんな大規模なもの管理するのも安全性を保つのも大変ですからね~。私としてはゆったりまったり犬守村で生活していくだけで満足ですし~。
「こたつはこたつで色々問題はありますけどね~電気とか~」
まあ、そのあたりの難しいことは移住者さんと一緒に考えましょう。そのための配信なのですから。
「さて~、神社の方は特に問題ありませんね~お供え物は~……あはは、持ってっちゃってますね~」
犬守神社の本殿は基本的に開けっ放しにしてあるので犬守村の野生動物がよく出入りしています。なので本殿にお供えしていた食べ物は基本的にその子たちが持っていきます。
野生動物だって生きるのに必死な訳で、それに関しては私も当然だと思いますし、持っていった事に怒ってはいません。というよりも、その子たちの為にわざわざお供え物を用意しているところもあります。
「もう冬ですからね~冬ごもりの為に食べ物は必要でしょうし~お供え物以外に神社に荒らされた形跡もありませんし~」
動物たちもそのあたり理解しているようで、お供え物だけきれいに取っていって、神社の中が荒らされるようなことはありません。本殿に上がる前に足の裏を川で洗っているのか、足跡もほとんどありません。
「この村の子たちは皆かしこいですね~これも全て狐稲利さんのおかげですね~」
狐稲利さんは私の生み出した電子生命体でありますが、彼女の知識や思考というものはこの犬守村へとフィードバックされるようになっています。
元々は生命らしい生命をこの犬守村へ生み出す際に、より現実的な生命の創造を行う手段として考えたもので、狐稲利さんが得た知識や経験、それによって生み出された対応策や別案、他の知識への収束といった一連の思考の工程が、犬守村のすべての生命に経験値として共有されるというもの。
簡単に言ってしまうと、狐稲利さんが様々な経験をすればするほど、犬守村はより現実的な姿へと洗練されていくという感じです。
「さてさて~それじゃあその
『わんころちゃんおはー』『おはようございます。今日もいい朝ですね~』『朝ごはん? いいなぁ』『朝飯食う習慣無かったけどこれからはわんころちゃんと一緒に食うわ』『今日のお味噌汁の具教えてー』
「んふふ~皆さんおはようございます~。やっぱり一日三食、朝ごはんは食べないとですよ~? 今日のお味噌汁は豆腐にしました~」
ここ最近の私の休日配信はあらかじめ設定した時間に自動的に配信が始まるようになっています。配信告知などはこの世界で主流なSNSである"メイク"を用いて行っていますが、しなくても勝手に配信が始まるようになっています。
「さて~それじゃあ狐稲利さんを起こしに行きますよ~」
『はーい』『狐稲利ちゃんまだ寝てるの?』『犬守村は寒そうだしねー』『あーなるほど、布団から出られないのかw』『地下住みは温度管理徹底してるから冬の寒さとか分からんしなー』
「もう犬守村は寒さでぶるぶるな感じですよ~ここ最近は天気が良かったので太陽の光であたたか~な感じだったんですが~やっぱり風は冷たくなってます~」
『ぶるぶるは草』『何となく意味は分かるけどもw』『冬服とか、暖房設備が必要よね』
これからの暖の取り方について移住者の皆さんが色々な意見をくださいます。その中には先ほど私が考えていた器具に関するものもありますが、まだそれは秘密にしておきましょう。後で皆さんと話し合いをして最終的に決定させたいですし。
さて、そんな事を移住者の皆さんと話し合っている内に神社の居住スペース、その狐稲利さんの寝室まで帰ってきました。と言っても狐稲利さんの寝室というのはつまり私の寝室。
誤解無いように移住者さんには説明していますが、一緒の布団に寝ているわけではなく、布団を並べて寝ているだけです。
……ここ最近は寒いせいかよく私の布団にまで狐稲利さんの手が伸びてくることも多くなって来たのは事実ではありますが……。
とにかく、まだ布団の中に居るであろう狐稲利さんの様子を窺います。もちろんその場面も配信に載せていますがちゃんと本人の許可も得ていますのでご安心を~。
「雪が降る前には完備させたいですね~~っと、……さてさて、移住者の皆さまの前方に見えますは~~布団の塊ですね……」
『草』『大福かなんか?』『丸々してて柔らかそうですね……』『思ってたんと違う……!』『もっとこう……狐稲利ちゃんの無防備な姿とかさあ!』『はだけた寝間着姿の狐稲利ちゃんどこ……?』
私と移住者さんの前に現れたのは丸まった掛布団のお化け……まあ狐稲利さんなのですが。
「ほ~ら狐稲利さ~ん、朝ですよ~? 移住者さんもう起きてますよ~? おぉ~い~」
『うう~んなんだか眠たく……zzz』『わんころちゃんのふわふわ声だと逆効果な気が……zzz』『おやすみーzzzz』『これ狐稲利ちゃん起きれんのか?w』
「んん~……おかーさ……」
「ん~? なんです狐稲利さん~?」
「……ゆき……ゆきふってる~~……?」
「雪ですか~? いいえ降ってませんけど~」
「……おやすみ~~」
『はいおやすみ』『よく寝れてえらい!』『まあ雪降ってないんじゃ仕方ないな!』『あーあ、雪が降ってたらなあ~ばっちり起きるのにな~~』『移住者「チラチラ」』
「……ホントに降らせてやりましょうか……? もうっ! 朝ごはんまでには起きてくださいよっ!」
「うん~~……」
『うーんこれは起きない』『分かる。朝の俺と同じだわ』『俺も』『俺たちは狐稲利ちゃんだった……?』『お前のような美少女がいるわけねーだろがっ!!!!』『マジ切れ移住者コワー』『ガチじゃん』
「まあ大丈夫ですよ~いつも朝ごはんの匂いで起きてきますから~。さてさて、朝ごはんを作りますよ~」
『はーい』『キタキタ朝のメイン!』『お腹すいてきたな……』『私も何か簡単に作るか』『今日もレシピ参考にさせてもらいますー』
さて、それでは家の土間まで来ました。朝ご飯は簡単に白ごはんとお味噌汁、あとは前にわたつみ平原で釣ってきた鯖を焼いたサバの塩焼きにしましょう。この時期はちょうど鯖の旬なのできっと脂がのって美味しいでしょう。
「火力の調整を出来るようにしてみました~料理に関しては風情よりおいしさ重視ですよ~」
そういって土間にある竈へと火を入れます。見た目は完全に竈なのですが、言った通り火力の調節など、様々な便利機能を追加してあるので、多少難易度の高い料理でも問題なく調理可能な高性能な竈へとアップグレードされているのです。
『まあさすがにかまどじゃねえ』『いい匂いしそう』『脂がぱちぱち弾けてるの最高にお腹にくる』
「七輪でじっくり~ゆっくり~焼いていきますよ~一緒にご飯を炊く準備もして~並行してお味噌汁の準備もします~」
この朝ご飯の準備をしている様子を見て、移住者さんから大変そうだとコメントを頂くことがあるのですが、全然そんなことはありませんよ? 現実の皆さんは食事を作る以外にお仕事など他の事で大変だとは思うのですが、犬守村ではそのようなこともありませんしね。
もちろん、お食事を作ったり、神社の周りを掃除したり、食べ物を採りに山まで出かけることは皆さんのお仕事と同じくらい大変ではあります。けれど私にとってその一連の行動はすべて自身が生きるためのものであり、だからこそ楽しいのです。
どのような生き方も自由に決められるのですから。
「まあ~もちろん自然は美しいだけではありませんけどね~もうすぐ雪が降るでしょうけど~この辺りは雪掻きしないと大変なことになりそうですね~」
この犬守村は南に大きな平原、わたつみ平原が存在しています。この平原は雨が降ると大海原へと変化し、魚介類や塩などの海の幸をもたらしてくれるのですが、この海に変化したわたつみ平原が要因で恐らく犬守神社周辺はかなりの大雪になると予想できます。
冬の冷たい風は海となったわたつみ平原で多くの水分を確保し、雲となって犬守山とその向こうに存在する北上山地と呼ばれる高い山々へとぶつかり、その山をつたうようにして上昇していきます。
水分を多く保有する雲は冷やされ雪を生み、山地全体に降らせることでしょう。
つまり、犬守村はかつてこの国で東北と呼ばれていた地方並みの豪雪地帯になるわけです。
「いや~これは洒落にならないかもですよ~まじめに雪対策をしないと~~」
暖房設備について、雪対策について、他にもいろいろと考えないといけないことが多そうですね。犬守村で初めての越冬なわけですから、準備し過ぎな事は無いでしょう。
「犬守村の冬ごもり準備、開始ですね~」
更新は前回と同じく週に一度金曜日を予定しております。
今後とも本作をどうかよろしくお願いいたします。