転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
秋の祭典、ヴァーチャル配信者たちのお祭であるV/L=Fが終了してから現実世界で生活するヴァーチャル配信者グループであるFSの日常はちょっとした変化が訪れていた。
かつては早朝となれば起きてくるのは生活習慣のきちんとしたFS最年少の
「おはよぅ~~ふわぁ」
「あ、おはようございますナートちゃん。最近早起きですね、深夜の配信も頑張ってるのに」
自室からリビングへと降りてきたナートを出迎えたのは、灯と室長だった。気が付いた灯が挨拶をするとナートはあくびをしながらも何とか返事を返す。
「うぅ~なんでかほうりが毎日モーニングコールしてくるんだよぅ……無視して寝てたらいつの間にかメイクのトレンドに"♯起きろなーと"って~」
「あらあら」
「くくっ、できた妹じゃないか」
灯が困ったように、室長は小さく笑いながらその光景を想像する。V/L=Fを経験してからナートとほうりの距離はかなり近づいている。互いのわだかまりが解消し、ナートは先日久しぶりに両親と再会することも叶った。ほうりを間に挟んでの、とても家族の会話とは思えない探り探りの会話であったが、それでもナートが長年抱え込んでいた問題は完全に解消し、その結果二人は互いの所属する関係者との話し合いをして、現実の姉妹であることを公表した。
ナートの両親もこれからは積極的にナートの支援を行う事を決め、それと同時に推進室への企業としての支援も行うと決めた。その関係でナートとほうりはこれまで以上にコラボ等で関わることが増えるだろうし、それを差し引いても渇望していた姉の存在を前に、ほうりが姉妹であることを隠し通せるかは疑問だった。
それならば噂になる前にこちらから二人が姉妹であることを先に公表する方が良いのでは? という考えの下、姉妹であることを視聴者に伝える事にしたのだ。
といっても、互いの配信の中でさらっと「実は姉妹なんだよね~」程度のことを口にしただけだ。この話題を大々的に宣伝するつもりも無かったので、それでいいかと楽観的なナートと新米配信者のほうりは考えていたのだが、それは予想以上の衝撃を界隈にもたらした。
V/L=F中の二人の異様な距離感からある程度裏で交流があるのでは? と噂されていた二人だが、まさか実の姉妹であったなどと考えていた者はごく少数だった。ヴァーチャル配信者であるため見た目はどうとでも出来るし、ナートから妹の話が出たことなど今まで一度として無かった。何より性格が全く違う。
思いもよらぬ衝撃的なドッキリを仕掛けられた視聴者の驚きの悲鳴を尻目に、ナートとほうりはこれまでの離ればなれだった時間を埋めるかのように何度もコラボを行い、その仲の良さを周囲に知らしめていった。
「ううう……しかも深夜配信した時はしっかり遅めのモーニングコールにしてくれるしぃ……それは良いんだけど、これってほうりにあの深夜配信の存在知られてるって事だよね……うぅ」
「今更だな。おそらくヴァーチャル配信者としてデビューする前から見られていたと思うぞ?」
「状況が違うじゃんかぁ! そん時はまだわたしが姉だって知られていなかったもん!」
「どちらにしろナートと姉が同一人物だと知られたことでどうあがいても回避不可能な問題だろう?」
「ううううううう……もう顔合わせらんないよぅ……」
「ほぼ毎日コラボ配信している者のセリフじゃないな」
早朝からうなだれているナートに肩をすくめ、室長は次にリビングに入ってきた人物を迎え入れる。寝ぼけた状態のナートとは違い、朝活配信という一仕事を終えた後の寝子は、そんなナートを見て、呆れ半分に首を傾げる。
「おはようございます。灯さん、室長さん……ナートお姉ちゃんは朝から何を悶絶しているのですか……?」
「おはよう寝子ちゃん、ナートちゃんはね……えっと、ほうりちゃんと仲が良いって話をしてたんですよ」
「ああ、なるほど。何となくわかりました。自業自得というやつですね」
「ひどい!?」
たったそれだけの会話で寝子は理解する。ここ最近ナートのこうした姿はよく他のメンバーに見られており、その理由の八割は妹であるほうり関係だと理解されている。
ほうりには良い姉として、あるいは良い先輩配信者として振舞いたいと考えているナートが、自身の今までの行いでほうりに失望されていないかと不安に思っているらしい。
だが毎日コラボ配信をしているような関係ならば、そのような不安は杞憂というもの。そういう意味を込めて、寝子はナートに多少強い言葉でツッコミを入れる。もはやナートに守らなければならない清楚なイメージなど存在しないでしょ、という意味も含めて。
ナートのそばを通り過ぎ、立ち上がった灯へと駆け寄る寝子はその手を握り、灯を見上げる。
「お手伝いします」
「ありがとね寝子ちゃん。はい室長、端末しまってくださーい朝ごはんにしますよー」
「ん、分かった……ちょっと待ってくれ」
そうやって今日もFSの一日が始まった。
「美味しそうです……! このお魚は?」
「鯖だよー。今は旬らしくて脂がのってるんだって! ……まあ、これは合成のものなんですけどね」
「ですよねー。でも美味しい! いやー、もう効率食のパサパサには戻れないなぁ~」
かつては味気ない効率食を食べていればいいと考えていたナートも今では朝の食事を楽しみにしている一人だ。彼女のように効率食から脱却し、温かい食事に興味を持つ若者が最近では増えているらしい。そんな事をテレビのニュース番組が伝えている。
「そういえば○一お姉ちゃんとなこそお姉ちゃんはどうされたんですか? わちるお姉ちゃんは確かオフコラボでもうすぐ帰ってこられるんですよね?」
「○一は"あいつ"と一緒にまだ寝てるだろうな。なこその方も夜通し無名火かかおと突発のコラボ配信をしていたはずだ。わちるもついさっき駅に到着したと連絡があった」
「……かかおさん可哀想に」
夜通しとなれば恐らく二人は……特にかかおに関しては真っ白に燃え尽きているだろう。最後はかかおの「もう勘弁してくださいぃ~~!!」という悲鳴が響き渡るのが通例だ。完全防音の私室での出来事なのでその声がFSの他メンバーに届くことは無く、寝子達にとっては完全に他人事だが。
「?
合成の鯖にわざわざ組み込まれている骨を箸で丁寧に取り除きながら、ナートは察する。あちらはあちらで自身よりもなかなか濃いことになっているよなぁ、とナートは思いながら鯖の切り身をあったかい白米の上に載せた。
「ん……んん~……」
その頃○一は自室の布団の中で目を覚ました。朝の光を眩しく感じながら、寝ぼけ眼で枕元に置いていたはずの携帯端末を探す。
「? あれ? ……ん?」
瞼を閉じたまま手だけを動かして端末を探すが、なかなか見つからない。不意に○一の手は携帯端末とは異なる、何か"柔らかいもの"に触れた。
「やんっ」
「は? ……うおっ!? はあああああああ!?」
その柔らかいものを何の考えもなく手の平に収めた直後、自身のものではない小さな悲鳴のようなものを聞いた○一はさすがに目を見開き、文字通り跳び起きた。
すぐさま柔らかいものを握っている手を引っ込め、布団から脱出。そのまま掛布団を引っぺがす。
「お、おま……! 真夜ぁ!?」
「んー……あらぁ、おはよぅ○一ぃ~~」
そこには未だ夢心地な真夜の姿があった。いきなり布団を取り払われたことに不満そうな顔を見せる真夜だが、うっすらと目を開き、目の前の○一を確認する。
途端、普段なら見られないようなふにゃりとした笑顔を○一に向け、これまたふにゃふにゃした声で朝の挨拶をした。どうも真夜は朝が苦手のようだ。
「お、おはよう……じゃねえ! なんでお前がワタシの部屋に!? てかワタシの布団の中に!?」
「なによう~次のコラボの打ち合わせが夜遅くまでかかっちゃったから自分の部屋に戻ろうとしたのを○一が引き留めたんじゃないの~」
「いや、まあ、それは……ぐ、確かに言った……」
「それに~布団が一セットしかないとか何とか言って一緒の布団で寝ようって言ったのも○一でしょー」
「うぐ……そ、そんな事言ったか……? だ、だとしてもだ! なんでお前そんな恰好なんだよ!? 」
「……うーん、暑くなって。○一ったら私がびっくりするくらい引っ付いてくるんだもん。汗が凄いわぁ……よいしょっと」
「は!? は、は早く隠せーーーーー!!!」
思わず叫び声を上げる○一だが、その叫びは幸い配信用に騒音対策バッチリな部屋のおかげで外に漏れることは無かった。何でもないようにはだけたパジャマをそのまま脱ぎだす真夜の様子に○一はさらに顔を赤くし、慌てて制止するが、真夜は気にした様子もなく寝間着を着替えていく。
とっさに視線を外した○一はあまりにも危機感のない真夜の様子にため息が止まらない。
○一と真夜の関係は一見、今までと変わらないように見える。言葉を選ばない○一を、からかい半分でおちょくる真夜という構図は確かに変化が無い。
だが、これまで全力で真夜のあらゆる行為や言葉を拒絶していた○一が、口では辛辣な言葉を言っても、ある程度真夜を受け入れるようになったのだ。
そして、真夜もそんな○一の変化に合わせるように、これまでのからかうような、あるいは挑発するような行為を控えるようになった。
不器用ながら互いに歩み寄ろうとしているのだろう。
それでも、同じ部屋で着替えをするなど、同性であっても信頼し過ぎではないかと○一は内心複雑だ。距離が一気に縮まったのは、それはそれでいきなりの事に戸惑いも大きい。
唯一、ちらりと覗き見た真夜の背中に、かつて存在していた痣が無いことが○一の心を安堵させてくれた。
早々に着替えを終えた真夜は、朝ごはんを食べないかと引き留める室長たちの提案を辞退しそのまま帰ることにした。自宅での作業や仕事が残っている、本来泊まる予定ではなかったので、それを片付けないといけないのだ。焼き魚の美味しそうな匂いに名残惜しそうな面持ちのまま、真夜は家の前まで見送りに来た○一の頭にポンと手を置く。
「それじゃあまたね○一」
「ふんっ……」
「ああもう、機嫌直して、ね?」
「……また、週末来るんだろ……?」
「! ええ、もちろん! ○一さえよければ」
「……待ってっからよ、だから……」
「ん?」
「い……いって、らっしゃい……」
「! ああん!! 行ってくるわ○一!」
「うわっ、ちょ、抱き着くな! 早く行けよ! 電車出ちまうぞ!」
「うーんもうちょっとこのまま~。あ、いい匂い」
「!? あほ! ばか! 嗅ぐな!」
朝から何をやっているんだという推進室の面々の視線にさらされ、○一は顔を真っ赤にして抱き着いてきた真夜を引きはがそうと躍起だ。
その顔がかつてよりも温和になっている事を、本人以外の皆が知っていた。