転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#141 なこそのコイン

 

 家の前でひたすらイチャイチャを繰り返す○一と真夜を見ながら、寝子はふと思ったことを口にした。

 

「お二人かなり変わりましたね。なんというか、距離が近いです」

 

「お真夜、V/L=Fが終わった後の個人配信でセクハラ止めます宣言してたよねぇ~。ムリだろって視聴者に言われてたけどその後に、今後は○一だけを愛でます宣言でなんだか配信がお祝いムードになってて草だったなぁ~」

 

 女性好きでセクハラ三昧という真夜の配信者としての性格はほぼほぼ素の性格が表されていたものではあったが、今まで各方面に分散していた真夜のターゲットが○一に絞られた現在、そのスキンシップはとどまることを知らない。

 何より、○一がその過激なふれあいにまんざらでない様子がこれまでと異なる。

 

 そんな○一と真夜の姿に寝子は自身でもよくわからないモヤモヤとした感情を抱いていることに気が付いた。

 

「むう……」

 

「あれ? 寝子ちゃんジェラシー? まーるちゃんがお真夜に取られるから? それともお真夜をまーるちゃんに取られるから?」

 

「な……ちがいます!」

 

 理解できない感情の正体をズバリ言い当てるナートに寝子は思わず言葉を詰まらせる。これまで寝子の周りには年齢も、考え方も、技術も知識も自身より秀でた者たちばかりだと思っていた。そしてそれは正しくて、そんな人たちに追いつきたいという思いが寝子の原動力でもあった。

 だから憧れはあっても、嫉妬というものを感じることは無かった。嫉妬なんてできるほど対等な立場に居ないし、努力するのに必死で嫉妬する暇なんて無いとまで思っていた。

 

 だから、思わぬ方向からそのような感情を抱く状況に遭遇し、少し混乱していた。

 

「ならわたしはどーよ! 寝子ちゃんのお姉ちゃんとして暖かく受け入れてあげるよー」

 

 だが、そんな感情の発露も目の前で能天気に両腕を広げているナートを見ていたらどうでもよくなってくる。

 

 真夜も○一も尊敬する先輩であり、お姉ちゃんなのだ。二人の関係にもし嫉妬したというのなら、それは恐らく。

 

(……寂しかった、のでしょうか……)

 

 しっかり者とはいえ寝子はFSの中では最年少だ。○一と真夜の関係を見ただけでなく、ナートとほうりの仲睦まじい姿を最近知った寝子にとって、その関係性は非常に魅力的に映った。簡単にいうと、その二組のように遠慮なく、恥も外聞もなく誰かにひたすら甘えたいと思ってしまった。

 

 だが、そんな自身の胸の内を見通したのが、いつもはだらしのないお姉ちゃんだと思っていたナートであることが、寝子を素直にさせなかった。

 

「? どったの?」

 

「ナートお姉ちゃんには、ほうりさんがいるでしょう? しっかり者の妹さんが」

 

「んぐ……そこでほうりの名前を出すのは反則だよぅ……」

 

 えへへ、と困り顔のまま微笑むナートはそれでも寝子に近づき、その腕の中に小柄な寝子をすっぽりと収めた。寝子は不満顔のままだったが、それでも拒否はしない。先ほどまで経験のない不可思議な感情に困惑していた寝子は、そのナートの体温に安心感を抱く。

 

「さむいねぇ~、ふーあったか」

 

「人を暖房器具扱いしないでください」

 

 きっと、人肌恋しい時というのは、こういう時の事を言うのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りました!」

 

「お帰りわちる」

 

「お帰りなさいわちるちゃん! コラボお疲れさまでした。お風呂入れますけど、先に何か食べますか?」

 

 あの後、真夜が帰ったのと入れ違いになる形でオフコラボを終えたわちるが家に帰ってきた。コラボ先であるイナクとのお泊りを含めたコラボ配信は大変盛況だったようだ。新人であるイナクとようやく新人を脱したわちるとの初々しい交流が見れるかと思いきや、終始自身のペースでのにゃのじゃ話すイナクと、それを笑いながらスルーするわちるの交流? がクセになると話題になり、再生回数もかなりのものになっているらしい。

 

 その理由はわちるがFSというヴァーチャル配信者界隈のトップグループに所属しているだけでなく、イナクのV/L=Fから発揮されている空気読まないキャラの濃さが好評だった結果だろう。またそれらの要素以上に、この二人が例のV/L=Fラストイベントでメイン級の活躍をしたことが要因となっているのかもしれない。

 

 V/L=Fのあの臨場感たっぷりで、まるで本当に問題が起きているかのような鬼気迫る雰囲気のわちるたちを見た視聴者が切り抜きや宣伝をした結果、あのV/L=Fのラストイベントに参加した配信者は例外なくその登録者数を大きく伸ばしているのだとか。

 

「そうですね……あ、なんだかいい匂い……」

 

「今日の朝ごはんは鯖の塩焼きぃ~」

 

 リビングのソファでだらしなくくつろいでいるナートのつぶやきにすぐさまわちるは反応する。

 

「ええっ!? わんこーろさんと一緒……! 灯さん、私の分の朝ごはんって……」

 

「もちろん用意してますよーちょっと待っててね」

 

「ありがとうございます! やった……帰りの電車の中でわんこーろさんの配信見てて、すっごく美味しそうだったんですよ……!」

 

 荷物を適当な場所に降ろし、テーブルの前で灯の用意する食事を待つわちる。きっとその頭の中ではわんこーろが食していた新鮮で脂がのった鯖の塩焼きを想像している事だろう。

 それと比べれば合成の食品は数段味は劣るが、それでもわちるにとってこの朝食は灯が丹精込めて用意してくれた美味しいご馳走に違いない。

 

「そういえば……なこそさんは?」

 

「まだ寝ています」

 

「昨日かかおちゃんとボドゲしてたんだって」

 

「あ、あ~なるほど……あはは」

 

「とはいえもうそろそろ起きてもらわんとな」

 

「朝ごはんも片づけられませんしね」

 

「じゃあ私が呼んできます! 荷物も降ろさないとなので、ついでになこそさんを起こして一緒に朝ごはんにします!」

 

 じっと朝ごはんを待つだけではいられなくなったわちるは椅子から飛び上がり、階段を駆けていく。朝ごはんのいい匂いに上機嫌なわちるからは鼻歌まで聞こえてくる。ノックした程度では起きないだろう、と言う室長から受け取ったなこその部屋の鍵を手にして、わちるは階段を一段飛ばしで駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

「なこそさーん。起きてますか? なこそさん?」

 

 案の定ノックに反応を返さないなこそ。鍵を使って部屋の中に入ると、そこはなんとも凄惨な有様だった。いくつものボードゲームの盤や駒が散乱し、飲み物やお菓子のたぐいがそのままになっている。部屋の主であるなこそはそんなごちゃごちゃした部屋に設置された机で突っ伏したまま寝息を立てており、目の前にある配信用のPC端末は電源が付けっぱなしになっている。

 

「な、なこそさーん!? ベッドで寝ないと体痛くなっちゃいますよ……」

 

 思わぬ状態で寝ているなこそに驚きながらもわちるはその体をゆする。心配そうなわちるの声に反応したのか、なこそはうっすらと目を開け、わちるを見た。

 

「んん……、ん? あ~わちるちゃん……あれ? 今何時……?」

 

「もう朝ですよ……ってあれ? なこそさんもしかして……」

 

 その時ふとわちるは何か嫌な予感を察知した。目の前のなこそは机に突っ伏して眠りこけていた。それはつまり作業中に寝落ちしていたという事であり、そしてなこそは昨日、確か……。

 

「ちょ、ちょっと待ってください……!」

 

 焦りながらもわちるはなこそのPC端末を見る。そこには配信枠を開いたまま動画配信サイトに繋がった状態のブラウザ、配信枠では何やらマイナーなボドゲができるアプリがプレイ中で、なこそのターンのままの状態で止まっている。

 配信枠と別で立ち上げているブラウザはなこそがコラボ配信でよく利用するチャットアプリが起動していた。そのアプリはコラボ相手だっただろう無名火かかおからのメッセージが、上から下まで何十通も大量に送られていた。

 

 そして最後にわちるは恐る恐る配信枠のコメント欄を確認した。

 

『お!』『誰か来た!!』『この声わちるん!』『きたああああ』『わちるんはよ配信閉じて!』『配信停止ボタン押してもろて』『無名火かかお:ごめんそいつスピーカー設定OFFってるみたいで起こせなかった(´;ω;`)』『おはようございます枠閉じてもらっていいですか』

 

「ひぃいいいい!? み、皆さんおはようございますすみませんでした枠閉じます!」

 

『わちるんの悲鳴草』『朝から心臓に悪いよね……』『てか本当に同じ家に住んでるんだ』『FSはシェアハウス定期』『夢みたいな空間だなぁ。何はともあれなこちゃんわちるん乙!』『みんなお疲れ~』『はい解散解散ー』『寝息助かった』『寝落ち配信とはなこちゃんにしては珍しかったな~』『今後しばらくはこのネタで弄れるなw』『おつでしたー』

 

 すぐさま終了ボタンをクリックし、配信を停止する。自身でさえもやったことのない配信切り忘れというハプニングに、他人事ながら心臓がドキドキしっぱなしのわちる。汗の滲んだ手が震えるのを感じながら、恨めしそうになこそに向き直る。

 

「……うぅう~……。もう、なこそさん~……」

 

「んん……むにゃ……」

 

 一度目を覚ましたはずのなこそは既に二度寝に突入しており目覚める様子は無い。何やら幸せそうな顔をしたままのなこその様子に唇を尖らせていたわちるは毒気を抜かれ、仕方ないとばかりに息を吐き、そこらに放置されていた毛布を手に取りなこその体にかけてやる。

 

「昨日そんなに遅くまで配信していたのかな……。? あれ……」

 

 なこその机周りを見渡すと辺りに効率食やエナジードリンクのたぐいと一緒に様々なボードゲームが乱雑に置かれており、ここもなかなかにごちゃついている。どうも夜遅くまでボードゲーム三昧だったのは確実のようだ。

 

 そんなごちゃごちゃした机の下でわちるは、机から落ちたのだろう何やら光る小さな円盤のようなものを見つけた。

 

「なんでしょうコレ……ボードゲームの駒……でしょうか?」

 

 わちるが手に取ったそれは硬貨程度の大きさのコインだった。そのコインは数ミリほどの厚さの円盤とそれよりもかなり薄い円盤の二枚の板が重なっており、中心部のピンで固定されている。上の薄い板を指先で擦ると下の厚い板がスライドする。

 二枚の板には数字が印字され、薄い板にはその表面の所々に四角い穴が開けられている。板をスライドすることで厚い板の数字が見え隠れするというギミックが搭載されているようだ。

 だが、どうにもそれ自体がかなりの古い物らしく、表面の金属光沢はほぼ失われ、印字された数字に関しては大半が消えてしまっている。

 

 わちるはコインを手に取りそのスライドギミックに首をかしげながらも、それをなこその机へと戻す。まだすやすやと夢の中に旅立っているなこそに小さく息を吐いて、仕方ないと部屋を後にした。

 

 なお、なこその分の鯖の塩焼きはもちろんわちるのお腹の中に納まったのだった。

 


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