転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#145 お風呂と時雨

 私と狐稲利さんが住んでいる家は犬守神社にくっつくようにして建てられている居住スペース部分で、これまでいろんな部屋を増築してきました。最初は配信を行うための配信部屋、次に炊事場としての土間、夏の大型イベントなどで利用した客間などなど……。

 

 様々な用途の部屋を作ってきたわけですが、お風呂は特に私と狐稲利さんのお気に入りです。外で遊びまわってどろんこになった狐稲利さんと、農作業などで汗をかいた私がさっぱりすっきりできるのでかなり満足度が高いです。最近では冷えた体を温める用途でもよく利用しています。

 

「ん~~きもちいいですね~~」

 

「いきかえるぅーー」

 

 二人で一緒に服を脱ぎ、そのまま体を洗いっこして、これまた一緒に湯船に浸かります。

 狐稲利さんは見た目は年頃の少女という感じではありますが、生まれてから一年も経っていない幼子であります。まだまだ一人で頭を洗うのが怖いらしく、こうやってお風呂の時は一緒に入って頭を洗ってあげるのです。

 

 お風呂場は比較的大きめに作ってあるので、私と狐稲利さんが一緒に入っても問題なくくつろげます。まあ、私の体が小さいから、というのもあるんですけどね。

 

 浴槽の中、ぴちゃぴちゃと手でお湯を弄び、その心地よさに思わず二人一緒に力の無いふにゃりとした声を出してしまいます。全く同じタイミングだったので、二人顔を見合わせ、そして小さく微笑み合います。

 

「んふーおかーさー」

 

「ん~? どーしましたか~?」

 

「……んーんー。なんだか、しあわせなのー」

 

「あらら、気持ち良すぎてふにゃふにゃになってますね~」

 

 ゆるゆるな声音の狐稲利さんが湯船の中で私の手をぎゅっと握ってきます。どうしたのかと狐稲利さんを見ると気の抜けた表情でにへらと笑い、そのまま私へと体を預けるようにしてもたれかかり、そのまま抱きしめてきます。

 狐稲利さんは私の犬耳と尻尾が大層お気に入りのようで、こうやって二人でお風呂に入る時にはいつも耳と尻尾を確かめるような手つきで触ってきます。自分の体に無い器官だからでしょうか? はじめは興味本位から触ってみたいと思っていたようですが、今ではその手ざわりが気持ちよくてつい触ってしまうんだとか。

 

 あまり触られ過ぎると気になってしまうのですが、狐稲利さんの触り方はとても丁寧で優しいので、今でもこうやって触らせてあげています。

 

「おかーさーおんせん行きたいー」

 

「ん~そうですね~V/L=Fの準備などであまり進められてなかった火遊治の温泉街開発を進めていきましょうか~。雪見温泉は風情があってよさそうです~」

 

「うんーいっしょにおんせん、はいろーねー?」

 

「ええ~はいりましょう~」

 

 そうやって狐稲利さんとゆったりお風呂に入ってくつろぎ、湯冷めしないように髪の毛と尻尾を丁寧に丁寧に乾かした後、こたつをセッティングした配信部屋に帰ってきたわけですが……。

 

「あ、わんこーろさん狐稲利ちゃん、お邪魔してます」

 

 そこには既にこたつの魔力に吸い寄せられた哀れな犠牲者が三人……。もうすぐ来られると思っていたFSの皆さんでした。

 この犬守村に降りることが出来るのは現在リンクが繋がっている推進室の管理空間からのみとなっております。つまり、犬守村を訪ねてこれるのはFSさんだけ。

 

 なので、基本的に我が家には鍵もなにもつけてはいません。FSの皆さんにも、お暇な時にはいつでも訪ねてきていいと言っていますし、存分にくつろいで頂いてかまわないと言っています。とはいえ、お風呂からあがったらいきなりこたつでくつろいでいる光景が広がっているのはなんだか微笑ましいですね。

 

「え、ええと……すみません。我慢できなくって」

 

 こたつの前に座り、足元だけを中にいれているスタンダードな姿でこたつを楽しんでいるのは私の親友であるわちるさんです。比較的遠慮した様子でこたつを享受しているその姿は私を見て少し申し訳なさそう。上目遣いが何とも可愛らしいですね……。

 

「あーわんころちゃん~狐稲利ちゃん~おかえりぃ~」

 

 その横では腰のあたりまでこたつに飲み込まれ、既に寝る体勢に入っているFSのリーダー、なこそさんが居ました。声はリラックスし過ぎなほどで、かろうじて目は開かれている……ように見えます。

 

「あぁ~これさいこーにいいぃ~」

 

 そして頭だけ出して体がすっぽりこたつの中、なのがナートさん。既に起きているのか寝ているのかよくわからない状態でありますが、何とか意識はあるご様子。

 

「勝手にお邪魔してすみませんわんこーろさん」

 

「あー、すまん。さすがに家主の許可貰えって言ったんだけどよ……」

 

 そんなこたつに呑まれた三人を見て眉間に皺を寄せているお二人はFSのしっかり者として認知されている寝子さんに○一さん。二人ともこたつには入らず立ったままです。どうやら私がお風呂から帰ってくるまで待っていらしたようですね。

 

「んふふ~ぜんぜん問題ありませんよ~? ささ、寝子さんも○一さんもどうぞ~こたつは初めてですか~?」

 

「んふー! おこた~おこた~」

 

 私と狐稲利さんがこたつに入ると、二人も遠慮がちにですがこたつへと入ってきます。

 さすがに全員が入ると少し狭いような気もしますが、このぎゅうぎゅうな感じが私は意外と好きなんですよね。寒さに身を寄せ合う小動物のようにこうやって温かさを感じるのもこたつの良いところだと思います。

 

「炬燵って思ったよりも大きいんですね。ちょっときついですけど、全員入れちゃいました」

 

「確かに……こらナート、もうちょっと詰めろ」

 

「うぅ~なゃあ~~……」

 

「変な鳴き声出すんじゃねえ」

 

「あ~そうでした、ミカンがあるんですけど~食べます?」

 

「ミカン! 犬守村で採れたものですか!?」

 

「おおいいな、現実じゃあ天然の果物なんて喰えねえからなあ」

 

 こたつと言えばやはりミカンですよね~。剝きやすい皮の中に甘いミカンの果肉がぎっしり詰まっていて、口に入れるとその甘さと僅かな酸味が喉を潤してくれます。

 ミカンは品種によりますが、犬守村で収穫できる品種はこの時期収穫することができる品種となっております。人類が長い年月をかけて品種改良した美味しいミカンを、この犬守村では自然に採集することができるようになっています。

 

「ねぇ~なこちゃん~ミカン剥いてぇ~」

 

「その前に起きた方が良いよナートちゃん?」

 

 そんなこんなでFSの皆さんとこたつでゆったりとミカンを食べながら雑談をしたり、他の配信者さんの配信を見たり、サルベージしたアニメの鑑賞会をしたりしている内に、外はもう薄暗くなり始めていました。

 

 ……こたつというものは時間さえも消し飛ばす効果があるのですね……。

 

「はぁあ~~こたつの魔力……体験させて頂きました……」

 

「寝そうな声でまじめな事言いだしたぞコイツ」

 

「わたしも買おうかなーこたつぅ」

 

「ふむ……大きいサイズは皆で入れて良いですが……なこそお姉ちゃんの部屋に設置するならもうちょっと小さくて良さそうですね」

 

「なこその場合まずはあのボドゲだらけの部屋を掃除するとこからだろ」

 

「なにをぅ! ちゃーんと整理整頓してますけど!」

 

「あはは……」

 

 そういえば先日わちるさんが言っていましたね、なこそさんが配信切り忘れをしていたと。いつもは綺麗に整理されているなこそさんの部屋も、一度コラボ配信になるとありとあらゆるところにボードゲームのボードや駒が散乱し、足の踏み場も無くなるんだとか。一度しまい忘れた駒を踏んずけた寝子さんがなこそさんをしこたま怒り倒したということもあったらしいです。それは仕方ありませんよね。

 

「あ、そういえば前になこそさんの部屋で何かコインのようなものを見つけたのですが、あれもボードゲームの駒か何かだったんですか?」

 

「うん? あーあれね……。それがねー私も分かんないんだよねー」

 

 特になんでもないように質問したわちるはさんは、その明確な答えを出せないなこそさんに首を傾げます。なこそさんの部屋にあるボードゲームは全てなこそさんが買いそろえたものらしく、それらの遊び方を熟知しているなこそさんが、なぜか分からないと言ったからです。

 

「わかんねーって……お前のモンじゃねーのかよ?」

 

「うーん……物心ついた時にはもう持ってたんだよねー。たぶん親が持ってたものだと思うんだけど、もう親いないから分かんないや」

 

 あっけらかんとそう言ったなこそさんに、私を含めた周囲の面々は思わず言葉を無くしてしまいます。

 

 ……どうもこれはアレですね、ナートさんの時のような。

 

 室長さんからほんの少しだけお話は聞いています。FSの皆さんはそれぞれがそれぞれの事情を抱えてFSに所属していると。どうやら皆さんの反応からなこそさんの事情を知る方はおられないようですね……。

 

「……すまん」

 

「え? いやいやなに暗くなってんの○一ちゃん。まるで地雷を踏みぬいた時みたいな顔しちゃって~」

 

 ○一さんの謝罪に冗談めかしてからかうなこそさんですが、それでも○一さんはバツが悪そうにしておられます。

 

「いや……その……」

 

「まったく。○一ちゃんだってさぁ……。……それよりも、あのコイン本当に何なのか分かんないんだよねー何だか文字が書いてある以外はヒントになりそうなものは無いし」

 

「わんこーろさんなら調べられるんじゃないですか? 私のおばあちゃんのおばあちゃんが持っていた狐の人形も特定してくださいましたし」

 

「ん~? 私ですか~?」

 

「ああ! そういえば! というわけでわんこーろさーん。コレどう思います?」

 

 ぴょんとこたつから上半身を出したなこそさんは勢いよく私へと向き直り、とある画像データを目の前に表示させます。

 

「ん~~?」

 

 画像データはどうやらなこそさんの部屋で撮られたもののようで、机の上に置かれたコインが写っております。それ以外にヒントとなりそうなものは写りこんでおらず……少し情報が足りないですね、これは。

 

「ええと~……。あの~、これって他に画像はありませんか~? 出来れば裏面や、ギミックを動かした時なども~。あと、他に製作した会社や製造日のような数字の刻印はありませんでした~?」

 

「え? ……ううんと、画像は今はこれだけかな。刻印は……何もなかったと思うよ? ホントにこのまま。もしかしたら何か印字されてたかもだけど、消えちゃってるのかな?」

 

「ふ~む……わちるさんの狐の人形についてはその映像データに写っていた周辺のデータや~手に入れられた大まかな年代や~作りがしっかりした狐モチーフであることから由緒正しい神社のものだと分かったので検索範囲をある程度絞り込めたのですが~、このコインにはそれらの絞り込む情報がほとんど存在しませんね~……」

 

 製造番号やロゴなどがあればそこから製作した企業を割り出すことができますが、それも無いとなると手がかりはかなり少ないですね……。

 もしもそれらの刻印が消えているのではなく初めから無かったのだとしたら、この画像のコインは一般に販売されたものではなく、量産前のテスト品として少数造られた品である可能性があります。ですが、それが分かったからといってこのコインの正体を特定するのが楽になったということはありません。

 テスト品ということからネットに流出しているデータの数もかなり限られ、製造された数もそれほど無いでしょう。

 

「難しそうですか……?」

 

「むむ……類似性のある画像データを調べていくことはできますが~……コインの形で表面に数字が書かれている、だけでは絞り込みも何もありませんからね~……」

 

 スライドするというギミックを考慮しても類似のアイテムは膨大でしょうし、これが一品ものであるならば過去のデータに同じものが保存されている可能性も低いですね……。

 

「しゃーないかー。まあこれが何かわかっても、それで何だ、って話だけどねー。でもありがとわんころちゃん」

 

「いえ~お役に立てず申し訳ありません~……」

 

 むむむ……。せっかく頼りにしていただけたのに、あのような寂しそうな顔をされると少し心が痛みますね……。サルベージ作業と並行してちょっとずつでもいいから特定作業を進めてみましょうか。

 

「ああーー!!」

 

「うひゃ!? びっくりしたあ!?」

 

「ワタシはナートの悲鳴に吃驚したわ。なんだ、狐稲利どした?」

 

 そうやって私を含めた皆が深く考え込んでいた時、いきなり狐稲利さんが大きな声を上げました。こちらの驚く様子など気にする事もなく、狐稲利さんは締め切っていた障子に手をかけ、勢いよく開け放ちます。とたんに部屋を満たしていた温かい空気がすっと冷やされ、思わず肩までこたつへと潜り込んでいくFSのみなさん……。

 

「どうしたんですか狐稲利さん、庭の方に何かあるので……あ」

 

 放たれた障子戸の向こうは狐稲利さんの体で覗うことが出来ませんが、既に日が落ち暗い外の様子はよく見えないはずです。ですが、この部屋の明るさに照らされた外の光景が、僅かに障子へ映りこんできます。

 

 障子に透けて見える、その向こうで何やらゆらゆらと揺らめきながら落ちてくるものが。

 

「ん~~。おお~これは~……」

 

「ゆきっ!! ゆきだよーー!!」

 

 思わずはしゃぎまわる狐稲利さんは裸足のまま庭へと駆け、夜空から降ってくる粒を両手でキャッチしようとしています。

 

「おおマジで雪か……?」

 

「ちょっと暗くてよく見えませんね……」

 

「これはまだ雪ではありませんね~……降ってくるスピードもまだ速いですし、半分雨みたいなものですからよく見えないんですね~」

 

 狐稲利さんがあんなに嬉しそうなところ悪いとは思いますが、犬守神社に降るこれはまだ雪とは言えない代物です。時期的にこれは時雨と呼ばれる季節の変わり目に降る雨でしょう。ですが、狐稲利さんの雪という表現が完全に間違っているというわけでもありません。

 

「これは少し雪が交じっていますね~いうなれば雪時雨、といったところでしょうか~夜には雪になるかもですね~」

 

「明日には積もっているかもしれませんね!」

 

「炬燵を出すのがギリギリ間に合った、って感じだな」

 

「おかーさ! かまくら作るっ!」

 

「気が早いですよ~……ほらほら、お風呂に入ったのに濡れてしまいますよ~」

 

「おかーさ! あした、積もってるかなー?」

 

「どうでしょうかね~。狐稲利さんが良い子にしてたら積もっているかもですね~」

 

「! ……私、いい子にするよー?」

 

「それじゃあまずは足の汚れを取りましょうね~」

 

「あはは、狐稲利さん楽しそう」

 

「それは私たちも同じかもね」

 

「雪なんて見たことねーしなー。もしかして今の若いヤツらでワタシ達が初かもな」

 

「積もるといいね狐稲利ちゃん」

 

「うんー!!」

 

 そうして雪時雨を見守りながらその日はおひらきとなりました。FSの皆さんが帰った後もしきりに外の様子を気にする狐稲利さんを説得し、その日は眠るのが少し遅くなってしまったのでした。

 

 きっと、明日の朝は狐稲利さんもびっくりするような光景が広がっているでしょう。

 


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