転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#146 現実世界とV+R=W

 

 この世界は深刻な環境汚染により人類が生活できるような地上領域はかなり少なく、ほとんどの人類は地下に建造された居住区で生活していた。

 

 特異な地形で汚染が広まらないような土地や、汚染雲よりも高度に存在する土地はかろうじて人が住める場所として"特区"と呼ばれ、限られた富裕層が住まい、地上での生活という特権を誇示している状況だった。

 

 だがそんな中、富裕層であっても住むことが容易ではない特殊な居住地域が存在する。

 

 それが塔の街と呼ばれる場所だ。宇宙まで伸びる軌道エレベーターを保護するマイクロマシンの影響で、その根元に存在する塔の街は汚染された大気が入り込むことがない。この国で最も広大な湖の上に浮かぶこの都市の土地や湖水は既に除染済みで、地上で最も清浄な土地とまで言われている。

 

 そこに居住する人間は主に塔の関係者と環境技術者や研究者が多い。それはこの塔の街というものが、観光地としてだけでなく実験都市としての側面も持っているからだ。

 

 政府はこの都市を表向き効率化社会からの脱却のためであり、効率を重視しない街づくりの実験場であるとは言っていたが、実際はいつか訪れるエネルギー枯渇時代への順応策として、このような地上の都市であらゆる環境適応のための実験を行っていた。

 

 だが、その実験は思うように進んでいない。

 

 

 

 

 地球は壊滅的な環境汚染に侵されているが、既存の技術と塔よりもたらされた技術を利用することで土も、水も、空気中の汚染さえも綺麗に除去するマイクロマシンを開発することは将来的に可能とされている。そしてそのマイクロマシンを利用した地球全土の汚染除去さえも。

 

 問題なのは、その地球規模の汚染除去作戦の前例が無いという点だ。

 どのような問題が発生するか予想できず、それに対してどのような対策を採るべきか。それらの検証データがあまりにも少なく、データの収集を行おうにもそれには膨大な資金と時間が必要となる。

 

 全世界の除染を行うとなれば、それに必要なマイクロマシンの量は計り知れず、それを効率よく世界に循環させるシステムや施設の建造にはかなりの費用が必要となる。汚染の除去を行い、今後の人類を地上へと戻すためには仕方のない事であるが、その施設の建築やマイクロマシンの量産を行うことに企業が難色を示しているのだ。

 

 それだけの世界的大規模な事業に携わったとして、本当に地上の汚染を食い止め、人が住める環境へと戻せるのか? 戻したとして、その後自身の企業は利益を得られるのか? そもそも本当に全世界の汚染除去などということが可能なのか?

 

 可能だったとして、それは一体いつの話だ? 数年後? 数十年後? はたまた数百年後か? 

 

 そんな企業の疑問に政府は確かな答えを出せなかった。当然だ、前例が無いのだから。

 

 かれら企業を納得させるにはその除去技術の確からしさだけでなく、マイクロマシンを全世界に散布した時の広がり方、除去効率、予測できない自然環境下での突発的問題への対処法などを詳細に分析し、そのすべてにおいて対応可能であるという、確実な数字として表された検証データが必要だった。

 

 だが、そんなものを現実で収集することは不可能といえる。

 

 例えば、現実の汚染された地上のほんの一区画に除去マイクロマシンを散布し、その除去までにかかる時間や効率、マシンの劣化具合などのデータを収集出来たとして、それは正確なデータとはならない。実際の地球はそのすべての環境があらゆる場所に影響し合う。バタフライエフェクトなどと呼ばれる、地球のとある地域の気象がその裏側の地域の気象に影響を及ぼすなどという現象がまさにそれだ。

 

 もしもマイクロマシンによる除染までの完全な推移をデータとして収集するならば、全世界を利用した大規模な検証という、到底実現不可能な方法しかない。それ以外のデータを企業に提出したところで、正確ではないと言われて協力を拒否されるのは目に見えている。企業は確実な利益が確信出来なければまず動かない。

 

 だが、だからといって企業を恨むことはできない。かれらもこの限界状態の世界で何とか生きようともがいているのだ。成功するかも分からない事に協力できるほど余裕のある企業など何処にも無い。

 

 そのような複雑な事情が複数絡み合い、本来必要な世界規模の検証ができないために、それに対応したマイクロマシンの開発も遅れ気味という状況。

 

 そうして、世界はあらゆる事情によりがんじがらめにされ、どうしようも無い状況で緩やかに滅亡へと突き進んでいる……ように思えた。

 

 

 

 うす暗い会議室で壁に投影された半透明なディスプレイに表示されるデータ群、それらを指し示しながら女性は自身の言葉を聞いている、いくつもの企業の人間に向き直る。

 

「ですが、その問題を解消できる糸口が見つかりました」

 

 女性は言う。当面の問題は時間とお金が無いというシンプルなもの。ならばそれらの問題が"不要な世界"で世界規模のデータ取りをすればいいだけではないか。

 

 自然環境のすべてを網羅した詳細な地球環境データを揃えた、限りなく現実的な仮想世界で行う地球規模の環境シミュレート。

 

「それが、V+R=W(ヴァーチャル・リアル・ワールド)となります。これが現実となれば将来、世界的な汚染は確実に解消されるでしょう」

 

 しっかりとした自信をもってその女性、推進室の責任者である室長は断言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と、此処までが企業連中と話し合った内容だ。概ねこちらの案は受け入れてくれたよ。夏のコラボからお前に注目していた企業は予想よりもかなり多く、お前の監修のもと、この国を丸ごと模した仮想世界を創る事に納得してもらえた。それだけでなく、いくつかの集積地帯を繋ぎ合わせた"土地"の提供もしてくれたよ」

 

「おお~それは大盤振る舞いですね~集積地帯と言えば、小さいものでも犬守村の数倍はあるかという放棄された仮想空間の集合体ですし~それを自由にしていいというのはかなり有難いものです~」

 

「集積地帯は凶悪なバグが闊歩しているからただの企業ではうかつに初期化も出来んだろう。使えない空間の権利だけ持っていても意味が無いという判断かもしれん」

 

「それでも私からすれば実際の土地を頂いたようなものですから~うれしいですね~」

 

 深夜配信を行っているナート以外FSの面々が全員寝静まった日の深夜、室長とわんこーろはとある件について話し合いをしていた。

 それは推進室が主導し、いくつもの企業の支援を受けて実現されようとしている、V+R=W(ヴァーチャル・リアル・ワールド)についてだ。

 

 わんこーろの手を借りて実現される予定のV+R=Wは様々な職種の人間が注目しており、その概要を企業に公表しただけで自らの会社も支援したいと申し出る企業が後を絶たないほどだった。

 

 そして、V+R=Wの存在を認知した政府機関である復興省がとある依頼を推進室へと持ってきた。

 

「協力関係は切っても、依頼なら動くと言ったが……まさか本当に依頼してくるとはな……」

 

「NDSの普及に伴う、V/L=F以上の規模での実証実験の依頼ですか~確かにV+R=Wは規模としてもうってつけかもですね~」

 

 復興省はV/L=Fの成功を足掛かりに、今以上のスピードでNDSを一般に普及させようとしていた。技術協力先の合衆国とも連携し、あと数年はかかるだろうと言われていた一般販売を、なんと来年の夏に行うと決定し発表したのだ。復興省はそれまでの考えを変えることなく、多くの犠牲を払い僅かな人類を未来へ残す可能性へと邁進していた。

 

 そして、推進室への依頼内容とは一般販売までに大規模なNDSの同時接続のテストを行いたい、その実施場としてV+R=Wを利用したい。というものだった。

 

「しかし~室長さんもよくお受けになりましたね~」

 

「もちろん利用されてばかりじゃないさ、少し条件を設けさせてもらった」

 

 V/L=Fの数十倍の規模の同時接続テストを行うには、それ相応の仮想空間が必要であり、V+R=Wはまさにその大規模な仮想空間という条件に合致していた。各企業は既に推進室に集積地帯を供与することを約束しているため、今から政府が実験場となる大規模な仮想空間を企業へ要求しても、用意するのは難しい。

 

 つまり、復興省は推進室に今回の案件を打診せざるを得なかった。そして提示された条件をのまざるを得ない。

 

「条件、ですか~?」

 

「ああ。……実はなわんこーろ、このV+R=Wは元々地球環境のシミュレートの為に構想したわけじゃないんだ。……元々はお前や、あの子たちのための場所だ」

 

「私たち……ヴァーチャル配信者たちの、ですか?」

 

「ああ……復興省に突き付けた条件は二つ。一つはV+R=Wでのテストを行う際の安全対策はすべて此方が指揮するという事。もう一つはそのテストで接続されるNDSのプレイヤーを、こちらで選定する、という事だ」

 

 

 室長がV+R=Wの構築を計画し始めたのは、夏のコラボが無事成功してからだった。現実よりも現実的な原風景をネット上に構築するその技術力の高さと、それまで興味がなさそうだった多くの人々と交流する事を求め始めたわんこーろの姿勢、それらは現在のヴァーチャル配信者界隈に劇的な変化をもたらすのでは無いかと予測した。

 

 そして室長は考えた。わんこーろやFSの子たちが今以上にのびのびと、自由に配信を行える環境を構築できないかと。さらには、その環境を他企業や個人の配信者たちも分け隔てなく享受できる"何か"を創ることができないかと。ヴァーチャル配信者界隈のトップグループを率いる推進室だからこそそれを牽引できるのではないかと。

 

 そんな考えの下生まれたのが、V+R=Wだった。

 

 現在企業や個人によって配信者の配信のルールというものはバラバラであることが多い。とある配信者にとっては気にならない些細なコメントが、他の配信者にとっては許せないようなNGワードであるということも多々ある。

 それらの配信者ごとに異なる配信ルールに共通のラインを設け、すれ違いや勘違いによる無用な炎上等の発生を防ごうというのだ。

 

 それ以外にも配信に関する技術や知識の共有と蓄積、発生した問題と改善案の共有が行われることで界隈全体の安定を図り、次世代への技術、知識の継承をスムーズに行うためのしくみ。

 

「このテストは合計で四度ほど行われるらしい。一度のテストで100名をV+R=Wに降ろし、二度目は一度目を含めた200名、三度目は300、四度目は400。合計で400名のヴァーチャル配信者をこのV+R=Wに降ろすつもりだ。そして、この第一回のテストに参加してもらう配信者を、V+R=Wに初めてやってきた配信者達として、"W(ワールド)一期生"と名付けるつもりだ。所属企業、個人関係なく全ての参加配信者をW一期生とし、全く同じ環境と恩恵が受けられるようにする」

 

 W一期生となった配信者たちは企業所属であろうと個人であろうとV+R=W参加配信者としてあらゆる恩恵を受けることができる。上記の情報共有だけでなく、推進室支援企業からの資金援助や技術援助も受けることができる。

 それはつまり、配信者グループの運営企業同士が、ライバルでありながら互いの技術を交流させ、それを各配信者にフィードバックさせるということだ。3Dモデルの制作が卓越した企業と、3Dモデルのモーションが秀逸な企業とがV+R=Wという繋がりをもって技術交流を行う。そして配信者はそんなV+R=Wで生み出された新技術をいち早く利用することができる。

 

 企業はその見返りとしてV+R=Wの土地を利用した研究を許されている。現実ならば時間も費用もかかる技術の検証も、V+R=Wなら時間を操作して一瞬だ。

 

 すべての、なんの隔たりもなく企業や個人という枠組みを超えた、大規模なプラットフォーム。それが室長の考えていたV+R=Wの理想。

 

 今ではその理想に現実世界の環境改善のための研究や実証データ取りが追加されたが、大本はそれほど変化していない。

 

「ふむふむ~つまり私の仕事はそのV+R=Wの土台となる土地を創ることですかね~?」

 

「ああ、仮想世界内で現実世界全てを構築するのは恐らく四期生が投入されてからになるだろうが、一期生を実際にV+R=Wに降ろすまでにある程度の都市は欲しいんだ」

 

 そこで室長は一度口を閉じる。眉間に皺を寄せ、ため息を飲み込む。

 

「お前には負担をかける……なあわんこーろ、今更だが本当に良いのか? 犬守村も忙しい時期ではないか?」

 

「大丈夫ですよ~冬の間は農閑期ですから~かわりにFSの皆さんとのコラボ配信の件、ご許可いただきありがとうございます~」

 

 わんこーろはやはりなんでもないように答える。それほどまでの大規模なプロジェクトを手伝わせてもらえるということは、つまり自身がこれまで形作ってきた犬守村という存在が、多くの人々に評価されているという証拠だ。創作者として、配信者としてこれほどに嬉しいことはない。

 

「それくらいなら代わりにもならないと思うが……何のコラボをするつもりなんだ?」

 

「んふふ~もちろん……雪掻きですよ~」

 

「……ああ、なるほど……あまり酷使してやらないでほしいのだが……」

 

「んふふ~それは今後の降雪具合によりますね~~それでは室長さん~私はここらへんで~明日も早いので~」

 

「ああ、夜遅くにすまなかったな。狐稲利にもよろしく伝えておいてくれ」

 

「は~い。それじゃあおやすみです~」

 

「ああ、お休み。寒いから風邪を引かないようにな。炬燵で寝てはいけないぞ」

 

「んふふ~分かりましたお母さん~~」

 

「おい」

 

「ばいばい~」

 

「……まったく」

 

 わんこーろとの通話を切り、静まり返った部屋で室長はまんざらでもないような顔でわんこーろが去った後の端末を眺める。

 

 今後推進室の周りは秋以上の慌ただしさを見せるだろう。予定ではこの冬の間にV+R=Wに一期生を降ろす予定で、今年中に二期生までが投入される。

 一期生はわんこーろと協力して二期生を迎えるための街づくりを行い、二期生合流と共に空間の開発を拡大し、この国の土地を形成していく。

 

 来年の春には三期生が加わり、全体の安定性が確認され次第すぐさまテスト最終段階の四期生が合流する。その後は二、三、四期生が土地の創造を担当し、一期生はこのV+R=W(せかい)のルール決めや各種制度のひな形づくりを担当する事になる。

 

 それらが順調に進めば、来年の夏には仮称"五期生"であるNDS一般利用者が順次V+R=Wに参加する。

 

 という計画なのだが、現在決まっている事といったら一期生のメンツを秋のV/L=F参加配信者に依頼するということくらいだ。まだまだ決めなければいけない事は山のようにある。

 

 それらの調整は全てV+R=Wプロジェクトの責任者である推進室の室長の仕事となっている。多少は配信者と推進室との橋渡しとしてなこそや灯の協力も必要となるだろうが、企業、復興省との交渉は室長が行わなければならず、来年の夏までは休む暇もないほど忙しくなるだろう。

 

 一層気を引き締め、室長は目の前の端末に向き直る。そこに映し出されるものこそが、この世界と彼女たちの未来を形作る事を願って。

 

 

 


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