転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
さてさて、皆さまこんにちは。わんこーろでございます~。
狐稲利さんと一緒に御神渡りを見学した後、しばらくその凍った海を見たり、雪景色の犬守村を散策したりしていたのですが、また雪が降り始めたので家まで避難してきました。狐稲利さんはまだまだ遊び足りない様子ではありましたが、防寒具がまだ揃っていない状態ではしもやけになってしまいます。これから冬の間は嫌というほど雪と付き合っていかないといけなくなるわけですから、焦らなくても大丈夫だと狐稲利さんにはお伝えして、家まで戻って来ました。
雪で冷たくなった体をこたつで温めながらぐで~っとしてまだ配信中の配信画面を覗き込みます。
『かわいっ!』『すっごくのびてる~w』『リラックスし過ぎで草、このまま寝るんとちゃうか?』『あれ今日は配信終わりかな?』
まだまだ寝ませんよ~。暖かくてすっごく眠たいのは事実ですけど、まだまだ移住者さんとお話したいですからね~。
「保存食~とか作ろうかと思うんですよ~」
『いきなりどした?』『突然だな』『保存食……手遅れでは? もう雪降ってるよね?』『何つくるの?』『冬の保存食の仕込みねぇ……たくあん?』
「むしろこの時期こそ保存食の作り時ですよ~。そうですね~まだ考え中なのですが~冬の乾燥した時期に作れるものを作っておけたらな~と思っています~」
冬はその乾燥して冷たい空気が保存食の製作に適しているんですよね。なにを作るかはまだ決めていませんが、例えばお菓子作りに利用したい寒天、長期保存が出来て非常食にもできる凍み豆腐、移住者さんもご存じな沢庵や、切り干しなどなど……。
「やっぱり3Dモデルとして作成したものより素材から作ったものの方が味も食感も段違いですからね~」
別にこれらの保存食を作らなくとも、犬守山には時間を完全に停止させることで食品の劣化を防いでいる"時忘れの岩戸"と呼ばれる保管庫が存在しているので食料問題は考えなくてもいいのですが、やはりそれでは味気ない。
この冬の間だからこそできる保存食製作風景や、それらの紹介と実際に食してみる配信はぜひともしてみたいものです。
「時間の経過と言えば~。これを移住者の皆さんに見て頂こうと思っていたんでした~」
そう言ってこたつ机の上に置いたのは秋のイベント、V/L=Fの終盤に手に入れた、犬守村外から持ち込まれた細工箱です。正確には犬守村へ侵入した九尾の体の中よりまろび出たものですが、この細工箱、犬守村産と思われても仕方がないほどの完成度を誇っています。
表面は数種類の木材を利用して組み木細工の手法を用いた美しい模様が描かれており、その手触りも木の温もりを感じるほどです。
『あ、それって秋の?』『フェスん時のヤツだね』『へえ、なんだか綺麗だな』『木の塊? 入れ物?』『確か細工箱だったっけ? 開けられないって言ってたよね?』
「はい~。あれから何度か開けようと挑戦してみたのですが~無理っぽいです~。無理やり開けると中身まで破損するかもですし~」
とはいえ決して開けられないということは無いはずなのです。本当に開けられたくないのならば、"正規の手順を踏めば開けることができる"細工箱の形にする訳がありませんから。
つまりは、この箱の創作者である塔の管理者は私に開けてほしいと思い、私の手元にこの細工箱が残るようにしていたのだと予想できます。
ですが、今のところ開ける方法はほとんど判明していません。木のパーツを押しても引っ張っても何処も動く気配なく、まさに八方ふさがり。
「という訳でして~もし移住者さんの中にこの形と同じ細工箱をご存じの方がおられれば何かヒントでも頂ければな~と」
全く同じ形の細工箱が現実に存在していればその解法も同じかと思い、移住者さんにお助けして頂くことに。それ以外にもこのような立体パズルに詳しい移住者さんがおられればと声をかけたのですが。
『ふーむ……』『形としてはシンプルな細工箱よな』『押し込みや引っ張りでも板がズレないなら打つ手無いか……?』『いや、表面の模様に惑わされているだけかもしれん。模様のつなぎ目に沿って独立した木の板が差し込まれているものも存在する』『へえ、嫌に詳しいな』『そりゃ実際に作ってるからな、細工箱』『マジか!?』『素材は木じゃねーけどな』『なるほど、模様を利用して切れ込みを隠してるのか』『とはいえわんころちゃんがそれを見逃すとも思えんし……』『仮想空間だからこその条件があるのかも』
「仮想空間だからこその……ですか?」
『時間とか、場所とか、犬守村なら気温とか湿度とかも関係あるかも?』
「……なるほど~」
こたつの上に置いた細工箱にちらりと視線を移します。その姿は現実で作り出される箱そのものでありますが、ここは仮想世界。ネットの中に存在する空間です。ならば移住者さんが仰ったように、現実なら不可能な、周囲の環境を条件とした解法があるのかもしれません。
「ふ~む……そうなると単純にこの細工箱をいじっていれば開けられる、というほど単純な問題ではありませんね~」
この細工箱の解法がどれほどの難易度であるか私でも予測することは出来ません。ですが、この細工箱があの塔の管理者より創られたものなのだとしたら……。
室長さんの話によるとあのV/L=Fの最中、塔の管理者は犬守村にダイブしていた配信者たちに危害を加えないように立ち回っていた可能性があるらしいのです。管理者にとって配信者たちは何か特別な存在であったのかもしれません。
それを考慮するとこの細工箱、もしかしたら私では開けることが出来ないようになっているのかも。
NDSを利用して仮想世界へとダイブした、肉体を持つ人間だけが開けることが出来る……という可能性もあります。だとしたらまずはFSの皆さんにお願いしてみますかね~。その後は……。
「移住者さんが犬守村に来られたら細工箱に挑戦してほしいですね~」
『へ?』『おお!?』『マジで!?』『犬守村へ行ける!? どゆこと!?』『行きたい行きたい! 犬守村訪問!』『私も帰省したいなー』
移住者さんは突然私がそんなことを言うものだから少し驚いたようで、コメントが勢いよく流れていきます。
まだ一般には公表されていないV+R=Wプロジェクトと、V+R=Wを利用したNDSの大規模テスト。その舞台は当然V+R=Wであり、犬守村ではありません。それでもいつかは……それこそNDSのテストが終わり、V+R=Wが安定したころ、いくらかの移住者さんを犬守村へ招き入れても良いかもしれません。
まあ、でもそれらの情報はまだ全部秘密なんですけどね……! 移住者さんはV+R=Wのことも、NDSの一般販売が早まった件もまだ知りませんから。
「んふふ~犬守村へやってきた皆さんをいっぱいこき使って~雪掻きをお手伝いしてもらいます~」
『あっ……』『ごめん、やっぱ今の無しで』『帰省は雪解け頃にします……』『やっぱ暖かで彩りある犬守村だよな!』『ど、どっちにしろNDSの販売はまだまだ先だし……』『春を待つ移住者たちw』
「んふふ~冗談ですよ~冗談~。でも、来てくれたらご飯くらいはご馳走したいですね~~」
そうしてしばらくすると、どうやら温かいこたつに入ったことで眠気に誘われた狐稲利さんが限界を迎え、舟をこぎ始めました。こっくり、こっくりと目を閉じふらふら頭を揺らしている狐稲利さんの傍に寄り、もたれかからせると体が安定した狐稲利さんは私の肩ですうすうと寝息を立て始めました。
「ん~まだお昼寝の時間には早いのですけどね~」
『よく寝てよく食べる。しっかり成長してるなw』『はしゃぎすぎて少し心配な時もあるけどね……w』『寝させてあげてほしいな。狐稲利ちゃんホントに幸せそう』
「しかたありませんね~。ああそうそう~言い忘れていたのですが~近々FSさんの公式でとある告知がある予定でして~そちらにわんこーろも少しばかり協力しているので~どうぞご注目を~」
そしてここでV+R=Wに関する情報を唐突にちらり。
「実は~このようなものを頂きました~お手紙ですね~中身は配信画面に映せないのですが~封筒には~"招待状"とありますね~」
そういって私は拡張領域から一通の封筒を取り出します。これはその名の通り招待状、つまり
私以外にも当然FSさん全員に、真夜さんや、かかおさん。イナクプロジェクトの方々にも同じような文面の推進室公式からのメッセージが送られています。
手紙の形には私がしました。移住者さんへの演出ではありますが、実際にこのような通知が選定された他の配信者たちに送られてくる手筈になっているのだとか。
『ほう?』『FSから?』『んーよくわからんな』『招待状ってことは何処かに行ける?』『何処か?わんころちゃんに来たってことはネット空間か?』『そういや最近推進室支援企業の保有仮想空間がどうたらとかメイクで聞いたな』『V/L=Fのような何かが、開催される……?』
少し移住者さんは混乱しておられる様子。
まあ、それはそうでしょう。まだ推進室はV+R=Wに関する情報はまだ何も公開していません。V+R=Wという名前さえも何処にも表記されておらず、ネット関連の技術者が企業の保有していた集積地帯の権利関係が動いているらしい、という情報を得ている程度でしょう。
「んふふ~これ以上の情報はわんこーろからは出せないので~FSさんの発表を待っててくださ~い」
そんな重大な情報の、小指の先ほどのネタを私が公開したのには理由があります。
まずNDSの普及、販売に関する情報が最近復興省より企業に公開されたことで、企業に最も注目されている配信者はNDSを既に利用しているFSさん……では無くなんと私、わんこーろの配信チャンネルなのです。
NDSは確かに最新鋭の装置ではありますが、ネットに接続するコンピューターであることは他の情報端末と変わりありません。つまり、NDSを手に入れられたとしても、その機能を十二分に利用することができる環境というものがなければ意味がありません。
その環境として、注目されているのが犬守村というわけです。
NDSの一般販売の告知がされたと同時に私のチャンネル登録者数の伸びもかなり上昇しました。恐らくは復興省のNDS早期販売の情報と、推進室のV+R=Wプロジェクト始動の告知が重なった結果でしょう。企業関連のアカウントが登録し始めたのだと予測できます。
まあFSから先に情報を出してもよかったと室長さんは仰っていましたが、私もV+R=Wに関しては協力しているわけですので、これくらいの先出しはさせてもらってもバチは当たらないでしょう。もちろん室長さんから許可も頂いています。
「んふふ~皆さんいい感じにお悩みになってますね~~なんだか楽しいです~」
『意地が悪いよわんころちゃん……!』『一体何なんだ!? V/L=Fは終わったし、この時期にFSのイベントなんてあったか?』『うーむ、わからん』『移住者を悩ませてニヤニヤしてるわんころちゃん可愛い!!!!』『子供っぽいところ出てるぞわんころぉ!!』『幼女で草』『大人をからかいやがって……!』
悩んでます悩んでます~。V+R=Wについての情報が公開されるのはもう少し先になりますが、その時になったらきっと私の手紙の意味も分かる事でしょう。それまでは移住者さんにはやきもきしてもらっちゃいましょ~。
「ん~……ん~? んにゅ……あはははっ」
「え、ちょ、狐稲利さん!? どうしました!?」
『なんだなんだ?』『寝てた狐稲利ちゃんがいきなり笑い出した!?』『なんだか服をもぞもぞまさぐってるんだが……』『虫か?この時期に?』
先ほどまで気持ちよさそうに寝息を立てていた狐稲利さんは微妙に体を動かしたかと思うと、いきなり笑い出しました。胸元がなにやらこそばゆいようで、寝ぼけたまま胸元をはだけさせようと……。
「って、何してるんですかぁ!? は、早く隠してください~!? ん? こ、これはっ……」
大きく開け放たれた狐稲利さんの胸元より現れたのは、モフモフした茶色い毛玉……もとい、タヌキのよーりさんでした。狐稲利さんの飼いタヌキとなっているよーりさんはいつの間にか狐稲利さんの服の中に潜り込んでいたようで、暑くなって出てきたようでした。
『よーり!おま、そんなとこから……!』『びっくりしたwどこにいるんだよw』『た、確かに一番暖かそうではあるが……』『うらやま……』『←は?』『お?村八分?焼き払う』『あったかくしてやろうか?この火炎放射器で!!!』『なんでだよぅ!?』
狐稲利さんの胸元から顔を出したよーりさんはクンクンと鼻を動かし、のそのそと狐稲利さんの胸元からこたつ布団へと移動しようとしています。その間、狐稲利さんは再び何事もなかったように眠ってしまいました。なんともマイペース……、さりげなく胸元のはだけを直しておきましょう……。
「ふむ~……見てください移住者さ~ん。よーりさんもすっかり冬毛になりました~まるまるして、これなら寒くなさそうですね~……ん? よーりさん何か咥えて……!?」
よーりさんをひょいと持ち上げて配信画面の前に持っていきます。手ざわりもなかなかのもので、ふっくらやわやわで幸せな気持ちになります。夏のスマートな姿も良いですが、やはり冬毛に覆われたまんまるしたフォルムのタヌキは可愛いです~。
そんな事を考えていると、ふとよーりさんの口元になにかがくっついていることに気が付きました。よくよく見るとそれはくっついているのではなく、よーりさんが何かを咥えているようです。
そして、肝心の咥えているものですが……それは黒く細い紐のようなもので、最初は木の枝か何かと思ったのですが、それは……なんと動いています。
「あ、これ……やたさまですね~~……あはは」
『え、えええええええ!?』『ええ!?は!?』『やたさまって蛇の!? え、ええ!?』『移住者大混乱ですよ!?』『何が何だかもはや理解できないんですが』『よーりがやた様食べちゃった!?』『やたさまちっっっっさ!!』『マムシレベルに萎れてんじゃん!』『犬守山の中枢様がw』『ただのマムシレベルの小ささに……』
「いや~これはさすがにわんこーろも驚きですよ~。なるほど~……狐稲利さんがやたさまを見つけられなかったのはこういう事ですか~」
『てかなんでこんなにちっさいの?』『ほとんど動かないし……』『死んでないよね?大丈夫だよね?』『干物みたいになっててヤバそうなんですが……』
「ん~やたさまの3Dモデルは蛇を基本に構成されていますからね~……もしかしたら冬眠しているのかもしれません~やたさまを元気にするためによーりさんがここに連れてきたんじゃないでしょうか~?」
苦いものを吐き出すようによーりさんが咥えたやたさまをペッ、と吐き出します。鼻先でぐいぐいとこたつの中にやたさまを押し込むと、よーりさん自身もそのままこたつの中へと入っていきました。
「……」
『……』『……』『……』『わんころちゃん?なにかしゃべって?』『いや、でも……』『え、なにこの空気』『わんころちゃんや俺たちのわちゃわちゃを意に介さずこたつに入っていきよった……』『一般通過よーり草』『マイペースよーり草』『えーと、とりあえずやたさまは大丈夫?』
「……大丈夫っぽいですね~よーりさんと一緒にこたつの中でくつろいでいます~しばらくしたらやたさまも元気になってくれるでしょう~」
こたつの中を確認すると丸まったよーりさんと、その丸まったよーりさんに包まれているようにやたさまがとぐろを巻いています。若干舌をちろちろと出してこちらに挨拶をしてきました。とりあえず私も手を振り返しておきましょう、ひらひら。
「ふむ~……こうなると、くー子も無事かどうか見に行った方がよさそうですね~。狐は冬眠せずに冬も活動しますけど~ついでに札置神社の積雪具合も確かめないといけませんし~。とりあえず~……よいしょっと~……。それじゃあおやすみ~」
『あれ?わんころちゃん?』『なぜ狐稲利ちゃんと一緒に横になっているのですか?』『これ完全に寝るやつじゃんw』『こたつ出して早々にこれかw』『風邪ひくなよー』『こりゃもう配信終了だなw』『おやすみー』『配信お疲れ、おやすみ~』『また明日~』
よーりさんとやたさまを蹴っ飛ばさないように気を付けながら既にこたつでおやすみ中の狐稲利さんと一緒に横になります。狐稲利さんのぬくもりと、こたつの温かさによって私の瞼は徐々に落ちていきます。
「さすがにもうわんこーろも限界です~ちょっと、ちょっとだけ寝ちゃいましょう~移住者さん、また次回の配信で~」
『お疲れー』『これは昼過ぎまで寝るだろうなw』『お腹すいたーって狐稲利ちゃんが起こすんだろうなw』『絶対そうだわww』『いいねぇ、冬の季節って感じだわ』『こたつ買うかぁ』『この幸せな光景見てると買いたくなるのは当然』『次回の配信までにこたつ予約購入しておくかー』