転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#149 朱と白の札置神社

 

 どうも皆さま、わんこーろでございます。現在私は狐稲利さんと一緒にやたさまが住んでいた"やたの滝"におります。やたさまがあんなにシオシオになっているのは何か原因でもあるのかと調査をしにきたのと、それと同時に今日の配信の為に現地の調査を行う予定なのです。

 

 やたの滝の奥には時間を停止することで食料を保管しておける時忘れの岩戸と呼ばれる洞窟があるのですが、最近はある程度の食料や調味料などは家に保存するようにしており、この岩戸にはあまり近寄っていなかったのですが、どうも私が見ない間に滝の周辺は様変わりしていたようです。

 

「ん~~思ったよりもすごい事になってますね~」

 

「おかーさーこれ底まで凍ってるよー?」

 

 やたの滝は一度大きく壊れ、作り直した経緯がありまして、そのため外観は初期よりもかなり変わっています。最初期は高い岸壁から降り注ぐ見上げんばかりの瀑布だったのですが、今はその滝の幅が拡大し、まるで水でできたカーテンのように滝が岸壁を隠しています。

 

 そして現在、その滝は全てが凍り付き、その下にある滝つぼまで完全に氷結しております。

 

「ん~やたさまの家が凍ってるー」

 

「あ~確かやたさまは滝つぼの底で寝起きしてるんでしたね~いつもの寝床に氷で阻まれて行けないわけですね~」

 

 犬守山の湧き水は飲み水として活用できるほど綺麗で、美しくあります。現実世界を参考として創ったこの世界でこんな簡単に飲み水が手に入れられるのも、汚染される前の現実世界がどれほど美しい世界であったのかを物語っているように思えます。

 

 例の滝つぼはその底がうかがえるほどに透明な氷によって埋まっています。さすがに滝の直下部分は白く濁ってはいますが、それでも他の部分は濁りの少ない純氷です。

 

 ……ふむ。これは、使えますね。

 

「ん~と……本当は専用のノコギリなどが良いのですが~今回は裁ち取り鋏を使わせてもらいましょう~」

 

 ではでは、裁ち取り鋏を使って、滝つぼの氷をスパパンっと、切断していきます。まるで豆腐のように賽の目状に切って、その後は拡張領域に立方体の氷をぽいぽい放り込んでいきます。

 

「んー? 何するのー?」

 

「今はまだ使いませんよ~。これは夏になるまでは岩戸で保存しておきましょう~」

 

「んー? ふーん」

 

 まだ狐稲利さんは予想できないご様子。ですが、不純物の無い氷というものは利用価値の高さはかなりのものです。密閉できる箱の中に入れて冷蔵庫として活用できますし、もっと大量の氷を一か所に保管し、氷室を作ることもできます。

 狐稲利さん的には夏場にこの氷を使った冷たい食べ物なんて興味を惹かれるんじゃないでしょうか。

 

「んふふ~。また次の夏のお楽しみですね~」

 

 拡張領域いっぱいに氷をしまった頃には滝つぼには大きな穴が空いてしまいました。ですが氷の隙間からちょろちょろと水がしみ出し、その穴に冷水が溜まっていきます。どうやら滝は完全に凍り付いたわけでなく、か細くも水の流れだけは生きているようです。水は流れさえあればそう簡単には凍りませんし、完全に川が凍り付くことは無かったようです。

 

「ん~……つめたいっ!?」

 

「氷水なんですから当然ですよ~。……ふ~む、これなら今シーズンでもう何度か採氷できそうですね~岩戸の隣に氷室を造るように計画しておきましょう~」

 

 氷室を造るのは良いとして……やたの滝自体は冬の間ずっと凍りっぱなしなわけですし、やたさまはしばらく家に居候ですね~。今は家でよーりさんと一緒にこたつでぬくぬくしているでしょう。

 

「やたの滝はもうどうしようもありませんね~。滝が凍っているとはいえ川の流れが完全に止まっているわけではなさそうですし~このまま放置です~」

 

「んー。このままでもきれいだしー分かったー」

 

 さて、やたの滝の状況はある程度把握できたので次の場所に行きましょう。他の場所もやたの滝と同じように何か不具合が発生しているかもしれませんし、見回っていかないとです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 札置神社の周囲に広がる札置の迷い路、その一角に湧き水が岩肌より流れ、小さな滝となっている場所があります。これはただの湧き水ではなくやたの滝を模したものであり、この空間そのものが犬守山のやたの滝と繋がっている特別な場所なのです。

 

 そのほかにも札置神社は犬守村各地の神社の分社が祀られており、その分社から各神社へとワープすることができます。犬守神社の分社から犬守神社へ、火遊治神社分社から火遊治神社へと移動できる、といった具合ですね。

 

 札置神社はこの犬守村の中心として創造した場所であり、だからこそ各地を繋ぐ中心地として機能しております。札置神社を経由することで長い距離を移動せずとも目的地周辺へとたどり着くことができるのです。

 

 

 そのワープ機能を利用して現在私と狐稲利さんはやたの滝から札置神社へと移動して来ました。雪が降って初めて来た札置神社ですが、その光景は思った以上でした。

 

「わあ……! おかーさ! 朱くて白い! 雪がまるまる積もってるよー!」

 

「おおう……鳥居の上に山盛りの雪が……。狐稲利さん、危ないから注意してくださいね?」

 

「はーい!」

 

 札置神社には数え切れないほどの鳥居が並び、いつもはその鮮やかな朱色の姿が見て取れるのですが現在雪の積もった札置神社は朱と白が半々の色合いとなっており、その不自然ながら自然の作り出した紅白の光景に思わず見惚れてしまうほどです。

 

 鳥居や瑞垣の上にはこんもりと丸い雪が積もっており、その影響でいつもより鳥居が高く見えてしまいます。これらの雪が物の上に大きく積もる現象を、まるで冠のように見えることから冠雪(かむりゆき)と呼ばれているらしいです。

 

 美しい自然現象のように見えますが、油断は禁物です。突然上から大量の雪が落ちてきて怪我をすることもありますから。

 

 迷い路に飾られている、移住者さんから頂いた絵馬に積もった雪を払いながら歩いていると、狐稲利さんがこちらに振り返り不思議そうな声を上げます。

 

「んー? おかーさ、道はそんなに積もってないよー?」

 

「……確かに~。鳥居の上に積もってる雪の厚さを考えると~少し不自然ですね~」

 

 基本的に地面の雪は溶けるのが早いです。例えば道は雪で泥濘(ぬかる)んでいても、橋の上はカチコチに凍っていて滑りやすいなんて現象は地面が温かいため氷結しにくいからなのです。

 ですけど、それを踏まえたとしても迷い路の道に積もった雪の厚さは足首に届く程度しかありません。犬守山でさえ膝辺りまで積もっていたのに、札置神社がそれ以下の降雪と言うのはちょっと不思議ですね……。

 

 と、そんな事を狐稲利さんと話しながら札置神社を目指して迷い路を歩いている時、正面の道から何やら巨大なものがこちらに向かってくるのが見えました。

 

「おおー! もふもふー……ぬりかべ?」

 

「よく知ってますね狐稲利さん~。ですけど~あれはぬりかべではありませんよ~」

 

 目の前には茶色い毛玉がみっちりと道を塞ぐように詰まっています。冷たい雪の中でありながら、そのもふもふとした毛玉は濡れている訳でもなく、とても暖かさそうな見た目をしていました。

 狐稲利さんはこの毛玉を見て古い物語に出てくる妖怪、ぬりかべを連想したのでしょう。ぬりかべは原点では動物が起こす怪異だと言われておりますから、このもふもふとした姿に、動物的なイメージを持ったのかも知れません。

 

 狐稲利さん、なかなか勘がいいですね。

 

「お迎えありがとうね~くー子さん~」

 

「え、くー子? ……くー子ー?」

 

 狐稲利さんは毛玉に向かってくー子と言った私を見ておうむ返しにくー子の名前を口にし、その後毛玉に向かってくー子の名前を呼びました。すると道を塞いでいた毛玉がゆっくりと動き出し、その隙間から大きな鼻先が姿を表しました。

 

「くー子ー! わーい! ん~もふもふ~。おはよー、くー子ー」

 

「なるほど~くー子が雪掻きしてくれていたんですね~ありがとうございます~」

 

 くんくんとこちらを確認するように動く大きな鼻先へ狐稲利さんは遠慮なくダイブします。くー子さんは少し吃驚したようですが、鼻先にくっついた狐稲利さんを九本ある尻尾を器用に動かし、遠慮がちに引きはがしにかかります。尻尾を狐稲利さんの胴体に巻き付けると、そのままグイっと持ち上げました。

 

「おおー高いー」

 

「ごめんね~くー子さん~」

 

 先ほどまで毛玉だったくー子さんは包まれていた九本の尻尾を広げたことでその狐の体が露わとなり、ゆっくりと立ち上がりました。

 

 尻尾に捕まえられた狐稲利さんはそのままくー子さんの背中に座らされ、しばらくきゃーきゃーと楽しそうな声を上げていましたが、その後狐稲利さんは私へと手を振り声をかけます。

 

「おかーさー! おかーさもー!」

 

「え、私もですか~?」

 

 ええと、これは……私もくー子さんの背中に乗って、という事でしょうか。そんな事を戸惑いながらも考えていると、くー子さんの尻尾の内の一本が目の前にやってきました。ふよふよと柔らかく動く尻尾は、どうも掴まって、と言っているように見えます。

 

「そ、それじゃあ~失礼しますね~~?」

 

 了承を得たと理解したくー子さんは私を尻尾でくるりと捕まえると、そのまま狐稲利さんと同じように背中に乗せて歩き出しました。札置神社を練り歩くくー子さんは鳥居や瑞垣、石畳や分社に積もる雪をその九本の尻尾を箒のように使って払い落していきます。払い落された雪はくー子さんの狐火で解かされていきます。

 

「くー子えらいえらい~」

 

「中枢を取り込んでいるとはいえ、境内のお掃除までしていただけるとは~ありがとうございます~」

 

 狐稲利さんがくー子の背中にまたがりながらその体を優しく撫でてやるとくー子さんは鼻を鳴らし、嬉しそうにひと鳴きします。この子はこの札置神社の中枢を核として存在しているので、この札置神社を管理する上位存在と言っても過言ではありません。犬守山の中枢を取り込んでいるやたさまと同じですね。

 中枢の影響下にある管理空間の主たる存在ではありますが、それ故に他の中枢が管理している領域へと往来することは難しいです。

 もちろんこの空間に閉じ込められているというわけではありませんが、くー子さんが札置神社を離れれば、札置神社の管理は中枢を経由した簡易的な方法が利用できなくなります。

 

 犬守村はいくつかの領域に区分されており、それぞれの領域は中枢と呼ばれるその領域のシンボル的存在が統括しています。

 くー子、やたさまのような自立した体を持つに至った者たちだけでなく、わたつみ平原ならば塩桜神社が、火遊治山ならば火遊治神社の奥宮がその役目を担っています。

 私が制作した犬守村全体の更新データや改修データは最初、この中枢へと転送し中枢から各領域へとデータが反映されるという流れになっています。

 なので、中枢が無いとその領域は手動でのデータ更新となり、また領域内のバグの発生やヨイヤミさんからの領域の侵入者報告なども今は中枢が収集しているので、その点でも問題でもあります。

 

 くー子さんもやたさまもその事を察しているようで、まず管理領域外へ出ようとはしません。それよりも自身の住処をより良くしようとしているように見えます。

 今の時期のやたさまは蛇の体につられて冬眠状態のよわよわモードではありますが、秋の頃は落ち葉を集めたり、滝つぼの掃除をしていたりと忙しそうでした。

 

 くー子さんに関しては現在進行形で札置神社の雪掻きをしていただいていますし、私たちが来たことを察知して迎えに来てもくれました。

 

「この犬守村に住む子たちは本当にみんないい子たちばかりですねぇ」

 

「……おかーさ、私はー?」

 

 なぜか狐稲利さんがおずおずといったふうに質問してきます。……ふむ? なんだかいつもより勢いがないですね。今までなら耳元で叫ぶくらいの元気さを見せてくれるのですが。

 

「んふふ~もちろん狐稲利さんもとってもいい子ですよ~」

 

「……うん」

 

 やはりどこか元気のない狐稲利さんは、私の言葉に少し安堵しているように思えます。

 

「? どうしましたか~狐稲利さん~?」

 

「あのね、あのね……新しい服、汚しちゃって、ごめんなさい」

 

「狐稲利さん?」

 

 まさか狐稲利さんからそのような言葉が出るなんて。

 

 決して狐稲利さんの思いを軽んじているわけではないのですが、これまでのお転婆な姿を見てきた私はそのおふざけの無い真摯な謝罪に驚いてしまいました。これは狐稲利さんの成長の証でもあるのでしょう。見知らぬものに好奇心を抱く幼子から、周囲の人間の事を考えるようになってきた、という事でしょうか。

 

「んふふ~全然気にしてませんよ~。狐稲利さんはいつもみたいに元気いっぱいに遊んで、勉強してくれれば良いんです~。でもそうやって謝ることが出来るというのはとても大切なことです~。自分がいけないことをしたと感じたら、素直に謝って、それで仲直りするんですよ~」

 

 必要最低限の"いけないこと"は私がしっかりと教えてあげるべきなのでしょうが、それ以外については狐稲利さんが実際に体験して、経験を積んで、考えて答えを出すしかありません。

 私やFSの皆さん、移住者の方々や、あるいはこのネット世界のあらゆる全てが、狐稲利さんの心を形成していく先生になってくれるでしょう。

 

「ですから~はい。狐稲利さんはちゃんと謝ったので、私は一言だけ~。今度からは気を付けましょうね~」

 

「うんっ! きをつける!」

 

 そうやってくー子さんの上で狐稲利さんとお話をしていると、いつの間にか迷い路の最奥、札置神社へと到着しました。くー子さんは私と狐稲利さんを境内に降ろすと、そのまま住処となっている札置神社の社の中へと戻っていきました。

 神社の入り口から大きな顔を出してこっちをじーっと見ているの姿がなかなかにシュールですね。入り口いっぱいの顔は迫力あります。

 

「おかーさー、ちょっとだけ寄ってっていーいー?」

 

「ん~? ああ本ですか~。いいですよ~」

 

 いつの間にかくー子さんの横に移動した狐稲利さんはそう言って神社の中を指さします。現在神社の建物内は大半をくー子さんの寝床として、それ以外を料理や仮眠スペースとし、地下にはネット上で集めた数多くの本が保管された書庫があります。

 

 狐稲利さんが言っているのは地下の書庫の事でしょう。

 そういえば、V/L=Fなどで忙しくて結局読み聞かせ配信はまだできていませんでしたね。もうそろそろ準備しておきましょうか。

 

「ふ~む、読み聞かせ配信となるとその場所の雰囲気も大切ですね~……専用の場所、創っちゃいましょうか~」

 

 んふふ、いろいろとやりたいことや造りたいこものが増えていきますね~。これからもどんどんそういったものは増えていくでしょうし、ホントに楽しい事が盛りだくさんです。

 


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