転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#152 読み聞かせ配信は雰囲気から

 

 先日狐稲利さんの読み聞かせ配信のための場所を創ろうと思い、色々と考えていた私わんこーろですが、それがついに形となりました。

 狐稲利さんの声を存分に堪能しながらも、まるで本当にその場にいるような臨場感を抱き、それでいて邪魔にならないリラックス空間というものを。

 今回はそのお披露目配信と行きましょう。

 

 

 さて、人によって心落ち着く"音"というものはそれぞれ異なるものです。誰しもこの世界の人間として心の奥底に刻み込まれている音色というものがありまして、私にとってその刻まれた音色とは自然の中で聞こえてくる"声"たちが当てはまるでしょう。

 

 例えば夏の強い風と蝉の声であったり、秋の肌寒い空気と鈴虫の合唱であったり、春の木漏れ日と伸びやかな植物の葉擦れの音であったりと、それらは季節ごとにいつでも聞こえてくるもので、だからこそ決して不快な音ではありません。

 

 電子生命体として生まれる前、人であった時からそれらの音に囲まれていた私にとって、逆に無音の空間というものは何となく落ち着けないものです。

 

 程よくその時期の自然な音が聞こえてくる空間、それが最も心休まる場所であり、リラックス出来る時間となります。それは私の配信を見て何故か懐かしい、と感じてくださっている視聴者さんも例外では無いのでしょう。

 不思議な事に見たことも聞いたこともない風景が、視聴者さんの心身を穏やかなものにしてくれるようなのです。

 事実私が農作業をしていたり、狐稲利さんと山に散策しに出かけているだけの垂れ流し配信などが作業用BGMとしてよく利用されているらしく、風の音や時折聞こえる野生動物の遠吠えや鳴き声、虫の声が作業を進ませるのだとか。

 

 では、私が思うこの冬の時間らしい音とはなにか。

 

 冬と言えばイメージとしては物静かで寒くて雪が降っている、というものですが、それらは音としては感じることは出来ません。寒さも降る雪も音を出してはくれませんからね。

 

 そこで私が考えた冬らしい音、それを再現するための部屋を造ってみました。

 

 

「ん~……こんな感じでしょうかね~私も実際に使ったことが無いのでなんとも言えないのですが~」

 

『いい感じなのでは?』『見た目は映像資料通りだけど』『実際のところ温かいの? 囲炉裏って』

 

 私が今いる部屋はこたつなどをしまっていた部屋のさらに奥に新たに増築した部屋で、用途としてはコメントにもありました通り、囲炉裏のある部屋となっております。

 少し高くなった天井から延びる自在鉤、その先には囲炉裏鍋が吊り下げられており、そこを中心として床が四角く囲われ、灰が敷き詰められています。既に薪が置かれ、その内部が赤々と燃えている様子もうかがえますね。

 

 私の考える冬の音とは、焚火で薪がぱちぱちと爆ぜる音というのが一番に思い浮かんできます。夜の真っ暗な空からしんしんと降りしきる雪を眺めながら、囲炉裏の赤くなった薪で温かさを感じ、静かな時間を楽しむ。それは何とも贅沢な時間です。

 

 今回は狐稲利さんの読み聞かせ配信の為にこのような囲炉裏の部屋を作ったわけですが、それ以外にも囲炉裏には様々な用途があります。今までは竈で調理した料理を配信部屋まで運んで、そこで食事をしていました。もちろん火から放しているので食べているうちに少し冷めてしまうのが難点でした。

 空間の設定を弄って冷めないようにすることも出来ますが、その様子は移住者さんから見ればかなり違和感を覚えることでしょう。

 

 しかし、囲炉裏ならば煮炊きを温めながら食すことが出来ます。これからの季節、食事はお鍋などの体を温めるものをメインとする予定なので、その点からもこの囲炉裏部屋は重宝するでしょう。

 

 囲炉裏というものを知らない移住者さんにご紹介するという意味でもいつかは造ってみたいと思っていたんですよねぇ。

 

「ん~なんだか静かで、良いですね~……」

 

『この雰囲気いいなあ……』『静かだけど、完全に静かってわけじゃないのね』『耳障りでもなく、けれど無音という訳でもない……いい』『これは眠たくなる……』『これ聞きながら眠りたい~』

 

「……んー! ねーねーおかーさー」

 

「? なんですか狐稲利さん~?」

 

「あのねーお願いがあるのー」

 

『ん?』『狐稲利ちゃんのお願い?』『おや、何か始まる感じか?』『わくわく』

 

 

 

 

 

 

 

 囲炉裏のある部屋の紹介を終えた後、その雰囲気を味わってもらうのと同時に、秋ごろから先延ばしにしていた狐稲利さんの読み聞かせ配信を行う事にしました。本当は囲炉裏の紹介だけで配信を終わらせる予定だったのですが、丁度よく雪がちらつく夜空という絶好のタイミングだったので、今すぐ読み聞かせをしてみたいという狐稲利さんたっての要望で、練習してきたという本をいくつか読んでいただくことになりました。

 

 

 静まり返った空気の中で、時折薪の爆ぜる音。熱で陽炎のように揺らめく熱い空気と、冬の冷たい空気が混ざり合い囲炉裏場は体を温めるに丁度良い温度を維持しています。囲炉裏の傍に座布団を敷き薪の具合を確かめながら、向かい側に座る狐稲利さんはゆっくりと手に取った本を開いていく。

 

 いつもは慌ただしいと感じるほどの感情の移り変わりを見せる狐稲利さんですが、この日はそんな姿は鳴りを潜め、しっとりと落ち着いた雰囲気を醸し出すちょっと大人な感じの狐稲利さんです。

 

「おかーさー……もう良いかなー……?」

 

「……ええ~いつでも大丈夫ですよ~移住者さんも良いですか~?」

 

『おk』『布団に入って寝る準備完了した』『いつでもこい!』『なんだか雰囲気違う狐稲利ちゃんいい……』『これは安眠出来る予感……』『既に薪の音で眠気が凄いんよ』『おねがいしますー』

 

「うんー。それじゃあ、読んでいくねー」

 

 狐稲利さんの横には数冊の本が積まれており、それが囲炉裏の火に照らされ、影がゆらゆらと踊っています。

 

 静寂の中に響く薪の音。そして心地よい狐稲利さんの声。

 

「むかーしむかし。まだお空と地面が分かれていないころのお話ですー」

 

 ……ん?

 

「くらーいのと、あかるーいのが分かれてなくてー、みーんないっしょだったんだってー」

 

 んん?

 

「そんなときにーお空のたかーいところにあるーたかまのはらっていう――――」

 

「すとーーっぷ! ちょーっと待ってください!? 狐稲利さん一体何を読んでいるのですか!?」

 

「んー? 駄目だったー?」

 

「ええ~と、ダメと言いますか……きっと移住者さん誰も分からないと思いますよ?」

 

 確かにその本はかつてこの国で大人気ベストセラーばりの知名度を誇っていましたが……今の時代の人には話の内容が全く分からないと思いますよ……。当時でも副読本があったり、解釈が別れていたりしてたんですから。

 

「んーでも、このご本がいちばん古くてーいちばん内容がしっかり残ってるものだよー? きっとみんな知ってるー」

 

「うむむ……確かに"それ"は現存するデータは多いでしょうし、内容も他のものよりかは破損少なく完璧に近い形で残っていましたが~……」

 

「? 何がだめー?」

 

「う、う~んと……まず、お話が難しいです~。登場人物も多すぎて移住者さん把握できませんよ~……」

 

「大丈夫! とうじょうじんぶつさんの事がよく分かるように、じんぶつさんたちの個別エピソードも紹介する!」

 

「一体何ヶ月読み聞かせやるつもりですか!? ほ、ほら! 次の本! それキツネさんが主人公の絵本ですよ! それ、それを読みましょう? ね?」

 

「んー……いや」

 

「なんでぇ!? ここで意地になる必要なくないですか!?」

 

「いやー」

 

 ちょっと! なんでそんないい笑顔で首を横に振っているんです!? あ、ちょっと私を無視して続きを読もうとしないでください!? あ!? 原文と別訳まで取り出して一体何周するつもりなんです!? 移住者さん別の意味で眠くなるんじゃないですか!? な、なんでそんなに楽しそうなんですか~~!?

 

『あーあー』『結局こーなったかw』『落ち着いた雰囲気が一瞬で崩れ去ってて草』『狐稲利ちゃんなんであんなに楽しそうなの?w』『恐らくわんころママを弄っているのが楽しくなったのでは?』『なるほどw』『いつも通りだなw』『さっきまで文学少女って感じの雰囲気だったのにw』『いつもの狐稲利ちゃんに戻るのはやすぎて草』『結局狐稲利ちゃんが読もうとしてたのって何?』『わからん』『けどちょっとだけ興味ある』『あとで調べてみますか』『この二人はいっつもわちゃわちゃしてんなーw』『この様子なら冬の間も楽しく過ごせそうだなw』

 

 


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