転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
冬の朝は冷たい空気が満たされているようで、布団の温かさをより強く感じるものです。まるで居心地のいい巣穴に閉じこもっている野生動物のように、それは離れがたい魅力があります。それでも朝は必ずやってくるもので、いつまでも眠っているわけにはいきません。冬もやることがいっぱいなのですから。
「狐稲利さ~ん。さすがにもうそろそろ起きてくださ~い」
朝ごはんの用意が出来ても起きない寝ぼすけさんの体を布団ごしにゆらゆら揺らすと、中から何やらうめき声……といいますか、うにゃうにゃ寝言が聞こえて来ます。そのまま揺らし続けますが狐稲利さんはぜんぜん起きてくれません。
「……よいしょ……うん、熱は無いですね~体調が悪いのではなく単純にお寝坊なのですね~」
布団から顔を出した狐稲利さんのおでこに私のおでこをぴたっとくっつけ、熱が無いかを見てみますが、特に体調が悪いわけではなさそうです。幸せそうな顔のまま、布団にくるまっています。
「仕方ないですね~」
冬もやることがいっぱい、とは言いましたがそれは年末の話で、今の時期は農作業もお休みですし現在本格的に開拓している土地もないので、やることと言ったら冬ごもりの準備を進める事くらいでしょうか。
「あ、雪かきの計画も立てないと~」
空は明るくも白い雲が覆い、ちらちらと大粒の雪が降り続いています。初雪が観測されてからかなりの頻度で雪の日が続き、積雪は多くなる一方。本格的な冬となれば今の比ではないほどの雪が一度で大量に降り注ぐことでしょう。ですが、今はまだその雪の美しさを堪能できる程度。
今日も良い一日になりそうです。眠いですけど……ふわぁ。
「と、いうわけでして~皆さんと色々話し合いをしていきますよ~名付けて、"第一回犬守村会議"~」
『お~!』『配信来たらなんか始まった』『第一回ということは二回目以降もあるので?』『何を話し合う感じ?』『というかわんころちゃん何してんの?』『会議というからまじめな感じかと思ったらわんころちゃん炬燵でミカン喰ってるやんけ!』『これあれだ、いつもの雑談配信だ』
「違います~会議をしながら別の作業も行うという"まるちたすく"なんです~わんこーろならこれくらい朝飯前なんです~まあ朝ごはんはもう食べたのですが~~あむあむ」
『草』『みかん食べながらしゃべらないでw』『イントネーション的にマルチタスクはひらがなだなこれw』『電子生命体のマルチタスクは凄そう』『わんころちゃんならマジで出来るからネタでも何でもないというね』『どうせなら朝飯~のネタにもツッコんであげて……』『朝ごはん食べれてえらい!』『違うそうじゃない』
「今日は雪も降っているので~一日中こたつに入ってざつだ……会議しながら作業配信ですよ~っと、それじゃあまず、ほぼ完成した温泉街についてですが~――」
その後、移住者さんと色々なお話をしながらミカンを剥き剥きして
筆を使って私が描いているのは絵馬の裏面に使用する絵のサンプルです。絵馬というのは移住者の皆さんが配信サイトの投げ銭システムを利用してくださったときにこの犬守村に生成されるもので、投げ銭をしてくださった移住者さんの名前とコメントが刻まれ、裏面に犬守村の風景が描かれております。
投げ銭システムの開放と共に実装したこの絵馬ですが、定期的に絵馬紹介配信をして、紹介し終わった絵馬は札置神社へと奉納されます。既に秋ごろに拡張した領域が埋まり始めていることからも察せる通り、移住者さんは私の制止を振り切ってばかすか絵馬を投げまくっています。
頂いている立場なため、あまり強くは言えず、それがかえって絵馬の奉納を加速させるというヤバい状況に発展する始末。
なので、ここ最近は何かの大規模な紹介配信などの限定した配信でのみ、絵馬の奉納が出来るように設定しています。さすがに小規模なお披露目などの通常配信で常時頭の上から絵馬が降り注いでいるのは勘弁して欲しいわけですよ。痛いですし。申し訳ないですし。お金大事にして欲しいですし。
「ん~どうです移住者さん~? 上手く描けてる~?」
『すっごい上手い』『いいね!』『やっぱ絵もうまいな、さすが電子生命体』『この絵はおいくら絵馬になりそうです?』『新絵柄の絵馬か……これはコンプしなければ』
私が描いている絵馬の絵ですが、それは犬守村の風景や神社の雪化粧姿です。絵馬を実装した当時はまだ秋も始まった辺りでしたので、雪景色の絵はまだ実装していなかったのです。実際にどんな感じで雪が積もるのか予想できなかったので、描きたくても描けなかったというのが正しいかもですね。
今回雪の積もった犬守村を観測できたことで、ようやく雪に彩られた犬守村の風景を絵馬に実装することが出来るようになったというわけです。
現在実装している風景やら神社などの建物を映した絵のバリエーションに、雪化粧のものを新たに追加するので、恐らく全体の種類としては三割増しにはなると思います。
なので、絵馬全種類コンプリートとか意味不明なのですよ!
「やめてくださいね~! コンプなんてするようなものじゃないですからね~!」
絵馬にはいくつかの種類が用意されており、それは投げ銭によって変化します。と言っても絵馬として使用している絵はこの世界で最もメジャーなSNSアプリであるメイクで全て公開しておりますし、最近生まれたばかりのイラスト投稿専門サイトなどには差分などを含めた画像データをアップロードしていますので、投げ銭をしなくても絵馬に利用している絵は全て見て、保存して、個人で楽しむことも出来る状態なのです。
なのに、なぜか絵馬を全種類コンプリートしようとする移住者さんが後を絶たないわけでして……。私も「無理しちゃだめですよ!」って言うのですが、これまた逆効果になっているという……。
「ん、んふふ~……。だ、大丈夫です~……投げ銭機能はオフにしているんです~……オフにしていれば絵馬を無差別に投げられることも無いんです~……」
『分かってねえなあわんころちゃんは』『人は抑圧されると解放された時の爆発力半端ないよ?』『今は雌伏の時……』『前にメイクで環研ニキが絵馬貯金六桁後半いったって言ってたな』『重度の移住者はそのくらい貯めてそう』『投げ銭機能オンした時のわんころちゃんの阿鼻叫喚期待』
「も、もう何も聞きません~! 全部ぜーんぶ後回しにしてやるんです~!」
いつもの配信はほぼ絵馬が投げられないようにしている分、大規模なお披露目配信は必ず投げ銭機能をオンにするように移住者さんに圧をかけられていますから……ここ最近オンにした記憶がありませんけど……次のお披露目といったら温泉街の完成お披露目ですね……。うう……お腹いたい、もう何も考えません。次のお披露目配信まで投げ銭のことは考えないようにします……!
「ふむ~とりあえずはこんな感じですかね~」
筆を置き、雪景色を描き終わった絵馬をこたつ机の右側に置きます。左側に積まれた、まだ絵の描かれていない絵馬を一枚取り、少し考えてから再度筆を走らせます。
『ねーねーわんころちゃんさっきの絵馬の絵見せてー』『どんな感じになったのか見てみたい!』『何枚も同じの描くの? それとも数種類描いちゃうの?』
「まだだめで~す。新しい絵は後日しっかりとお見せします~同じタイミングでメイクなどにもアップロードしますのでそちらでご確認もお願いしますね~それに今描いているのはためし描きみたいなものなので~後で見直す可能性が高いのです~。種類に関してはいくつか実装候補を数種類描いております~」
その日のテンションで作り上げたものが後日確認すると粗だらけで見るに堪えない、なんてことはあらゆる創作において発生する事象でしょう。
つまり、見せるのが恥ずかしいのです。
「んん~……」
「ん~? 狐稲利さん起きますか~?」
「ん~……もうちょっと~……」
「おやおや」
私がそのまま絵馬の新規絵を描いているとおもむろに狐稲利さんがこたつの中で寝返りを打ちます。乱れた髪を整えてあげながら狐稲利さんに問いかけるとまだまだ眠たいご様子。
もうすぐお昼という時間ですが、まだ狐稲利さんはこたつで寝たまま。
先日までは雪景色を見に外へ盛んに遊びに行っていたようですが、雪の遊びはほとんどしていないようです。
というのも、近々FSの皆さんと冬の犬守村でコラボをすることになっているので、そのタイミングで大勢で雪遊びをしたいと思っているらしく、それまで雪遊びを我慢しているようなのです。
「……我慢すればするほどその時の楽しみが増える、という事ですかね~……」
『ん?絵馬のこと?』『確かにじらせばじらすほど投げられる絵馬は赤く、多くなると思うよ?w』『はっ!、まさかわんころちゃんはそれを狙って!?』『計算高い!さすが電子生命体!』『それは草』
「勝手にわんこーろの言葉を変に解釈しないでくださいね~? お金は大事ですからね~、再三言っていますが無理をしちゃダメですからね~? 分かってます~?」
『分かってまーす』『分かった(分かってない)』『生活に支障が出ない程度に投げてるから問題なしよ』『そうそう、本来小刻みに投げるはずだった絵馬用貯金が一度に放出されるだけだから』『一見ヤバそうに見えるだけで実際はそんなこと無いから』
「一見ヤバそうに見えるだけで十分やばいと思うのですが~……」
その後も絵馬を描きながらこたつに入って移住者さんと雑談をしていると、不意に狐稲利さんが起き出してお腹すいた~と言い出したのでそこで今日の配信はおしまいとなりました。
私としてももう少ししたら配信を切り上げる予定だったのでちょうどよかったです。
というのも、この後FSさんの公式配信が行われ、例のV+R=Wについての概要とそれに伴う一期生についての情報公開配信が行われる予定だからです。
私は特に何か配信に呼ばれているという訳ではないのですが、いち視聴者として配信を見たいと思っていたので、私の配信はそれまでに終わらせる予定でした。
(さて~一期生の発表と同時にフェス参加配信者の皆様に招待状が送られるはず~……皆さんお受けしてくださると良いのですが~)
絵馬の山を片付けながらそんなことを考えてしまいます。ちょっぴり不安で、それ以上の期待が込められたV+R=Wが、ついにお披露目される時がきたのです。