転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

156 / 257
#154 冬のたべもの

 

 本日の犬守村は雪が止み、久しぶりに太陽が顔を覗かせたことで暖かな日差しが降り注いでおります。とはいえ連日雪雲に覆われていたため気温はそれほど上がりませんし、積もった雪も張った氷も解ける気配はありません。

 

 朝の気持ちのいい空気は、そんな晴れ渡った空と真っ白な大地が相まっていつも以上に新鮮に感じます。

 

「よいしょ、このくらいでいいですかね~」

 

 そんな晴れた日に私わんこーろは竹製の大きなざるに海で採ったまま岩戸に保存していたとあるものを広げ、縁側で乾燥させています。

 

「おかーさーそれなにー?」

 

 私が何やら作業をしている様子が気になったのか、庭で六つ目の雪だるまを作っていた狐稲利さんがこちらへとやってきました。首を傾げて私がざるの上で広げている何やらよくわからないものをまじまじと観察しています。

 

「これはですね~テングサという海藻ですよ~」

 

 海で採れる海藻類は貴重な食料として犬守村でも活用しています。ワカメを取ったり昆布を育てたり、海苔の原料も海藻を用います。今回干しているテングサと呼ばれる海藻もそういった活用方法を目的として現在加工しているわけです。

 

「ん~? 真っ赤ー。なにに使うのー?」

 

「んふふ~これはですね~……食べるんですよ~」

 

「ええー! た、たべるのー?」

 

「そうですよ~。このままという訳ではありませんけど~これを使って寒天というものを作ろうかと~冬の保存食になりますし~お菓子作りにも使うんですよ~」

 

「ほほー……むかしのひと、よくこんなの食べようと思ったねー……」

 

「んふふ、それはこの国のいろんな食べ物に当てはまる言葉ですね~。これはまだ数週間は天日干ししないといけないのでこのまま放置ですね~。天気が悪くて乾燥させられない時は岩戸に入れておきましょ~」

 

「はーい。どんな味がするのかなー?」

 

「ん~、味は何も無いとは思いますよ~」

 

 乾燥させているテングサに近寄って匂いを嗅いだりしている狐稲利さん。鼻をクンクンと動かしたかと思うと、少し不満そうな顔で唇を尖らせ私を見てきます。

 

 あー……、まだ干し始めたばかりですからねぇ、海藻特有の独特な潮の匂いが残っているのでしょう。乾燥させていけば匂いは気にならなくなりますが、今はまだキツイでしょうね。一応川の水で洗ったのですけど~~。

 

「おかーさー……これホントにお菓子に使うの~?」

 

「んふふ~狐稲利さんは可愛いですね~」

 

「もーう!!」

 

 からかわれていると感じた狐稲利さんは頬を膨らませて庭にしゃがみ込み、雪玉を作り始めました。そのままこちらに振りかぶり……。

 

「……ん」

 

 振りかぶった状態で停止した狐稲利さん。そのまま数秒固まり続け、次に動き出した時その手に持っていた雪玉はこちらに投げられることなく六つ目の雪だるまの装飾として使われました。

 

「んふふ~おりこうさんですね~」

 

「むう……てんぐさ、で美味しいお菓子つくってねー?」

 

「分かりました分かりました、ですからそんな顔しないでください~」

 

 さすがに家に向かって雪玉を投げればどうなるか狐稲利さんだって分かっているでしょうし、雪のせいでテングサの乾燥がダメになってしまうということも思い至ったのでしょう。狐稲利さんは賢い子です。そのままほっぺたを膨らませてジト目でこちらを見る狐稲利さんの様子はおもしろおかしい訳ですが、それを口にしてしまうと今度は本当に雪玉が飛んできそうなのでやめておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな感じで犬守村は非常にのんびりとした時間が流れているわけですが、対照的に現実ではかつてないほどの騒動といいますか、人々を終始興奮させるような驚きの発表が行われました。

 

 それは推進室が主導して行われるV+R=Wプロジェクトと、それに伴うNDSの大規模稼働テスト。つまり一期生の招待告知についてです。

 

 FS公式配信にて先日発表された内容は、多くの企業の支援を受けネット内に超大規模な仮想空間を生み出し、地球そのものを模した空間を生み出すという大規模プロジェクトを開始するという告知と、NDSの一般販売が早まったという情報の公開、そしてその販売に関する先行テストを選ばれた配信者たちで行うというもの。

 

 既に有力な候補には"招待状"が送られ始め、それを受け取った時点でその配信者は一期生となる資格を持ちます。もちろん拒否しても構わないですし、招待を受けるか受けないかは完全に配信者によって自由に選択出来るようになっています。

 

「移住者さんもメイクですっごい叫んでましたね~」

 

 FSさんの公式配信で一期生候補へ送る予定の招待状についての言及があったのですが、その時に表示された招待状のイメージ画像が、私が配信で移住者さんに見せたものと瓜二つ……というか、そのまんまだったので移住者さんがかなり興奮しっぱなしというか……ちょっと怖いくらいの騒乱になっていましたよ。

 

 当然中にはV+R=Wの規模の大きさや、現実に極めて近い環境を再現した仮想空間という説明で、ある程度私の関与を察していた移住者さんも多かったようです。

 

 とにかくそんな感じでFSさんの公式配信の最後にV+R=W構築の協力者として私の名前が公表され、そのプロジェクトの規模の大きさから移住者さんの間でもかなり話題となっているようでした。

 

 とはいえV+R=Wの協力者として精力的に動いていく所存ではありますが、それとは別に犬守村でやりたいことも色々あるんですよね。

 

「こたつこたつ~……ふう、あったか~。さてさて~氷室と雪室の複合冷凍庫も造りたいですけど~どのあたりに造りますかね~あ、雪掻きする場所も決めておかないと~。それと温泉お披露目はいつにしましょうかね~」

 

 こたつに入るとやっぱり眠たくなってしまいますけど、今は我慢です。庭で十個目の雪だるまを作り始めた狐稲利さんを見ながら、今後の楽しみについて色々と考えをまとめていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

「おかーさー! お腹すいたー!」

 

「ん?」

 

 そうしてこたつに入りながら今後の予定を考えたり、絵馬の新規絵を完成させたりしながらのんびり作業を進めていると、縁側から狐稲利さんの叫びが聞こえてきました。

 既に庭は隙間なく雪だるまが設置され、一つ一つの表情も大きさも違っており、どれもが力作と分かる代物ばかりでした。

 

「んー!? あれー!? 囲まれたー!?」

 

「なんで雪だるまに囲まれて身動き取れない状態になってるんですか~」

 

 ……ちょっと力入れすぎでは? 犬守村はこのまま寒さ厳しい冬となるでしょうから、そうそう溶けてなくなったりはしないでしょうけど、それにしては雪だるまに力入れすぎですってば!

 

「……雪だるまの大行列ですね~」

 

「ゆきがっせんはわちるたちとするー!」

 

「んふふ~良いですね~」

 

 雪だるまばかり量産していたのはやはりFSの皆さんと他の雪遊びを楽しみたいからみたいです。それまで雪だるまを作るだけで我慢する、と言いたいのでしょう。

 

「ご飯にしましょうか~。あの囲炉裏を使ってみましょ~」

 

「うんー!」

 

 少し名残惜しく感じながらもこたつから出て、囲炉裏のある部屋まで移動します。わーい、と声を上げながら縁側から部屋へと上がり、私の手を握る狐稲利さん。

 ちょっと手が冷たくてびっくりしましたが、狐稲利さんがそのことに気付いて慌てて手を放そうとしたのでしっかりと握り返してあげます。

 

「! おかーさ」

 

「手が凄く冷たくなってますね~囲炉裏の火で温まってくださいね~。あ、その前に一緒に手を洗いましょうか~」

 

「……うん、ありがとー」

 

 さて、狐稲利さんにはその冷えた体を囲炉裏の火で外側から温まって頂いていてもらって、私は体の中から温まれるごはんの用意をしていきます。

 といっても食材を囲炉裏で煮込むだけなのですけど。

 

「ん~そうですね~囲炉裏を使うのは初めてなので簡単なものにしちゃいましょうか~」

 

 用意するのはお米と、残り物のお野菜少し。あとは味噌です。

 多めの水とお米を囲炉裏鍋で煮炊き、そこに野菜を入れて最後にお味噌で味付けをします。味噌と野菜のうまみがお米に浸み、寒い冬には有難い雑炊の出来上がりです。あとは漬物などの付け合わせをそろえてお昼ごはんの準備は完了。

 

「いっぱいありますから~おかわりしてくださいね~」

 

「わーい! ……あちっ! ふーふー……」

 

「んふふ~……ふーふー」

 

 囲炉裏で火にかけられている鍋と、パチパチと爆ぜる薪、暖かさと美味しそうな匂いを漂わせるその光景だけでも体が温まってくるようです。実際の囲炉裏は火の粉が飛んだりして服に穴が空いたりとか、手入れが大変とかありますがこの犬守村の囲炉裏はそのような問題が無いように設定しておりますので、服も傷みませんしその近くで本を読んでも全く問題ありません。

 

 鍋の中にお玉を入れて、数度グルグルかき混ぜた後、雑炊をお椀の中によそっていきます。わくわくしている狐稲利さんは初めての雑炊というものに興味津々で、私からお椀を受け取って、私が注意するより早く雑炊を口の中へ。当然その熱さに狐稲利さんは飛び上がってしまいます。

 

 最初の熱さに警戒心むき出しな狐稲利さんでしたが、その美味しさの前ではそんな警戒など一瞬で崩壊してしまいました。いっしょに雑炊をふーふーしながら少しずつ口に運んでいきます。とろとろになったお米は、それでも形は残っており食べ応えもあり味噌の風味がたまりません。野菜も煮炊いてとろとろになっていて舌触りが心地いいです。噛めば噛むほどその味噌と野菜のうまみと、お米の甘さが際立ってさらに食欲をそそります。

 

「夜はもっと豪勢な鍋にしましょうか~」

 

「うんっ! しめ、は雑炊がいいー!」

 

「またですか~? 相当気に入ったんですね~」

 

 ゆっくりゆっくり雑炊を口にしながら火に当たり、冬の寒さを凌ぐこんな生活も悪くありませんね。外はまたちらちらと雪が降り始めたようで、より雑炊の温かさと美味しさが体にしみわたるようです。

 

 ……あれ、何か忘れているような……?

 

「……あ、ああっ!! テングサ! 雪に濡れたら腐っちゃいます! 早く取り込まないと~~!」

 

「おかーさ手伝う! お菓子のもとーー!」

 

 ゆっくり出来る生活ではありますけど、ゆっくりだけしていられないのもこの犬守村の楽しいところなんですよね。

 

 さて、色々とありますがV+R=Wについて推進室から一般への発表もあったことですし明日はV+R=Wの始まる場所、広大な集積地帯の様子を見に行きましょうかね~。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。