転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#156 ピクニック日和

 

「ん~……この部屋だけですね~。軽く周囲を確認しましたけど~他は全て偽物のようです~」

 

『まさか……そんなことが……』

 

 わんこーろは手に持った裁ち取り鋏を肩に担ぎ、写し火提灯をゆらゆら揺らしながら一つの扉の前にいた。ネット空間に浮かんだ半透明なディスプレイに映る室長はそんなわんこーろの言葉に絶句する。

 

 わんこーろは順調に中層を踏破し、その奥に隠されていた次の層へのリンクを見つけ出した。何か高度な防衛機構が存在していたわけでなく、単純に廃棄データの物量に隠されていただけだったので、見つけ出すのにそれほど苦労はしなかった。

 

 だが、問題となったのはその次の層、深層と呼称されている領域への入り口にあった。

 

『わんこーろ、すまないがもう一度確認させてくれ。……本当に、深層はその"部屋"だけなのか?』

 

「はい~部屋は独立しているようで他の部屋らしきものはありませんね~。唯一のリンクが瓦礫に隠されていました~」

 

 この集積地帯の調査を行った企業チームは中層の途中までしか踏み込むことができなかったが、それでも地帯を外側から確認した際、空間全体のデータ量から三層に分かれた巨大な仮想空間であると予想した。そしてそれはほぼ正しく、外層、中層とも同程度の規模、データ量を誇る広大な領域であることをわんこーろは確認した。

 

 だが、その前例を覆すように目の前に現れたのは、一つの小さな部屋だった。

 

 わんこーろが言った通り、その部屋にはリンクで繋がった別の空間があるわけでもなく、その部屋のみで独立していた。わんこーろの目の前にある扉がこの部屋に入るための唯一のリンクであり、鍵がかかっているわけでも、侵入者を撃退するプログラムが組み込まれている風でもなかった。単純にドアノブを回してドアを引けば中に入れるだろう。

 

 そんな単純で小さな部屋ひとつが、先ほどの外層、中層と同程度のデータ量の"深層"であるという。とてつもない量のデータが、信じられないほどの密度をもって形成している、それがわんこーろの目の前にある"部屋"だった。

 

『一体何なんだ、その部屋は……』

 

「……開けてみます~? 中に入るだけなら問題なさそうですよ~?」

 

『……、……頼めるか?』

 

「は~い。よいしょ~」

 

 わんこーろが深層である部屋の扉を開け、その中へと進んでいく。集積地帯の混沌として灰色がかった空気とは打って変わり、部屋の中は質素で整然としていた。

 

 この時代では懐かしい照明器具である蛍光灯が天井に固定され、白い光に照らされた部屋は思っていたよりも狭い。およそ二畳程度の狭い空間の奥、簡素な机の上には電球を用いた古めかしい卓上ライトが置かれ、いくらかの本が立てかけられている。

 

 横側の壁には本棚が設置され、ファイルに収納された資料らしきものが付箋付きで収まっていた。

 

 その空間はもはや机と本棚が七割ほど占拠し、人が一人、机と本棚の間を通り抜けられるような隙間しかなく、それ以外に装飾や窓のようなものも見当たらない。

 

「ん~……何かの、資料が収められている空間、という感じでしょうか~?」

 

『見た目だけでは他の層ほどの情報が収まっているようには見えないが……その資料が重要という訳か……?』

 

 わんこーろは室長の言葉を聞き本棚に視線を向ける。無意識に手を伸ばして資料の一つを取り出そうとして、手を止めた。

 

「室長さん~これって、私が見ても良いものなのでしょうか~?」

 

 集積地帯の三分の一のデータ量を誇るこの部屋、恐らくはこの集積地帯が形成される過程において、最も古い空間だ。

 

 集積地帯は破棄されたデータの塊が小さな小島を形成し、それに絡まりあうようにして破棄データが集まり、雪だるま式に大きくなっていったものだ。そんな集積地帯の最深部ということは、この小さな仮想空間こそが、最初の小島であり、集積地帯の始まりの場所だ。

 

『……そう、だな……やめておいた方が良いかもしれん。今は無暗に知るべきではないだろう』

 

「バグやウィルスのたぐいもありませんし~このまま放置でも良いかもですね~」

 

 集積地帯形成の過程において最古の空間であるにも関わらず、その部屋は異常なほど綺麗に整っており、荒らされた形跡がない。破棄された空間とは思えないほどに整理されたその空間は、まるで……。

 

『この空間は破棄されたのではなく……隠されているのかもしれんな……』

 

「誰にも知られないために、ですか~……確かに私じゃなかったらこの集積地帯の深層へたどり着けなかったとは思いますが~……」

 

 誰かしらの思惑により隠されている空間なのだとしたら、そこに保管されている資料も本来は表沙汰にできない隠されるべき情報である可能性がある。その上で、保管されている資料を見てしまえば後戻りできない。ややこしい問題に首を突っ込むことになるかもしれない。

 

 

 結局深層であるその部屋はわんこーろによって外部への影響なくとりあえず無害であることが証明され、誰も入ることが出来ないように封印されることになった。その封印処理を行ったことで、この集積地帯全土はわんこーろが掌握した事になり、バグ、ウィルスのたぐいは全て初期化された。

 

 

「ふ~。んん~。とりあえずひと段落ですね~あとは放置していたデータの選別作業をしないと~」

 

 最後に放置していたサルベージデータをさらに詳細に選り分ける作業が待っている。

 推進室で利用できるようなゲームデータや、企業が求めていたデータなど、それらを種類や用途ごとに仕分けていくのだ。こればかりは実際に内容を一つ一つ確認して使えるものかどうかを判断していかなければならないので、それなりに時間と人手が必要となる作業だ。

 

 そのため、わんこーろのもとへ助っ人が召喚された。

 

「わんこーろさーん!! わんこーろさんわんこーろさーん!!」

 

「おっとっと~。わちるさ~ん、こんにちはです~出会い頭に抱きしめるのはやめてください~」

 

「あいかわらずわちるはわんこーろが好きだな」

 

「抱きしめるというか、そのまま抱っこしてしまっていますね」

 

「んぅ~私もわんころちゃん抱っこしてもふもふしたいぃ~」

 

「だめだよナートちゃん。ほうりちゃんに言いつけるよ?」

 

「おかーさー!! きたよー!」

 

「んふふ~皆さんお疲れ様です~」

 

 わんこーろが初期化して真っ白になった中層に現れたのは、FSの面々と狐稲利だった。FSは寝子が持っている大きめのカゴ以外は持ち物は無く、私服の楽な恰好だった。

 深層より出てきたわんこーろに駆け寄りその勢いのまま抱き着いて抱き上げたわちるはわんこーろを幼い子どもにするように、抱き上げたままその場でぐるぐる回転する。わんこーろが抗議の声を上げるが、止めるつもりはないようだ。

 

 ナートや○一はそんな姿をいつものことだと呆れながらも見守っている。わんこーろも本心から嫌がっているわけではない事を理解しているのだろう。

 

 唯一寝子がオロオロとその様子を不安そうに見ていたが、狐稲利となこそに呼ばれてわんこーろを心配しながらも自身の仕事へと戻った。

 

「はい、どうぞわんこーろさん。私たちと合流するタイミングで休憩を挟むと仰っていたので、お昼ご飯作ってきました」

 

「おお~これは豪華な~! 寝子さんありがとうございます~!」

 

「わんこーろさんわんこーろさん! 私も手伝ったんですよ!」

 

「わちるん主張が激しすぎるよぅ……仕方がないけど……」

 

「まあ、これでなーんも手伝ってないんだったらそうツッコんでやるんだが、実際料理はわちるが中心で作ったしな」

 

 寝子が持っていたカゴからなこそが大きめのレジャーシートを取り出し、中層の適当な場所に広げる。カゴを置いた寝子はその中から取り出した大きな四段重ねのお重をシートの真ん中に置き、水筒を数本隣においていく。

 

「どうぞ座ってくださいわんこーろさん。ほら、お姉ちゃんたちも」

 

「はーい。……おお! これが噂の"おにぎり"!」

 

「なんでナートが驚いてんだよ一緒に作ってただろーが、まったく」

 

「この丸いおにぎりは○一さんとなこそさんが作ったんですよ!中身は――」

 

「梅と鮭だよー。定番だって過去のデータにあったからね」

 

「ほほ~! いいですね~」

 

「こっちは寝子ちゃんと私が作りました! おかかと、こんぶになってます!」

 

「んん~具材も種類があって良いですね~」

 

 重箱の中には大きめのおにぎりが隙間なく詰め込まれていた。真っ白なご飯に味付け海苔がまかれたその姿は、多少いびつなものも交じってはいるがどれも美味しそうに輝いて見えた。

 わんこーろが集積地帯で作業をしている間にFSと狐稲利が犬守村でご飯を炊き、具材を用意し、一つ一つ丁寧に握ったおにぎりはその数も種類も豊富で見ているだけでお腹がすいてくる。

 

「それじゃあ頂きましょう。この後のデータ選別作業は私たちも手伝いますのでお腹いっぱいで動けないなんてことが無いようにお願いしますよお姉ちゃんたち」

 

「はーい」

 

「ほいほい」

 

「はやく食べよーぜ」

 

「まったく……。あ、わんこーろさんこちらどうぞ、お味噌汁です。お豆腐とネギとワカメがありますけどどれにします?」

 

「おお~お味噌汁までそんなに~……それじゃあ、お豆腐をお願いします~」

 

「分かりました……どうぞ、熱いので気を付けてくださいね」

 

「ありがとうございます~」

 

 そうしてしばらくの間、わんこーろはおにぎりをほおばりながらその味に顔をほころばせ、他愛のない雑談をしながらしばしの休憩を楽しんだ。気分はまるで遠くの場所までピクニックに来た気分だ。

 体を動かした後の疲れた体に温かいお味噌汁が沁み、食欲をそそる。そこに白いご飯と濃い味付けの具が入ったおにぎりをぱくりと口にすれば、不思議とその疲れも消えて無くなるようにさえ思えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、山になってんな。これ全部サルベージデータかよ」

 

「私や室長たちがサルベージした全データに匹敵する量かもねー。それでも私がやってた時はバグ処理しながら沈んだデータを釣り上げてたからそれと比べれば楽なもんだよ」

 

「うへぇ……NDS使う前とはいえよくそんな器用な事できてたよねぇ……」

 

「仕事だったし。それに別の目的もあったしねー」

 

「別の目的……?」

 

「まあまあ、それじゃああの山、崩していこっか」

 

 たっぷり休憩した後、ようやく目の前に積まれた未処理のデータの選別作業が始まった。わんこーろが大まかに選別していたデータを実際の目で確認し、利用可能なデータかどうかを精査するのだ。多少の破損は灯やわんこーろが復元してくれるので、気になるデータは遠慮なくキープしていく。

 

「う~ん、これは使えない……。これは……? 分かんないなぁ……」

 

「用途不明なものやリスト関係のデータはそのままこちらの"わかんない箱"に入れておいてください。後で室長さんが目を通してくださいますので」

 

「てか、室長マジでよく許可したよな。ワタシたちにサルベージデータの選別作業なんてよ」

 

「今までは復興省の守秘義務とか何とかめんどくさかったからねー。今や推進室は独立したサルベージ専門企業だから、みんなが黙ってれば大丈夫だよー」

 

「テキトーだなオイ」

 

「守秘義務に関しては問題ありません。配信者としてお姉ちゃんたちもそこはしっかりしてますから」

 

 少なくとも危険なデータはわんこーろが予め弾いているのでそこは心配しなくても大丈夫ということもあり、FSの面々はそれほど深く考えることなく次々とデータの選別を進めていく。

 

 そんな時、ナートが何やら未選別データの山の上で大きな声を上げた。

 

「んー……おおっ!?」

 

「なになに、どしたのナートちゃん?」

 

「まーた大げさな声出しやがって」

 

「なーとおおげさー?」

 

「いやいやそんな疑うなよぅ! ほらコレ! これ見てよ! こんなキレーなの見たことないよ!」

 

 ナートが手に持つデータはどうやら画像データ群であるらしく、それが仮想空間内で写真の束として表現されていた。写真の束はいくつもあり、ナートはその写真の束から数枚手に取り全員に見えるように広げた。

 

 その画像データとは、星を映した宙の写真だった。

 

 色鮮やかな星雲が暗闇で煌めく美しい写真や、数えきれないほどの星々が瞬く銀河の様子、渦巻く光の流れはまるで脈動する生命そのもののようにさえ見えた。

 他にも太陽系の惑星の写真も大量にあり、木星の渦巻く姿や、土星のリングが鮮明に映し出された物など、どれも専門の施設で専門の機材を用いなければ撮影できないような鮮明な映像データばかりだった。

 

「うわあ……! あ、これって地球ですか?」

 

「へぇ……なんか、キレーだな」

 

「こんな青い色してるんだ……」

 

「おおー! なにこれ!? なにこれー!?」

 

 写真の束の中にあった一枚、地球を映した映像データは撮影された当時の地球を鮮明に記録していた。その鮮やかな青色に白い雲が模様のように広がり、緑の大地が映える美しい水の星、地球。

 

 そんな写真をわちるや○一は珍しそうに見つめ、初めて見た宇宙の様子に狐稲利も興味深々で覗き込んでいた。

 

「……」

 

 だが、寝子はそんな地球の写真をみて少し複雑そうな顔をする。映されている写真の青い地球は昔の地球の姿だ。大気が汚染された現在、写真の通り青く美しい地球であるとは言えないだろう。

 今写真を撮れば汚い灰色の星が写されるのではないだろうか。もっとも、衛星も運用できなくなった現在では宇宙から地球の姿を撮影することなど不可能であるが。

 

「ねー、なーとー」

 

「ん? なになに狐稲利ちゃん?」

 

「……ごめん間違えたー……ねーねー寝子ーこの輪っかなにー?」

 

「狐稲利ちゃん!?」

 

「え、私ですか!? えっと……土星の輪のことですね? これはですね、石や氷の塊が惑星の周りをこう……ぐるぐると回っているんです。それがいっぱいあって、まるで輪っかのように見えてるんです」

 

 近くにいたナートに何やら質問しようと呼びかけた狐稲利は、動きを止めナートと写真を見比べた後、寝子へと向き直り質問し直した。

 

 いきなり狐稲利に尋ねられた寝子は狐稲利が指す土星の環についての記憶を思い出していく。星や惑星といったものの知識も少しばかり寝子の頭の中にある。実は犬守村の夜空を見てから興味を持ち始め、密かに勉強していたのだ。

 

「ほほー! やっぱり寝子に聞いてよかったー!」

 

「狐稲利ちゃん!? それはいったいどういう意味なのぉ!?」

 

「まーナートに聞いても無駄っつーことくらいは分かるだろーな」

 

「なにおぅ!」

 

 そんな会話を作業をしながら聞いていたわんこーろは少し離れたところでその写真の一枚を持って悩まし気な顔をしているなこそに気が付いた。

 

「ん~? なこそさん~どうかしました~?」

 

「ん、わんこーろちゃん……。んー……自分でもよくわかんないんだ。なんだかこの写真、懐かしいような気がするんだけど、なんでなのか分かんないの」

 

「懐かしい……ですか~……他の写真に覚えは?」

 

「うーん……全部、見たことがある、ような……でも、いつ見たのか全然思い出せない……」

 

 FSの面々が珍しがっていることから分かる通り、それらの宇宙を写した写真というものはかなり珍しい。教育データとして残されているものでもこれほどまでに鮮明で鮮やかな写真は存在しない。なので、なこそがその写真の映像に身に覚えがあるはずがないのだ。

 

 写真を見つめながら頭を抱えるなこそは何か大切なものを思い出そうとするが、それでも靄がかかったように出てこない。ぎゅっと写真を持つ手に力が入り、首を振り唸るなこその様子に、わんこーろは優しく声をかける。

 

「この写真、なこそさんが持っていた方が良いかもです~」

 

「え、でも……」

 

「ん~……データ全体を確認した限りウィルスのたぐいもありません~ただの画像データです~いいですよね~室長さん~?」

 

『ああ、問題ない』

 

 そんなわんこーろの言葉に室長も二つ返事で了承する。元々サルベージデータは推進室で管理することになっていたし、企業へも集積地帯の初期化進捗報告をすればその地帯で得たデータは好きにしてもいいと許可が出ている。

 

 何よりも、これほどまでになこそが何かに執着したことが今までなかった。恐らくその写真はなこそにとって何か大切な、忘れている大事な記憶の手がかりになるかもしれない。

 

 なこそは手に持つ星々の姿に、美しさ以外の何かを胸に抱きながら曖昧な記憶に声を漏らすのだった。

 

 

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