転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#157 V+R=Wで最初の

 

 FSの面々はV+R=W予定地である集積地帯を離れ、犬守村にいた。

 集積地帯はまだまだ選別しなければならないデータが大量にあり、FSとわんこーろの仕事は大半が残ったままだ。

 だが、利用できそうなデータの大まかな選別は室長曰く"V+R=W一期生と合流するまでに終わらせれば良い"とのことだったので今日のところはキリの良いところで作業を終了し、疲れを癒すとの名目で犬守村へ遊びに来ていたのだ。

 

 家に到着するなりこたつに突入したナートとなこそにため息をつく寝子と○一。わちるはわんこーろを抱き抱えながら何やら話をしているようだ。狐稲利が次は私に抱かせてー! と言っているようで、当のわんこーろは慣れた……いや、諦めたようにわちるへと身を預けていた。

 

「ん~集積地帯のお掃除が終わったら~今度は皆さんに犬守村のお掃除を手伝って貰いますからね~!」

 

 抱きしめられたままでいつも以上に迫力がないわんこーろの言葉に、こたつに入った面々はとろけた声で返事を返すだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、うーん……」

 

「どうです~? ナートさん解けそうですか~?」

 

 しばらくそうしてくつろいでいた面々だが、手持無沙汰で暇そうにしていたナートへわんこーろがとある箱を差し出した。軽く説明を聞いたナートはその箱に興味津々で飛びつき、ナートにしては珍しく集中して取り組んでいたのだが……。

 

「うーん……やっぱムリだよ! これ本当に解法あるの!?」

 

「九尾……くー子さんから出てきたという細工箱ですか……ちょっと失礼します」

 

 ナートが先ほどからこたつの上で唸りながら挑戦していたのは、例の細工箱だった。解法には特殊な条件が必要なのでは、というわんこーろの考えからまずはFSの面々に解いてみて欲しい、とお願いしてみたのだ。

 だがナートはどうやっても無理だと感じたのか細工箱を投げ出し、それを見た寝子が興味を示し手に取る。

 

「お、寝子いけそうか?」

 

「……そうですね……ネット空間だと現実の細工箱にある微妙な隙間が判別出来ないんですね……私には無理そうです」

 

 寝子もしばらく細工箱の表面をなぞり、隙間や動きそうなパーツを探っていくが、ネット空間ではそのような動きそうなパーツというものを指先で感じることは出来ない。

 わんこーろが創ったものならばそういったところまで忠実に再現していたりするのだが、この細工箱に関してはわんこーろが創ったものではないせいか、それともズルをしないようにか、隙間は無くぴっちりとパーツとパーツが組み合わさっている。

 秋のイベント時、細工箱の姿を一目見ていた寝子は後日細工箱について調べ、いくつかの解法も記憶していたのだが、そのどれもが通用しなかった。

 

 その後もわちるや○一、なこそが代わる代わる細工箱に挑戦していくが、結局解法が分かることは無かった。

 

「う~む、別の方法がないか考えないとですね~」

 

 少なくとも電子生命体だから解けないという代物ではないのだろう。

 細工箱に関しては謎な部分が大半で、中に何が入っているのか予想することも難しい。だが、写し火提灯による全体スキャンによれば内部に保存されているらしい情報はそれほど重いものではないらしい。それ以上の詳細な情報を得ることは出来なかったが、たとえ開封出来たとしても(CL-589)との通信も遮断しているため秋のイベントのような騒動にはならないだろう。

 

 そう判断しわんこーろは細工箱そのものの危険度はそれほど無いと考えていた。今では降雪の影響により外で思い切り遊べない狐稲利の手慰みのおもちゃと化している。

 

「みんなーミカン持ってきたよー」

 

「おー! 狐稲利ちゃん三つちょーだい!」

 

「遠慮ねーな」

 

 全員が挑戦しても解けなかった細工箱はこたつの隅に追いやられ、こたつ机の真ん中には瑞々しいミカンが鎮座する。

 

 狐稲利が家の奥から持ってきたそのミカンへ一番に手を伸ばしたナートに続き、わちるもミカンを三つ手に取るとそれを○一と寝子に手渡す。差し出されたミカンをおずおずと受け取った寝子はわんこーろにお礼を言い、それをわんこーろはにこやかに微笑むだけで了承した。

 

 こたつの周りでFSが好きなようにくつろぐ。ミカンの皮を剥き食べ始める者、こたつに首まで埋まって寝ようとしている者、そしてこたつ机にいくつもの資料を広げて眉間に皺を寄せている者。

 

 わんこーろはそんな難しい顔をしている人物、なこその隣へと移動する。彼女が何やら広げている資料に目を通すと、どうやらそれは様々な"ガイドライン"と配信者運営企業に関する資料のようだった。

 

 ガイドラインと言っても様々なものが存在するが、その資料は現在ゲームなどの配信に関するいくつもの企業が提示しているガイドラインだった。

 つまりは配信者が配信をする際に守るべきルールが記載されたもの。それらをなこそは見比べ、そしてうんうんと唸っている。

 その資料の隣には大手と呼ばれるいくつもの配信者運営企業の資料が置いてあり、こちらも見比べやすいように綺麗に並べられている。

 

「なこそさん、それなんです~?」

 

「室長からの宿題」

 

「? しゅくだいー?」

 

 疲れたような声音でそう応えるなこその様子に、狐稲利は首を傾げてわんこーろと反対のなこその隣へと腰を降ろした。

 

「ほら、V+R=Wで配信者全体に共通のルール決めするって話だったでしょ? それの草案をね……。一応FSとかの配信者運営団体とか、企業のガイドラインを基にして作ろうと思ってるんだけど……なかなか難しいんだよね」

 

「決める範囲をデカくするとルールの意味ねーし、限定し過ぎると絶対不満出るしな」

 

 ミカンを食べながら○一が補足する。こたつ机の上に並べられた資料は室長や灯がわざわざ取り寄せたものもあるが、FSの面々が空いた時間で収集したものも含まれている。小さな配信グループや、個人勢の配信スタイルなどが記された資料も存在し、それほど詳細なものではないが数だけはかなり揃えられている。

 

「草案が出来たら一期生のみんなに見せて、改修案を募る。二期生、三期生、四期生とV+R=Wに来た順番に見せて同じように改修案を募って、それでとりあえず完成って感じにするつもり。その後は半年とか一年とかの間隔でNDS一般利用者と一緒にルールの改修に関する話し合いをする場を設けようかなって」

 

 V+R=Wに所属する予定の配信者たちはそれこそ多種多様な者たちばかりだ。ゲーム配信などが主な活動と思われているヴァーチャル配信者であるが、当然それ以外の能力を駆使して活動を行っている配信者も多い。歌、ダンス、絵、アニメーション、動画・音楽編集、司会、小説などなど……。

 

 そんな自身の能力を存分に発揮した配信者たちの存在は秋のV/L=Fで行われたステージによって大々的に知られることとなり、配信者というものに馴染みのない人々の興味さえ引くほどだった。

 

 また、同時に配信者たちの性格についても大きく話題となった。ほぼほぼ罵倒と煽りで構成された語りでありながら、なぜか面白く聞きやすい雑談を交えた配信を行う強者であったり、口調や考え方からしてどう見てもお嬢様で、配信なんてしているような身分でないはずの配信者がいたりと、その多様性はテレビやラジオのパーソナリティを担当する、喋りを本職とする人々もメイクで反応するくらいには有名になり始めていた。

 

 そんな、配信形態も性格も何もかも違う配信者たちに一律で遵守させるルールとなるとそれはかなりの難易度だ。彼ら彼女ら全員に共通するルールを作るのはまず不可能。なので問題はどのあたりで妥協し、落としどころとするかだ。

 

 そして妥協する線引きはなこその独断によって決定される。もちろん彼女が言ったように、今後V+R=Wに配信者が参加するたびにルールの改修に関する話し合いが行われ、より良い物になっていくのだが、それは今後の話であり、最初の最初、草案の時点ではなこそがそのあたりをさぐりさぐりで決めていく必要があった。

 

「なるほど~さすがなこそさんです~色々考えないといけないことが一杯ですね~」

 

「あはは、わんこーろちゃんには土地創りをお願いしてるからね。これくらい頑張らないと」

 

「ん~……お疲れみたいですね~。よっ、っと~」

 

「へ、え!? わ、わんこーろちゃん!?」

 

「あ……かわい」

 

「ダメダメお姉ちゃんと妹、みてーな図だな」

 

「……むう」

 

 なこそからすれば自身の行っている仕事は既存のルールからV+R=Wに合致する部分を見つけ参考にし、一応の形にする程度なのだと考えていた。それでも大変な仕事ではあるが、実際にネット空間へ大地を創り出すわんこーろと比べれば何とも地味なものだと本人は思っていた。

 

 こたつから抜け出し立ち上がったわんこーろは、空元気のように見えるなこその頭を撫でる。丁度座ってこたつに入っているなこその頭の位置は、立ち上がったわんこーろの背の高さと同じくらいで、頭を撫でるに丁度良い位置だった。

 お疲れ気味ななこそをいたわるように、その小さい手でよしよし、となこその頭を優しく撫でる姿は周囲の視線を集め、当のなこそも予想外なことに驚きながらもとろけたような顔をしていた。

 唯一、わちるだけが頬を膨らませて何やらジト目をわんこーろに向けていたが。

 

「……ありがとうわんこーろちゃん……あぁ、癒し……」

 

「おかーさ! つぎ、次わたしっ!」

 

「……あの……私も……」

 

 なこそが資料に突っ伏す傍ら、撫で撫でを要求しながらわんこーろへ頭をぐりぐりと擦り付ける狐稲利。わんこーろは仕方ないとばかりに狐稲利の頭も撫で始め、それを見たわちるが次をお願いしたいと小さな声を上げる。そんないつも通りな光景に仕方がないと微笑むわんこーろは少し元気になったなこそに語りかける。

 

「なこそさん、無理しちゃだめですよ~? ……それにしても、話し合いをする場、ですか~」

 

「そういえば話し合いもそうですけど、決めたルールの内容をV+R=W内でどうやって告知するんです?」

 

「寝子ちゃんのいう通りそれも悩みどころなんだよね。V+R=W参加者共通のメッセージ機能なんかで文書として通知するだけじゃ読まない人もいるだろうし……読んでも文字だけじゃなかなか理解できにくいかもだし……」

 

 V+R=Wに参加した者はV+R=W専用のNDSアカウントが発行されることになっている。運営への連絡手段として用意されたそれを使って、当初各種連絡事項も通達しようとなこそは考えていたのだが、それだけではあまり効果が無いのではないかと感じていた。

 

 連絡のたぐいを読まない人間は絶対に居るし、それを強制するのは難しい。説明を読まなかった本人が悪いからと話を終わらせては空気は悪くなるだけだ。より良い空気を作るために運営はそのような必要事項を確実に周知させ、それが苦痛でなく受け入れやすく、そして分かりやすいものにするべきなのだ。

 

「ふむふむ……V+R=W参加者へのルールの周知、それを教えるため……あ~~」

 

 そして、そんななこその悩みにわんこーろは一つのアイデアを思いつく。数えきれないほどの人数に、同じ何かを教える。そしてその行為そのものがこの世界の人間にとって新鮮で楽しいものであるというアイデアを。

 

「じゃあなこそさん、こんなのはどうですか~? ルールを周知するための専門の施設を造るんです~。その施設でルールを知らない人たちを集めて~分からない部分を教えてあげる、みたいな感じで~。他にもV+R=W参加者に周知したい知識や技術の授業なんかも行うと良いかもです~」

 

「施設? 授業……ですか?」

 

 わんこーろの言葉に寝子が疑問符を浮かべる。教えることを専門とした施設と言うものを、寝子も他のFSの面々も正確にイメージが出来ない。彼女たちが考える"授業"という行為は、情報端末を用いて家で行うものだからだ。

 

 寝子たちが知る授業はなんとも平坦でつまらないもの、というイメージが強いが、わんこーろが提示したそれは単純で見知った授業とは一線を画す。

 

「はい~。V+R=Wの中心地、V+R=Wで一番最初の建築物として~"学校"を造るのはどうでしょう~?」

 

 


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