転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
ヴァーチャル配信者、
秋に行われた大規模イベント、V/L=Fに招待されFSの九炉輪菜わちると共に最終イベントで大いに活躍したことでチャンネル登録者数を大きく伸ばし、個人勢としてはわんこーろ、真夜に次ぐ勢いを誇っている。
だが、それと同時にかかおは最終イベントを経験したことでその後の配信に何か物足りなさを感じていた。モチベーションも低下気味で、メイクのつぶやき投稿は行っているが、ほぼ毎日していた配信間隔が延び、週に一度程度となっている。
犬守村という現実と思えるほどにリアルなネット世界で、今後の配信者界隈の未来をかけて戦ったあのイベントの興奮が、かかおの中に強烈に印象付けられたのだ。
簡単に言ってしまうと、かかおは燃え尽き症候群となっていた。
あれ以上の経験は無い。あれこそが自身の配信活動の頂点だったのではないか、そう思えて仕方がなかった。
ヴァーチャル配信者というものに飽きたわけではない。チョコガキと揶揄うファンは憎たらしくも愛おしく、ファンが応援してくれる限り配信を止めるつもりなど毛頭ない。だが、あのイベントのようなワクワクとした感情を、このまま配信を続けても得られるかは分からない。そんな考えがかかおからやる気を奪っていた。
「はぁ~……疲れた……休日も授業とかマジありえん……でも、ようやく終わった……」
その日、かかおが授業から解放されたのは夜も遅く、もし太陽が見れるなら既に地平線へと消えている時間帯。本来ならば休日ということで動画編集作業をしながら次の配信で何をするか考えようと思っていたのだが、溜まりに溜まっていた未試聴の授業を消化しなければならない事に気が付き、そんな予定は無残にも崩れ去った。
かかおの燃え尽き症候群は配信だけでなく、その他生活にも支障をきたしていた。それまでながら見ではあるが、一応視聴していた授業の動画さえも見なくなっていた。
そのため溜まっている授業は膨大な数にのぼり、それを全て処理するにはどうやっても数日はかかる計算だった。
これ以上授業を溜めればそもそも卒業が危ぶまれると感じたかかおは数日のあいだ配信活動やSNSを停止し、授業漬けになることを選択した。
ボドゲなどの頭を働かせ、集中力を持続させることが得意だったかかおは、なんとか溜まりに溜まった授業を数日かけて処理することに成功。最後の授業終わりの教師の長い話を打ち切り、リモート環境を閉じ、そこでようやくかかおはヴァーチャル配信者としての顔になる。
「よしっ! この画面開くのも久々だな~。ええと、前回どこまでやってたっけな……久しぶり過ぎて分からん……んん? なーんか来てんね……そういや数日前からチェックしてないや」
無名火かかお専用のメッセージフォームには授業を消化していた数日分のメッセージが溜まっていた。コラボに関する打ち合わせや配信に利用する素材の依頼、その返答など、どれもが重要かつ早々に返事をしなければいけないものだ。
だが、そんな事務的連絡に交じって一通だけ気になるメッセージがあった。
「……推進室……? フロント・サルベージの運営……!?」
それはFSの運営組織である推進室からだった。一般には知られていないが、FSはかの有名な塔の街を拠点としているグループだ。全ヴァーチャル配信者のトップに君臨し、その知名度の高さと拠点としている場所の珍しさから、コラボを願う他の配信者も多く、尊敬や敬愛の念を抱くような配信者もいるらしい。
そんなFSとかかおは交流がある。なこそとはしょっちゅうボドゲコラボを行っているし、秋のV/L=Fをきっかけに新人であるわちると仲良くなったり、それ以前からFSメンバーとはそこそこ親しくしていた。公開しているメッセージフォームを利用しなくとも、私的な連絡先を交換さえしているくらいだ。
だが、今回送られてきたのはそのような気軽なものではなく、推進室からの正式な依頼が書かれたものだった。書き始めから企業特有の堅苦しい内容が続くことから、恐らく他の配信者へも同じ文面が同時に送られているのだろう、当たり障りのないその内容を読み進めていくうちに、かかおの顔は驚愕に染まり、ついに叫び声を上げてしまう。
「ば、
書かれていた内容はV+R=Wプロジェクトの大まかな内容と、それに参加する権利をかかおが得ている、というもの。他にも各種付属の支援内容や守秘義務に関する書類などについて説明がされていた。
中には"NDS内の空き容量の一部にV+R=Wのデータが保存されることに関する了承"などの項目も含まれていたが、かかおにはこれが何を意味しているのかはよくわかっていなかった。
V+R=Wの土台となる集積地帯はこの世界に存在するすべての情報端末の空き容量を少しずつ借りて維持されている。だが、この状態のままでは公式の仮想空間として公開するには少し問題がある。わんこーろが犬守村を全世界へ公開せず、犬守写真機などを経由しているのもそのあたりが理由だ。
そこで室長はこの雑多な端末たちによって維持されているV+R=Wを、NDS依存の仮想空間として更新しようと考えた。空間を維持するいくつもの情報端末との繋がりを切り離し、代わりにNDSの空き容量を利用してV+R=Wを維持しようと考えたのだ。
もちろんNDSだけでなく各企業もこの空間の維持のためにサーバーを用意したりしているが、やはりNDSの小型かつ大容量の端末を利用しない手はない。だが、そのため今後V+R=Wへ降りる配信者たちのNDSはFSが利用していたものよりは多少容量という点で余裕がなくなっている。それらの理由とNDSがV+R=Wへのダイブ専用の機器であることも添付書類にて説明されているので、そこは問題にはならないだろう。
かかおは数日前から授業の消化に追われており、他人の配信を見ていられる余裕がなかった。自身のメイクアカウントすら確認せず、見ているのは授業の動画のみ。……そして今に至る。
なので、FSが発表したV+R=WやNDSの大規模テストなどの情報を全く知らない状況だった。
「ひ、ひぃいいい!?」
たまらずメイクを立ち上げ情報収集に乗り出すが、出るわ出るわ驚愕の新情報の大洪水。たった数日程度ネットから目を離しただけで世界から置いていかれたような感覚にかかおは混乱の境地だ。
【ちょっとお前ら!何これ!?!?私知らないんだけど!?!?!】
【おっせーぞチョコガキ!】【チョコちゃんお久~w】【えーV+R=W知らないの~かかおちゃん遅れてる~w】【なんで招待された本人がそんなに情報遅れてんだよ……】
「なーんでお前らの方が詳しいんだよ!?」
メイクでちらっと混乱具合をつぶやくと、マウントを取られたうえで驚かれ、最後に心配された。
「くそう! なんでこんな面白いこと私が居ない時に発表するかなあ!? もう! もう……!」
一つ一つ情報を確かめていくかかおは口では悪態をついているが、その顔は何とも楽しそうだった。
大規模仮想世界の構築という配信者界隈以外の様々な界隈も注目しているプロジェクト、それに自身が一期生として選ばれたという事実が、かかおの燃え尽き症候群を吹き飛ばす。
世界の構築にはわんこーろも参加し、そのクオリティは犬守村レベルであることは確実だ。かつて体験したあの世界をまた体験できる。しかも今度は自分たちで創り出そうと言うのだ。これはアガらないわけがない。
「よっしゃあ! お前ら今から雑談配信すっぞ!!」
この気持ちを一人で発散することなど出来ない。ファンたちと一緒に盛り上がるべきだ。それこそが配信者というもの。
結局かかおはその日、日付が変わるまでV+R=Wについて視聴者と語り合うのだった。
「あー、おかーさー。かかおが配信してるー」
「ん~? あ、本当ですね~招待状が送られた配信者の中でかかおさんだけが何の反応も無かったのでなこそさんが不安そうにしてましたけど~……うんうん、配信内容的にどうやら一期生として参加されるようですね~」
夜も深まる犬守村ではわんこーろと狐稲利がドサドサ降り続ける雪を眺めながら他の配信者の配信を見てゆったり過ごしていた。こたつの温かさが部屋全体に広がり、外が豪雪であっても部屋の中は過ごしやすい温度となっている。こたつの布団をかぶり、枕を抱く狐稲利が寝そべりながら見ていた動画配信サイトの内容に、思わずわんこーろへ振り返る。
見て見て! と言いたげな狐稲利の視線に笑顔で応え、わんこーろもミカンを剥きながらかかおの配信を眺める。時々出る過激な発言に苦笑いしながらも視聴はやめない。
少し前なら教育上良くない配信はあまり狐稲利に見せたくなかったわんこーろだが、そのあたりの分別は出来るようになってきただろうと、特に何も言うことは無かった。
「これで一期生は全員決まりましたね~」
「うん! はやくみんなと会いたいなー」
既に一期生候補全員に招待状が送られており、現在行われているかかおの配信によって候補である100名全員の一期生登録が確実となった。かかおや真夜はもちろん、イナクプロジェクトの面々も全員が一期生となることを希望し、それ以外にも歴戦の配信者たちから秋のV/L=Fで初配信を行った新人まで、多種多様な配信者たちが一期生となり、わんこーろたちとV+R=Wへ降りる第一陣となることが決定した。
「ともだちひゃくにんできるかなー?」
「んふふ~狐稲利さんならできますよ~。それに~100人じゃあ少ないくらいになるんじゃないでしょうか~」
「おおー! ひゃくにんよりいっぱい!? 名前覚えられるかなー?」
「電子生命体の力の見せどころですね~」
「うんー! 私はおかーさと同じだもんー!」
V+R=Wで行われる大規模テストに使用されるNDSの数は全部で400台。それが全て無償で参加者に提供されるのだが、実はテストの全工程を合わせた参加者の人数は、402名となっている。
その2名とは、もちろんNDSを利用せずともV+R=Wへと行くことのできる、わんこーろと狐稲利だ。
あえて参加者リストなどは公開しない予定ではあるが、このプロジェクトの話題性を考えるとすぐに判明することだろう。そして、それがまたわんこーろの電子生命体という、設定と思われている部分に不可思議なリアルさを生み出すことになる。
それは電子の海に存在するわんこーろに人ならざる神秘性を持たせる、ある種の都市伝説じみたものとして世間に定着する事だろう。推進室もわんこーろも意図しないところであるが、そのような現実ではありえないような謎な部分もわんこーろの魅力でもあるのだから、視聴者としては望むところであろう。
深く調べれば調べるほどわんこーろが人では無いという証拠しか出てこない。彼女をよく知るものは全員口をそろえてこう言うのだ。「わんこーろは、本物の電子生命体だ」と。