転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#159 雪まつりコラボ準備回

 

 その日、ヴァーチャル配信者グループ、FSはかつてない壁に道を阻まれ挫折しようとしていた。これまでありとあらゆるトラブルや炎上騒動を経験し、歴戦の猛者的な配信者と成っていたメンバーたち。新人であるわちるとて例外ではなく、FSの濃い面々や周囲のアレな配信者たちに揉まれて研磨されたわちるの心はステンレス鋼のように錆び付かない不屈の心を手に入れようとしていた。

 

 だが、そこに存在する超える事の出来ない大いなる存在を見れば、自分たちではどうしようもない事態であると諦めを抱くのは仕方のないことだった。

 どれだけ足掻こうと決して消えることのない目の前の異様。膝を折り、絶望を抱くしかない己の無力さ。

 

 だからそれを投げ出しても、誰も文句は言わないだろう。視聴者だって分かってくれる。

 

 ゆっくりと、そして諦観した面持ちでナーナ・ナートは他のFSの面々を見渡し、口を開いた。

 

「やっぱり……あきらめようよぅ……」

 

 涙さえ浮かべ、絶望に染められた空気に嘆くナートの声は、正面に居た白臼寝子によってかき消された。

 

 

 

「馬鹿な事を言っていないで早く手を動かしてください。今日中に雪掻き終わりませんよ」

 

「うーん重い……雪ってこんなに重かったの?」

 

「オラオラさっさと済ませっぞ! あ、オイ寝子! 屋根の下行くな! 雪落ちてくんぞ!」

 

 速攻の寝子のツッコミをよそになこそは雪の重さに四苦八苦し、○一は雪かきチームの全体指揮を執る。寒さに息を白くし、汗をにじませる彼女たちの壁……と言う名の雪壁はいまだ高く存在している。

 

 その日、犬守村は久しぶりに雪雲が動き、犬守山周辺は珍しく晴れ間が見えていた。

 差し込む日光、それを反射する大地を覆う雪の眩しさにFSの四人は目を細める。もこもことした防寒具に身を包み、片手にはわんこーろより手渡されたスコップを握りしめている。

 

 先日わんこーろはV+R=Wの整地作業を引き受けたのと交換条件としてFSに犬守山の雪掻きをお願いしていた。交換条件とはいってもそれほど堅苦しいものではない。雪かきは重労働ではあるが、わんこーろと狐稲利ならそれほど苦にはならない。FSにはちょっとしたお手伝いをしてもらうつもりだった。

 

 

 問題なのは雪掻きというものが時間がかかる上にそれほど代わり映えしない光景が続くこと。つまりは配信してもあまり映えないところだ。

 

 現実世界のこの国に住む住人は実際に雪など触った事などないだろう。環境の変化により雪が降らず、地上に住む人間でも雪を体験したことのない者ばかりだ。だから、ただわんこーろと狐稲利が雪掻きをしているだけの配信でも視聴者に楽しんでもらえるだろう。

 

 だが、それでも長時間同じ光景を配信し続けるというのは視聴者に申し訳ないという気持ちが大きかった。そんな時、狐稲利が行った御神渡りの配信を見たFSが雪を見に行きたいと言い出し、それなら雪掻きを手伝ってもらえないか? とわんこーろが聞いてみたところ快諾。そうしてFS全員での雪掻き配信コラボが実現したわけだ。代り映えのしない雪掻き配信もコラボ配信にすれば面白おかしい配信へと早変わり、見ていて飽きないものとなった。

 

 

 この雪掻きコラボと名付けられたコラボ配信は、後日行う予定の"雪まつりコラボ"の準備の様子を配信するという説明から始められ、本人たちによってコラボ会場が整備されていく様子が配信されるというものだ。

 もうこれが雪まつりコラボなのでは? という困惑したコメントをよそに、四人は黙々と作業を続けていた。

 

 

『もうナート埋めちまおうぜ』『雪だるま(ナート入り)』『もっとなこちゃんや寝子ちゃんを見習ってもろて』『そうそう。出来れば見た目にも気を使ってほしいものだが』『あぁ~寝子ちゃんの猫モチーフの帽子かわえ~~~』『寝子ちゃんだけ防寒具のクオリティが違うくね?』『ナートなんて毛玉だしな』『た、耐寒性能はずば抜けてるから(震え)』『灯さんの自信作ですなこれは』『○一姐さんプロっぽくて草』『実際雪が屋根から大量に降ってくる事あるから気を付けた方がいい』『?別にそれくらい大丈夫じゃね?』『雪を甘く見てはいけない。直撃すれば骨折の可能性があるし、生き埋めになったら命にかかわるぞ』『え、まじで……』『雪掻きは命がけの作業なのだ』

 

「こ、骨折……」

 

「移住者さん、あまりナートお姉ちゃんを怖がらせないでください。あの震えは寒さだけのせいではなさそうです」

 

『効いてる効いてるw』『ちょっとは脅しといたほうが事故無くていいんよ』『ナー党は党首のしつけがうまいなぁ』『遊ばれてるだけで草』

 

 犬守村全体の雪掻きは面積的に無謀だとわんこーろが判断したため、今回雪掻きする範囲はわんこーろと狐稲利の主な生活範囲である犬守山と、田んぼのある山の入り口付近までということになった。札置神社はくー子に任せ、火遊治の辺りは火山の熱で解けてくれる。長期間の降雪が予想される北守山地は冬の間、深いところまで立ち入らないことと決めた。

 

 FSの四人は山の入り口から徐々に雪掻きを行っていき、ナートが力尽きる寸前で何とか犬守神社まで到着することができた。

 夏のコラボの際はこの道を登るだけで息切れしていたナートだが、秋に行われたV/L=Fのダンス練習から続けている筋トレの成果が出たのか、雪掻きをしながらでも途中でギブアップしなかった。

 

「しっかし、現実の筋トレ効果が仮想世界(こっち)で実感できるとはな」

 

「実際に筋肉があるから有利、って訳じゃなくて、力の使い方を知った脳がこちらの世界でも反映されている、ってことかね?」

 

『なるほど、脳の体験がそのまま反映してんのか』『違和感なく没入出来そうでいいな』『逆に言えば、脳を騙せばガリガリでもマッチョな姿でネット空間に!?』『違和感ヤバくて酔いそう』『さすがに無理っしょ』

 

「どーでもいいけどぉ……早く休憩したいぃい……」

 

『そしてこちらはネット世界なのに疲れているヤツ』『な、情けない……』『NDSなんだから肉体はベッドの上でしょ?』『確かに。おらナート体は休んでんだから休むな』『休みながら休むなという矛盾』『頭爆発しそうw』

 

 犬守神社の境内は思いのほか広く、そして積もっている雪の量も尋常ではない。まだ本格的な冬になっていないにもかかわらず既にナートの腰辺り、わんこーろが完全に埋まってしまうほどの厚い雪の層が境内を覆っていた。

 その壁を切り崩す作業は思いのほか体中の筋肉を使い、ナートでなくても皆、肩で息をして辛そうにしている。

 

 そんな時、神社の奥、わんこーろ達が生活している家から元気な声が聞こえてきた。

 

「みなさーん! 休憩の用意が出来ましたよー!」

 

「うおっしゃあああああああ!!」

 

「はあ……ナートちゃんさぁ……叫ぶ元気があるなら」

 

「まあしゃーねーよ。……境内はあらかた終わったな。神社の裏をやりゃあ終わりかね」

 

「お疲れ様です。なこそお姉ちゃん、○一お姉ちゃん」

 

「寝子ちゃんもね~」

 

「寝子ちゃん寝子ちゃん、わたしも、わたしも!」

 

「はいはい頑張りましたねナートお姉ちゃん」

 

『情けねえなナート……』『寝子ちゃんの方が年上ぽくて草』『自分よりも小さい子に縋り付くんじゃねーよナート!!』『みんなお疲れー!』『最初と比べるとかなり進んだな』『はじめは雨戸を外した瞬間縁側に雪がなだれ込んで来たからなw』『おつおつ』『わちるんたちもお疲れー』『わんころチームは何作ってたの?』『やっぱり外は寒かったしなーあったかいもんが欲しい』『何かな何かなー?』

 

 ある程度犬守神社の境内の雪掻きが終わってひと段落していた四人に声をかけたのはわちるだった。料理が出来るわちるは雪掻きチームとは別の作業を任されており、わんこーろ、狐稲利と一緒に家の方で雪掻きチームの為に体の温まるものを作っていた。

 

 休憩という言葉を聞いたナートは先ほどまでの疲れた様子が嘘のように叫び、目を輝かせる。あまりの変わりようになこそは大きなため息をつき、寝子は白い眼を向ける。○一はそんな様子を横目に境内の雪掻き具合を見ているだけ。

 視聴者もナートの姿に呆れながらも全員を労わり、そして用意されているという体の温まるものに興味深々だ。

 

「んおお!? いい匂い!!」

 

「何だか甘い匂いです……」

 

「なにかな? 嗅いだことのない香りー」

 

「確かに。何作ったんだわちる?」

 

「えへへ、わんこーろさんに手伝ってもらって、おしるこを作ってみました!」

 

『おしるこ!!』『……って、なに?』『甘い匂いとは?』『画面ごしだと匂いなんてわかんねぇ……』『NDSだとそのあたりもリアルなんだろうなぁ』『おしるこかぁ……いいなあ』『この時期ならではの食べ物だな』『ほうほう、冬限定の食べ物なのか?』『どんな姿なのか……』『これは期待』

 

 縁側に腰かけ服をはたいて雪を落としていると家の奥から温かな空気を感じる。囲炉裏で燃える薪の匂いがほのかに混じるその暖かさには、また別の匂いが混じっていた。

 その暖かさに乗って甘く食欲をそそる匂いが漂ってくる。砂糖を煮詰めた甘い香りを嗅ぎながら、雪掻きを終えた四人はわちるに促されて雪に濡れた上着を部屋の隅に吊るして乾かし、手を洗ってからこたつの中へと入り込んだ。

 

「では皆さん~どうぞ頂いてください~」

 

 家の奥から現れたわんこーろはその手に持つ盆に人数分のお椀を載せて現れた。白い湯気を昇らせるそのお椀の中身に、FSの面々は目を輝かせるのだった。


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