転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
雪掻きがいち段落し皆が休憩に入った直後、犬守山をまたもや大きな雪雲が覆おうとしていた。もともと奇跡的な晴れ間だったのでそれも仕方がないことであるが、ちらちらと降り始めた雪によって、せっかく綺麗に雪掻きがされた境内にまたもや雪が積もろうとしていた。
『あーあせっかく雪掻きしたのに』『こればっかりはしゃーない』『効率が~って言う訳じゃないけど、これはやってられん』『仕方ないよ、自然てそんなもんだ』『そうそう、気にしてるのは俺たちくらいだと思うぞ?』『確かに。当の雪掻きチームはお汁粉に夢中だしなw』
雪掻きチームはそんな無情な降雪にさぞやがっかりしているかと思われたが、どうやらそれどころではないようだ。
「あ、甘……でも、すっごいあったまる~」
「うーん甘い……狐稲利ちゃんおかわり!」
「はいはーい!」
「小豆ですね……犬守村の?」
「はい~小豆は育てていたのが間に合ったのでそれを使いました~残念ながらお砂糖は時期が合わず~……来年に期待ですね~」
わんこーろが用意した雪掻きのお礼は小豆から作った粒あんを利用したお汁粉だった。秋の終わりごろに収穫して岩戸で保存していたもので、今日の為にわんこーろが小豆を煮るところからこしらえた特製のお汁粉だ。
ただ甘いだけでなく少量の塩が味を引き締め、粗い粒の小豆が良い食感となり飽きさせない。疲れた体に温かさと甘さがしみわたり、その心地よさに思わずとろけた声が出てしまう。
『感想が甘いしかなくて草』『まあ実際すっごい甘いよw』『体は温まるし、働いたあとの糖分は必要。つまりお汁粉は完全栄養食』『それは草』『絶対太るわ!』『しかしわんころちゃんよ、何か足りないのでは?』『え? なにが?』『そりゃあ、お汁粉と言ったらアレよ』『白くて丸いアレな!』『え?四角じゃねーの?』『どっちもあるじゃろ』『丸い?四角い?アレ?』『あーアレかー分かる分かる。うん』『草』『絶対分かってないやろw』
「次回来られた時には足りないものが入ったお汁粉をご馳走させて頂きますよ~」
申し訳なさそうに笑うわんこーろは移住者の言う、足りないアレのことを考えていた。材料も作るための道具も既に用意してあり、作ろうと思えばいつでも作れるのだが、もう何週間かすれば犬守村も年末がやってくる。そのタイミングでアレを作る配信でもしてみようか、と。
「まだおかわり欲しい人ー!」
狐稲利の声にナートが勢いよくお椀を掲げ、寝子もおずおずと椀を差し出している。そんな光景を微笑ましく見守りながら、わんこーろは自分のお椀によそわれたお汁粉に舌鼓を打つのだった。
「みなさ~ん。今日の雪掻きコラボはこれにて終了したいと思います~~この後、裏でFSの皆さんには家の裏の残った雪掻きとか~押し入れの片付けなどでめいっぱい頑張ってもらおうと思います~」
「ええ!? 聞いてないよぅ!?」
「うるさいですナートお姉ちゃん」
「お汁粉こぼすなよ」
「うーん……なんだか眠くなってきた~……おやすみ」
『おつ!』『草』『重労働を課せられるFS草』『家主には逆らえんのよ……』『後ろでナートが悲鳴上げてるがw』『なこそは寝ようとしてるぞ』『こんなわちゃわちゃで終わるのかw』『とにかくお疲れさまでしたー!』
「はい、配信はちゃんと切れてますね~~。それでですね~皆さんに見て頂きたいものがありまして~」
配信がしっかりと切れていることを確認したわんこーろは拡張領域よりとあるものを取り出し、それをこたつの上に置く。既にお汁粉を食した後の椀は片付けられ、こたつのおよそ八割ほどを占領するその巨大なものは、精巧に造られたミニチュアハウスだった。
「うわ!? 何これ……すご……中までしっかり作ってある……」
「これ、映像資料で見たことあります……木造の、昔の学校ですね」
それはわんこーろが作った学校のミニチュアハウスだった。大きな校舎と思われる建物が一棟、その隣に渡り廊下で繋がってもう一棟。広い運動場と、少し離れた場所に別の建物がいくつか並んでいる。
「本当はV+R=Wの実際の土地に仮で造ってみるつもりだったんですが~そうなると学校の建設風景を配信で流してもいいのかな~? と疑問に思いまして~。一応V+R=Wは企業さまから借りている土地な訳ですし~まだV+R=Wについては秘密にしている部分が多いですから~勝手に配信画面に載せるのはいけないような気がしまして~。なのでこんな感じでミニチュアを造って見たんです~」
わんこーろがこれはミニチュアだ、と説明しFSも皆それがミニチュアだと思っているが、実際にはV+R=Wに実装する学校のデザインを縮小しただけのデータなのでミニチュアと言うよりは実際に人が住める空間を縮小しただけとも言える。
そのためミニチュアよりも精巧で実際の大きさに戻した時の齟齬が無い。
今こたつの上にあるものは、つまりはV+R=Wに実装する建築物そのものなのだ。
「この大きな建物が第一校舎です~。その隣が実験室や部室などが固まっている実験棟~。離れたところにあるのは食堂で~こっちのは寮のつもりで造りました~」
「へえ~なんだか見てるだけでワクワクするね」
「自分がここで生活してたらどうだろうって、想像するだけで楽しいです!」
「ふむ……かなり広い土地ですね……」
「面積は塔の街を参考にしてます~この学校と周辺施設でV/L=Fを行った展示会場全体と同じ面積ですね~」
V+R=Wの構築はまず、その空間の中心となる場所にこの学校を造るところから始まる。V+R=Wに降り立った者たちはまず、この学校内で生活しながらV+R=Wのルールや今後の開拓作業に関しての授業を受けることになる。
この開拓に関してはNDS一般利用者が来る来年の夏までという期限があるので参加配信者たちには一定の開拓ノルマが設けられているがそれほど厳しい物ではない。というよりも、一般利用者受け入れまでに完了しておきたい敷地分ならば、わんこーろとFSで問題なく開拓することが出来る。だが、真っ白な世界を開拓するという何とも配信映えしそうな事に携われないのはもったいない! という参加配信者側の願いによって各配信者にはノルマという形で開拓作業が割り当てられた、という経緯がある。
「寮があるんですね……私たちも利用できるんですか?」
「もちろんです~。寮は基本的に学校での長時間作業を行っている方のために開放しようと思っています~」
寮、と名付けてはいるがここが仮想世界である以上、そこで寝泊りすることは稀だろうとわんこーろは考えていた。あくまで寮は一時的な休憩施設としての意味合いが強い。だが、そのような予測を上回るのが配信者というものだ。
「休憩だけじゃ済まないと思うよ? 夏のコラボの影響で一日中配信しっぱなしなんて配信者もぽつぽつ現れ始めたし、NDSでもそうなるんじゃないかな?」
なこその言葉にわんこーろも頷く。もちろん、中には丸一日V+R=Wにダイブし続ける猛者が現れることは容易に想像出来る。NDSでなくても数時間余裕で配信を続けるような者たちが多い配信者界隈において、このような未知で新鮮な世界での体験は数十時間でも続けていられるだろう。体の負担を考えることなく。
「それを取り締まるためのルール作りだろ? 草案ってのは出来たのかよ?」
「それが、まだなんだよねぇ……まあ、まだ時間はあるからじっくり考えるよ」
「私たちもお手伝いしますから、頑張りましょう」
それを注意し、抑制するためのルール作りもFSたちの仕事なのだ。とはいえ草案に関してはなこそがメインで制作することになっており、他のFSメンバーには意見を求める程度に留めている。配信者と運営との橋渡し的な位置にいるなこそだからこそ任された仕事であり、本人もその自覚があるのか積極的に進めている。
とはいえなこそだけに任せるのでは忍びないと他のメンバーも気にかけている様子だ。○一の言葉もそれだけ見れば他人事のようだが、その実なこそのことを心配しているから出た言葉だ。
なこそも不器用な○一の事を理解しているようで、その言葉を不快に思っていない。頭の片隅に草案のことを考えながら、今は目の前にある学校をまじまじと観察していた。
「んふーみんなーこれ見てー」
「お? 人形、か……?」
「これよく見たら私たちの人形ですね……かなりデフォルメされてますけど」
狐稲利が取り出したのは小さな五つの人形だった。リアルなものではなく二頭身程度にデフォルメされたそのキャラはそれぞれがFSのメンバーの特徴を表しており、どこか体つきや顔つきも似ているように見える。
「一応どの程度の規模になるかを確認するために人形を作ってみたんです~ほら~これとか寝子さんみたいでかわいいでしょ~?」
わんこーろが寝子に手渡した人形は白い髪が特徴的な寝子によく似ていた。身長も一番低く、真面目そうな表情もどこか寝子らしさがうかがえる。
「『わははー! この学校はワタシが占拠したぞー!!』」
「ナートお姉ちゃんがお人形遊びを始めたのですが」
「なにをー! テロリストにせんきょされた学校は私が守るよー!」
「狐稲利が参戦したぞ」
「ホント仲いいねぇ」
「おっと、わちるんの人形が落ちてこたつの下に……あれ? どこいった?」
「しかたないーわちるは諦めようー正義のためのとうとい犠牲ー」
「諦めないで!?」
冬の雪が降る犬守村でFSはこたつの中でV+R=Wについて話し合う。だがそれは雑談を交えた緩い空気が流れるのんびりとした光景で、彼女達は自分たちの形作るV+R=Wという未来に思いを馳せる。時折わんこーろや狐稲利が差し入れるミカンやお茶を食しながら、その和気あいあいとした話し合いは続いていく。
太陽がはるか山地の向こうへと沈んでいく。しんしんと降りしきる雪は徐々に勢いを増し、寒々しい冬が本格的にやってこようとしている。
それでも、このこたつの温かさの中なら、乗り越えられるだろう。わんこーろはそう思いながらわちるの膝枕で眠りに就くのだった。
カチ、コチと壁掛け時計が時を刻む。現実世界と同じ時間を刻む犬守村は雪降る静寂の中、FSとわんこーろ、狐稲利が静かにその時間を味わっていた。
こたつの温かさにまどろむわんこーろや狐稲利。その頭を優しく撫でているわちると寝子。○一とナートも互いに肩を寄せ合って眠っている。
そんな幸せな光景に微笑みながらなこそは手を動かして例の草案を一人で作っていく。空中に表示させた半透明なディスプレイに文字を打ち込み、しばらくするとぐぐ、っと伸びをして脱力する。
いち段落したなこそは懐から写真の束を取り出し、一枚一枚丁寧に見始めた。先日集積地帯から掘り出した映像データであるそれはあの時から変わらずなこそが保管していた。
時々寝子やわちるなどが見せてほしいと言いに来ることもあるが、基本的にそのデータはなこその手にあり、企業や推進室からは特に何も言われることも無かったので、そのままほぼなこそのもののようになっていたのだ。
その美しい星々を映し出した映像データを見るのがなこその癒しであり、他のメンバーに絡めない時にリラックスする手段でもあった。
「……ん、あれ? これは……」
いつものようにデータを眺めていたなこそは束の一番最後に見知らぬデータを発見した。
写真は全てで五束ほど存在し、なこそが持ってきたものはまだ見ていない最後の一束だった。その中に紛れ込んでいた見知らぬデータは保護フィルタがかけられた上に何やらロックされているようで、見た目は黒く塗りつぶされた映像データにしか見えない。
「んー……やた様やた様。ちょっとこれ外してもらえないかな?」
しばらく悩んだ結果、なこそはそのロックを外すことにした。わんこーろも灯も映像データ自体にウィルスなどは存在しないと言っていたので、そこは心配ない。ロックの内側に存在していたとしても、それごとやた様に処理してもらえばいい。そう考えてこたつの中にいつの間にか潜り込んでいた蛇のやたさまになこそはロックの開錠をお願いした。
寝ていたやたさまはなこその言葉に頭を縦に振り、そして差し出された映像データを甘噛みする。それだけでデータのロックが破壊され、内部の映像データが露わになる。
「ありがとね。さてさて、何が写って……、……」
そして、なこそはその映像に目を見開く。
「……え」
それは、白衣をまとった研究員らしい人物が並んでいる写真だった。背景には巨大な天体望遠鏡を備えた施設が見え、その前に笑みを浮かべた人物が肩を組んでいる。そして、その中の一人、眼鏡をかけた短髪の日本人男性になこそは釘付けになる。正確には、彼が首から下げている"もの"に。
それは、金属の円盤だった。厚めの板と薄い板が組み合わさった構造で、どうやらスライドするように見える。表面には何か数字が印字されており、金属らしい光沢を放っている。
「なんで……なんで……これって……」
それは、なこそが持つコインと瓜二つだった。両親との唯一の繋がりである、ただ一つだけの手がかりと。