転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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二話連続投稿になります。ご注意ください(二話目)


#164 わんころ雪まつり(後編)

 

「……気付かれましたね。できればもう何発か当てておきたかったのですが」

 

「んー……田んぼの南辺りー……前に○一とーなこそーがいるー……」

 

「そうですか……先ほどの雪玉はどうでしたか?」

 

「上空に風が吹いてたからーちょっとズレたー。弾速もないからー誤差が大きいとおもうー」

 

 寝子と狐稲利は甘い香りが漂う桃の木の上に登り、身を隠しながら先ほどの狙撃に関する軌道修正の案を取り交わしていた。

 二人が手に入れている有効効果は"射程距離延長"。弾速はそのままに、飛距離を伸ばすことができる効果だ。

 

 寝子はこのゲームの説明を聞いた時より、自身のチームが最も不利であることを確信した。主に自身のせいで。

 

 FPS経験が豊富な○一やナート、ゲーム全般が上手いなこそに、飲み込みが早いわちる。狐稲利には戦場の地形を把握しているアドバンテージがある。

 

 対して自身はゲームが上手いわけでも、体を動かすことが得意でもない。記憶力は良いが、咄嗟の応用が効くほど頭の回転が早いわけではない。これでは狐稲利の足手まといとなるのは確実だ。

 

 そうやって寝子が悩んでいた時、手に入れたのが射程距離延長の有効効果だった。この効果を元に寝子は、けものの山の頂上を狙撃ポイントとして狐稲利の地形、環境把握による射線の確保と自身の記憶能力による着弾地点の誤差修正を複合した超長距離固定砲台の戦略を提案した。

 

 その作戦はものの見事にハマり、幾度かの試射を行い投擲する際の力加減と角度を記憶した寝子は、狐稲利のバックアップも受けて精密射撃が可能な恐るべき狙撃手となった。最初は遠慮していた狐稲利の電子生命体としての補助も、わちるが拡張領域を使用しているのを見てからは遠慮なく受けている。

 

「やはりこちらへ来るつもりですね……さて、ここからが本番です狐稲利さん」

 

「うんーいっぱいゆきだまぶつけるー!!」

 

「ええ、私も……やっぱり真正面からぶつかっていきたいですし……!」

 

 狙撃戦法を取っていれば嫌でも注目されるわけであり、二チーム対一チームの図になるのは寝子にも容易に想像できた。そしてそうなればこちらが不利になることも。

 

 狙撃手は基本的に位置を把握され、近づかれるとアウトだ。寝子たちは既に位置が割れ、接近を抑制できるほどの速度で狙撃できるわけでもない。つまりどうやってもけものの山で接近戦が展開されることとなるだろう。

 

 完全に近づかれる前に狙撃でいくらかポイントを稼ぐことも出来るだろうが、近づかれればそれ以上の被弾を貰うのは確実だ。それが目的で接近している訳なのだから。

 

 なので寝子たちは二チームを迎え撃ち、正面突破して山を下った後、ゴールまでダッシュするという作戦を取ることとした。狙撃により得た得点の余裕があるので、多少被弾しても問題ないだろうと寝子と狐稲利が話し合った結果だ。

 

 

 だが、正面突破は愚策だ。勝つならば相手に狙撃を警戒させながら、二チームと入れ替わりになるようにして隠れて山を下り、そのままゴールまでダッシュする逃げ勝ち作戦の方が上手くいけば被弾もなく確実に勝利できる。

 

 それは寝子が一番よく分かっている。それでも寝子は正面から戦うことを選んだ。

 

 ただ遠くから投げているだけでは本来の雪合戦の面白さを狐稲利が体験出来ないという思いや、配信を行っている以上一方的なのは面白くないだろうと言う考えもあるが、最も大きな理由は……。

 

「わんこーろさんも言っていました……勝負の結果よりも過程を楽しむようにと……! 私だって……!」

 

 何やら秘めた思いを抱えて、寝子は狐稲利と共に最終決戦への準備を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、こんな感じで進行しております~」

 

『うおおお!!姐さんガンバ!!』『わちるん凄いぞ!』『戦いの中で成長してやがる……!』『ちゃんと援護と前衛が分かれてるな』『寝子ちゃん&狐稲利ちゃんのチームヤバすぎw』『こんなんチートや!?』『今更だけど拡張領域とか狐稲利ちゃんの能力とかいいのん?』

 

「うう~ん、まあルールにありませんでしたからね~。今回は黙認で~」

 

 こたつの中に入りながらいくつものウィンドウを展開し、戦況を映し出すわんこーろはミカンの皮を剥きながらのんびりと実況配信を行っていた。戦場の緊迫した雰囲気とは打って変わってほのぼのとした空気が漂うこの差に、移住者は思わず口を滑らせる。

 

『あ、これってわんころちゃんが黒幕のヤツでは?』『デスゲーム主催者わんこーろ』『戦う人間を遠くからにこやかに観察する超常の存在……あっ』

 

「ん~? ……んふふ~」

 

『え、なにその笑みは……』『怖いぃ……』『え、なにまだ何かあるの?』『意味深な笑み……このわんころちゃんもかわいい!』

 

「まあまあ今は皆さんの戦いに集中しましょ~。あ、どうやら三チームが出会ったようですね~地形を生かした機動力で狐稲利さんが翻弄していますね~」

 

 わんこーろの言う通り戦況はまだ寝子と狐稲利チームが有利な状態だ。ポイントの変動は無く、山の中を知り尽くした狐稲利の不規則な動きに翻弄されている。

 

『でも長くは続かないぞ……!』『二チームが組んだから数の差では不利な事に変わりないしな』『狐稲利ちゃんもなこちゃんの散弾で上手く懐に入れなさそうだし……』『あ、ナート動いた』

 

「いや~やっぱり皆さん連携上手いですねぇ~さすがFSさんです~。そのせいで寝子さん狐稲利さんの動きも見切られているようですし~」

 

 ○一の全体指揮によって遠方はわちるの投擲で、近距離はなこその散弾で、中距離は○一がカバーし、狐稲利の動きを制限したところでナートが一瞬の隙を突いて切り込んでいく。

 狐稲利を抜けたナートはその向こうにいる寝子へと接近する。

 

「いただきだよ寝子ちゃーーん!!」

 

「ふんっ!」

 

「へ!? うわあ!?!?」

 

 そのまま勢いで寝子へと放った雪玉が直撃するかと思われた時、なんと寝子はその雪玉を素手で受け止め、ナートに投げ返したのだ。ナートの腕の振りかぶりと視線の先を見切り、先ほどの戦闘でナートが体のどの部位をよく狙っているのかを記憶していた寝子にはそう難しくない技術だった。

 

『手で掴んだ!』『マジか!?』『咄嗟に出来ることじゃねーぞ!?』『これは寝子ちゃんの被弾判定はどうなるの!?』『わんころちゃん!』

 

「せーふ! セーフです!!」

 

 続けざまに寝子はナートへと雪玉を投げるが、さすがにそれは回避される。しかし、同時に突進してくる寝子を回避するだけの余裕は無かった。

 

「ぐえ……ね、寝子ちゃん!?」

 

「これなら、避けられませんよね!」

 

 倒れたナートに馬乗りになった寝子は手に持った雪玉をそのままいたずらっ子のような笑みを浮かべ、ナートの頬にくっつけた。当然1ポイントだ。

 

「ひやああああん!? つ、つめった!? な、なにするのさ寝子ちゃん!?」

 

「ナートお姉ちゃん。前に私が買って楽しみにしていたプリン、食べましたよね?」

 

「へ?」

 

 突然何を言い出すのかと混乱するナートだが、何とか頭の片隅にあった記憶を掘り起こす。

 

 たしかあれは、深夜の配信が終わった後の事だ。飲まず食わずで配信を続けていたナートは配信終了と同時に空腹を感じ、推進室共有の冷蔵庫に何か無いかと食料を漁っていたのだ。そしてそこで見つけたのが、寝子の名前がでかでかと書かれたプリン。ちょっとお高めの、サルベージされたレシピの中でも美味しいと評判のレシピを改良して作られたこの世界においてなかなかの逸品である高級プリンだった。素材はほとんど合成のものを使っているのでかつての味には遠く及ばないが、それでもこの世界では限られた甘味であるプリン。寝子が楽しみにしており、遠方へ出かけた時、何とか手に入れた希少な一品。

 

 それをナートは、空腹に負けて食べてしまったのだ。

 

 ナートは寝子にばれないように同じものを買っておこうと考えていたのだが、ゴミ箱に捨てられていた容器からナートの罪が発覚。数日は寝子に口を利いてもらえなかった。

 

「も、もしかしてあの時のことをまだ!?」

 

「まだって何ですか! ナートお姉ちゃん一度も謝ってませんよね!」

 

「ひぃ、ご、ごめんなさいぃ~へぶぶ!?」

 

 二発目の雪玉がナートの首筋に当てられる。もちろん1ポイント。

 

「どうしてわざわざ正面から私が戦っているか分かりますか? こうやってナートお姉ちゃんに反省を促すためなんですよっ!!」

 

「い、いやこれどう考えても復讐して、ひいいいい!?」

 

 寝子が三発目を振りかぶろうとしたところで雪玉が飛来し、回避の為に寝子は馬乗り状態から距離をとる。ギリギリでナートに救援が入ったようだ。

 

「ばかナート! なんで謝ってねーんだよ!!」

 

「最悪だよナートちゃん! 愚かすぎるよ!」

 

「……幻滅です見損ないました。食べ物の恨みは恐ろしいんですよ」

 

「……んー? ぷりんー?」

 

 ……いや、これは救援と言っていいのだろうか。状況が分かっておらず、首を傾げる狐稲利以外は全員ナートにヘイトが向いている。先ほどまで寝子、狐稲利VSの構図はいつの間にやら崩れ、今や狐稲利以外から敵意を向けられているナート。

 

「……あははー! 何だかおもしろそーだからいっかー」

 

「こいなりちゃん!?」

 

 ……先ほど狐稲利も参戦し、もはやナートの味方をする者はいなくなった。

 

 

 哀れナートは一人雪玉に沈められる運命か……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~なんだか思わぬ方向に事が進みましたね~」

 

『いつも以上に寝子ちゃんが好戦的だなと思ったけどまさかそんなことが……』『これは擁護できませんわ』『プリンは美味しいからね仕方ないね』『いやマジで効率食以外の食べ物はまだまだ貴重だし寝子の怒りは尤もだよw』『ナー虐たすかる』『ナー党は相変わらずだな』『今回はナートが10割悪いからどうしようもないね』『あーあ、寝子ちゃん怒らせちゃったw』

 

 チームもルールももはや意味を成さず、ナートは全方向から投げられる雪玉にもみくちゃにされながらたすけて~、と情けない声を上げている。逃げ惑うナートを追うFSと狐稲利はイイ笑顔で雪玉を投げ続ける。

 

 しばらくその光景を眺めていたわんこーろは、ナートがマジで泣き始める寸前で"当初の予定通りの行動に移った"。

 

「んふふ~これじゃあもうルールも何も無いですね~~ほんと皆さん仲が良いんですから~~。はい、ぽちっとな」

 

 移住者がわんこーろの言動に不審がるが、異変はすぐさま起こった。ナートたちの追いかけっこが行われていたその領域に、突如として一体の雪だるまが足元からにょっきりと生えたのだ。

 

「え、ちょ、ナニコレ? 一体どこから――」

 

 最初にナートがその姿を視認した直後、なんとその雪だるまは体から雪玉を創り出し、ナートに向かって発射したのだ。

 

「どわああ!? え、え、えええ!?!?」

 

「! 散開! 散れ! やべーぞアレ!」

 

「狐稲利ちゃんっ! こっち! はやく!」

 

「う、うんー!」

 

 その後も次々に雪だるまが出現し、雪玉を放ってくる。あまりの事に混乱する一団だが、○一の一声により周囲の物陰に隠れる事が出来た。しかし……。

 

「被害報告っ!」

 

「私は大丈夫! わちるちゃんが一発もらった!」

 

「わたしと寝子ちゃんは大丈夫だよぅ……狐稲利ちゃんが守ってくれたから……」

 

「ごめんー……三つ当たったー……」

 

 被害は甚大だった。依然雪だるまは増え続け、とどまることを知らない。

 

「こいつは……やりやがったな~……わんこーろぉ」

 

 ○一の呟きに全員の思いが一つになる。こんな状況を生み出せる存在など、この犬守村にただ一人だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは~~皆さん混乱しておられますね~~~あ、追加ルールを皆さんに転送しておきましょう~。雪だるまの雪玉もマイナスポイント~全員でマイナス100ポイントになるとゲームオーバー~有効効果は共有化~全員でのゴールが唯一のゲーム終了条件~っと」

 

『やっぱりお前だったのかわんころぉ!!』『本当にデスゲーム主催者じゃないか!』『なんて奴だ!! 盛り上げ方わかってんねぇ!!』『最後どうやってまとめるのかと思ったら全部かなぐり捨てやがった!よくやった!』『やっぱ最後はこうでなくちゃあ!!』『全員で力を合わせてゴールを目指すんだ!!』『互いに争っていた者同士が共闘して一丸となってゴールを目指すという、とてつもなく燃える展開きたあああ!!』

 

 わんこーろは不敵な笑みでキーボードを叩いていく。ウィンドウの向こうでは阿鼻叫喚状態のFSと狐稲利が何とかけものの山を降りようとしているが、行く先々で生まれる雪だるまに行く手を阻まれなかなか前に進めない。

 

「ふむふむ~追加でヒントを送っておきましょうか~。雪だるまは雪玉で破壊可能です~っと~」

 

『おっ、姐さんの雪玉が雪だるまを破壊した!』『一発当たれば砕け散る仕様なのか、脆いな』『けどこの数ならそのくらいの耐久度の方が良いかも』『なるほど、雪だるまは倒してもポイントは増えない、と』『つまり、いかに被弾を抑え、弾薬を節約し、素早く移動してゴールに到達する必要があるのか……』『かなりむずくね?』『いや、有効効果が共有されているならまだ……!』

 

「んふふ~"協力"はFSの皆さんが最も得意とするところでしょうからね~」

 

 群がる大量の雪だるま集団は四方八方より一斉射出した雪玉により一団を制圧しようとするが、迫る雪玉はメンバー全員に共有化された散弾によって全て迎撃される。○一の指揮によりFSと狐稲利の六名ががっちりと陣を組み、遠距離攻撃に慣れたわちると寝子が包囲の一角に集中攻撃を仕掛け穴を作り、雪だるま集団を駆け抜ける。

 統率の無い烏合の衆である雪だるまはそれだけで一斉攻撃を行うことも出来なくなり、バラバラな行動をとり始める。そうやって孤立した雪だるまを遊撃隊の狐稲利とナートが刈り取っていく。

 

「もうちょいだ! アイツら一斉攻撃はもうできねえ! 見晴らしのいい平地まで行きゃだいぶ楽になる!」

 

「ナートお姉ちゃん左を!」

 

「おーけぃ任せて!! これでプリンはチャラね!」

 

「仕方ありませんね!! 同じの二つですよ!! 狐稲利さん後方を頼みます!」

 

「頼まれたー!!」

 

「まるちゃん! 散弾の迎撃が追い付かなくなってる!」

 

「! わちる、雪玉の補給を頼む! 前方に第四波! 穴を開けて突破する! 寝子頼むっ!」

 

「了解です!」 

 

「道を開けます!」

 

 一団は団結し、互いの有効効果を活用することで山を抜け、平地を駆ける。けれども雪だるまの数は一向に減る気配がなく、被弾も重なっていく。特に遊撃隊として動いている狐稲利とナートの被弾が激しい。だが、今の陣形を崩せばそれ以上の被弾が予想されるため、このまま前進する以外にない。

 

「もうちょい! いけええええええ!!!」

 

 最終的には陣形も何も無く、散弾での防衛と被弾覚悟の疾走により犬守山の山道を駆け上がる。道中現れる雪だるまを飛び越え、手に持った雪玉ですれ違いざまに破壊する。それでも被弾は減らない。徐々に雪まみれになっていく一団の前に、大きな鳥居が見え、そして。

 

 

「ご~~~る!!! 雪まつりFSコラボの優勝は~~~全員となりました~~!」

 

 そして、激しく苦しい戦いが、ようやく終了した。

 

「つ……つかれた~……」

 

「こ、こたつ……」

 

「いえ、その前にお風呂に入りたいです……」

 

「も、もう二度とやらないよぅ……」

 

「や、ヤバすぎんだろ……」

 

「んー……楽しかったー!」

 

 犬守神社の入り口である鳥居の内側に入り込んだ瞬間、雪だるまはその機能を停止し、全員がその場に倒れ込んだ。息を荒くして嗚咽を漏らすFSと、なんとも楽しそうな声を上げる狐稲利。わんこーろはそんな一団を見ながら満足そうにゲーム終了の宣言をしたのだった。

 

 

 ……その後体力を回復したFSの雪玉によって雪まみれにされることも知らずに。

 


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