転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
冷たい空気に満たされた犬守村、その境内でお手製の雪掻きスコップを手に取るわんこーろはスコップを杖代わりにして一息つくと、朝の眩しい日の光に目を細めた。
「ふう~んん……」
疲れと共に吐き出した息は白くなって空気に溶けていく。吐いた後に吸い込んだ空気は思いのほか冷たく、思わず喉につっかえる。太陽の光は犬守村の山々をあまねく照らし、その空気さえもキラキラと輝いているように見えた。
「あ、これは~……いやあ、珍しいですね~」
いや"ように"ではない。確かに光に照らされた空気は光の粒子が舞っているかのように輝いている。
「わあ……おかーさ、あれ何ー?」
わんこーろと同じくスコップを片手に雪掻きをしていた狐稲利は、その初めて見た光景に思わず声を上げる。寒さもあってか、狐稲利はわんこーろに近づいてそのままぴたりとくっつく。そんな狐稲利に応えるようにわんこーろは尻尾を狐稲利の腰へと回してやる。
「あれはですね~ダイヤモンドダストですよ~。空気中の水分が凍ってるんですね~なかなか珍しい自然現象です~」
「だいやもんどー?」
「宝石のことですよ~まるで宝物のようにきれいでしょ~?」
「うんー!」
「あれが見れるということはかなりの寒さですね~……さて、あらかた終わりましたし~家に戻りましょうか~」
「はーい」
ダイヤモンドダストは確かに珍しい自然現象であるが、犬守村では比較的高確率でそのような珍しい光景に遭遇する事ができる。それはこの犬守村がわんこーろによって理想的な姿に形作られているからだ。このような珍しい現象が珍しいと言われるのは、かなり限定された条件下でしか見ることが出来ないからで、犬守村はその限定された条件が揃いやすい姿に形成されている。
それはわんこーろや狐稲利が季節によって移り替わる犬守村を存分に楽しみたいと考えたからなのと、この犬守村を撮影することに心血を注いでいるとあるゲームアプリユーザーのためでもある。
今回の配信はそんな写真家たちのための配信だ。
「ふむふむ~皆さんさすがですね~どれもいい写真ばかりです~。あ、今朝のダイヤモンドダストを撮影した方もおられるのですね~綺麗でしたよね~」
こたつの中に入りながらわんこーろは机の上に広げた沢山の写真に目を通していく。今日はわんこーろのそばに狐稲利はおらず、隣の部屋の囲炉裏の近くで座布団を枕にして丸くなって寝ている。くうくうと寝息を立てる狐稲利へ視線を落としながら、わんこーろは次の写真を手に取る。
『あ、これ俺が撮ったやつ……』『狐稲利ちゃんがよーりの頭の上で雪玉積み重ねてる……w』『よく撮れたなこれw』『よーりちゃん諦め顔してんじゃんw』『狐稲利ちゃんめっちゃ笑顔で草』『楽しそうでなによりです』
「これ、この後よーりさんが体ぶるぶるさせて雪玉全部落ちちゃったんですよね~」
『でしょうねw』『これにはさすがのよーりも我慢ならなかったか』『三つも積み上げたのか、我慢したほうだなw』
「んふふ~さて~皆さんからこうやって最近の写真を募集したわけですけど~皆さんきれいに撮っていますね~本当に、日頃よりプレイしていただきありがとうございます~今日の配信は写真機をプレイしてくださっている移住者さんのための配信ですよ~具体的には~はいっ」
そう言ってわんこーろが手を叩くと配信画面へ"歳の市"という大きな文字と、その下に何やら表のようなものが表示された。表の左側には数字が書かれており、右側には何やら様々な名称が書かれている。
『歳の市?』『市場? 何か買える感じ?』『この数字は写魅Pかな』『それじゃあ右側に書かれてるのは……』『おお!季節限定のボイス!再販助かる!!』『ガチャの目玉だったものや見知らぬものも多いな』『着せ替えUIに火遊治シリーズ追加されてんね』
「歳の市とはですね~年末年始の準備の為に必要なものを取り扱う特別な市のことなのですが~今回は犬守村歳の市と銘打って犬守写真機プレイヤーの皆さまへの感謝のアップデートを行います~」
犬守
今回はそんな犬守写真機に大幅なアップデートが行われるという。
具体的には各映像データやガチャで取得したアイテム等の保管領域を今までの倍に拡張。アプリ外へ映像データを出力する際の工程を大幅に短縮し、タップ一回で可能に。そしてゲームUIとボイスの大量追加、今まで開拓中のため進入禁止だったエリア火遊治温泉街を開放。
「着せ替えUIとボイスが今回の歳の市で購入できるものになりますね~今まで通り課金要素は無しで~ゲーム内の通貨である写魅ポイントを消費します~皆さんバシバシ写真撮ってってくださいね~」
動物や自然現象を撮影すれば取得できる
例えば、プレイヤーの中には鳥ばかりを追いかけている野鳥専門の写真家が複数人おり、彼らはそれ以外には目もくれずひたすら鳥の撮影を続けるプロフェッショナルである。
そんな彼らのスタイルを学習したアプリはゲーム内に自動で"実績"を制作するのだ。例にした野鳥専門家ならば、野鳥を数種類撮影する。とか、指定された鳥の雛を撮影せよ、などの実績が生成され、達成すれば写魅ポイントを手に入れる事が出来る。習慣的に同じ場所で同じ風景を撮影しているプレイヤーなどは、まるでデイリークエストのような実績が創られたという報告もある。
なお、それを利用して効率よくポイントを集めようとわざと実績を生成させようと画策したプレイヤーは"自分の好きな風景を撮ってみよう"という皮肉めいた実績を生成され肩を落としたとか。
とにかく、そうやってより美しい犬守村の風景を撮影しようと移住者たちは日々携帯端末という名の写真機を片手に犬守村を散策しているのだ。
「歳の市は年末いっぱいまで開催して~今後も年末の歳の市は開催していく予定です~。あと、季節の行事などにも対応した撮影会などもしていきたいと思ってますよ~」
『なるほどイベントか』『これは年末までに撮影する移住者が増えるだろうな』『歳の市の為にポイント貯めるか』『あれ?そういえばわちるんここ最近異様に写魅ポイント貯めてなかった?』『たしかに。配信でもガチャ回しまくってたのに最近貯めはじめてあれ?って思ってた』『まさか……』『事前に情報を得ていたなわちるん!!』『ずるい!インサイダーだ!』『九炉輪菜わちる:人聞きの悪い事言わないで!?ソシャゲプレイヤーなら年末に何かあると予想するもんでしょ!?』『うわ、出てきた!』『ホントわんころちゃんの配信にいっつもいるな』『噂をすれば、ってやつだな』
「んふふ~わちるさんたらいけない人ですね~」
『九炉輪菜わちる:ちょっとお!?』
わちるをからかうわんこーろは面白そうにくすくすと笑い、手元のキーボードを操作していく。いくつものウィンドウが展開され、それらは徐々にわんこーろの手元に集約されていく。
そして一つの小さなボタンになったかと思うと、わんこーろはそれを指先でさすり、押し込んだ。
「アップデートを実行しております~購入に制限はないので消費アイテム関係はいくらでも購入できます~どうぞご自由にごらんくださ~い」
『おつ!』『アプデはっやw』『神運営わんこーろおつー』『うーむ迷うラインナップだな……』『各種UIは既に手に入れてるし……指定した動物のサーチができる消費アイテムを買い込んどくか』『高画質で星空が撮影できるレンズは買いですな』『←ええ……それだけで10万はするんですが……』『ガチャに興味なくて写真ばっか撮ってる移住者は意外と多いってことだ』『みんな貯め込んでんのか……』
その後、メイクにも歳の市開催と各種アップデート内容を記載したところ、いつもの1.5倍ほどの写真機の起動状況となり、催し物は大いに賑わっていった。冬の間はどうしても動物の動きが少なく、景色もあまり代わり映えがしない。夜空を専門に撮影する移住者にとっては空気がいつも以上に澄んでいて絶好の撮影シーズンと喜ばれていたが、それ以外の者には夏や秋のような魅力はあまり感じていないようにも思えた。
だが、そのマンネリ化した状況を変えるべく、わんこーろはこのタイミングで火遊治の撮影開放やイベントの告知予定などを行い、盛り上げることにしたのだ。そしてそれは思った以上に話題となってくれた。
今後も撮影された映像たちは移住者によって各地へと拡散され、それは配信者というものに興味の無い人々のところまで届いてくれるだろう。そして写真に興味を持った人々は犬守写真機というアプリを知り、犬守村という存在を知り、そしてわんこーろを含めた配信者という存在を知るだろう。
わんこーろがそこまで計算しているかは分からない。きっと画面の前にいる、親しき移住者のことしか考えていないのかもしれない。それでもわんこーろの行動は多くの人の心を動かし、それはいずれ大きなうねりとなってゆくのだろう。