転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
私は思ったわけですよ。犬守村には絶対的に足りないものがあると。かつての古き良き風景を再現しているこの犬守村は確かに現代人からすれば不便な生活のように見えるかもしれません。ですが、それは現代の人々が忘れ去った生活であり、そこに憧れた私には足りないだとか、不満に思っている部分はありません。
では、何が足りないのかというと……。
「お菓子~移住者の皆さん~今日はお菓子を作りますよ~」
『おかし!』『そいつはおかしいな~』『は?』『何が可笑しいの?』『さあ?』『草』『お菓子か。何を作るかんじ?』『甘い物かー楽しみ』『そういや犬守村に本格的なお菓子って無かったな』『甘味としては森で果物とか採れるからね。加工した甘味ってなら、ギリ干し柿くらいか?』『前にお汁粉作ってたじゃん』『あ、そういえば』
「んふふ~今回はですね~ある程度日持ちして~冷たくても美味しいお菓子を作りますよ~。それに、今回作るお菓子はおせちの料理を作る際の練習も兼ねております~」
「おかーさー準備できたよー」
家の奥から狐稲利さんが竹籠を背負った状態で現れました。お菓子を作る配信をすると言っていたので、狐稲利さんは朝からテンションが高めです。配信画面に軽く頭を下げて手を振った後、私の手を取って、はやくはやくと急かします。
『お、狐稲利ちゃん』『今日は寝てなかったか』『お手伝いできてえらいぞ!』『よしよし後でお駄賃あげようね』『お母さんの言う事よく聞くんだぞ』
「はーい!」
『素直な良い子だ……』『ナートとかではこうはいかない』『子ども扱いすんなー!って怒るだろうなw』『子ども扱いされて怒る方が子ども定期』『ある意味狐稲利ちゃんの方が大人だよなぁ』『ところで準備って?』
「今回のお菓子の材料を取りにいきます~。さすがに冬には採れないので~今から岩戸まで行って、秋の終わり頃に収穫したモノを取りに行きます~。では行きましょ~狐稲利さん」
「うんー! いっぱい作るのー!」
私たちが住んでいる犬守神社の居住スペースから岩戸まではそれほど距離はありません。やたの滝の裏側にある時忘れの岩戸までは、滝より流れ出した川を伝って行けば迷わず、最短で行くことができます。
ですが、それは雪の降らない季節の話。神社から滝までの道はある程度石畳で舗装してありますが、山道であることに変わりなく、積もっている雪の量もかなりのものです。FSさんの大規模な雪掻きや、毎日朝と夕の二回の雪掻きを行うことで道が雪で埋もれているということはありませんが、それでも険しい道のりです。
「う~ん……もうちょっと行き来しやすいようにした方が良いかもですね~。予定してませんでしたけど~他の食材や調味料も岩戸から持ち出した方が良いかも~」
「うおう!?」
「狐稲利さーん! 滑りやすいから気を付けてください~!」
「うーん。バランスとりにくいー」
いつも雪の積もった犬守村を遊びまわっている狐稲利さんですが、今は背中に大きめの竹籠を背負っているので、そのせいかバランスが悪く何度か足を滑らせてしまいます。私が代わりに籠を持とうかと言っても、首を横に振って拒否されてしまいます。自身の仕事はやり遂げたいと思っているようですね。
『こりゃ外出るのも一苦労だな~』『ほんとに注意しないと遭難するぞ』『遭難とかw徒歩10分圏内だぞw』『いやいや、雪で足元悪いから10分じゃきかないぞ。それに短距離でも迷えば簡単に遭難する』『吹雪いてないのが幸いだな、方向が分かるなら何とかなる』『だな。あ、見えてきた』
雪の積もった滑りやすい石畳を慎重に進んでいきますが、道の端の方を通ったりすると木の枝に積もった雪が落ちてきたりして危ないのも注意ですね。道の真ん中を進めば今度は石畳の上に積もった雪で滑りやすいですし……やっぱり冬はおとなしく家の中にいた方が良いかもですね。
「あははーおかーさー見て見てー! 石畳すっごい滑るー!」
「ちょ、狐稲利さん!? 危ないですって~!」
『滑るのを逆に利用して移動してやがる……!』『スケートみたいで草』『狐稲利ちゃん慣れるのはやいなぁw』『絶妙にバランスとってこけそうでこけないw』『坂道なはずなのに一体どうやってんだよあれw』
まったくも~う、狐稲利さんにとってはこんな状況も遊びみたいなものなんでしょうね。まあ危ないのに変わりはないのですけど! 待ってください狐稲利さん! ま、待ちなさい~!
「ふう~……何とか岩戸が見えてきました~やたの滝は凍ったままですね~……あ、隙間から岩戸の中に入れそうです~」
滑りながら移動する狐稲利さんを追いかけ、ようやくやたの滝までやって来れました。距離的にはそれほど離れていないのに、こんなに疲れるなんて……。
「おかーさーあったよーお芋ー」
「あ、ありがとうございます狐稲利さん。取りあえず何本か持っていって、他の食材も籠に詰め込んでいきましょう」
「はーい!」
『お芋?』『紫色だから、サツマイモ?ってやつかな』『知ってる!秋のV/L=Fで食べてるの見た!』『ほお!甘くて美味しいというあの噂の!』『にもかかわらず他の野菜よりもお安いという噂の!』『安い(効率食の10倍の値段)』『まあ、天然ものはしゃーない』『芋類はなぜあんなに安いのか、そして美味いのか』『育てやすいからって聞いたことあるな。それと安くはない』『まあ常食できるようなもんじゃねーよな。合成ならまだしも天然は芋でもなんでも高級品だわ』『恐らく他の食べ物より流通しやすくなったのは、値段や育てやすいだけじゃなくてV/L=Fでの登場も影響してんだろうな』
「んふふ~この甘~くておいし~サツマイモをですね~今回は"羊羹"にしようかと思います~!」
『へえ?』『ほう?』『はい』『……ようかん?』『洋館?』『名前の響きからは食べ物とは思えないんだが……』『それ美味しいのか……?』
「……あれ~? 移住者さん、羊羹をご存じない~?」
うむむ……お汁粉の時は皆さん難なく受け入れてもらえたのですが……。あの時は実物がそこにあったからというのも大きいのでしょうか?
まあでも、作ってみたら意外と気に入ってくださる方がおられるかもしれません。私は大好物なのですけど。
「今回作るのは芋羊羹にする予定です~サツマイモをふんだんに使った濃厚な芋羊羹~お砂糖を使うので日持ちも完璧です~」
さてそれでは材料も竹籠に詰め込み終えたので家に帰りましょう。早くしないとまた雪が降ってきてしまいます。そうなると岩戸に閉じ込められてしまうかもしれませんし。
「では帰還しますよ~! 狐稲利さん大丈夫ですか~? 重くないです~?」
「うんー! よーりたちと遊んでるときよりぜんぜんー」
普段何して遊んでるんですか狐稲利さんは。ともかく急いで帰りましょう。
そうして帰ってきたわけですが、まずは竹籠の中身を選別していきます。岩戸から出したということは食材の劣化が始まってしまう為、まずは冷蔵するものは冷蔵庫の中へ入れていきます。冷蔵庫といっても密閉できる中くらいの木箱の中にやたの滝で切り出した氷を入れただけのものですが、それでもこの冬の気温も相まって早々に氷が解けて保冷機能が失われるようなことはありません。野菜や一部の調味料を冷蔵庫に入れて、入れなくても良い物は直射日光の当たらない場所で保管します。
「さて~それでは芋羊羹づくりを始めていきます~。まずはお芋の皮を剥いて~適当~に切っていきます~」
「私も手伝えるよー包丁のあつかいはばっちりなのー!」
『狐稲利ちゃんも成長したなぁ』『お母さんのお手伝いできるどころか、自分から率先してて偉いよ!』『芋羊羹に釣られてるだけのような気も……w』
狐稲利さんもやる気を出してくれているようなので、さっそく作っていきますよ。
芋羊羹の作り方はそれほど難しくはありません。煮て柔らかくしたお芋を
そしてその固めるために必要なのが……。
「じゃーん! です~。先日から縁側で干していた寒天が干し上がったので~この寒天を使っていきますよ~」
取り出したものは完成した寒天です。干しの作業が終わった後、汚れを取ったり煮たりして溶かし固めたものをさらに乾燥させ、水分を抜いたものをさらにすりこぎで細かく砕いた"粉寒天"となっています。
『いつも配信画面の隅で干されてたやつだ!』『寒天というのか』『この白い粉が例の……』『こいつがお菓子作りで最も大切な白い粉……』『大切な白い粉』『お前ら白い粉言うなw』『これが重要な固める食材なのね』
「今回の芋羊羹は舌触りなめらか~にしたいのであらかじめ寒天も細かくしておいたのです~この粉寒天を使って芋羊羹を成形しますよ~」
切ったサツマイモを煮てアクを取りながら柔らかくした後、潰してもう一度お鍋に入れます。ここで水と砂糖と寒天を加え、かき混ぜて羊羹のもとを作っていくのです。
「んふふ~この芋羊羹を作る配信はですね~今後のお菓子作りやおせち作りに必要な作業の練習でもあるのです~失敗しないためにはこのような練習が欠かせないわけですよ~」
今後お菓子を作るにしても、寒天の存在は欠かせないものです。自作の寒天がちゃんと溶けてくれるのか、そして固まってくれるのかをここで確認しておく必要があります。それと、もう一つのおせち料理の練習というのは……アレです。サツマイモを濾した餡と、クリをまるごと入れた黄金色のアレです。芋を使うというところや、濾してなめらかにした餡を使うというところはその練習になるでしょう。
「ちょっとお砂糖多めの甘めにしようかな~」
『砂糖の取りすぎは良くないぞわんころ~』『甘いものに目がないわんころちゃんかわいいのう』『よだれ拭いてください』『……太るぞ?』
「んふふ~移住者さん残念でした~わんこーろは電子生命体なので太らないんですよ~」
『あっそうだった!』『そういやそんなこと言ってたような…』『卑怯だぞわんころぉ!』『こんな時だけ電子生命体特権を使うな』『自然の摂理に従うのが犬守村で生きるもののさだめではなかったのか!?』『つまり……犬守村ならお菓子食べ放題……?』『←アカンそっちに行くな』『戻れなくなるぞ!!』
「んふふ~こればかりはどうしようもありませんね~~。さて、砂糖と寒天を混ぜ終わったものを鍋に戻して~火にかけていきます~これを濾して冷ませば芋羊羹の完成です~。冬の定番お菓子としてこれからも作っていきたいですね~」
思えば本格的なお菓子を作ったのはこの芋羊羹が初かもしれません。干し柿は軒下に吊るしただけですし、お汁粉はお菓子……というよりは食事のような気もします。
とにかく保存が出来て比較的簡単に作れるので犬守村の特産品のような位置づけにしたいですね。ふうむ、火遊治の温泉街で売り出す限定品という手もあります。
……いや、やっぱり温泉街の特産品は温泉饅頭でしょうか……? お饅頭なども作りたいですねぇ。
「次はお饅頭にしますか~」
『おまんじゅう……?』『これも聞いたことが無い……』『それもお菓子なの?』『饅頭は知ってる。食べたことないけど、柔らかそうで一度食べてみたい』『やわらかいの?』『検索したが、見た目潰れたボールみたいw』
あれ~? 移住者さんは羊羹だけでなくお饅頭も知らない方が多いようですね。そもそも和菓子というジャンルが無くなっているので知らない人は知らないのでしょうけど……やっぱり和菓子を知らないのはもったいないです。
いくらかの移住者さんは和菓子についてご存じのようですが、その人数はあまり多くありませんし……これを機に和菓子を布教して現実でも和菓子屋さんを復興させるべきでしょうか……。
「和菓子と言ってもいっぱいありますからね~餡子を使ったものはどれも甘くて美味しいですし~たい焼きのような温かいお菓子は今の時期良いですよ~食感なら
『おお!?知らない名前がいっぱい出てきた』『今から検索するわ』『餡子ってお汁粉にしてたヤツか』『俺も検索してみる。どれどれ……』『調べたら意外とサルベージされてるな』『こんな種類あんのか』『うわ!!すっごい綺麗なの見つけた!生菓子?ってやつ!』『すご……味だけじゃなくて見た目もこんな綺麗なのか……』
今の若い移住者さんに和菓子が馴染み薄いものとなっているのは、そもそも和菓子という存在を知らないからに他なりません。なので、一度知ればその奥深さにハマり込むこと確実……!
餡子などの和菓子の材料が再現できれば移住者さんが調べた和菓子も再現可能、もちろん技術的には消失しているので過去と同じクオリティのものはなかなか再現できないでしょうけど、きっといつの日か同じような、もしくはそれ以上の和菓子が生まれることでしょう。
『一通り調べて俺は真理を得た。……餡子はこしあんが至高』『は?何言ってんのお前?粒あんこそがこの世でもっとも和菓子に合う餡子だろがよ』『分かってないな……小豆の皮は必要ないと言っているのだよ!!』『愚か者が!あの皮の食感があるからこそ飽きずに食する事が出来るのだろうが』『こしあんのなめらかさこそ生菓子の上品さを底上げする要素だと思うが?』『あ?粒あんの食べ応えを知らずに何イキっちゃってんの?』『味を知らないのはお互い様では?』『粒あんこしあん戦争勃発して草』『味は知らないけどきっとそうだろうというふわふわした状況で戦争をするんじゃないよ』『やはり人間は愚か』『今後この話題には触れないようにしよう……』
「まあ~私は両方だいすきですけどね~」
『ですよね!』『俺も俺も!』『争いなんて必要なかったんや!』『両方美味しい、それで良いじゃないか』『わんころちゃんの一言で手のひら返しすぎw』『まあ食べたこと無いから実際好きかどうか分からんしなw』『食べ比べできるくらい和菓子が普及するといいなぁ』
きっとしますよ。これだけ皆さんの興味を引いたのですから。絶対に蘇ります。
「さて~それじゃあ最後の工程にいきますよ~こぼさないよ~に~」
熱した羊羹のもとはそのまま木箱へと流し込み、冷えるのを待ちます。今の時期ならすぐに冷えて固まってくれるので、それほど時間はかかりません。木箱から慎重に取り出し、包丁で綺麗に切り出していきます。
「端のほうはどうしても形が崩れてしまうので~そこをいただきましょう~。綺麗にできた部分は~お土産にしようかな~」
『誰にお土産?』『わちるんだな』『移住者即答で草』『それ以外にないでしょ』『まあ確かにそうだけど』『いいなあわちるん、恐らくこの時代で初めて羊羹を食べる人間なんじゃね?』『作り方は分かったし、現実でも作れる……か?』『無理だな。肝心の寒天が手に入んないだろ』『サルベージされてる料理レシピに似たようなものなかったっけ?』『似たようなの?固めるものってそんな種類あるの?』『ゼラチンのことなら用途が違うし、たぶん食感も別物になると思われ』『そっかぁ……代用できると思ったんだけどなぁ』『わんころちゃんの配信見てたら分かるけど、寒天って元々海藻なんよな。生物が生きられなくなった今の海で海藻育てるのは難しくね?』『魚介類でも最低限の種類しか保護されてないみたいだしなぁ……』
「はいはい~皆さん~移住者どうしでお話するのも良いですけど~芋羊羹が切り終わりましたよ~」
『はーい』『お菓子お菓子!』『思ったよりも綺麗な黄色だな~』『なんだかシンプルな見た目だ』『どんな味~?』『そりゃサツマイモの味でしょ』
「んふふ~それでは実食~。はむ…………うん~なめらか~~~」
「あまいっ!! ほろほろ~!! おいし~~~!!」
寒天で固められた芋羊羹の一角を、用意した竹ようじで一口サイズに切り、口の中へと運びます。確かに味はサツマイモの味なのですが、その舌触りは何ともなめらかで心地よいものです。
元々のサツマイモは繊維質が多いのですが、それを丁寧に濾し取ってなめらかさを追求し、使用した寒天も粉状に加工したものを使ったのでとてもなめらかな出来となっています。
お砂糖とサツマイモ本来の甘味が合わさって、口いっぱいに優しい甘さが広がります。
固すぎでもなく、柔らかすぎでもない、とても良い塩梅の芋羊羹となりました。まだ完全に冷やし切っていないのでほんのり温かいのですが、その分サツマイモ特有のかぐわしい甘い香りが漂ってきてこれはこれでよいものですね。
もちろん冷やせばしっとりとして濃厚な味わいを楽しむことができます。でも、それはまた今度にしましょう。だって……。
「おかーさー……ちょっとお腹いっぱいかもー……」
「あー……はい~わんこーろもです~これは夕ご飯ヤバいかもですね~」
『草』『お芋だもんねww』『そりゃお腹いっぱいになりますわw』『甘くて量があって、芋を使ったお菓子となったらそりゃあ満腹になるわww』
……ちょっと味見し過ぎたかもですね~~……。ああっ!? 狐稲利さんなに私のお腹をつんつんしてるんです!? や、やめて!? ふ、太ってないですよお!?
と、とにかくお菓子作りは無事成功! 残りは冷やしておいてFSの皆さんに持っていきま――ああ!? ちょっと服の隙間から手を入れて何を~~!? 直にた、確かめる!?!? あ、ちょ、ああ~~~!?!?!?