転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#170 入学式へ

 V+R=Wの最終的な目標の一つは地球全体を仮想空間の中で再現することにある。現実世界復興のための地球規模のシミュレーションを可能にするためなのだが、もちろんそれは企業や政府が望んでいる目的であり、V+R=Wの責任者である室長としては世界中に存在するヴァーチャル配信者という存在の為に用意した共通世界である、という認識が強い。

 

 彼ら彼女らが知らない、けれど懐かしさを抱かせる古き良き原風景は、そんな彼ら彼女らの手によって形作られようとしていた。

 

 拠点の学校は昔なつかしい木造建築にて作られている。三階建ての巨大な建物はめいいっぱい日の光を取り入れるようにガラス窓がいくつもはめ込まれており、通常の建築物とは異なる様式であることが見て取れる。屋根は赤褐色の優しい色合いで、時間を知らせる時計塔が設置されている。

 

「え~と、生徒会室は一階の一番奥でしたね~」

 

「廊下ながーいー。お部屋がいっぱいあるー」

 

 わんこーろは学校の正面入り口から校舎の中へ入っていく。少し広めの空間に下駄箱が並び、そこからさらに進んでいくと長い廊下が姿を表す。この校舎の端から端までを貫くその廊下は向こう側がぼんやりとしか確認出来ないほどに長く見える。実際はそれほど長いわけではないのだが、建物の中というある種の圧迫感がその廊下を長く見せているのだろう。

 

 わんこーろと狐稲利はその廊下をゆっくりと歩いていく。この学校の原型を作ったのはわんこーろなのだが、その時は炬燵机の上に乗せられるほどのミニチュアサイズであったので、実際に内部に入り込んでみるとその印象はまた異なったものとなる。

 

 右側に視線を動かせば教室の光景が視界に入る。木製の床に、木製の机と椅子。一段高い教壇に、緑色の黒板。窓より注ぐ光が、それらを柔らかく包み込んでいる。だが本来たくさんの子どもたちがいるはずの教室にはまだ誰もおらず、それがえも言われぬ喪失感のようなものを胸中に抱かせる。

 酷くさみしい、人のいなくなった放課後のようなもの悲しさ。だが、そんな雰囲気を味わえるのも今だけだ。もう少しすればこの教室は配信者たちの声で賑わいを見せてくれるだろう。

 

「一期生の皆さんは体育館に集合でしたね~。まだ集合時間には早いのに皆さん集まるのが早いですね~」

 

「みんな配信したいんだとおもうー。おかーさもやるー?」

 

「ああ、そういえば校舎の中に入ったらもう配信していいんでしたっけ~。それじゃあ私たちも一期生の方々と合流したら配信しましょうか~」

 

「うんー!」

 

 V+R=WとNDSとを接続しようとすると最初に認証コードがいくつも要求され、それを打ち込まなければ接続する事ができないようになっている。この設定は最初に必ず行わなければならず、V+R=WとNDSを紐付けするための大切な処理だ。これはV+R=Wが集積地帯という、本来存在してはいけないはずの空間であり、そんな空間へと繋げるから必要となる処理なのだ。基本的にNDSによって通常のネットワークに繋げる際はそれほど面倒な設定は必要とされない。

 

 その後は繋がったV+R=WとNDSとの間でランダムに変更されるコードの送信と受信によって機密性が保たれ、プレイヤーは初ネットダイブ時に登録されたプレイヤーの情報のみで楽々ログインする事ができる。

 

 つまり、この初期設定が流出すると乗っ取りやら謀りなどの原因となり色々マズイわけだ。といっても認証コード一つバレたからといって乗っ取りなどの被害にあう確率はかなり低い。V+R=WとNDS接続時だけでなくNDSそのものの立ち上げ時に打ち込む初期コードや、各種個人設定の状況によって他人が簡単に操作出来ないように何重ものプロテクトが組み込まれているからだ。そもそもの話としてNDSはまだ一般に普及していないので、認証コードが分かっていたとしても他人がダイブすることは不可能だ。

 

 たとえ今後一般にNDSが販売された時、悪意ある者が過去に認証コードが映りこんでいた配信のアーカイブを頼りに乗っ取りを画策したとしても、その頃には既にNDSとV+R=Wとの通信はランダムに変更されているので映りこんだコードは意味を成さない。

 

 それを基本的なセキュリティとして、秋のV/L=Fの際に起こった事件を教訓としたわんこーろ製の強力な防壁と、侵入者の追跡プログラムが組み込まれているので悪いことは基本できないようになっている。

 

 

「ん~しかし気持ちのいい天気ですね~。このままでもいいですけど~やっぱり季節は早々に実装したいですね~」

 

「みんな楽しみにしてたもんねー犬守村みたいな雪遊びしたいーってー」

 

 木造の学校はただ歩いているだけでもさわやかな木の匂いが頭をすっきりとさせる。木材特有の断熱性によって暖かいうえに過ごしやすく、木材に反射した日光は橙色となって空間を照らし、映し出された影さえもどこか優しく穏やかな雰囲気を醸し出す。

 

 教室の入り口前には札が設置され、それぞれ教室の名称や組が書かれている。実際にV+R=WへやってくるNDSプレイヤーを組み分けするわけでは無いが、これも学校という雰囲気を作り出すためのものだ。

 

「FSのみなさんも大変ですね~本当の学校のように入学式をして、代表者としてお話しないといけないなんて~」

 

「んー。なこそはいそがしいからーナートがやるって言ってたよねー。わちるが心配そうにしてたー」

 

「○一さんは入学式場への誘導を任されておりますし、寝子さんは挨拶のあとのV+R=W開拓に関するロードマップ説明などありますしね~」

 

 仕事があるメンバーの事を考慮してそれ以外のFSの者が一期生の前でこのV+R=Wプロジェクトの始動を宣言し、すべての配信者へとこのプロジェクトの意義と希望、未来への期待を語るわけだが、その仕事を押し付けられたナートは何とも渋い顔をしていた。そのような堅苦しく形式ばった場所というのは自身のキャラではない、と拒否したい気持ちがあったナートだが、もし辞退すれば消去法でまだ新人の枠組みにいるわちるがしなければならなくなる。なので結局ナートは渋々その仕事を請け負う事にしたのだった。

 

「おかーさー着いたー。ここで合ってるよねー?」

 

「はい~。それじゃあ狐稲利さん、扉をノックしてもらっていいですか~?」

 

「はーい。こんこんー」

 

 一階の一番奥にある部屋の扉の前には"生徒会室"と書かれた札が設置されている。元々は椅子や机、各授業に使用する用具を保管しておくための準備室として利用する予定の場所だったのだが、奥まったところにある、こじんまりとしたところの方が秘密基地感が出ていいじゃん! というナートの要望によってここが生徒会室として利用されることになった。

 

 FSの面々は別にどこでもいいじゃんという思いだったが、今後V+R=Wの運営に関する話し合いもFS内部でしていく予定なので、あまり人が行き来しない場所というのは都合が良さそうだった。もちろん配信者が通うということでこの学校は専門の音楽学校ばりの防音が施された施設群として建築され、ある程度盗み聞きは出来ないようになっているが、それも完ぺきではない。

 

 いや、完ぺきではないように造られていると言った方が正しいだろう。

 

 というのもこの世界では犬守村のような概念や法則から逸脱したものは実装しないように配慮されているからだ。やろうと思えば教室の音を教室外へ絶対に漏らさないような施設を造ることも、一定の空間のみ音が聞こえるようにするということも可能なのだが、そのような設備はあえて実装されてはいない。V+R=Wプロジェクトの目的の一つは限りなく現実に近しい地球を再現し、それを基に地球規模の実験や検証を行う、というものだからだ。現実には存在しないものは、V+R=W参加者が不便と思わないギリギリまで実装しないようにされていた。

 

 

「ん? ノックの音? は~い、ちょっとまってね。……あ、わんころちゃんじゃーん」

 

「わんこーろさん、来てくださったんですね」

 

「んふふ~陣中見舞い、みたいな感じです~。この後私も体育館で他の一期生の皆さんと一緒にナートさんのお話を聞かせてもらいますから~」

 

 狐稲利のノックの音に気が付き、ドアを開けたのはなこそだった。なこそはいつもの調子でわんこーろへと語りかけ、狐稲利共々部屋の中へと入るように促す。なこそはいつも通りの自然体に見えるが、後ろから声をかけてきた寝子は少々緊張気味だ。

 

 FSのリーダーとして前に立つ経験の多いなこそはこの状況も慣れたもの、ということだろう。リラックスした様子のなこそのおかげで最年少の寝子もこの程度の緊張で済んでいるということか。

 

 だがそんな中、緊張でのたうち回り、吐き気さえ覚えていそうな存在が居た。

 

「うぐ……ああもう不安だよ~……ねえ寝子ちゃん、本当に文面これで良いかな?」

 

「年下に泣き付かないでください。大丈夫ですよ、ナートお姉ちゃん頑張って練習してたじゃないですか」

 

 今回壇上でV+R=Wプロジェクト始動の宣言を行うナートだ。顔面蒼白状態のナートの手元には、何度も読み返したのだろう、壇上で口にする内容が書かれたカンペがあった。

 

「そーそー、こんなもんV/L=Fの時のライブと同じだろ?」

 

「あの時はテンションが上がってあんまり気にならなかったんだよぅ……うう、大丈夫かな……」

 

 まだ始まってもいないのに息も絶え絶えなナートの様子を○一は面白そうに、或いは呆れたような口調で落ち着くようにと口にした。だが、そんな○一をナートは涙目で睨みつける。悲哀が漂っていて全然怖くはなかったが。

 

 出来ることなら変わってほしい、というナートの視線を受け流し、○一はただ面白そうに笑みを浮かべるだけ。だが、そんな切羽詰まった雰囲気のナートを初めて見た狐稲利はナートに駆け寄り、心配そうに目じりを下げる。

 

「なーと大丈夫ー? おなか痛いのー?」

 

「へ!? あ、うん大丈夫だよ狐稲利ちゃん! ぜーんぜん平気! 私の雄姿をとくとご覧あれ! って感じだよ!」

 

「調子いいなコイツ」

 

「狐稲利ちゃんに良いところを見せたいんでしょう」

 

「自分の首絞めてるようにしか見えないよね~。この後もう一人来る予定なのに」

 

「へ? もう一人……?」

 

 不安そうにクシャクシャなカンペを凝視するナートは狐稲利へ調子よさげな口調で強がった。○一も寝子もそんな様子に呆れるようにため息をつくが、ナートはなこその言葉によって自身の知らない"もう一人"について疑問符を浮かべ、頭を働かせる。

 このタイミングでナートが聞かされていないサプライズ的な登場をする人物……。そんなナートのためのドッキリで呼ばれる配信者など、一人しかいない。

 

「あ、来たね。ナートちゃんドア開けてあげて」

 

「う……まさか……」

 

 何か嫌な予感がするナートはノックのしたドアへと向かい、恐る恐るドアノブを動かし、廊下にいる人物の姿を確認する。

 

「ご無沙汰しておりますFSの皆さま。突然のご訪問お許しくださりありがとうございます。……どうかしました? お姉ちゃん」

 

「や、やっぱりー!? な、なんでほうりが此処にいるのさー!?」

 

 扉の向こうにいたのは新進気鋭のヴァーチャル配信者グループ"イナクプロジェクト"のメンバーであり、ナートの実の妹の風音布里(かざねふり)ほうりだった。

 美しい姿勢のまま綺麗にお辞儀するその様子だけでも育ちの良さがうかがえる。ナートとは正反対のような性格であるが、それでも二人が並べばヴァーチャル配信者なのに、確かに姉妹なのだろうと思わせるほど似ていた。二人とも現実の姿を基にヴァーチャルな姿を創ったので、当たり前と言えば当たり前だが。

 

「なんでとは失礼ですね。なこそ先輩に是非にと誘われたので、こうやって応援に駆け付けたというのに。皆さんに迷惑は掛けていませんか? お父様もお母様も心配していましたよ」

 

「だ、大丈夫だよぅ! ほうりも二人も心配性なんだから!」

 

「……お姉ちゃんの言葉はV+R=Wプロジェクトの始動を意味し、この世界で初めてのV+R=Wのプロジェクト活動となるでしょう。それは参加するすべての配信者が聞き、協力企業が耳にする最初の言葉となります。……つまり、お姉ちゃんの発言はその協力企業の一つであるお父様お母様の会社……粒子化学技研も注目しているわけですね」

 

「うげええええええ!? 緊張で吐きそうなんだけど!?」

 

「ふふっ、冗談です」

 

「ちょっとおおおおおお!?!?」

 

 口元を指先で隠して笑うその姿さえも優雅に映るが、対してナートはほうりにまで弄られキャラと認識されていることに若干ショックを受けているようだった。

 

「なあ、あながち冗談じゃねえって伝えた方がいーんじゃねーか? 実際そこら辺の関係者は注目してっだろ?」

 

「やめとこ○一ちゃん。あれ以上追い込むと壇上で倒れかねないよ」

 

 小さな生徒会室の中では楽しそうな笑い声がいくつも響く。初対面の時よりも少しくだけた様子のほうりの手を取り生徒会室の椅子に座らせたナートは、手に持ったクシャクシャのカンペを広げ、内容に不備がないかを確認してもらう。妹にお願いするという情けない姿にほうりは困ったように微笑み、寝子は眉を寄せ険しい顔になる。そんな様子を微笑ましそうに見守る○一となこそ。傍でわんこーろと狐稲利はおかしそうにくすくすと小さな笑い声を零す。

 

 もうあと少しで学校のチャイムが鳴る。そうなればこのV+R=Wの、すべての若者たちが自らの手で世界を、未来を、そのすべてを創り出す前代未聞、前人未到の挑戦が始まるのだ。

 その事実に、多少の不安はあれど集まった者たちは誰もが希望に満ちた顔をして、そこに居た。

 

 ゆっくりと立ち上がり、体育館へと向かうナートの後を追いかけるFSとわんこーろ、狐稲利、ほうり。

 彼女たちの行く先にはきっと、希望の世界が開けているだろう。

 


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