転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
V+R=Wの拠点である学校には体育館と呼ばれる建物が存在している。広く高く、声がよく響くその空間は一期生が自由に利用する事ができる場所で、大掛かりなセットが必要な配信などで利用される事を想定して造られた施設だった。
本来はその名前の通り学校で行われる体育などの授業で利用される大型施設だ。実際に仮想空間内で体を動かしても現実の肉体に筋肉が付くわけでは無いが"体の動かし方を確認することができる"という利点が存在する。それだけ聞けば意味が分からないだろう、体の動かし方など確認するまでもない事だろうと。
だが、それは仮想世界という特殊な環境下であるからこそ医療面で大いに利用できる。例えば、体を動かしているという意識による脳の活性化、肉体と精神の差異を原因とする精神的な病、長期的な治療が必要な患者が治療後のリハビリへスムーズに移行するためのリハビリの練習。現実ではないという精神的な安心感を持ちつつそれらを実行することが出来るというわけだ。
この体育館の実装はそれらの効果を期待した医療機関に携わる協力企業の要望によって生まれた場所なのだ。
学校という施設であるため運動や体育の授業のために体育館や運動場を用意する事は確かに設定としては納得出来る。だが体を動かしても意味がないネット空間では不要。そう考えていた企業もいたが医療関係の企業の、体を動かす施設を造ってほしいという要望にわんこーろが応えたというわけだ。
今、その施設内ではV+R=Wで初となる公式イベントが行われていた。
「えー……つまりですね……このV+R=Wでの皆さんの協力によって……えー今後のより一層の盛り上がりをー……えー」
体育館に集合したのは一期生の招待状を受け取った配信者達だ。それぞれが全く異なる特色ある姿かたちをしているが、そこにはある種の一体感が生まれていた。皆一期生の招待状を受け取り、それを受諾した時よりこの世界へやってくるのを待ちわび、尊敬する先輩配信者や有望な後輩たちと共に生活することを望んだ者たちだ。それはただのコラボ配信とは一線を画すほどの衝撃的で革命的で、夢にまで見た光景だろう。
今世代にヴァーチャル配信者と呼ばれる存在を復活させた最初期の配信者たちは自身が待ち望んだネットワークへのダイブが身近な存在となったことに感慨深く微笑み、そんな配信者を画面の向こうから応援し自身も配信者になりたいと動き出した次世代は新たな時代の幕開けに心躍らせる。
「ナートのヤツいったい何回"えー"って言うつもりだ?」
「ふふっナートちゃんらしいわね」
そんな緊張と興奮に包まれた体育館の片隅に居るのは、V+R=Wへダイブしてきた配信者を誘導する役目を請け負っていた○一と真夜だった。
FSと交流のある大人組のヴァーチャル配信者数名が会場の誘導に参加しており、校舎から体育館までの通路の各所に待機していたのだ。そんな誘導担当の配信者に前線で指示をしていたのが、FSの○一だった。
慣れない仮想世界というのもあって必ず校舎内で迷う配信者がいる、という想像は当たり、○一の仕事はこの入学式において他のメンバーと比べ最も忙しくなった。だが、その仕事も式が始まれば暇なものだ。体調の悪くなった者がいないかを遠くから見ながら、近づいてきた真夜と軽口を叩くぐらいの余裕ができるほどに。
「あ、今18回目ですって。ナートちゃんの"えー"」
「あ? だれが数えてんだよ」
「視聴者。ほら」
そういって真夜は小さく展開したウィンドウを隣の○一に見せる。それはどうも一期生の誰かの生配信の映像らしかった。配信画面は配信主の後方から覗くようなアングルで映り込んでいるようで、配信主の後頭部と、周囲の配信者の姿、そして壇上で緊張によってカチコチに固まっているナートを映し出していた。
時折配信主が口元に手を添え小さく笑っているのが確認できる。周りの配信者もナート同様に緊張で固まっている中でその配信者だけは余裕を持ち、ナートのいつもらしからぬ姿を微笑ましそうに見ていた。
そんな様子から○一はこの後頭部だけしか見えない金の髪が美しい配信主が誰かを察した。
『またえ~って言ったぞナートのヤツ』『お前は校長先生か』『話長くて草』『仕方ないって、V/L=Fとは全く違う環境なんだしさ』『そうそう、笑っちゃいけないって』『でもほうりさんも笑ってたよねw』『たしかにw』『我らのお嬢様はお姉ちゃんの姿に心がほっこりしておられるのだ』『ほうりさんドS説』『ほうりさんナートが噛むごとに笑ってて草』『姉妹関係は良好のようで何よりですw』『あ、今ので19回目だ』
「ほうりの配信か。草生やされてんなぁ……まあ、いつもとギャップがありすぎるしな」
「でもナー党の子たちは皆応援してくれてるみたいよ? ナートちゃんの視聴者っていい子ばかりね~」
「遊ばれてるだけだろ。もしくは保護者視点でハラハラしてるだけかもな」
まったく、と言いながらも○一はナートが無事に話し終わるかナー党同様にハラハラしながら見守っていた。本番直前まで多少調子の良い事を言っていたナートだが、やはりその緊張を完全に解く事はできなかったようだ。
○一は自身が何もできないことに若干の苛立ちを覚えながらも、ただ視線をナートへ向けることしか出来ない。
「大丈夫よ。だってあのナートちゃんでしょ? むしろ心配するのはこの後の関係各所へのフォローについてじゃないかしら?」
「は? そりゃどういう意味で――」
真夜はウィンドウに映るほうりの横顔と同じく、少し引き気味な笑みのまま○一へと同情的な視線を向ける。何か言いたそうな、けれどももう手遅れだから言っても意味が無いような……。そんな含みのある視線に首を傾げ、○一は理由を聞こうと口を開いた瞬間、壇上から雄たけびが上がる。
「うわああああああ!! もー無理!! てかこんなの私のキャラじゃないんだってばぁ!! あーもう!! おまえらぁ! とにかく一緒に頑張るぞぉ!!」
いきなりの事にナート以外の全員が唖然とする中、壇上の横から次の出番を待っていた寝子が慌てた様子でナートの首根っこに飛びついた。
「なにやってるんですかナートお姉ちゃん!! 我慢するって言ったじゃないですか!!」
「だあってこんなの無理だよぅ!?」
「後もうちょっとだったでしょう!? ああもう暴れないでください!! なこそお姉ちゃん!!」
「はいはい、ナートちゃん後でお仕置きが待ってるからねー。室長と灯さんのお説教もあるからー」
「なんでぇ!?」
『ヒャア!我慢できねえ!』『あーあ、後もうちょいだったのにー』『結局こうなるのかw』『V/L=Fん時みたく体動かしてるわけじゃないから緊張パなかったんだろうな……』『少し同情するぜナート』『歴史に残る入学式になりましたね()』『寝子ちゃんとなこちゃんが取り押さえてる様子が全国に流れているわけですが……』『これには協力企業もニッコリ』『ほうりさん声上げて笑ってるの草』『他の配信者は緊張してて何が起こったか分からないっぽいけどぽつぽつほうりさんと同じようにバカ笑いしてるのがいて草生える』『だれかー!警備員さーん!』
「ええぇ……」
「あらあら、ふふふ。○一は行かなくていいの?」
殊更楽しそうにそう挑発する真夜の視線に、○一は頭をガシガシと掻き、壇上の惨状を見やる。どうやら自身の幻覚ではなく本当に起こっている事のようだ。
「ああクソ、とんでもねー入学式になったなオイ!」
やけくそ気味にそう言い放った○一は一連の流れを把握し始めた配信者たちの笑い声やヤジを聞き流しながら壇上へと駆けていく。
後ろで真夜が可笑しそうに笑っていることなど気にすることも出来ず、壇上に駆け上がった○一は壇上で暴れるナートと、そんなナートに群がるFSの面々へと交ざっていく。
そんなわちゃわちゃとした光景と雰囲気は一期生達の緊張を吹き飛ばし、さながら何でもありのコラボ配信のようになっていった。
配信を見ていた企業関係者はそんな混沌とした状況に混乱し、配信者というものをよく知るものは呆れたように乾いた笑みを浮かべ、それ以外の視聴者はようやくFSの配信らしくなったと盛り上がりを見せた。
その後の寝子のV+R=W開拓についてのロードマップやなこそのV+R=W共通ルールの説明なども最初の堅苦しい雰囲気が無くなったことで比較的スムーズに進行していった。その様子を見ていた一期生の配信視聴者も当初より和やかな雰囲気で見やすかったと感想を呟き、推進室および協力企業の当初考えていた状況とはかなり異なる結果となったが結局、楽しければまあいいや、という結論に収束した。極度の緊張による暴走によってFSのメンバーに羽交い絞めにされたナート以外は全員が楽しめる状況で入学式は進行し、そして無事終わらせることが出来たのだった。
「いや、ちょ、もうわかったから!? く、くるし……ぐええええええ!? おえ」
入学式が終わった後、一期生達の行動は二つに分けられた。一つはまだよく知らない校舎内を探索しながら配信をする"説明書を読むタイプ"。次に拠点の外へ出てまだ真っ白な開拓予定地へ赴く"説明書をぶん投げるタイプ"の二つだ。
前者はこれからV+R=Wで長く利用するだろう校舎の内部を見て回り、その現実的に思える空間に驚き目を輝かせていた。特に地下の居住区に住む配信者たちの感嘆の声は大きく、犬守村ならばなんて事の無いような、校庭に植えてある木々がザワザワと風で葉擦れる姿を見ただけで感動しているほどだった。
一期生はそのほとんどが秋のV/L=Fに参加した配信者達で構成されている。NDSを利用したネットダイブも既に経験済みの者が大半であり、それはつまり犬守村を体験済みと言う事なのだが、それでもV+R=Wの姿に感動する者は多かった。
というのも現代の若者にとって犬守村は想像の中にある憧れの場所という思いが強い。どこか懐かしい雰囲気を漂わせつつも、あまりに現実離れしている為だ。それに比べてV+R=Wはどちらかと言えば現実に近い様式が採用されており、建物も塔の街の現代建築を二世代ほど古くしたように見え、ある程度の現実との共通点があった。その共通点が予想以上に配信者たちの心に響く結果となり、より実現可能な未来を指し示しているように見えたのだ。
そんな雰囲気に居てもたってもいられず飛び出したのが、説明書をぶん投げるタイプの配信者たちだ。
既に入学式で寝子によるV+R=W開拓のロードマップが指し示され、一期生が行うべき仕事内容が説明された。今後V+R=Wプロジェクトは二期生から四期生までの300名の配信者を追加で迎え入れ、その後に一般販売のNDSからの一般参加者を迎え入れる予定をしている。
そして、その一般参加者の人数は当然販売されるNDSに比例する。
つまり、V+R=Wのテストプレイヤーである一期生から四期生までの400名はNDSが一般販売されるまでの間に一般参加者数十万人が活動出来るだけの範囲を開拓しなければいけない。ならば早々にその作業を始めた方がいいじゃん! という思考の配信者たちが早速真っ白な空間の開拓へと乗り出したわけだ。
まだ開拓に使うツールなども配られていない状況であるが、それでも飛び出していく配信者はかなりの数にのぼった。
入学式直後、各説明を終えたFSの面々とわんこーろは再び生徒会室へと集まっていた。一仕事終えた面々は机に突っ伏したり、床に力なく倒れていたりと、入学式の慌ただしさが感じられる光景が広がっていた。なお床に倒れているのはナートだ。
なこそは"生徒会長"と名札が設置された机の上で力なく頭を机の天板にこすりつけ、横目で窓の向こうに見える光景に仕方ない、とため息を付きながらも愚痴を零す。
「もー。ちゃんと寝子ちゃんが"焦る必要は無い"って説明してたのにー」
寝子の言葉を聞いていなかったわけではないのだろうが、それでも少なくない配信者たちが我先にと未開拓領域へと進んでいく様子を見ると、思わずそんな言葉が出てくるのも仕方がないだろう。それでも今後一期生の拠点として末永く利用される場所を初めに見てほしいと思うのは自然な事だ。
自分たちFSはまだいいが、今後拠点となる土地と学校を作ってくれたわんこーろに、少し申し訳ないと思う気持ちが生まれてしまう。
「私は全然気にしていませんよ~? 気持ちは分かりますし~」
生徒会室の奥から現れたわんこーろはその両手にお盆を持ち、そこに湯呑みと綺麗に切り分けられた芋羊羹を載せている。生徒会室は他の教室と異なり、幾つかの機能が追加で実装されている。生徒会室の奥には畳の敷かれた小さな部屋があり、ちょっとした料理のできるキッチンや冷蔵庫、わんこーろ製のこたつ、その他生徒会役員の私物……主になこそのボードゲームなどが持ち込まれている。
わんこーろは陣中見舞い兼、お疲れ様の意を込めて今回FSに犬守村で初めて作った本格的なお菓子である芋羊羹を差し入れした。こういうものをお届けする際の決まり文句としてわんこーろは「つまらないものですが~」と言ったのだが、どうもFSには馴染みがないフレーズだったようで皆首を傾げていたのだが、そのつまらない物というのがわんこーろお手製の和菓子というのだから、全然つまんなくないよ!! とよくわからないツッコミが行われた。
「皆さんに喜んでいただけると良いのですけど~……」
「おおう……黄金色に輝いておられる……これが芋羊羹というヤツ……」
「初めて食べます……」
「あ、そういや狐稲利はいいのか? 他の配信者と一緒に校舎探索に出かけたみてーだけど」
「狐稲利さんは前の配信でわんこーろさんと一緒に試食されているんですよ。……ご飯が食べられなくなるくらいに……」
芋羊羹の製作配信においてわんこーろと狐稲利は作った芋羊羹を味わい……とにかく味わいまくった。
お腹に溜まりやすい芋をふんだんに利用した甘味であるにも関わらず、二人はとにかく美味しい美味しいと芋羊羹を口に運び続け、結局二人ともお腹いっぱいでその後のご飯が食べられない事態となり、それを見た移住者にしこたま怒られていたという苦い過去があったのだ。
わちるの若干口角の上がった顔はその時の配信を思い出しているのだろう。ニヤニヤと当時のわんこーろの涙目を思い出すわちるだが、彼女は忘れている。この場の主導権を握っているのは他でもない、わんこーろだという事に。
「あ~! わちるさんそんなこと言っちゃうんだ~。じゃあわちるさんのぶんはお預けということで~」
「ええっ!? ごめんなさいっ!! どうか取り上げるのだけはご勘弁をー!」
「んふふ~芋羊羹を握っている今、ここの支配者は私なのですよ~~~」
「おうおう、久しぶりのイキりわんこーろじゃん」
「わちるお姉ちゃん……情けないです」
「いつものじゃれ合いだよぅ……それより早くたべようよぅ!」
わんこーろは基本的に配信者や視聴者とは一定の距離を置いて接するように心がけている。それはかつてのような拒絶を伴った隔絶した距離ではなく、あくまで自身と他者とが不快にならないパーソナルスペースを最大限尊重した結果であり、距離を重要視する者には相応の距離感を保ち、距離などかなぐり捨てた相手には当然同じように接する。そのためわんこーろは近しい存在にはかなり素の自分を見せてくれる。
わちるとの掛け合いはまさにその尊重された距離感がぶっ壊れた状態のお手本のようなもので、わんこーろのわちるとの距離は娘である狐稲利と同等かそれ以上になることもある。二人の初めての会話が狐稲利も生まれていないような初期の頃であるから、それは当たり前なのかもしれないが。
一緒にお風呂に入ったり、一緒の布団で寝たり、自然な流れでわんこーろを抱き抱えるわちるの姿などを見ているFSおよび移住者はもはやそれが特別なことでは無く、当たり前な日常のように感じてしまっている。なので初めて二人の関係を見知った視聴者はその"深さと重さ"に引きずり込まれてしまうのだとか……。
「はいわんこーろさん、あーん」
「さすがにそれは恥ずかしいのですけど~?」
「まだまだたくさんありますからね。遠慮しないでくださいね」
「いやいやたくさんあるのは私が持ってきたからですが~?」
わんこーろが持ってきた芋羊羹は思いのほか多く、FS全員に分厚く三切れお皿によそわれたのだがそれでもまだ残っているらしく、生徒会室の冷蔵庫に大半の羊羹が保管されることになった。きっと生徒会もとい、FSの誰かが徐々に消費して行くとこだろう。もしくはほうりや真夜といったFSと仲の良い配信者がその存在を見つける可能性もあるだろう。
「わあ……不思議な食感……これが羊羹というものですか……」
「おお、思ったよりしっかりしてる。固いわけじゃないけど、程よい柔らかさで……おお! あっっま!」
「確かに美味え、けど甘え!」
「ううぅ……やっぱ美味しい……」
竹ようじで芋羊羹を一口大に切って食べると寒天によって固められた芋の風味が口いっぱいに広がり、次第にホロホロと崩れていく。濃厚なその味は秋の犬守村で食した焼き芋よりもいっそう濃く、また加えた砂糖によってよりお菓子としての甘さが深まっているように感じられる一品だった。
わんこーろや推進室だけでなく、数多くの有志によって過去に存在していた料理のレシピがサルベージされ始めてはいるが、それでもやはり和菓子のレシピはほとんどサルベージされていない。先日わんこーろが行った芋羊羹の製作配信の影響で多少有志が和菓子のレシピのサルベージに力を入れ始め、わんこーろもメイクなどでレシピを上げてはいるが、やはり専用の道具などが再現されていない現在では作るものが限られている。
なので洋菓子とはまた違った素朴な味わいをみせる羊羹の食感はFSに新鮮な甘味として認知され、見た目のシンプルながらも美しい姿はまるで犬守村そのものを連想させた。
「うーん、確かに甘いけど渋めのお茶と一緒に食べるとちょうどいいね」
「お茶と羊羹……なんだかいいですね、ほっこりします」
芋羊羹を口の中で味わいその濃厚さを楽しんだ後、温かいお茶で甘くなった口内をさっぱりさせる。芋羊羹の優しい甘い匂いの残滓がほのかに残りながらも、お茶を飲んだ後は次の一口を欲してしまう。羊羹とお茶はかなり親和性があると寝子は冷静に分析していた。
「実は学校の食堂にも少しだけ卸そうかと思ってるんですよ~定期的とは行きませんが~作ったら持っていく、という感じで~」
「いいね、一期生の子たちもきっと喜んでくれると思うよ」
一期生は配信者としての実力や将来性から選ばれた者たちであり、その選考理由にそれ以外の余計なものは含まれていない。故に一期生の中には塔の街へ頻繁に来れるほど裕福な特区住みの者もいればV/L=Fの時期に運営の招待でしか来れないような者もいる。当然食生活においても差があり、栄養を摂取する用途よりもどちらかというと嗜好品に近いお菓子というものを口にしたことのない者も多い。
きっとそんな子たちにはこの甘味は人気の一品になるだろう。
なお、このV+R=Wではそれらの現実のプライベートな内容は極力聞かない、言わないというルールとなっている。これもなこその制作した草案に書かれたルールの一つだ。たとえ本人が自身の生まれを気にしていなくとも、他者からすればそれは気になるところなのかもしれない。V+R=Wでそのような話はしないようにし、どうしてもという場合は出来るだけプライベートチャット等で話をする事などが決め事とされた。
V+R=Wは基本的に何処であっても配信可能であり、もしかしたら他者の配信に偶然映り込み、予期せぬ状況から配信者のプライベートが流出する危険性もある。そのような点も考慮して、V+R=Wでのプライベートな話は極力しないように、となったのだ。
「そうなんだよねー。かかおちゃんとちょいとコラボの打ち合わせをしてたんだけどさーあの子もこの羊羹が気になってるぽかったんだよねー」
なこそは芋羊羹をほおばりながらそんなことを口にした。これまでわんこーろはいくつもの料理レシピをしれっと配信内で紹介し、それがメイクのトレンドとなったり、実際に作ってみた動画などが投稿されたりと話題になることが多かった。
秋のV/L=Fを通してわんこーろの名前はヴァーチャル配信者界隈の外にまで通じるようになり、そんなわんこーろの紹介する料理に興味を持った新興の食品企業などが話題に便乗して製品として販売することさえもあった。
それだけ話題となるわんこーろの料理配信の中でも先日の芋羊羹を作る配信はかなりの注目を集めた。お汁粉という作ってすぐに食さなければいけない甘味を除けば、恐らくわんこーろの配信において初めての本格的なお菓子の製作配信だったからだ。
寒天と呼ばれる聞きなれない材料のせいでなかなか羊羹というお菓子を再現しようとする者が出てこないのだが、それでも今まで再現されてきた洋菓子のような華やかさよりも慎ましい見た目と、それを裏切る濃厚な味わいらしいそのお菓子はたちまち話題となった。
特にわんこーろと同じヴァーチャル配信者たちの食いつきは凄く、かかおもそんな羊羹に興味を引かれた者の一人だった。
「ほうほう~かかおさんも先日の配信を見てくださっていたのですね~それでは~……はい、どうぞこれをかかおさんにお渡しください~」
「へ? ……えと、これは?」
わんこーろは自身の拡張領域より何やら長方形の入れ物を取り出した。艶のある黒色の入れ物には何かが入っているようでそれなりに重たい。表面には達筆な"犬守村土産"と書かれているのだが、その文字はなんと銀色に輝いている。箔押しの文字だ。
「実はあれから配信外で餡子を使った普通の羊羹も作ってみたんです~。これは芋羊羹と普通の羊羹の二本セットの犬守村お土産です~どうぞかかおさんにも、つまらないものですが~、とお渡しください~」
「な、な、な……」
「ん~?」
「ぜんっっっぜんつまらないものではないんですけど!?!?」
「えー! 餡子のとかまだわたし達も食べたことないのにぃ!?」
「なるほど……この入れ物、なかなかの高級感がありますね。これは貰った方も嬉しいでしょうね」
「寝子は冷静だな」
「この後の展開はある程度予測できますから」
「うわあああ! こんなのかかおちゃんにあげたくない! 私がたべたいいいい!」
「わわわ~!? だ、大丈夫ですよ~! 皆さんの分も作ってありますから~!」
「ほら、わんこーろさんならそう言うと思いました」
「あはは……」
「んぅ? なんだかわちるん反応わるくない? もっと食いつくかと思ったのに」
「まさかお前……」
「へ!? ち、違いますよ!? 前に犬守村に伺ったときに少し味見させて頂いたとかは全然ありませんから!」
「やっぱそういう事か」
「知ってましたねわちるお姉ちゃん」
「あ、あはははは~」
その部屋はFSがV+R=Wのあれこれを考える生徒会室……の、はずなのだが、既にお菓子に舌鼓を打つメンバーたちのお菓子品評会となっていた。堅苦しい話し合いも頭を悩ませる問題も今のところ存在せず、生徒会室の机の上にあるのは美味しそうな羊羹と熱いお茶。
その穏やかな雰囲気はこの世界の未来を象徴しているかのようだった。
今後の更新について
https://twitter.com/naganaki0026
・今後、冬編最後まで一日一回更新となります。最終話投稿予定日は1月29日(#186)になりますのでよろしくお願いいたします。
・冬編最終話の更新後、しばらくお休みをいただきます。