転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
「
「はい。一期生の皆さんと視聴者の皆さんへのアンケートを行いまして、この拠点の名前は
寝子が持ってきた紙束の資料を眺め、わんこーろは熱いお茶をちびちびと飲みながらそんなことを口にした。対面する寝子の表情は少し固く、わんこーろがどのような反応をするか不安に思っているようだった。
生徒会室のお茶会は未だ続いているが、ただお菓子を味わっているだけのままでいるわけにもいかない。基本的に一期生が行うべき仕事は二期生がやってくるまでの地盤作りだ。木々や河川といった自然物の創造から各種建築物などを制作し拠点を拡大するのはもちろん、それらを創って、違和感なく設置し、拠点とするまで、の一連の流れをノウハウとして蓄積し、二期生以降に伝えるという一期生にしかできない大切な仕事があるのだ。そんなノウハウやアイデアを集め、まとめて資料とする事などが生徒会たるFSの行うべき仕事だった。
芋羊羹を味わいながらすでに集まりつつある一期生からのアイデアなどをまとめる仕事をこなす傍ら、言い忘れていたと寝子がわんこーろへと拠点の名前についての話をし始めたのだ。
「でも~なんで葦原なのです~? 似たような地名は過去にいくつかありますけど~塔の街モデルの拠点と関係があるのですか~?」
羊羹とお茶と一緒に生徒会室の机にはいくつかの資料が広げられている。それらはこの拠点と、拠点周辺の開拓に関する資料だった。資料には過去の日本に関する情報が集められており、いくつか映像データも添付されていた。
V+R=Wはかつての地球を再現するということで、大まかな地形などは現実と近しい形にする必要があった。それは塔の街をモデルとして造られた拠点の周辺も例外ではなく、ある程度大地の姿は現実に沿った形にする必要があった。一期生はその大まかな地形に植物や建築物を創り出し、拠点を拡大させる仕事を行う予定だ。
わんこーろは耳をぴくぴくと動かしながらもそんな資料をぺらぺらとめくっていく。昔ながらの光景が写されたデータを見ながら、この辺りにそんな名前の町があったかな? と首をかしげる。
「過去の地名との関係は……あまりありませんね。地名の名付け方としては似ているところがあるかもしれませんが。……こちらを見てください」
「ん~? これは……大きな湖ですね~」
「現実ではこの湖の中心に塔の街である人工の浮島が建造されています。それ以前はこの写真のように湖周辺は水草が自生していたらしいです」
寝子がわんこーろへと見せた映像データは塔の街が建造された人工島が造られる以前の風景を映したものだった。
県境を山に囲まれたその土地は、何処から湖を望んだとしてもその背景に雄大な山々が写り込む。山あいから覗く太陽の光は湖面に反射し殊更美しく見えた。その湖の周辺は多種多様な植物が自生し、固有の湖魚が住み、それらを狙う水鳥の営巣地として自然が育まれていた。
広大な湖を中心とする独自の生態系はかつての日本でも有数の自然環境保全地域として知られ、その湖の名前だけでも知らないものは居ないほどだ。
だが、それらの豊かな自然は環境汚染の悪化により見るも無残な姿へと変わり果てた。海と同様に人が触れることの出来ない湖の水は、当然動植物を死滅させる結果となった。
その後、この国に副塔が建設されることが決定、国の領海の政治的不安定さから建設候補はこの国の湖の上という事になった。わざわざ湖の上に人工島を浮かべてその上に副塔を建造したのは、この国が他国に比べて災害が多いというのも理由にある。特に地震は建築物にとって致命的であるため、万が一の場合を考え、人工浮遊島を造り、その上に建造したのだ。
副塔の完成により汚染を防ぐマイクロマシンの影響下に入った湖は塔の街の住民の努力もあり、汚染濃度は低下し、人が触れても問題ないレベルにまで改善していた。
だが、それでもかつての生態系までは取り戻すことは出来なかった。
「この水草の名前が
この湖を湛える地域は寝子の言う葦を用いた伝統工芸が受け継がれていた。予想以上に機能的で、心地よい香りと水草ゆえの軽さ、それらが様々な日用品や道具の材料として用いられ、かつての人々の生活を支えていた。
寝子はそんな塔の街が存在している土地にかつて受け継がれていた伝統を復興するため、まずは拠点に葦の名を冠することにしたのだ。
他にもいくつか候補となる名前はあったが、寝子のそんな説明を聞いた視聴者達によってアンケートはほぼ葦原町を希望する声が大半を占める。
シンプルかつ日本らしい名前、古めかしくも懐かしい。そんな理由で多くの視聴者と配信者に支持され、拠点の正式名称は"葦原町"に決定。それに伴い学校の名前が"葦原第一"と命名されることになった。
また、そんな"日本らしい"、"ネット内に存在している"というところから葦原町という名前に犬守村を重ねる人間もいた。直接的な繋がりがあるわけではないが、どちらも漢字で、三文字で、村と町。どこかに関係性を求めるのも仕方がないことだろう。
そしてそんな人間が現れるのは寝子の思惑通りであった。犬守村に魅了された人々が葦原町にも興味をもってもらえるようにとの思いも込めた、ということだ。ある意味犬守村の知名度を利用した形である。だから寝子はわんこーろに話しかけた際、わんこーろが葦原町の名前を聞いてどのような反応を示すか不安であったのだ。
結局わんこーろはそれらの思惑を理解したうえで、寝子の話を聞いていたのでそのような不安は杞憂であったのだが。
「ついさっきメイクのV+R=W公式アカウントで発表したんだぁ。もうみんな"#葦原町"で呟いてくれてるみたいでさぁ、かなり話題になってるんだよ!」
ナートは表示させたウィンドウに映し出した自身のメイクアカウントをわんこーろに見せる。初めて使うだろう竹ようじを器用に使って羊羹を切り分け、口に運びながらももう片方の手で器用にウィンドウを操作し、メイクに書き込まれた内容を表示させるナート。
【まじすげえ。学校だけでも信じられんクオリティ#葦原町】
【推しが活動しています!一期生応援活動実施中!!#葦原町】
【あー俺もNDS買いてーなー#葦原町】
【#葦原町の今後の発展に期待したい】
その後も次々と表示されるのは葦原町に関する期待と、どのように発展するかの予想や妄想そしてファンアートの数々。今まで学校や各施設の概要は公式が公開したわずかな情報だけに留まっていたが、一期生100名がそれらの詳細な情報を配信を通じて公開するので、創作意欲を刺激された創作者がそれらの熱い想いをファンアートとして世に公開しているようだった。メイクのトレンドにも乗り、その勢いはまだまだ続きそうだ。
「そういえばわんこーろさん、季節の実装はいつくらいにしましょうか?」
「ん~そうですね~」
寝子の手元にある過去の映像データの中には季節の美しさを映したものもあった。雪の積もった山々と湖の光景や、夏の青々しく植物が茂り、湖の近くの砂浜で遊ぶ観光客の姿などなど。季節の移り変わりは湖の美しさをよりいっそう引き立たせ、それもこの土地の魅力のひとつだった。
わんこーろは寝子の言葉にしばらく悩むように首を左右に振る。葦原町は現在未実装の白い大地と、仮実装中の空、太陽などが存在しているが季節やそれに伴う自然現象は最低限しか実装されていない。過ごしやすい日が連日続き、まばらな雲が空を行き交うだけだ。
犬守村を知っている一期生や視聴者からすればその環境は物足りなく感じてしまうかもしれない。事実としてV+R=Wの公式アカウントや生徒会宛に季節および天気などの実装を希望する声が届いている。
「少なくとも今年は無理ですね~」
「ん? なんか問題でもあんのか?」
「実装自体は特に問題はありませんよ~やろうと思えばすぐにでもできます~。でも~今は冬ですからね~」
「塔の街が造られた土地に関する環境データも写真と共にサルベージしました。……南部の方はそれほどでもなかったようですが、北部はかなりの雪が降るみたいですね……塔の街をモデルにして造られた葦原町に季節を実装すれば、同じようにそれなりの降雪が予想されます」
「あーなるほど。低い気温や寒風もあるが、雪ってのは一期生の奴らも初めてだろうな。問題起こりそうだ」
一期生のほとんどは雪というものを美しい冬の自然現象と軽く見ている節がある。犬守村での雪掻き風景はあまり配信では映していないし、実際に体を動かして雪の重さを体感したことが無いので仕方がないとも思えるが、もしそのような心構えならばいきなり葦原町を降雪地帯にするのは少し危険だろう。
既に季節は冬の真っ只中であり、今季節を実装すればまず確実に葦原町は雪に見舞われる。そして雪や路面の凍結による事故が多発する危険性が高い。
「実装するなら春くらいがいいんじゃない? 丁度三期生がやってくる頃だろうし、きっと桜が綺麗だよ」
なこそは熱いお茶を飲みながら窓の外を眺めている。学校敷地内を散策する一期生は皆楽しそうに配信をしており、どうやら視聴者と共に学校内を探検しているらしい。一期生たちは学校のあちこちに植えてある葉の付いていない桜の木を見て首を傾げている。枯れているとでも思われているのだろう。あの桜の木も季節が実装されればきっとサクラ色の花びらを散らしながらその美しい姿を見せてくれるのだろう。
「桜……わんこーろさんの犬守村でもまだ見たことありません」
「そうですね~犬守村を創り始めたのは夏のはじめ頃でしたから~一応桜の木はいたるところに植えてあるので見ごろになれば綺麗だと思います~」
冬の季節の危険性と、入学シーズンにぴったりだろうということから葦原町での季節実装は来年の春、雪解けを待って行われることとなった。せっかくだからとその実装日を学校の創立記念にしようという話になったり、何かイベントを開催したいという話も飛び出し、その後も年明けの話で生徒会室は盛り上がっていった。