転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
犬守村の冬はやはり厳しい。雪は連日絶え間なく降り続き、たまに晴れの日となればいつも以上にせっせと雪掻きを行うが、次の日になれば雪掻きした跡も分からないほどに積もる。それが繰り返され、時には強い風を伴った吹雪となり雪掻きさえできないこともある。
南のわたつみ平原以外の三方を山に囲まれているおかげで風に関してはそれほど酷いことにはならないが、それでも吹雪く気配を感じるとわんこーろは雨戸まで閉めて完全防御態勢で吹雪が通り過ぎるのを待つのだ。
しかし、決して恐ろしい吹雪が雨戸を叩く音に怯えながら過ぎ去るのを祈っているだけでは無い。そんな日は移住者と共にこたつに入ってみかんを食べながら雑談をしたり、囲炉裏の前で狐稲利の読み聞かせを聞きながら保存食を焼いて食べたりと冬ならではの楽しみ方を配信していた。
だが、ここ最近は晴れの日が続き、気候も安定していた。空気は痛いと思うほどに冷たく息は真っ白になるが、それでも空は遠くまで晴れ渡り高いところにぽつぽつ雲が流れている程度だった。
「さて~それじゃあ狐稲利さんもよろしくお願いしますね~」
「はーい!」
犬守神社の庭の片隅で、わんこーろの言葉に狐稲利は手を上げて元気よく返事する。手には竹箒を持ち、なんだか楽しそうにそれを振っている。今日は髪飾りではなく手拭いを頭に巻き、髪をまとめている珍しい姿だ。
「犬守村は出来たばかりの村ですけど~やっぱり大掃除はしないとですからね~」
わんこーろも同じく箒を持ち、準備万端な状態で狐稲利と向かい合っている。たすき掛けで和服の袖をまくり上げたその姿は一見すれば集積地帯へ整地しに行った時のようであるが、今回のわんこーろはその時よりも楽しそうな顔で箒を振って感情を表現しようとしている。頭に巻いた手ぬぐいの隙間からぴょんと飛び出て主張しているイヌミミもぴくぴくと楽し気に動き、同時に動く尻尾がよりわんこーろの心のワクワク度合を表していた。
わんこーろが予定していたFSとの冬のコラボも終了し、考えていたイベントはほぼほぼ完了したので、犬守村は本格的に年末年始の準備を始めることになった。
年末年始の準備と言ってもやらなければいけないことは多岐にわたる。犬守村はいくつもの神社が存在するのでそれらに合わせたお正月飾りを用意しないといけないし、おせち料理も作る予定だ。わんこーろは犬守村だけでなく葦原町へもいくらかおせちに使った料理をおすそ分けしようと考えているので、作る量はかなりのものになると予想していた。
そんな慌ただしくなるのが確定している年末年始の準備の中でも重要かつ時間がかかり、かつ面倒なのが大掃除だ。
犬守村は前述した通り神社の数が多く、通常の居住スペースの大掃除だけでなく各神社の"煤払い"も同時に行うつもりをしており、そのためわんこーろはこの大掃除が最も大変だと理解していた。
「んふふ~大変なことは最初に片付けておくのが私のやりかたなのですよ~っと、それじゃあまずはここから掃除をはじめていきましょ~」
「うんー! 寒いけどがんばるー! 私は神社の前ー」
「それじゃあ私は炊事場の裏のほうを~」
犬守神社の大掃除はまず家の外から始まった。連日の晴れ間により雪はある程度解けているが、秋の時に掃除しきれなかった落ち葉などがスミに集まっている場合があるので、それらを取り除いていく。
「さっさー」
「ふんふん~ん、くちゅん!!」
「おかーさーくしゃみかわいー」
「もうっ、恥ずかしいので口にしないでください~」
乾燥した空気に舞う砂埃でわんこーろはくしゃみをしてしまう。目ざとく聞きつけた狐稲利にからかわれ、少し恥ずかしそうにするわんこーろは誤魔化すように箒で掃く速度を早める。
「んぐ……これ思ったより大変ですね~足がぱんぱんなのですが~……」
「あははーおかーさがんばってー」
「笑いながら言わないでもらっていいです~? 狐稲利さんも顔真っ黒ですよ~」
だが、冬になってから畑仕事もあまりできなくなり、もっぱらこたつの前での作業や配信が主となっていたわんこーろは久々の運動らしい運動に悲鳴を上げていた。それをいい笑顔で応援する狐稲利に不満げな顔を向けながらわんこーろは何とか庭の掃除を終わらせ、仕返しとばかりに真っ黒な狐稲利の顔をぐしぐしとタオルで拭いてやった。
その後も丁寧に家の周りの掃き掃除を行い、見た目はすっきりとしたように感じられる。雪が邪魔で上手く掃除出来ない場所もあったが、それでも可能な限り庭の周りを綺麗にする事は出来た。
「ふう~こんなものですかね~。普段から綺麗にしておくと楽でいいです~」
「おかーさー! こっちも終わったよー!」
「お疲れ様です狐稲利さん~……あらら、体中汚れだらけですね~。お風呂入りましょうか~」
「んー! なんだか疲れたー。こたつでゆっくりしたいー」
「それはお風呂入ってからにしましょーね~。あ、箒もちゃんと元の場所に片付けておきましょう~」
庭の掃除が終わった後、二人はお風呂で汚れを洗い流し、こたつのなかでゆったりとしていた。現在の大掃除の進捗状況はこの家の周辺の庭が終わったところ。
家の中はもちろん、各神社の煤払いはまだ終わっていないし火遊治の温泉街などもある程度目を通しておく必要があるだろう。つまり、大掃除はまだまだほとんど終わっていない。
「はぁー……こたつあったかー。おかーさー……今日はもういいのではー?」
「いえいえ狐稲利さん、大掃除は早めにやっておかないと後々大変なことになるんですよ~?」
「ううー……でも今日はもうお日様沈んじゃうよー」
「む……確かに。仕方ありません~家の掃除と各神社の煤払いは明日からにしましょうか~」
「わーい……ふわぁ……」
「おねむですね狐稲利さん~。今日はお疲れさまでした~明日も頑張りましょうね~」
「うんー……ふわあ……」
「あらあら……こたつにはいったらすぐに寝ちゃって~……お布団持ってこないと~……んん?」
こたつに入ったまま寝息を立て始めた狐稲利の為にわんこーろが布団を出し、狐稲利をそちらへ移動させた時、不意にわんこーろの管理するメイクアカウントにメッセージが送られてきた。それはどうやらわちるからのもののようだ。
既に日が落ちようとしているわけだが、時間としてはまだ眠るには早い。
「ん~……葦原町の……イベントですか~?」
わちるより送られてきた内容によるとどうやら葦原町で新しいイベントを行うことになったということと、それに関するわんこーろの意見が聞きたい、というものだった。
そんな内容のメッセージにわんこーろは少し首を傾げる。というのも、その新しいイベントとやらはV+R=W運営である推進室から事前告知があったわけでもなく、内々に話を聞いていたわけでもない、全く突然のことだったからだ。V+R=Wで行われる予定のイベントは既に一期生へと情報共有がされており、学校の創立記念イベントなどの既に予定として組み込まれているイベントはもちろん、まだ構想段階のものまで全て一期生に知らされているはずだった。
だが、メッセージに記載されている日時に行う予定のイベントに覚えはなく、疑問符が浮かぶばかりだ。
「ん~まあ、行ってみればいいっか~」
狐稲利を寝かしつけた後、わんこーろはリンクを通って犬守村から葦原町へと出かけて行った。
「あ、こんばんはわんこーろさん! わざわざ来てくださってありがとうございます!」
「こんばんはわちるさん~……おお~! こ、これはなんだかすごいですね~学校が綺麗に飾り付けされています~!」
やってきた葦原町の拠点、通称葦原第一学校は先日の入学式とは打って変わり、煌びやかな装飾によって美しく装飾されていた。V+R=Wでは季節は実装されていなくとも日の傾きなどは犬守村と同じく現実と同期しているため現在は日が落ちて真っ暗なはずだ。
だが、学校は電飾などの飾りによって明るく照らされており、校舎の中にもまだ一期生が残っているらしかった。
「あの、わちるさんこれは一体……?」
「あはは、驚いちゃいますよね。実は私もなんでこうなったのかはっきり分からないんですよ」
「ん~?」
そしてわちるはわんこーろの手を引いて生徒会室へ到着するまでの間、なぜ学校が飾り付けをされているのか、なぜいきなりイベントなどということになったのかを説明しようとする。だが、その前にわんこーろはとあるものを目にして、ある程度の状況を察する。
「おお~なかなか凝ってますね~。あれ? ……ああ~なるほど~"くりすます"ですか~」
「はい、一期生の誰かがサルベージした記録から見つけてきたみたいでして。それで葦原町で初めてのクリスマスパーティーをしないかってことになったんです」
煌びやかな電飾に赤と緑の装飾、柊の葉とベルや星の飾りが煌めき、確かにそう言われるとクリスマス特有の飾り付けと分かる。犬守村で生活しているとそのようなイベントがあった事すら忘れてしまっていたわんこーろだが、装飾のいたるところに書かれているクリスマスという文字でようやくこのイベントが何であるのかを理解した。
今は年末、つまりはクリスマスの時期だ。
わちるが語る説明によると推進室ではクリスマスイベントというものをやる予定はなかったらしい。そこはわんこーろも理解しているところであり、だから混乱したわけだ。まだV+R=Wプロジェクトが一期生を受け入れた直後であり、一期生全体が落ち着き、慣れる時間が必要ではないかという判断と、一期生全員の一斉ログインの負荷テストがまだ完了していない状況であり、そのタイミングで規模の大きい公式イベントは控えた方がいいのでは? という判断からだった。
最初にクリスマスイベントをやろうと言い出したのが誰なのかは定かでない。一期生の誰かだったかもしれないし、視聴者の呟きからだったのかもしれない。そのほんの小さな呟きが配信者の目に留まり、面白そうだと話題になったのだ。最初に数名の一期生が細々と行うつもりだったクリスマスイベントは聞きつけた他の一期生の合流により中規模のイベントとなり、それを見たナートが面白半分で参加し、生徒会長なこその耳に入り、そして今に至る。
「だから公式のイベントじゃないんですよ。非公式の、一期生が自主的に行っているイベントという感じなんです」
「だから運営である推進室さんからは何の告知もなかったわけですね~」
一期生はV+R=W内で自由に活動し、配信することが許可されている。もちろん、このような推進室を通さない一期生主導のイベントだって開催可能なのだ。
「しかし~本当によくできてますね~この飾りつけもサルベージしたのです~?」
「半分ほどはそうですね。あとは映像データしか残ってなかったんですけど、そこから3Dモデルの制作が得意な一期生の方や、あと灯さんが協力して創った、って感じです。あ、室長さんはイベントの開催告知などをしてくださったんですよ」
「……それはもう公式イベントなのでは~?」
「あはは……何か問題が起こったら責任は持つって室長言ってましたし……ほとんど公式イベントですね……」
「んふふ~。それで~メッセージにありました意見を聞きたいというのは~?」
「それなんですが……わんこーろさん、サンタさんって本当に居ると思いますか……?」
「……。……ん~?」
「私たちの中でも意見が分かれているんですよね、寝子ちゃんやなこそさんは存在しないと言っているのですけど、ナートさんや○一さんは存在するって。現にサンタさんを写したという映像データがたくさんありまして、かなり正確な人物像の記録も残っているんです。住所などもあったらしいんですよ」
「そ、それで私に……?」
「はい! わんこーろさんなら既にサンタさんについて確かな情報を持っているかと。そうでなくてもすぐ情報をサルベージして頂けるかな、と思いまして!」
「ん、んふふ~……と、ところでわちるさんはどちらの意見を支持しておられるので~?」
「当然! サンタさんは居ますよ! ね、わんこーろさん?」
「ん……ん~~~~? んふふ~~~?」
わんこーろはしばらく曖昧に笑ってわちるの質問をなんとか誤魔化そうと必死になりながら、並行して生徒会室でどのような話を展開して窮地を脱しようかと考えあぐねいていたが、その答えは電子生命体でも導き出すことはできなかったのだった。