転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#174 楽しい準備の時間

  

 生徒会室でナートは絶望の底に沈んでいた。目にいっぱいの涙を溜め、それでも配信者としてのプライドか、けっして嗚咽を漏らすことはなかった。もはや立ち上がる事さえ出来ないほどに打ちのめされたナートの口からはか細い呟きが聞こえるだけ。

 

「つまり……サンタさんは居ないってこと……?」

 

「ナートちゃん床に座り込まないで。灯さんに作ってもらった服が汚れるでしょ」

 

「一夜で地球一周して全世界にプレゼントを配るなんて存在が本当にいる訳ないでしょうに」

 

 生徒会室に到着したわんこーろにより真実を伝えられたナートはその場に崩れ落ち、真っ白になってぐすぐす鼻を鳴らしていた。涙は流していないが、それ以上に見ていられない姿だ。

 

「おーおー、ナートは夢見るお子さまだなー」

 

「おおう!? まーるちゃんだってサンタは居るって言ってたじゃんかよぅ!」

 

「だってその方が夢があんだろ? 居るかいないか、はっきりさせない方がいいかと思ってよ。あとまーるちゃん言うな」

 

「んふふ~子どもに夢を見せる。それがサンタさんのおしごとなのです~」

 

 サンタクロースという者が何処に住んでいるのか、どのような生活をしているのか、容姿は? 性格は? ひととなりは? それらの情報もすべてはサンタクロースという人物が確かにそこに存在する事を理由づけるための情報だ。子供はその詳細で膨大な情報からサンタが居ると考える。

 

 子どもに夢を見させる。たったそれだけの事だったはずなのに、効率化社会によりあらゆる文化が破棄された影響でサンタが実際に居たのかどうかさえも分からなくなってしまった。

 

 もしかすると合衆国辺りなら根強くその文化が残っている可能性があるだろうが、それでもかつてのようにメジャーなイベントとしては残ってはいないだろう。

 

「ねえわんこーろさん! せっかくですから学校のまわりを一緒に見て回りませんか?」

 

「お、いいじゃん。わんこーろも入学式以来こっちの発展具合はあんま知らねーだろ」

 

「もちろんわんこーろさんに時間があればですけど」

 

「ん~でも狐稲利さんが~」

 

「まだ飾り付けの途中だからイベント自体はまだなんだ。狐稲利ちゃんとはイベント当日に回ればいいんじゃない?」

 

「ふ~む~それじゃあまあ……」

 

「さあ行きましょうわんこーろさん!」

 

「わ、分かりましたから~そんなに引っ張らないで~。みなさん~行ってきます~~」

 

 FSの面々は全員わちるの言葉に肯定的な意見を重ね、わんこーろもまんざらではない様子だった。そのことに気付いたわちるはやや強引にわんこーろの腕を引っ張って生徒会室から飛び出していった。遠くから聞こえるわんこーろの間延びした悲鳴らしき声を聞きながら、わちるを除くFSの面々は呆れたようにその姿を見送った。

 

「なーんか距離近くないか?」

 

「今に始まった事ではないでしょう……お二人はわちるお姉ちゃんが配信を始める前からの馴染みらしいですし」

 

「んー……でもちょっち近すぎる気がするんだよねー」

 

「? あの程度なら問題ないのでは? 少なくとも一緒のベッドで寝ている○一お姉ちゃんと真夜お姉ちゃんほどではありませんし」

 

「な!? なんで寝子が知って……! ナートテメエか!」

 

「ぐえ!?」

 

 床に寝ているナートを締め上げる○一とそれを冷めた目で見る寝子を横目に、なこそは窓の外を見ながら煌びやかな電飾の光に目を細める。

 

 確かに、わちるとわんこーろの距離感はヴァーチャル配信者たちの中でも"ほどほど"程度の範囲に留まっている。あくまで配信者の中では、なので実際にべったりくっついている様子を見ると距離が近いように見えるが、それでもほどほどである。

 

 けれどなこそが疑問に思っているのはそこではない。

 

 わちるはわんこーろと出会ってからほぼ毎日わんこーろの元へ、つまりは犬守村へ訪れている。その頻度と時間はNDSを利用するようになってさらに増加し、今ではほぼ犬守村の住人のようになっている。

 

 もちろん現実で一定量の運動を行うというわんこーろとの約束を守ったうえでの事であり、またFSメンバーとの交流もおろそかにはしていない。現実での食事や会話もわちるは楽しんでいるように見える。

 

「近いんだよねぇ……仮想世界に」

 

 だが、なこそから見たわちるはどちらかというと現実よりも仮想を重んじているように見える。

 FSとして推進室にやってくる以前、わちるは効率化社会以前の生活を知っている祖母と暮らしていた。それ故に犬守村に感じる郷愁を一般的な若者よりも強く感じるのかもしれない。

 

 それにしてもわちるの仮想世界に寄せる想いの強さはかなりのものだった。

 それが悪い事なのかはなこそには分からない。NDSが一般販売されればわちるのように仮想こそが真の現実だと考える者たちも現れるだろう。今や仕事も授業もネットで行う時代だ。仮想というよりもう一つの現実と言っても差し支えない。

 

「今どきの若い子は進んでるなー」

 

「は? 何言ってんの?」

 

「……ふふ」

 

 NDSの普及により新たな世代の台頭を予感するなこそだが、他のFSメンバーは何言ってんだコイツ? という視線をなこそに送る。唯一疑問を声に出したナートへと近づき、穏やかな表情のままなこそはナートの締め上げに参加する。

 

「ぐえええええ!? なじぇえ!?」

 

 今日も生徒会室は騒がしく忙しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葦原町の中心にある葦原第一学校は夜中だというのに一期生がほぼ全員揃っているといういつもとはちょっと違った光景が広がっていた。これまでは朝から深夜までまんべんなく一期生がログインしており、特定の時間に人が集中するということはほとんどなかった。葦原町で行われた入学式を除けば初のイベントとあって飾り付けなどの準備に参加する一期生は多く、それぞれが思い思いに楽しんでいるようだ。

 

 少し耳を傾ければ、そんな一期生たちの楽し気な声を聴くことが出来る。

 

 

 

「ねーねーこのあたりで良いかな?」

 

「んー、もうちょい左ー」

 

『もっと左上かな?』『センスいいー』『デザインも出来るのは強みよなー』『いい感じだね』『次は二階と三階の飾り付けだね』『校庭のツリーって誰担当だっけ?』『のじゃ!さんがやってるはず』『ああイナクか』『ミャンの配信見てきた。のじゃさんのほうも飾り付け終わりそう』

 

 一期生は基本的にV+R=Wでは配信しっぱなしにしている者が多く、いつでも誰かが配信をしているという状況なので視聴者は何時でもV+R=Wの様子を誰かの配信を通して見ることができる。事実、クリスマスイベントの飾り付けが行われるまでの工程は一期生の配信を並べれば全て追いかけることができる。

 

 飾り付けを担当しているのは一期生の中でも絵を描くことを得意とする配信者たちで、クリスマス飾りのバランスや見栄えもこの配信者たちのセンスに任されている。彼ら彼女らは手製の飾りを両腕に一杯抱え、自身のセンスの赴くままに飾っていく。だが、装飾は過度なものになるわけでも、貧相なものになるわけでもなく、ちょうどいいバランスを保っている。それを視聴者も褒めたり、足りない場所を指摘したりと飾り付けの作業に参加していた。

 

「なあ、これどこのヤツだっけ?」

 

「これは確か二階の飾りだったと思うぞ? 後でイナクちゃんに聞いとくか」

 

『のじゃさんなら今校庭に居るぞ』『ツリーの飾り付けやってる。あ、もう終わったみたい』『今なら聞けると思うよ?』

 

「ん、サンキュー。聞いてみるわ」

 

 だが、だからといって視聴者も好き勝手しているわけではない。配信者と視聴者との距離を考え、極度の干渉とならないよう考えて発言するよう心がけていた。

 

 

 

「かかおちゃーん! ちょっとこっち手伝ってくれるー?」

 

「おい! 私の方が先輩なんだぞ!? ちゃん付けはやめろよう!」

 

「やーん怒ってるかかおちゃんかわいー!」

 

「や、やめろっ! 頭撫でんなー!?」

 

『チョコガキ顔真っ赤で草』『チョコガキ後輩にナメられてんじゃん』『小さいからね仕方ないね』『丁度手が置ける位置に頭があるのが悪い』『なこちゃんに遊ばれてるのを見てるから威厳も何もないのよねw』

 

 ただ、やはり視聴者と配信者の距離というのは配信者それぞれで異なっているのは当然の事で、仲のいい友達のような関係だったり、好きな子をいじめる男子のような関係だったりと様々だ。

 

 どこもかしこも楽しそうな声が聞こえてきて、そんな様子を見ながら辺りを歩き回るわんこーろもわちるもなんだか楽しい気分になってくる。自分たちが生み出した世界が、確かに受け入れられているという実感が湧いてくる。

 

「みなさん忙しそうですね~でも、楽しそうです~」

 

「クリスマスなんてしたことありませんでしたから、皆さんはりきってるんですよ」

 

 飾り付けをしている配信者の一団の中にはわんこーろやFSと親しい配信者ももちろん交ざっている。クリスマスの準備をしている風景を眺めていると時々そんな配信者たちが二人へと手を振ってくる。周囲の配信者は二人に気が付くと驚いたように目を丸くし、慌てて頭を下げたり、あるいはなぜか黄色い声が上がったりする。

 そんな喧騒を二人は手を繋いで駆けていく。

 

 煌びやかで美しく、イベント前の独特でワクワクする雰囲気を楽しみながらわちるはわんこーろを引っ張って学校の中を案内していく。

 

「わんこーろさん! クリスマス、楽しみですね!」

 

「んふふ~そうですね~楽しみです~!」

 

 

 

 


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