転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
雪の積もる犬守村、その東に位置するのは様々な野生動物が住処とするけものの山だ。この山は犬守村に存在する動物たちの為に創られた山であり、川が流れ、実を付ける木々が生い茂り、餌となる食物が豊富に存在していた。巣にできそうな場所も多く造られており、犬守村に住まう動物の多くがこの山を中心にして生活していた。
最近では北方に創られた北守山地の広大な土地を求めて出ていく群れもあるが、それでも食料の探しやすさはけものの山が勝っており、活動時間は北守山地へ、寝る時はけものの山に戻ってくるという生活をしている動物も多い。
そんな快適な生活を提供しているけものの山であるが、それでも冬は食料が少なくなるし、雪も当然降ってくる。動物たちも冬眠するものは秋ごろから食料の食い溜めや備蓄をし始め、春が来るまで巣穴でおとなしくしている状態だ。
「んー……んんー……!」
凍った雪を踏みしめる際のザクザクとした感覚を楽しみながら、狐稲利はけものの山を軽快に登っていく。お手製のかんじきを履いて積雪に足が沈まないように歩いているが、見知った場所なのでそれほど苦労はしない。雪に埋もれていたとしても目印となる場所はしっかりと確認することが出来る。
山の頂上にある、いつでも実を成らせる桃の木は中枢であるからか、冬の寒さをものともせずそこで大きな枝を広げているし、山より流れる川は凍ることなくそこに存在していた。
「んんー……やっぱり、ないー……かなー?」
動物のほとんどは冬眠するか、冬眠しない動物でもエネルギーを消費しないように行動を制限しているので日中でもその姿を見るのは難しい。そのため狐稲利の周りには遊び相手となる動物はいない。いつも一緒にいるタヌキのよーりでさえ、今は犬守神社のこたつの中でぬくぬくとお休み中だ。
では狐稲利が何をしているかというと、それは先日母親であるわんこーろに誘われた、葦原町でのクリスマスイベントについてだった。
どうせなら派手にいこう! という生徒会長なこその提案によって飾り付けが行われ、つい先日非公式イベントの開始が宣言された。クリスマスというイベントはかろうじて消失していなかったわけだが、そのイベントが行われていた時期までは特定できなかった。その後わんこーろによって一日だけのイベントであることや、聖人の降誕祭であることなどが伝えられたのだが、盛大なイベントにしようというなこその考えのもと、結局数日間行われる大型イベントとして扱われることとなった。
葦原町全体がここ数日クリスマスムードに包まれており、一期生同士のコラボなども頻繁に行われている。校庭には大きなツリーが設置され、イナクプロジェクトなどの配信者たちによって美しく飾り付けられている。
校舎の中も赤と緑を基調とした装飾が施されにぎやかな様子だ。どこも電飾が美しく、そのためか一期生の配信はここ最近夜に行われることが多くなっていた。
非公式なイベントであり、一期生がそれぞれ思い思いに楽しんでいるということもあり、V+R=W運営より何かメインイベントとなるような催し物が用意されているわけではなく、皆クリスマスの雰囲気を味わいながらそれぞれコラボや小規模なイベントを同時多発的に行っているようだった。
飾り付けと同じく今までサルベージされたデータを基にしてクリスマスらしい食べ物などを再現してみたり、クリスマスソングなどを含めたカラオケ大会等が学校の教室を利用して行われており、その様子はかつての学園祭や文化祭を彷彿とさせた。
とはいえ見知った者同士の小規模なグループが複数できているだけの状態であり、盛り上がるのは良いのだが一期生全体のコミュニケーションを図る場所としては不十分に見え、次回からは公式のイベントにしようか、となこそと室長は考えているらしかった。
さて、そんなクリスマスイベントの最中、私たちも何かしたいとナートが駄々をこね、寝子やわちるの提案によって身内だけのちょっとしたパーティーとプレゼント交換会が開かれることになった。参加するのはFSはもちろん、真夜やほうり、わんこーろも招待されている。そして当然、狐稲利も。
狐稲利がけものの山に訪れていたのはその、交換会のプレゼントとなるものを探しに来たためだ。
それまで誰かにプレゼントなど渡したことのない狐稲利にとってそれはかなり悩ましい問題だった。犬守村で遊んでいるときに見つけた綺麗な花やどんぐりなどをお土産としてわんこーろやFSの面々に渡したことはあっても、今回のようにプレゼントらしいプレゼントを誰かに贈ったことなどなかった。
「んー……あ、あったー? ……よーし!」
そこで狐稲利は急遽過去のデータなどを捜索してプレゼントとはどういうものか? というところから調べ始めた。さすがにプレゼントとしてどんぐりを手渡すのは駄目だろうと思い至ったわけだが、それでも狐稲利はこの犬守村でなにやらプレゼントとなるものを探しているようだった。
狐稲利の目の前にはけものの山で動物たちが住処となるようにと造られた洞窟があった。草木に覆われた山の中で洞窟の入り口は岩肌がむき出しになっており、大きく口を開けているが、今は雪によってその口はそれほど目立たない状態に隠されていた。
探していた場所を見つけた狐稲利だったが、すぐに洞窟内へと入ろうとはしない。見知ったけものの山とはいえ、わんこーろとの約束で危険な場所には入らないようにと言われているからだ。
だが、危険な場所、というだけで立ち入ってはいけない場所の名前は告げられていなかった。
わんこーろがその危険な場所という基準を定めなかったのは単純に狐稲利を信用しているということもあるが、その危険という基準を狐稲利に身をもって定めてもらうという意味合いもあった。
効率化社会以前、かつての日本では公園というものはあっても、そこに遊具と呼ばれるものは存在しなかった。遊ぶ子供が怪我をするという理由から非難され、徐々にその姿を消していったのだ。
効率化社会の影響を受ける前に、既に子どもたちが外で遊べるような場所はほとんど無くなり、そもそも外で遊ぶ子どもさえ見かけなくなっていた。
それは当時の風潮から仕方がない事とはいえ、わんこーろとしては少し寂しいと思ってしまう。怪我をして、痛い思いから実際に何が危険で何をしてはいけないのか、それを体験して経験とすることで成長していくのが子供なのではないか。そんな考えはもはや時代遅れな考え方となってしまった。だが、それが良い事なのか悪い事なのか判断することは出来ない。どちらも子どもを想う親心からくる主張であり、良し悪しの二択で区別することができるような事柄では無いからだ。
そしてわんこーろは狐稲利に、犬守村という自然で学んでもらう方を選択した。
村で遊んでいれば木枝によって肌に傷が付くこともあるだろう。ぬかるんだ道でころんで泥だらけになることもあるだろう。あるいは擦り傷から血を流して、泣きながら帰ってくることもあるかもしれない。
それでもわんこーろは狐稲利なら、次は同じ失敗を繰り返さないだろうと信頼できる。失敗して、学んで、そしてたくましく生きていってほしい。それがわんこーろの願いであり、教育方針だった。
「ん~……中は濡れてない、かなー? ええとー……提灯ー」
犬守村で遊びまわることが日常である狐稲利には、その洞窟が"ちょっぴり危ない場所"だと直感的に理解していた。だが、洞窟奥から抜けてくる僅かな風が有毒なガスだまりが無いと狐稲利に知らせ、洞窟内部に獣の居た形跡がないことから動物の住処として利用されているわけでもないと判断できた。
故に、狐稲利はその洞窟の奥へ、とある目的のものを見つけるために進んでいくのだった。
葦原町は拠点である葦原第一学校を中心にその面積を徐々に拡大している。
一期生たちはこの世界に降り立った後、学校の中で仮想空間の開拓に関する授業を受けることができる。その内容はV+R=Wで再現すべきかつての世界の風景などの資料や環境について。あるいはわんこーろの協力によって一般人でも利用できるように軽量化した各種特製ツールの扱い方など。
これらの技術や知識はV+R=Wを開拓するうえで非常に有益なものであり、授業を受けるのと受けないのとではその開拓速度は格段に違う。一期生が初めてV+R=Wに降り立った際、入学式終了後すぐに開拓へと向かった一団よりも、その後授業を受けて所謂チュートリアルを完了させた配信者の方が開拓の速度も自由度もかなり違っていた。なので先走った一団は結局その後素直に学校へ戻って授業を受けることになったりしている。
とにかく、そうやって開拓された土地は徐々に増え、今では葦原町とその周辺がほぼ開拓が完了し、かつての広大な湖が仮想空間に再現されることとなった。
葦原町はこの広大な湖の上に浮かぶ浮島であり、その様相は現実の世界で湖の上に存在する塔の街の姿を再現したものだ。当初の予定通り葦原町の面積も、湖の大きさも全て現実と同等のものに再現され、違いがあるとすればV+R=Wは現実の今ではなく、環境の破壊されていない昔の姿で再現されているというところくらいだ。
現在そんな湖上に浮かぶ葦原町は夜中にも関わらず眩い電飾に彩られた美しい光景に包まれていた。夜空の星々に負けないほどに瞬く色とりどりの光たちは澄んだ空気の中でよりいっそう輝いていた。
「綺麗ですね~……」
学校の廊下を歩くわんこーろは窓の外から見える光景を見て無意識に呟く。校舎内の飾り付けによっていつも以上に明るいその廊下を進んでいると、各教室から楽し気な声が聞こえてくる。廊下と教室を隔てる扉の向こうから聞こえる声は一期生たちのもので、どこもかしこも笑い声や驚きの声、あるいは悲鳴じみたものまで聞こえてくる。
それらを一緒くたにして、わんこーろは賑やかな様子と受け取っていた。イベントだからこれほど騒がしいということもあるだろうが、それでもまだV+R=Wには一期生しか居ない。四期生がやってくるくらいの時期になればこの程度の喧騒はV+R=Wでの日常となっていくだろう。
「おかーさー!!」
「あ、狐稲利さん~。プレゼントの準備は終わりましたか~?」
「うんっ! ばっちりー!」
急ぎ足でわんこーろに追いついてきたのは狐稲利だった。若干乱れた和服を片手で直しながら、もう片方の手には小さな箱。クリスマスらしい緑色のテープでラッピングされた赤色の小箱を大事そうに持ちながら狐稲利はわんこーろの隣に並んで歩いていく。もちろん、空いた片方の手で母親の手を握りしめることを忘れない。
「んふーみんな楽しそうー」
「それぞれ仲のいい方同士で集まって何かしているみたいですね~後で見に行ってみます~? 凸大歓迎! なんて教室もあるみたいですし~」
「うんー!」
教室からは楽しそうな声が漏れ聞こえてくる。ドアには手作りの張り紙や看板が張られており、どのような催し物を行っているのかが書かれていた。突発的なゲスト歓迎という文字を見ながらわんこーろはそのまま廊下を進んでいくが、狐稲利は少し気になったようで歩みは止めないがその視線はしっかりと張り紙に向かっていた。
わんこーろたちが教室の方に興味を向けるのと同じく、教室内の一期生達は廊下にいるわんこーろと狐稲利を見つけると声をかけ、手を振ってくる。今まで配信者にとってわんこーろは目標であり、羨望の対象であり、空気が違うとさえ感じているようだった。
だが、そんな感情は秋のV/L=Fを経て徐々に軟化しており、V+R=Wではわんこーろ製のツールの取り扱い方で声をかけられることも多くなったことで互いの距離はぐっと近くなった。
気軽に声をかける配信者が増え、廊下ですれ違えば軽く会話をする程度には仲のいい者たちが増えた。それは狐稲利も同じで、むしろ無邪気な狐稲利の方が積極的に一期生との交流を行っているらしかった。と言っても何か重要な会話をしているわけでなく、何でもないような、正しく雑談と呼べる会話なのだが狐稲利はそんな雑談こそが楽しみの一つであった。
かつてわんこーろが人との交流を求めてヴァーチャル配信者となったように、狐稲利はこのV+R=Wで多種多様な配信者たちとの交流を求めたのだ。その欲求は秋のV/L=Fでも表出していたのだが、その時はイベントのあいだのみの時間制限のある交流だった。
今後はこのV+R=Wを通じていつでも何度でもふれあい、会話を交わすことが出来る。V+R=Wは狐稲利にとって願ってもない機会を生み出す場となった。
「わんころせんぱーい! また後で来てくださいねー!」
「狐稲利ちゃんも待ってるからねー!」
「は~い~ぜひ伺わせてもらいます~」
「ぜったいに行くよー!」
教室から顔を出した一期生と軽く会話をした後、わんこーろと狐稲利は生徒会室へと再び歩き出す。その後も教室を通り過ぎるたびに呼び止められ、時には頭を撫でられながら一期生が作ったというお菓子を持たされたりと、今では羨望や尊敬というよりもV+R=Wのアイドルやマスコットのような存在として認知されている節がある。
それをわんこーろは苦笑しながらも受け入れ、狐稲利は何のことか分からないという風に首を傾げるのだった。
その後しばらく各配信者たちの催したクリスマスイベントに参加し、楽しんだ後わんこーろと狐稲利は約束の時間に遅れないよう、生徒会室へとやってきた。
「あ、わんこーろちゃん。こんばんはー」
生徒会室のドアも綺麗に飾り付けされており、自作らしいツリーやプレゼントの絵が貼られている。そのドアを開けたわんこーろと狐稲利に声をかけたのは生徒会長の席に座っているなこそだった。うず高く積まれた資料を片付けているなこその声は心なしか力が無いように思える。
「こんばんはです~今日は招待していただきありがとうございます~」
「えと、ございますー」
「あはは、いいってそんなこと。初めから呼ぶつもりだったし。……呼ばなきゃわちるちゃん絶対不機嫌になるしねー」
『お、わんころちゃん来た!』『一番早かったのはわんころちゃんだったか』『わんころちゃんこんばんわー』『狐稲利ちゃんもこんばん~』『狐稲利ちゃん眠くない?大丈夫?』『犬守村では日が落ちたらもう寝る準備するもんな』
「だいじょーぶだよー。みんなも起きててえらいー」
『オウフ……』『こ、狐稲利ちゃんからえらいって……』『なんか……涙出てきた……』『これで明日も頑張れる……』『ありがとう……ありがとう……』『疲れた心が癒されていく……』
「……あー……みんなおつかれー……?」
「休日でも休まず仕事な視聴者も多いからね~……せっかくのクリスマスなのに。ぷぷ」
『なこそテメェも仕事してんだろが!!』『クリスマスなんて滅びればいいのに』『恋人たちの聖夜などと呼ばれる許されざる存在よ』『物騒過ぎて草』『サルベージされたばかりのイベントに滅べは草』『これは過激派だな』『クリスマスはクルシミマス……』『リア充滅びろ……』『なんか余計なものまでサルベージしちゃったんじゃ?』『いつの時代も人の嫉妬というものは無くならないんだなぁ』
配信画面を覗き見るなこそは流れていくコメントを眺め、いたずらっぽく笑って視聴者を挑発する。予想通りの反応が返ってきたことになこそは満足そうに笑い、わんこーろへと視線を向ける。
「ええ~……」
だよね? とでも言いたげななこその視線を避け、わんこーろは苦笑いを浮かべるしかない。というよりも、同意を求めないで欲しいですとわんこーろは心から思った。
「なこそお姉ちゃん、視聴者の方と喧嘩してないで早く手伝ってください」
「はーい。おお! 大きなケーキだねぇ」
『でっっっ』『←それはなんか違うような……?』『すっごい綺麗だな、これ自作だろ?』『プロ並みの腕前で草』『レシピサルベージされてるけど材料の不足と値段の問題で再現できなかったクリームマシマシの本格ショートケーキじゃん!!』『あ、そっかV+R=Wなら材料も手に入る、てか生み出せるのか!』『すっごい綺麗だし美味そう……』『これ寝子ちゃんが一人で作ったの!?』
「さすがにそれは……わちるお姉ちゃんと真夜お姉ちゃんに手伝ってもらいました」
生徒会室の奥から大きなケーキの載ったお皿を持った寝子が現れた。寝子はさっそく視聴者と煽り合いをしているなこそに顔を顰めるが、本気で喧嘩しているわけでは無いことは寝子にも分かっている。
寝子が不満そうなのはどちらかというと準備を手伝ってくれない事に関してだろう。机の上に山積みされた書類の山を見てしまうと、直接そう言えないわけではあるが……。
そういった不満を溜息一つで押し込めた寝子は手作りの大きなケーキを机の上に慎重に置く。特に仲の良い配信者だけの集まりということもあり、最初はわんこーろがケーキそのものを"創って"用意すると言っていたのだが、むしろ仲間内だけなのだからと、寝子やわちるがケーキを手作りしたいと言い出し、その結果わんこーろはまだV+R=Wでも生み出せていない材料だけを手渡し、ケーキの形にするのはFSの料理番であるわちると、真面目な寝子に任されたわけだ。助っ人として真夜にも参加してもらい、万端の状態で臨んだケーキ作りはどうやら成功したようだ。
「やっぱり映像データのような綺麗には出来ませんでしたけど……」
「そんなことありませんよ~! とっても美味しそうです~!」
『そうそう。すっごい再現度よ?』『プロ並みの見た目。そして見た目が良ければ味も良い』『寝子ちゃんの力作……食べてみたい……』『俺はむしろもったいなくて食べれない……』
ケーキはシンプルなショートケーキだった。白いクリームがふんだんに使われたケーキの上には真っ赤なイチゴの他に小さく切られたフルーツが載せられており、その周りにリボンのように絞り出されたクリームが盛られている。
寝子としては少し成形に気になる点があったようだが、それでも見た目はかつて販売されていたような専門店のものと遜色ないように見える。
とはいえわちる以外のケーキ製作メンバーは料理は素人レベルだ。寝子は推進室の家で時々灯が作る料理の手伝いをしていたりはするが、お菓子作りは初めての経験だったし、真夜はわんこーろの配信で見る程度で料理自体したことが殆どない。
だが、二人とも物覚えは非常に良く、レシピが頭の中に入っている寝子と要領のよい真夜はわちるのサポートとして活躍していた。
「わんこーろさん、材料のほう、ありがとうございました」
「いえいえー! 美味しいお菓子のためならー!」
「おや~? んふふ~」
寝子のお礼に真っ先に返事をしたのはわんこーろではなく狐稲利だった。まるで我がことのように自慢げな狐稲利の姿に、思わずわんこーろは微笑んでしまう。
『狐稲利ちゃん元気いいねえw』『お母さん押しのけてきたんだがw』『狐稲利ちゃんのドヤ顔かわいい!w』『どことなく母親に似てるんだよなあ』『イキり方もわんころちゃんに教えてもらった説』
「あらあら狐稲利ちゃんは相変わらず元気ねぇ、ねえわんこーろちゃん?」
「わんこーろさんこんばんは! どうぞ座ってください!」
『二人ともお疲れー』『ケーキ制作の後片付けおつかれです』『真夜さん相変わらずの露出度なのね』『もう気にならなくなってきた』『同じく』
そんな元気な狐稲利の声に反応したのは生徒会室の奥から顔を出した真夜とわちるだった。わちるはわんこーろの姿を見るや満面の笑みで接近し、その手を取って椅子まで案内しようとする。生徒会室は元々物置にする予定だった場所を利用しているのでそれほど広いという訳では無く、わんこーろが立っていた入り口付近から数歩で椅子までたどり着けるので手を取ってまで案内されるようなことでは無いのだが、わんこーろはわちるに応えるように微笑んでされるがままだ。
もちろんわんこーろのもう片方の手は狐稲利がしっかりと確保している。
『わちるんのテンションが爆上がりで草』『ご主人見つけたワンコのようだ』『まあワンコなのはわんころちゃんの方なんですけどね』『仕方ないなあって感じのわんころちゃんの表情クセになるw』『狐稲利ちゃんのこれは……わちるんに対抗してるのか?嫉妬?』『いやあ?狐稲利ちゃんは母親と同じくらいわちるん好きだしなあ』『狐稲利ちゃんには嫉妬の感情はまだ早い』『むしろ今後嫉妬という感情を覚えることはあるのだろうか?この天使が』『嫉妬って自分より優れてる存在に抱く感情だしな~そんな存在が現れるか、という問題もある』『明確に上というなら母親のわんころちゃんだろうけど、嫉妬より愛が上回りまくってるし、他の配信者にしてもかなり友好的だしな』『まあ今後の成長に期待よ』
相変わらずわんこーろにべったりなわちるを保護者視点で見守る真夜は、呆れたように肩をすくめるなこそと視線を合わせる。
"なこそちゃんも大変ね"
"いやぁ、これいつもの事だから"
視線だけでやり取りするなこそと真夜をよそに、わちるはわんこーろの横に座り、目の前のケーキがどれだけ作るのに苦労したのかを語っていく。わんこーろはそれを、うんうんと相槌を打ちながら聞いてやり、狐稲利はケーキそのものに釘付け。そんな光景は招待された全員が集まるまで続くのだった。