転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#180 正月飾りのあれこれ

 

 みなさま~。電子生命体のヴァーチャル配信者の犬守村の創造主で狐稲利さんのお母さん、わんこーろでございますよ~。

 

 ……と、まあテンション高めでちゃちゃっと配信を始めたわけですが、現在私は北上山地の山奥まで来ております。

 

 山間から吹きすさぶ冬の空っ風が肌に当たるだけでその冷たさに身震いしてしまうほど。

 もちろん厚い生地の和服に、上から羽織を身に着けた状態なので凍えるほどではありませんが、やはり雪深い山の中というのは空気が違いますね。人の住んでいない、人の営みを感じられない場所というのは精神的にも寂しく、冷たく感じてしまいます。

 

「うう~……尻尾が無ければ致命傷でした~……」

 

『頑張れわんころちゃん!』『来年は雪が降る前に準備しておこうね……!』『こりゃ吹雪いてきたら本格的にやべーぞ!』『場所の目途は付いてるんですか!?』

 

「はい~そこは大丈夫です~……ええと、この辺りです~。あ、ありました~!」

 

 雪を掻き分け山地の奥にあったのは竹の群生地です。この雪の降る季節であっても竹林は余裕で健在。その葉に白い雪を乗せて悠々生き続けています。

 

 その生命力、確かにこれはおめでたい日にぴったりでしょうね。

 

「まさか門松作りのための竹を取り忘れていたとは~……このわんこーろもうっかりですよ~」

 

 お正月の飾りと言えば代表的なのはやはり門松でしょう。大きくて太い竹と生命力を感じさせる深緑色の松の葉。煌びやかに飾られた門松は一目でお正月の気分にさせられるほどに印象深い存在です。

 まさか、その門松の材料となる竹を採るのを忘れていたとは……。どれだけ岩戸の中を探してもないはずです。お正月用に竹を採りに行った記憶がないので薄々分かってはいたのですけど……。

 

『その場で創るという選択は無かったのか……』『ばっかお前、犬守村で初めてのお正月なんだぞ!』『そうそう!そこはこだわりまくってなんぼでしょ!ね、わんこーろさん!』

 

「創る……あ~! その手がありましたね~! これはうっかりうっかり~」

 

『草』『ええ!?w』『まじかよ……w』『このうっかりさんめw』『あっははははwww』『いや笑いごとじゃ無いよ!?』『わんころちゃん凍死しちゃう!……w』

 

「あ~もう、移住者さんも言ってくれればよかったじゃないですか~!」

 

 そうすればわざわざ雪深い北守山地の竹林まで行く必要が無かったのに~~!

 

『だって途中まで何しに行くか秘密だったじゃんw』『サプライズもほどほどにしないとこうなる訳だw』『可哀想なわんころちゃん……wwwwwww』『冬なのに大草原なんですわwwww』

 

「……風邪をひいたら移住者さんのせいにしていいです~?」

 

『普通にダメです』『なぜ良いと思ったのか』『ほらほら早く帰るよ』『狐稲利ちゃんにお風呂沸かしておくように連絡しといた方がいいんじゃない?w』『ともかく竹取おつかれーw』

 

「んぐう~配信しょっぱなからこれはキツイですよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ちょっとした行き違いはありましたが、ようやく本格的に年末の準備に取り掛かれます。もう年越しまでそれほど日数もありませんし、おせち料理なども仕込んでいかないといけないわけですが、とりあえず今日やることは先ほど取りに行った竹などを使った正月飾りの準備です。

 

「門松を含めた正月飾りというのはですね~年神様がこちらに来られる時に目印となるものなのです~。大掃除やすす払いで汚れを落とした場所は神域となりまして~年神様が降りてきても問題なくなった、となるわけです~そして飾り付けして年を迎える準備をした家へと向かって降りてこられる、というわけです~」

 

『ほう?』『なるほどな~』『神様が降りてくるの?』『なんだか不思議なイベントだな』『ちょっとイメージしずらい…』

 

 思ったよりも移住者さんはピンときていないようですね。

 

 かつてのこの国は古くから自然を含めたあらゆるものに神様が宿るという考え方が有りました。所謂八百万の神様というやつですね。その考えは人々の生活に根付き、脈々と受け継がれてきたものです。科学技術が発展し、目に見えず、数値で測ることの出来ない存在故に深い信仰が失われたとしても、人々の中から自然に対する畏怖の心はなくなることはありませんでした。その心が、雄大な山の姿に圧倒されたり、広大な海原に果てしなさを覚えさせるのです。

 

 けれどここにきてそのわずかに続いていた無意識的な信仰は、文化や伝統の喪失と共に途切れてしまいました。お正月をはじめとした伝統的な祭や催し物というものは、元をたどれば神様関連の神事であることが大半です。人々の隣に寄り添っていた、神様の存在が忘れ去られたのです。

 

 もちろん、神様という言葉の意味が失われたわけではありません。移住者さんは犬守村を創る私の事を、創造神だと言ったりしておられますし、神様がどういった存在なのかという概念自体は残っているのです。

 

 ですが、かつてのように不可思議な存在や自然現象に神様を見出すことはなくなったように思えます。だから、見えもせず、存在することすら懐疑的な年神様についてあまり反応がなかったのでしょう。

 

「んふふ~皆さんにもきっと分かるようになりますよ~。犬守村を懐かしいと思っていただけているのなら~」

 

 まあ、そう深刻に考えなくても良いでしょう。こういうものは各々が自然と感じ取るのが重要なのです。とりあえず私が行うべきはこの年末の準備を滞りなく終わらせることです。

 

「おかーさーくろまめもどし終わったよー」

 

「は~い、ちょっとまっててくださ~い」

 

 移住者さんと一緒に竹を切って門松作りをしている最中、土間の方から狐稲利さんの声が聞こえてきました。昨日から水で戻していた黒豆が良い感じにもどったようです。これでようやく本格的に黒豆作りが行えますね。

 

「ん~良い感じです~下ゆでしている間にくりきんとんの餡をつくりましょうか~」

 

「はーい! 甘いのすきーだから、いっぱい作るー!」

 

『いつも以上に元気な狐稲利ちゃんw』『やっぱ女の子は甘い物好きなんだな』『これはおせち料理の半分がくりきんとんで埋まってしまう可能性が……』『黒豆もだぞ』『そういや今更だけどおせちってお菓子みたいなのも入れるんだな』

 

「おせち料理は縁起ものですからね~例えば黒豆ならマメに生きましょうとか~、くりきんとんは見た目からお金にまつわる縁起ものなのですよ~」

 

 黒豆とくりきんとんは時間がかかるので両方いっしょに作業を行っていきます。この工程は狐稲利さんに任せるつもりなので、私はちょくちょく狐稲利さんの様子を見ながら外で飾り付けの準備を進めていきます。

 

「……ねーねーおかーさー……」

 

「ん~?」

 

 飾り付けの作業に戻ろうとしたとき、何やら狐稲利さんがおずおずといった様子で私に声をかけてきました。私よりも背が高いのにわざわざ膝を曲げて視線を合わせた上での上目遣い……。

 

「な、なんですか~?」

 

「おりょうりはー味を確かめないといけない、よねー?」

 

 め、目までウルウルさせて~……。これも移住者さんから教えてもらった技ですか~~!?

 

「……移住者さ~ん?」

 

『し、知らないよ!?』『我々は関与してない案件ですねぇ』『かわいいいいいい!!!!!』『←まんまと狐稲利ちゃんの策にハマりやがって……』『どうやら味見を許可して欲しいようですね』『味見(皿に山盛り)』『黒豆はまだまだだろうけど、栗きんとんは甘い匂いがしてそうだもんなw』『これは芋羊羹と同じ轍を踏むのでは…?』『いったいどれだけ味見するつもりなんですかねぇ』

 

 作ったそばから食べられてはたまったものではありませんが……でも味見は確かに必要ではあります……。

 

「むう~~ちょっとだけ、ちょっとだけならいいですよ~?」

 

「はーい! ちょっとだけあじみしまーす!」

 

 ああ、そんなに目をキラキラさせて……一瞬口から覗いた舌はまるで獲物を捕らえようとしているかのように思えてなりませんよ~……。

 

 ……大丈夫ですよね……大丈夫、ですよね!?

 

『これは見事なフラグ』『最悪くりきんとんは諦めねばならないかもしれん』『それでも狐稲利ちゃんなら……!』『娘を信じてやって……』

 

「う、う~ん……どちらにしろ準備は分担しないと間に合わないですし~……信じますよ狐稲利さん~!」

 

 そうと決まれば門松作りを再開することにしましょう。うん、きっと大丈夫。狐稲利さんはとってもいい子! そのはず!

 

 

 

 

 

 門松は家の前に二セット飾る予定なので、斜めに切断した竹を三本まとめたものも二セット。松の枝はあるだけ用意します。いや~この時期でも竹や松は枯れずにいてくれるのは助かりました。雪の中でも緑色の姿は見つけやすかったですし……来年はあらかじめ用意しておきますが。

 

 後は門松を入れる鉢や飾り付けのための縄や(むしろ)を用意して、綺麗に設置すればおーけーです。

 

「う~ん……こんなもんでどうでしょ~?」

 

『なんか傾いてる気がする』『気のせい気のせい』『もうちょっと鉢の中に土入れた方がよさげ』

 

「こうです~?」

 

『おk』『よさそう』『しかし大きいな』『わんころちゃんの背の高さまで竹が……』『正月は盛大に祝わなくちゃな、大きければ大きいほど良い』『大きいのは良い、だが小さいのも良い』『小さいわんころちゃんは可愛くて好き』『大きい狐稲利ちゃんも好きだぞ』『わかってねーなー並んだ時の背の高さの差が尊いんじゃねーか』『九炉輪菜わちる:あの両手に収まるサイズ感がいいんだよね』『ひえ』『でたわね』『わちるんいつかセクハラで訴えられそう……』

 

「な~んの話をしてるんですか~~そもそも門松はその名の通り松が主役なんですよ~? 竹がどれだけ大きくてもメインは松です~」

 

 門松というものはやってきた年神様が宿る依り代の役割を持っているのです。年神様専用の神奈備といったところですね。

 掃除が終わり、しめ飾りによって神域となった家へとやってきた年神様がゆっくりと休まる住居的な役割を担っているのが、この大きな門松なのです。

 

『そうなの?』『確かに名前はそうだけど……』『でも竹の方がデカくて目立ってるぞ?』『いや、わんころちゃんもちっこいが存在感は抜群だぞ?』『確かに……ちっこいけど』『やっぱちっこいのは最高ってことだな!』

 

「むう……なんだか移住者さんの中に危険な発言が交じっているような~……まあわんこーろはあまり背の低さは気にしておりませんけど~。あ、でも狐稲利さんはもっといっぱい食べて、いっぱい寝て、大きく成長して欲しいですね~」

 

 狐稲利さんは体こそ少女という感じではありますが、精神は幼子のそれです。私や移住者さんとの交流によって様々な知識を得て、それを犬守村や無数のネットワークの海で実践することで徐々にその精神は成長してはおりますが、それでもやはり小さな子どもであることに変わりありません。

 

 私がまだ狐稲利さんを小さな子どもだという認識でいるだけ、という可能性もありますが……それを含めてもまだまだ狐稲利さんは目が離せないお転婆なところがありますからねぇ……。

 

『これは親バカですわ』『親にとって子どもはどれだけ大きくなっても子どもなんだよな……俺は子どもなんていないけど……』『悲しい話をするんじゃないよ』『狐稲利ちゃんは俺たちの娘で孫だから……』『犬守村に移住予定の俺からすればもう狐稲利ちゃんは俺の娘同然なんだ……』『声が震えてそうな移住者多くて草』

 

「狐稲利さん移住者さんに愛されてますね~」

 

 まあ、当然一番愛しているのは私なのですが。ふんす。

 

『ところで門松ってなんで松が主役なの?』

 

「あ、そういえばその話でした~いつの間にか話が脱線してしまいましたね~」

 

 移住者さんは狐稲利さんの話に夢中になっていましたが、そのコメントでそういえば……という意見が増えていきます。確かに門松はその真ん中に位置する三本の竹が印象的ではありますが、本来はこの松が神様が宿る神奈備としての性質を持っていたのです。

 

 神奈備と呼ばれる神様の依り代には様々な姿かたちが有りますが、それらの多くはある共通した特徴があると言います。その一つが"尖っている"ことであるらしいです。ご神木などは遠くから見ればそのてっぺんは尖った姿に見えますし、山そのものが大きな三角として認識されています。これらの先端が尖っているものが依り代や、ひいては神様に関係するものの特徴として組み込まれているのは、カミナリが理由なのです。

 

「昔の人は雷を、神鳴りなんて言って神様が怒っている~って言って怖がっていたわけですね~」

 

『科学も何も無い時代じゃあ神様の仕業と思われても仕方ないってことか』『実際あの音と光はヤバそう。教育資料だけでもかなりの迫力だし』『実際地上で雷を見たことあるけど、それに加えて振動もヤバい、胸にドンと来る衝撃があるのよ』『ひええ雷怖っ!』

 

「んふふ~確かに怖いものですけど~それだけじゃないんですよ~。雷が落ちた地域の作物はすっごい大きくなるんですから~」

 

『草』『なにそれw』『さすがにフィクションでしょw』『個人的には夢があると思うけどな~』

 

「んふふ~信じていませんね~」

 

 サルベージしたデータには実際に科学的な理由で雷が作物の育成を促すという研究結果が報告されています。もちろん、昔の人たちはそんな科学的な根拠なんて無く、生活の中で育んだ経験から雷が作物を育てるのだと判断したのでしょう。

 

 そして科学の無い時代においてその要因は神様であると思われたのです。カミナリが神鳴りであり、作物を育てる。つまりカミナリは神様の恩恵であり、神様の来訪を意味していたわけです。

 

 そして昔の人々は同じく経験から、雷が尖った場所に落ちやすい事を知っていました。実際には雷は尖ったところでなく、高いところに落ちるわけですが、昔の高い場所といったら木の先端やら屋根の先やら、尖っていたわけですしそう誤解してもおかしくありません。

 

 その結果、神様の来訪を意味するカミナリを呼ぶための、先端が尖った依り代が主流となったのです。

 

「さて~それじゃあ門松はこのくらいにして~しめ飾りなどを作っていきましょう~」

 

 しめ飾りもカミナリに由来する意匠がふんだんに取り入れられているんですよね。しめ飾り本体は稲わらで作るのですが、稲妻などの言葉はカミナリによって稲穂が成長するという話から来ておりますし、飾りから垂れた紙垂の形はカミナリそのものを表しています。

 

「ん~紙垂だけだとちょっと寂しいですから~、こう、ちょちょいと裏白(うらじろ)を添えて~ゆずり葉を飾って~あ、橙なんかも付けちゃいましょうか~」

 

 お正月飾りに限らずこういった季節の行事は土地柄がよく出るので、シンプルなものであったり豪華なものであったりとその種類は様々であります。なのでいろんな縁起物を取り入れた豪華なしめ飾りがあっても問題ないでしょう。

 

「お正月なんですから~立派な方が良いに決まってます~」

 

『犬守村には珍しい豪華仕様だなw』『それが逆に非日常感あっていい』『特別な日……ハレの日ってやつだな』

 

「小さなしめ飾りは神棚へ~。ん~と、他に飾るところは~……あ、ここにしよ~」

 

『へ?』『うわ!?』『な、なんか配信画面に……?』『しめ飾りがくっついた?』『え、これはどうなってんの?』『まーた謎技術か』『配信画面にしめ飾りが映り込み続けてるんだが』

 

 私が手に持ったしめ飾りを配信画面に近づけると、飾りはそのまま配信画面へとくっつき移住者さん側でもその姿を確認することが出来ます。どどーんと配信画面のど真ん中に表示されたしめ飾り。んふふ、どうでしょうなかなか良い感じではないでしょうか。

 

「んふふ~いいですね~似合ってますよ~~」

 

『しめ飾りが似合っているのは喜んでいいのか……?』『ファッション的な飾りじゃないんだよなぁ』『わんころちゃんって時々天然だよな』『移住者は皆呆れてますよ』『まったく画面が見えないのですけど』

 

「ええ~……もう、しかたありませんね~……はい、この辺りなら配信画面の邪魔にならないでしょ~?」

 

『あ、でもくっついてはいるのね……』『移住者(しめ飾り付き)』『というかなぜ移住者にw』

 

「んふふ~」

 

 しめ飾りは大掃除で綺麗にした家を神域として設定するための、結界のような役割を担っているわけですが、それ以外にも日頃大切にしているものなどに付けたりもします。んふふ、移住者さんには日頃お世話になっていますからね~……。

 

 ……ん~……。

 

 ……私たちを見守ってくれている移住者さんへしめ飾りをぺたっと張り付けている様は……何というか、アレですね……。それほど深い意味は無く、軽いネタ的な意味でやってみただけなのですが、思いのほか意味深な感じになってしまったような……。

 

 まるで移住者さんは私の大切な"もの"で、その証としてしめ飾りを張り付けたような……。あれ? これは無意識の独占欲? いやいや、そんなわけが……。

 

『? なんでわんころちゃん顔赤いの?』『風邪か? 冬はやっぱ寒いもんな』『風邪!? 温かくして安静にしてくれ……!』『なんだかふらふらしてないか?』『いやこれはふらふらというかもじもじというか……』

 

「は、はいは~い! つ、次の飾り付けを作っていきますよ~! ほらほら! もう年明けまで時間が無いんですからぱぱっと仕上げていきますよ~~!」

 

 あ、危ない危ない。こんな事移住者さんに知られたらネタにされる程度じゃすみませんよ! 数年は正月が来るたびにそれで弄られ続ける事になるのは明白! 早く話題を切り替えて次に行きますよ~~~!

 


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