転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#181 おせち料理の匂い

「どれどれ~……はい、良い感じです~。黒豆は砂糖を入れていきましょうか~くりきんとんはもう栗を入れてもいいですよ~」

 

「はーい!」

 

「あ、あの……わんこーろさん……」

 

 消え入りそうな声を出してわちるさんがこちらを窺っていますが、そのまま放置して黒豆の次の作業について狐稲利さんに指示をしておきます。黒豆は下茹でやゆでこぼしなどの面倒で時間のかかる工程がいっぱいありますからね、失敗したら最初からやり直しなのは精神的にキツイです。

 

「あ~黒豆はアクが出てくるので大変ですけど頼みますね~」

 

「まかせてー! おかーさみたいに綺麗にとるよー!」

 

「うんうん、いい子です~」

 

 いやあ、狐稲利さんは本当に良い子です。私や移住者さんの心配をよそに、味見以上につまみ食いすることなく、さらにはつまみ食い犯人からくりきんとんを守ってくださっていたのですから。もっと狐稲利さんを信用してあげなければいけませんね。

 

「あ、あの……」

 

「あれ~わちるさんどうかしました~?」

 

「うぐ……あ、あの~私も何かお手伝いを~」

 

「つまみ食いのお手伝いです~?」

 

「ぐはっ……ご、ごめんなさい……」

 

 もう、そうやって落ち込んだように下を向かれると可哀想という気持ちの方が強くなってしまうじゃないですか。……このくらいでもう許してあげましょうか。

 

「まったく~……それじゃあわちるさんには"焼き物"を担当してもらいましょうかね~」

 

「! わかりましたっ!」

 

「はい~じゃあ、これをど~ぞ」

 

「へ? あ! これってわんこーろさんと狐稲利さんの!」

 

 元気よく返事したわちるさんはそのまま料理に参加しようとしますが、それを制止してあらかじめ用意していたわちるさんの割烹着を手渡します。わちるさんは塔の街の家でも時々料理をしているらしいのですが、その時エプロンのようなものは身に着けないらしく、私から渡された割烹着を珍しそうに眺めていました。

 

「わちるーひとりで着けられるー?」

 

「は、はい大丈夫――……いえ、やっぱり難しいかも、です」

 

「んふー仕方ないなあー私が着せてあげるー!」

 

「お願いしますぅ!!」

 

 な~にを喜んでいるんですかわちるさんは~……むう、なんだかモヤモヤしますね~。

 

「おやおや~いけませんよわちるさ~ん……」

 

 ……どれどれ、狐稲利さんは先日私が結び方を教えてあげたばかり、ここは私がしっかりとわちるさんに教えて差し上げた方が良いんじゃないでしょうか~。

 という訳で狐稲利さんに代わってもらい、わちるさんの後ろに回り込んで紐をこう、ぐぎゅっと……。

 

「ああっ!? わ、わんこーろさんキツイ! 紐がキツくて苦しいです!?」

 

 いえいえ~このくらいキツい方が解けなくていいんですよ~。……ええ。

 

「それじゃあ早速、料理にとりかかりますよ~」

 

「は、はーい……」

 

 

 

「んふーやっぱり仲がいいー」

 

『ですね』『わんころちゃんこれは嫉妬なのでは?』『独占欲つえー』『これはわちるんの自業自得w』『いや、わんころちゃん大好きなわちるんの事だ、わんころちゃんの嫉妬を煽った可能性も……』『そこまでいくと怖いわ』『もっとキツくしてやってもいいよ』『FSのコラボだと常識人枠なのになぜ一人で来るとこうなるのか……』『それがわちるんよ』『わんころちゃん配信初期からのガチ勢でガチヤバいヤツ』

 

 いろいろとコメント欄で言われてはいますが、計算ではなく、わちるさんはこれが素なんですよねぇ……。狐稲利さんに割烹着の紐を結んでもらおうとしている時にこっちをちらちら見ていたのですが、それもわちるさんは計算しているというより無意識なのはこれまでの付き合いで分かっていますし。

 

 ここだけの話ですが、わちるさんって普段ぐいぐい積極的に来るのですが、こっちからいくと混乱してワタワタと慌ててしまうのが可愛いんですよ~。本人には言いませんけど。

 

「それじゃあ本格的におせち料理を作っていくわけですが~少しおせち料理というものについて説明しておきましょうかね~知らない移住者さんも多そうなので~」

 

 おせち料理というものは御節と書き、本来季節の節目に行われていた行事にて供えられていた食物が起原とされています。詳しいことは省きますが、その御節料理がいつの間にか年始の縁起物な料理として定着していったようです。

 

 私が知っているおせち料理のイメージはお重に入った見た目も味も豪華な姿なので、今回作るおせちもそれを基本として製作していくつもりです。なのでお重は全部で五つの五段のお重にして、それぞれのお重にも決まった料理を収めていこうかと思います。

 

「一段目のお重は数の子とか~きんぴらとか~昆布巻きもかな~主にお酒のアテになりそうなものを詰めていきます~」

 

 既に数の子は塩抜きを終え、昆布巻きもあらかじめ作ってあるものをお重に詰めるだけ、きんぴらなどは作らないといけませんが、一の重はそれほど時間はかからないでしょう。黒豆やくりきんとんを除けば、ですけど。

 

「二段目は海の幸ですね~わちるさんにお願いした焼き物は~タイやブリ、エビなどのことです~」

 

 同じように三段目にはさといもやレンコン、ゴボウなどの根菜類を用いた煮物系、四段目には箸休めとなる酢の物や和え物などを詰めます。

 

「さて~だいたい説明は終わったので~ここからは本格的に料理を始めていきますよ~。集中して無言になるかもですけど~そこはご容赦を~」

 

『了解です~』『わんころちゃんの料理配信だ!』『メモ!メモを取らなければ!』『配信流しながら俺も何か作るかな』『あれ?お重の五段目は?』『そういやなんの説明もなかったけど』『五段目のお重に詰めるもの……それはあなたの心です……』『草』『そんな、お宝はお前たちが経験した旅の記憶そのものだみたいなw』『漫画の最終回かな?』

 

「あはは~なるほど~……実は全くの間違いという訳じゃないんですよね~」

 

『え』『え?』『マジ?』

 

「まじです~。正確には年神様から授かる福を詰め込むためのお重ですね~。そのあたりは縁起を担ぐおせち料理だからこそ、って感じですよね~」

 

 私の言葉にコメント欄は少し困惑した様子でした。効率うんぬんの批判をしたいわけではないけど、それにしたって意味があるのか分からない。といった複雑な感情が読み取れるような、そんなコメントが流れていきます。

 

 まあそれも仕方ありません。私が記憶しているおせち料理のイメージでも、この五の重の存在は省略されている場合が多いです。神道に関係する家々では伝統や文化として存在していたらしいですが、普通の一般家庭ではまず用意することはなかったでしょう。

 

 ならば私のところのおせち料理も五の重は省略してもよかったのでは? と移住者さんも思われるでしょう。

 

 ですが、この犬守村においてこの空っぽの五の重にはとある意味を持たせています。

 

 

 犬守村で行われたFSさんとの夏のコラボ、その趣旨は犬守村で行われるお盆の行事を帰省してきたFSさんと一緒に楽しむ、というものでした。ですが、その裏ではもう一つ、犬守村のシステム的な重要イベントが進行しておりました。

 

 それは犬守村と幽世との命の循環システム、その更新作業でした。

 犬守村に存在するありとあらゆる命は狐稲利さんの経験や知識を基にした魂と呼ばれる情報の集合体を内包しています。それは肉体が生命活動を停止すると体から抜け出し、幽世と呼ばれる犬守村の隔離された空間へと送られます。そこで魂は生前負った損傷を修復され、記憶を初期化された状態で幽世内を漂い続けます。そして現世たる犬守村で新たな命が誕生した時、その命へと魂が宿るのです。

 

 魂はこのサイクルを続けることで生きるという事に関する情報を収集し、より概念として存在する魂に近づくように設計されています。ですが、どんな精巧なシステムであってもバグや予想外の動きをしてしまうものです。なのでお盆の時期に幽世の魂を一時的に現世へと迎え、その間に空っぽになった幽世のメンテナンスとアップデートを行っていたのです。

 

 同じように今回の年末のイベントの裏で、犬守村の大規模なアップデートを行おうと考えています。秋に起こった犬守村へのバグや侵入事件などの対策はその時点で対応策を打っているのですが、それはあくまでその時の対応策でしかなく、恒久的なものではありません。他にもこまごまとしたバグや気になる点をこの年越しのタイミングですっきり解消しようと考えています。

 

 犬守村を創造してからこれまでの気になる箇所の修正データや、ありとあらゆる過去の改修データに今後流行するだろうウイルスの傾向、ハッキングクラッキング対策、ワクチンデータなどとにかく考えられる限りの不安要素を取り除くためのデータを山盛りにして、年を越す瞬間に実装してやろうと考えています。

 

 と、いう訳で空っぽな五の重にはこの、山盛りの更新データを詰め込んでやろうと思っています。

 

「さ~て、それじゃあ二人とも~おせち料理作っていきますよ~!」

 

「はい!」

 

「はーい!」

 

 

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